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第五話

「難儀をかけた」


 助けないまま扉を閉じて放置していた中の人は、意外と大人しく外に引っ張りだされてくれた。

どうやら中からは外が見えていたらしい。聞こえはしないようだが。

 まんま高級リムジン的な馬車であったか。

 中に居たのは、見た目は素っ気ない、しかしながら気品のある瀟洒な格好をした一〇代半ばほどの少女と、二〇代と思わしき成人女性が一人。

 どうやらどこかに向かう旅の途中であったらしい。

 二人共怪我などは無さそうだが、成人女性の方は気を失っていたので引っ張りだすのをどうするか少々迷ったりした。

 なにせ俺の背丈を超えるほど横幅の有る馬車が倒れてくれているおかげで、そのままでは扉が天窓状態である。

 窓も小さく、割っても出れやしない上に、屋根でも壊そうかと思ったが、何やら人の手で壊すのは無理だと太鼓判を押されてしまったためだ。

 目が覚めるまで待つしかないかな、と思ったのだが。


「えいやっ」


 春香さんが地面に突き刺さった金属棒を回収してやってくれました。馬車の天井と壁の境目に金属棒を突き刺して、全力で梃子の原理を実証して見せてくれたのです。

 メリメリと剥がれるように外された天井だった部分から引きずり出された成人女性は、それからしばらくすると目を覚ましたのでした。

 天井そのものが壊せないなら接合部分を潰せばいいじゃない、だとさ。

 なお、怪しい奴が消えた後からは、割れた水晶のようなものが見つかり、春香と「身代わりのアイテムかな?」などと話して捨て置いたのだった。


「私はエステルライヒ王国、ティアローイ辺境伯家当主の第三子。ツェツィーリエ・フォン・ティアローイ。こっちはガヴァネスのアマーリア・ナータンゾーン。ご助力感謝する」

「貴族の方でしたか。いえ、こちらこそ失礼を。私は青井春香と申します。こっちは佐藤和也。訳あって二人で故郷を探す旅をしております」


 俺に下がってろと目で命令して、春香は滅多に見せないキリッとした表情で、貴族だと名乗る少女に応対していた。

 たしかに俺には上流階級的な対応は無理なので、おまかせする事にした。

 ええ、謙譲語とか尊敬語とかわかりませんとも。

 少女のほうが貴族の娘で、成人女性のほうがその家庭教師的な立場だという。

 どちらも文句のつけようがない美人さんである。貴族のお姫様の方は実に高貴な感じを持った、綺麗なふわふわとした金髪で、幾分垂れた目尻が柔和さを醸しだしている。

 スタイルの方は将来に期待というところでしょうか。

 長袖の上着に裾の広い膝下ほどの丈のスカート姿で、腰ほどの長さのマントを羽織っている。

 マントの背中部分には何やら文様が刻まれており、胸元には細かな彫刻を施された金のブローチがマントの留め金となっていた。

 家庭教師の人の方は、これぞ大人の女って感じで栗毛の髪を後頭部で引っ詰めている。

 分厚い旅装越しでもわかる大人の魅力は、中々のものであるがしかし。

 ジロジロ見ているのもアレなのでそう言った話をする春香と貴族の子女の二人からちょっと離れて、俺は怪しさ満点ローブマンに投げつけた金属棒を拾いに行き、縦にしたり横にしたりしつつ弄んでいると、ガヴァネスのアマーリアさんがこちらに声をかけてきた。


「あなた方、腕は立つようですね。あの凶暴なクリーガーベアを一撃で倒したとお聞きしましたが」

「あ?ああ、あっちがね。俺は見てただけで手は出してないよ」

「左様ですか。なんにせよ、姫様をお助けいただき、ありがとうございました」


 慇懃にそう俺に礼を言うアマーリアさん。

 長袖の上着に長い裾のスカート、そのどちらもが分厚い丈夫そうな生地で、なおかつ素人目でも上等なものに見える装飾が施されている。

 その主人で貴族の姫であるツェツィーリアさんは言わずもがな、である。


「どうかなさいましたか?」

「いえ、どちらに向かわれるところだったのかなと思いまして」


 二人の旅装束に気を取られていたら、当のアマーリアさんから問いかけられてついつい適当に答えてしまった。

 正直、何処にこの人達が行くかなんて気にも留めていなかったが、まあ会話のキャッチボールくらいはしておくべきだろう。

 はっ、しまった。普通だ、いかんいかん。

 いやでもここで角の立つ対応をするべきではないだろうし、ううむ。


「かず君、ナイフ貸して」


 そんな風に悩んでいると、春香が俺に声をかけてきた。

 何やら切るお仕事でも?と思いながら鞄から肥後守を取り出して手渡すと、春香はそれを持って馬の方に移動した。

 馬じゃないけど。

 足6本あるし。


「こことここを切ってくれ」

「はい」


 馬を固定している革のベルトを、ツェツィーリアさんの指示で切ってゆく。どうも馬っぽいものを自由にしてやるようだ。まさかの介錯かと一瞬思ったのは内緒である。


「アマーリア、頼む」


 アマーリアさんが、解き放たれた馬っぽいもの――普通に馬と呼ぶらしい。解せぬ――の手綱を取り、落ち着かせてようやく切り離すことが出来た。

 もう一頭は、ツェツィーリアさんが仕方ないなと言いつつ折れた足に向かって手にした杖を向けた。

 あ、扉の間に挟んでた棒的な奴だ。

 何処にやったかと思ってたら、勝手に持っていってたのか。まさか足が折れては仕方ないのでその杖で止めを刺してあげるのかと思いきや、杖を振り上げ何やらぶつぶつと呟いたと思ったら、杖の先から馬の足に向けて眩い光が発せられ、見る見るうちに折れ曲がっていた足が綺麗に元通りになっていったのである。


「神聖魔法がそんなに珍しいか?」


 俺と春香が二人して驚きの表情をしていた為に、ツェツィーリアさんは訝しげにこちらに声をかけてきたのである。

 魔法なんて(創作世界でなら)よくあること。珍しいかといえば珍しい、超どころか普通死ぬまで見れないか騙されてそう思い込むかどちらかである。

 まあ私ども、普通はそんなの見る機会なんてあり得ない異世界者ですし。

 いっつふぁんたじー。


「いえ、私どもの国では回復のための魔法に杖を用いませんでしたので」


 魔法を知らないなんて!等と言われる前に、春香が華麗に相手の疑問を回避するお返事をしてくれる。

 まあ杖を用いるもクソも、そもそも魔法がありませんけどね。

 嘘は言ってないの、ホントの事も言ってないだけで。


「ふむ、別系統の神聖魔法ということか?信ずる神が違えばその方法も変わるということか」


 勝手に納得してくれるのは非常に助かる。

 それはそれとして、流石に壊れた物を治す魔法は無いだろうし、修理する術もない。

 馬車から馬を外した時点でわかっていたことであるが、馬車は放棄するんだろう。

 二頭とも、手綱を取ってアマーリアさんが道端の樹に括りつけていた。

 馬車から幾つかの鞄を取り出して、紐で縛っているところを見ると、馬の背に乗せて左右に振り分けるサイドバッグかパニアケース的に運ばせるのだろう。


「してその方らは何処に向かうつもりであったのだ?」

「はい、先程も申しましたように、故郷を探す旅の途中なのです。とはいえ特に宛もなく、見知らぬ道を選んでは進み、なにか手がかりが見つからないものかと……」


 ついさっき始まったばっかりですけどね、故郷に帰る旅。

 より詳しく言うなら故郷の異世界に帰る方法を探る旅。

 特にここに連れてきたちびっ子探し。

 そんな春香の答えに、ツェツィーリア姫様は表情を緩ませてこう言った。


「左様か。ふむ――お主ら、特に急ぎの旅でないのであれば、暫く我らの供をせぬか?なに、只とはいわん、報酬もだそう」

「姫様、またそんなお戯れを」


 流石に見ず知らずの俺らを連れ歩くのは家庭教師的には不許可だったようで、アマーリアさんが苦言を呈したが、姫さまは一歩も譲らず言い切った。


「他に誰もおらぬ状況で、難儀しておった我らを助け、なおかつ何の謝礼も要求せぬような者たちの何処に危険があるというのだ。何より、あのクリーガーベアを一撃で屠ったのだぞ?その気があるならば、とうに我らは冥府の住民よ」


 そう言って家庭教師からのご意見を一蹴した。

 まあ一応言っておいただけ、と言ったアマーリアさんの雰囲気であったが。

 それが証拠にアマーリアさんの表情は特段変化がない。

 一応こちらは睨みを効かせてますよ的アピールだったのだろうと愚考する所存。

 うん、この世界のモラル的な何かがとても心配になってきた。

 人目がなければ火事場泥棒的なことをする人が普通にいるってことか。

 いや、こんなど田舎の街道という場所限定かも知れないが。

 まあ確かに盗賊がそこら辺で隠れ家を築いててもおかしくないレベルで人っ気がない街道沿いなわけだけれど。


「私は別に構いませんが、少し二人で相談させてもらってもよろしいでしょうか?」

「ああ構わぬ。どうせそう急ぐ旅程でもない」


 そうして二人から離れた俺達は、ヒソヒソと相談するふりをはじめた。

 答えは最初っから決まっている。

 付いて行く一択である。

 右も左も分からない状況で、寧ろ救われるのはこちらの方である。

 ではあるが。


「正直に『わあ助かります』なんて言ったら足元見られるからな」

「まあ普通はそうよね。お姉ちゃん見て知ってた。駆け引きするんなら先ず、こっちの手札を相手に晒さないことが第一条件だよね」


 天音さんの薫陶が生きておる。

 普段はポワポワしてるような口調のくせに、そのへんキチンと躾けられているらしい。

 まあ金持ちはガードが緩かったら尻の毛まで抜かれるらしいからな。

 一般家庭の子供でよかったと心の底から思う。

 暫く話し合ったふりをした結果、俺が折れて春香の言うことを聞きました的な態度で元の場所に戻る。

 正直、ヘタな小細工をする必要があるのだろうかと思うが、まあ一応こちらも警戒してるのよ、といった態度は見せておいて然るべきだろう。


「どうじゃ?」

「はい、暫くの間、最低でも次の街まではお伴させていただこうかと」


 待ちくたびれた、というような態度はこれっぽっちも見せずに端的に問いかけてきた姫様に、春香が期間限定ですけれどお付き合いさせていただきますわ的な返答をし、俺達四人は街道を進み始めたのである。

 なお馬には姫様だけが乗っており、もう一頭は馬車から引っ張りだした荷物がたんまりと載せられていた。

 姫様の乗る馬の方はアマーリアさんが手綱を取り、もう一方は春香が曳いて歩くこととなった。

 春香さん家って、そういえば乗馬とか普通に嗜んでそうですもんね。

 馬を曳く事なんて縁が無い俺は、一人周囲の気配を探る役目を担わされました。

 春香の耳のほうが探知能力高いと思うんですけどね。

 それから暫くは、俺と春香の身の上話を含め話し相手をさせられたが、その辺りは春香さんの捏造能力におまかせである。

 嘘に真実を混ぜて煮込んだものがこちらになります、的な。


「ほうほう、魔法を使う幼女に転移させられてしもうたのか。なるほどなるほど、それはおそらく四大精霊の内の、風の大精霊に連なる者であろうな」


 そうして、例のちびっ子の正体っぽいものが姫様の口から語られることとなったのは、朗報と言って良いだろう。

 その姫様達はというと、ここから例の山を越えたところにあるとある学園に所属しているらしく、今回の旅は長期休暇に合わせて実家に帰省していたのだが、そろそろ休みが終わりに近づいたため学園に戻るところであったという。

 この街道は定期的に領主による街道整備と言う名の危険生物の討伐隊が組まれており、本来ならあのような大型生物による襲撃や、貴族の馬車を狙う盗賊紛いの輩などという者は滅多なことでは現れないはずなのだという。

 それ故に、というかだからといって貴族のお姫様が護衛も付けずに旅をするのは如何なもんでしょうか。

 実際襲撃起こってますしその辺りはどのような責任の追及をお考えなんでしょうと聞きたいが止めておく。

 そうして歩き続けて太陽が傾き始めた頃。

 春香が木のてっぺんから見渡した通り、人里には未だに辿りつけなかったが、街道の脇にある野営のために最適な広場となっている場所に到着したのであった。

 夕方と言うには早く、まだもう少し進めるのではないかと思ったが、準備やら何やらをするのに日が陰ってからでは遅いからという事らしい。

 常識を疑われたが自分たち二人きりだと、そんな面倒なことはしないからと誤魔化しておいた。

 そんな広場というか、キャンプ用地であるが。

 どうもここは、その為に態々切り拓かれたようで、水場も近くにあるという。そのうちここに人が住み着いて宿場町的な地になるのだろうか。

 とは言え現在はただの広場である。

 一晩過ごすためにはそれなりの段取りというものが必要となるわけで、俺達の他にも数名の商人と思しき荷馬車の一団が準備に取り掛かっていたりした。

 護衛の面子が揃っているのか、こちらを見て警戒する様子を見せていた者もいたが、男一人に女三人の俺達に、敵になっても容易いと見て取ったのか、それ以上の干渉は無かった。

 野営の準備をする、というアマーリアさんのお手伝いに駆りだされ、俺は近くの水場に水汲みに。

 春香は火を熾したり天幕を張ったりと言った手伝いをさせられていた。

 帆布のようなごつい、布だか革だかよくわからない素材で作られた、水を入れたら形がしっかりする、持ち運び用のコンパクトバケツ的な物で水を汲んで戻ってきたところに、ちょうど春香が火を熾すために馬から下ろした薪を組んでいる所に出くわした。


「ライター持ってるんだが使う?」

「ライター?多分いらないと思う。て言うか、何のために持ってるのか、詳しく話してみなさい」


 言われて見渡すと、他でも同様に野営の準備をしている所が見え、その中の一組が、何かを呟いたと思ったら手に持った杖から炎が立ち上がったのだ。


「発火の魔法があるみたいなのよね」

「くそう、ファンタジーめ。中々やるな」

「かず君の中ではファンタジーは敵かライバルなの?」

「わりと」


 科学の世界から来たんだから、ファンタジーは敵というかライバル?的な立ち位置でいてくれなきゃ困る。

 いや実際困るわけではないが、なんかこう、ねぇ?


「そんで、なんでライター持ち歩いてるの?」

「タバコ吸うわけじゃなくてですね?」


 誤魔化せなかった。

 なお持ち歩いてる理由は転ばぬ先の杖的な意味合いでだ。

 今回のような目に合うのは初めてではないのであるからして。

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