第九話
とりあえず、謝罪は受け取ってもらえたので問題にはならなかった。
それにしても、想像通りの冒険者なる存在が本当にいるとは。
そんな風に俺たち二人が興味津々だったのが琴線に触れたのかして、姫様がやけにノリノリな感じでこう言ってきた。
「私も冒険者登録はしておるぞ?」
金に困ってるわけでもお家がお取り潰しに成ったわけでも無いのに、貴族のお嬢様がなんでまた、と尋ねると、アマーリアさんから答えをいただけた。
「その方が色々と姫様としても都合がよろしかったのです」
答えになってねぇ。
しかしそれ以上は聞かず、というか聞けず。察しろということなんだろうが、俺に空気読めとか言われてもそんなスキルは元の世界でもなかったぜ。
「もしや、お家の財政がやばくって姫様が冒険者をして稼いで補填しているとか?」
「いやいやかず君、冒険者の稼ぎごときでどうこうできるレベルじゃないよー、お貴族様って。パーティーいかなあかんねん、とかで庶民の数年分のお給金が吹っ飛ぶ世界だよ?」
「なるほど、それならばお小遣いを自力で稼いでるとか」
「いやいや、もしかすると意に沿わない婚姻を避けるためにいつでも家を飛び出せるアピールかも」
などと、色々聞こえるように言ってみたテスト。
「何じゃその如何にも有り得そうで嫌な妄想は。ただ単に学園での都合じゃ」
「何だつまらん。授業の一環みたいなもんか」
否定とも肯定とも付かない頷きが返ってきただけであったが、それでその話題は終了と相成った。
「それでは出立致しますが、あなた方はどうなさいます?」
冒険者さん達が宿の奥に引っ込んで暫く、姫様も学園に向かうという事になった。
さて俺達はどうするか。そうアマーリアさんに訪ねられたわけだがさて。
言葉にせずに春香に視線を向けたところ、頷きだけが返ってきた。
好きにしろということだろう。
「そうですね、馬車も宿が手配してくれて確保できたということなので、短い間でしたが、俺達はこの辺で」
「そうか、名残惜しいが故郷を探す旅の途中じゃという事であるしな、仕方あるまい。じゃがまた近くに来たら顔を見せい。学園の守衛にでも我が名を告げればよい。いいか、絶対に顔を出すのじゃぞ!」
そう念入りに言って、お二人は宿を後にしたのであった。
俺と春香の懐を、かなり暖かくしてくれた上で。
「さてかず君や」
「何でございましょう春香さん」
姫様の出立の後、俺達も宿を出て、街の中を彷徨い歩いていた。
そんな最中、急に立ち止まった春香が俺に向かって口を開いたのである。
「暫くはこれで暮らしていけるとして、喫緊の問題はなくなりました」
ぽん、と。
この世界のお金が詰まった袋を突っ込んだ鞄を叩く春香。
何しろあの宿が一泊一人金貨一枚と言う話なのだが、二人合わせて二〇〇枚もの金貨を戴けたのである。
この世界の金銭感覚がわからないのだが、おそらくはあの宿、この街でも一番お高い部類だろう。
それが金貨一枚と言うことは……どれくらいだろう。
正直、比較対象が他にないのでさっぱりです。
が、かなりの大金だというのだけはもらう際には理解できた。
なのでそこまでのお金はいただけないと言ったところ、私の命はそれほど価値が無いと申すか!と怒られてしまったのだ。
さすが貴族、しっかりとした矜持を持っていらっしゃるのだ。
ありがたく頂いた俺達は、街をぶらついてこれからのことを考えていたりしたわけだが。
「という訳で、そこら辺でお食事をとりましょう。金銭感覚がわからないことには、ボッタクられるのが世の常です」
「同感だ。小腹も空いてきたしな」
「わ、私は別にそこまではお腹へってないから!あくまでも金銭感覚をね?」
なんか春香さんが言っておられますが意見の一致をみたようなので、まずは人の結構入っていそうな食堂を覗いてみる。
あくまで覗くところまでであるが。
「うん、メニュー書いてないな」
覗き込んだ店の中には、日本的によくある壁におしながきが書かれていると言ったことはなかったのだった。
「今日のおすすめくらい一筆書いて玄関口に置かないかしら、普通」
うむ、お昼のランチメニュー的な今日の料理とか書いておいて欲しいもんである。
「まあこの世界の字がそもそも読めないというのは置いておくとして」
「え?だいたい分かるよ?ほら、鑑定で」
「おお、なるほど!」
字、それ自体を鑑定すれば、読み方自体はわからなくとも意味がわかる。
わかる、わかるぞ、私にも文字がわかる!
スキルは使いよう、姫様の言ってた意味が実感出来るのである。
周囲をぐるりと見渡せば、色々な建物に様々な看板がかかっている。
その殆どは、商っている仕事を意匠化した看板がかかっているが、中にはちゃんとその商売名が書かれているものもあった。
だが、鑑定でわかるのはその意味とか素材までである。
書かれている文字自体を鑑定すると、まるでインターネットの自動翻訳のような翻訳が頭に浮かぶ。
ついでにその看板の材質と文字を描いた筆記用具の材料も。
しかしながら、この世界での流通価格とか適正価格とかは、今の俺達では知識が足りないのだろう、さっぱりわからない。
しかし、疑問もある。
「知識がベースになって鑑定スキルの階梯が上がるって言ってたけどさ」
「どしたのかず君、急に真面目な顔して」
「俺らこの世界の文字を知らないのに、なんで意味がわかるのかな、と」
ふと浮かんだ疑問に、春香は首を傾げて逆に問い返してきた。
「私達の知識に、それと合致する言葉があるからじゃないの?それを言うなら漢字とかの表語文字みたいなのならそれ単体に意味があるけど、英語とかのアルファベットって表音文字で、幾つか文字が繋がって初めて意味が出来るじゃない?音だけを聞いても言葉と認識できなかったらそれはただの雑音、みたいな感じじゃないのかな」
その文字の配列を何故鑑定スキルが俺たちに理解できるように変換できるのか、ってところが俺的な疑問点なのだが、春香としてはそこは特に気にならないらしい。
読み方とか単語を知らなくても、情報としてすでにそれを意味するのが何なのかを知っているなら、それで理解できるというのだろうか。
俺たちが取れた鑑定スキル、これはあくまでも元の世界の知識がベースとなっている階梯なので、この世界の情報を早急に収集せねばならないと思っていたのだが、それはあまり考慮しなくても良いようである。
のであるが。
「書いてないから使えん」
「まあそうなんだけどね」
はてさてどこの店から第一歩を始めればよいやら。
もうちょい姫様にくっついて情報収集をしておけばよかったかと悩んでいると、背後から声をかけられた。
「おい、店の入口で邪魔なんだけど?」
「あ、こりゃどうも、って。あら」
「なんだ、あんたらか。あれ?あのお姫様はどうしたんだい?」
そこに立っていたのは、先の宿で俺がガン見した、例の冒険者パーティーの軽装戦士さんであった。
「いやあ、そんな事があったのか!そいつは有りがちだなぁ!まあ実際にあったってのは驚きだけど」
「物語の中だけ、みたいな話だわ」
「うん、珍しくもない話。だけど本当に起こるとか、聞いたこと無い」
「ですか、ですよねぇ」
俺と春香の嘘物語からの貴族の姫様救出事件を聞いて楽しげに笑う軽装戦士さん、その名もベアトリクスさん。
姓というか家名はないそうだ。
その彼女と、もう二方。
重装戦士のディートリンデさんと魔法使いのエルネスティーネさん。
他の二人は?と聞くと、ディートリンデさんがこっそりと教えてくれた。
「あの二人は飲めないのよね」
意外や斥候の人、フロレンティアさんというそうだが、下戸らしい。
紫煙を燻らせて蒸留酒なんかを引っ掛けるのが似合いそうなのに。
なお神官っぽい人はシュテファーニエさんで、彼女の神様はお酒禁止なのだそうな。
お酒嫌いの神様とは珍しい。
先ほどのお宿でもお酒は出るが、流石に騒げる雰囲気ではないので、湯浴みの後、腹ごしらえを終えてから酒を引っ掛けに来たのだという。
空きっ腹に酒は駄目とシュテファーニエさんからきつく言い渡されているとか。
人が飲むのは止めないが、代わりに飲み方を指導してくるらしい。
本当に変わった神様に仕えている人である。
で、現在。
俺と春香はお食事処の入口前でウロウロしているところを見咎められたベアトリクスさんに引きずり込まれ、先ほどのお店に突入するはめになったのだ。
メニューはないが、口頭でお店のおねいさんがおすすめを教えてくれるという前時代的なシステムであった。
どうやら基本的な料理は焼いた肉料理か、煮込んだ肉料理かの二択で、あとは固いパンと具のそれなりに多いスープ、そして。
「仕事の無事完了を祝って、カンパーイ!」
酒である。
「お前さん達は飲まないのか?」
「ああ、えっとですね」
「昔、ちょっと酔ったところを身ぐるみ剥がされてしまったことがあって……」
この流れは酒を勧めれられるパターンだと逡巡しているところを、横から春香フォローが発生した。
そうなんです、酒に弱いのもさることながら、酔いつぶれて一文無しになった経験がありまして、それ以来酒断ちしているのです。
ついでに故郷に帰るまで、祈願の酒断ちも兼ねていると言っておこう。
「ああ、質の悪い酒場だと店ぐるみで悪い酒をあてがってくるからなぁ」
「私達も他人事じゃない」
それもあって、こんなに陽の高い時間帯に飲みに出ていると言う。
なお、景気のいい話だが、俺達の分までメシ代を払ってくれるという。
「まあ払いは気にせず食え食え。故郷探しには金もかかるかもしれんのだし」
「そうだよー、私達これでもこの街の冒険者の中では五本の指に入るレベルで稼いでるからねー。だから安心して食べてー」
姫様にした俺達の架空の身の上話をしたところ、えらく共感されてしまったのかして、春香なんてもう妹扱いである。
なお俺はテキトーなあしらわれ方である。
良かったのか悪かったのか。
「どうしてこうなった」
「だいたいかず君のせい」
今、俺と春香は、女性冒険者パーティー【疾風怒濤】の五人組と一緒に、街を囲む壁の直ぐ側にある、とある建物の前に来ている。
「ほらハルカ!カズヤも、早く来い!」
すぐ側には、俺達が入ってきた時とは別の、街への出入り口がある。
向こうと比べると遥かに大きく立派なのを思うと、おそらくはこちらが街の表門なのだろう。
その出入り口は巨大な門となっていて、それをくぐると今俺達がいる、街の広場に出てくるという立地になっている。
せせこましい町並みだった向こう側とはえらい違いである。
この街の正面玄関ともいうべき広場面して建つその建物は、やけに立派な作りをしており、正面入口には車寄せという奴だったか、玄関口に馬車を留めてすぐに出入りができるように屋根が設けられている。
雨の日も安心だ。
そんな建物を前に立ちすくんでいる俺達をよそに、ベアトリクスさん達は既に玄関をくぐり、とってもいい笑顔で俺たちを手招きしていた。
あの食事からすぐ、酔って俺たち二人を抱きかかえてお宿に戻った三人は、そのまま俺たちを自分たちの部屋に押し込んで残る仲間と合流、酒盛りの続きをした後、眠りについたのである。
雑魚寝で。
なお、宿代は払ってくれた。
そこまでは良い。
寧ろありがたい。
いや正直なところ女性陣とは別の部屋をお願いしたかったけれども、まあそんな色気のある空間にはならなかったのでそれはまあいい。
「だがしかし、何故俺らが冒険者登録なんぞをせねばならんのか」
「だからだいたいかず君のせい」
いやまあそうなんだけどね。
「かず君が『冒険者ってかっこいいですよね』的なことさんざん言っちゃうもんだから、あの人達すっごい気を良くして推薦までしてくれるとか言い出しちゃって、嬉しいような迷惑なような」
「正直、異世界物語系普通ルートに乗ってる、乗りまくってるよ俺たち。すっごい迷惑です」
そんなこと言えぬ、言っても信じてもらえるはずもない。
なにしろ腕のたつ冒険者に推薦して貰って登録するってのは、いわゆる野球選手なんかがプロからスカウトされるようなもので、非常に有利なことらしい。
曰く、推薦したパーティーが後見する形になるので、信用やら何やら色々と面倒が省かれて良いのだとか。
誰にとって良いのかって?そりゃもうアレですよ。
冒険者ギルドにとってですよ。多分。