なんで私ばっかり!
自宅の居間にある大きなテーブルで、鼻歌を歌いながら中学の制服であるスカートの丈をミシンで調製していると、背後から妹の藍燐が声をかけてきた。
「どしたの? 黄蝶? ずいぶんご機嫌じゃん? つか制服そんなに短くしたら、絶対に先生に叱られると思うけど? 殆ど半分になってるじゃん」
……しまった。つい私服の感覚でやっちゃった。
「そうだ、そうだった、これ制服だった。直さなきゃ……」
私の趣味は裁縫で、入学してから半年近く経った今でも、制服を改造しては怒られてを繰り返している。
スカートを手に取るとハサミで縫ったばかりの糸を切り始める。
――膝上くらいにしておかなければ。
「で? 裁縫が楽しそうなのは、いつもの事だとしても、鼻歌交じりに失敗は珍しいよね? 今日、学校で何かあったの? それとも仁志兄ぃに何か良い事でも言われた?」
私達姉妹は養女だ。仁志は義理の兄で同じく養子だと言う事だが、貰われたのは赤ん坊の頃らしい。小学生の途中から養女になった私達より、ずっと前からこの家にいる事になる。その仁志に私は憧れていた。それが去年、仁志に彼氏がいることが判明した……。
本心は今でも仁志が好きだが、男好きの彼氏ありでは、どうにもならない。
ちなみに小6の藍燐は、今のところ男子に興味はあっても、彼氏に興味はないらしい。勉強も絵も天才的な妹だが、BL好きで困っている。本棚を埋め尽くしているBL漫画に最近は小説も交じり始めた。しかも自分でも漫画を描くのだが、内容は言うに及ばず。
「ふふん~♪ 悪いけど藍燐ちゃん。私は彼氏を手に入れることになるかもしれないわ」
私は上機嫌に藍燐に言った。
「なにそれ? まさか、誰かに告られたの?? 誰、だれ?!」
向かいに座って、テーブルの煎餅を手に取りながら、私の話に食いつく藍燐。
「いやぁ、告られた訳じゃないんだけど。告られるかも? デートに誘われたからねぇ」
「んん? なんだソレ? 彼氏でもないのにデートすんの?」
「まぁ、デートっていうか会う約束をしただけなんだけどね。ほら、この前、家に遊びに来た結花覚えてるでしょ?」
「ああ、確か同じテニス部の先輩と付き合っている結花さんだよね。眼鏡へたれ攻めがお気に入りの」
「? めがねへたれ?? まぁ、そうかな? その結花がさ『黄蝶のことを好きだっていう子がいるんだけど、1度会ってあげてくれないかな』って言う訳よ」
「ほほぉ~どんな男? イケメン系? スポーツマン系?」
身を乗り出して興味津々な藍燐。いらぬ妄想しなければいいが……。
「それが、結花言わないんだよ。同じテニス部らしいけどね。本人に口止めされてるとか何とか。まぁ、別に断る理由もないしさ。それで明日の放課後に、その男と一緒に下校する事になったの」
「なぁんだ。で、どうすんの? 格好良かったら付き合うの?」
男の正体が不明だと分かった途端、興味の薄れたらしい藍燐が椅子にもたれかかって、煎餅をかじりながら続けて偉そうに言う。
「仁志のことは、もういいんだ? 確かにそれが健全だとは思うけどねぇ。そもそも兄妹だしね」
――仕方ないじゃない……私は男が好き、仁志も男が好き。それはもう、磁石でいう同じ極だろう――
失敗した縫い目を解き終えたスカートを、再度ミシンにセットして縫い始めながら藍燐に言う。
「まぁ……いつまでも仁志の尻追いかけてばかりでもね。私だって中学生になったんだし、普通の恋をすることにしたの!」
ふぅ~ん。と藍燐が拍子抜けしたような顔をしている。その藍燐に私は話を続けた。
「だってさ、仕方ない事ってあるよ、うん。仁志は家族だもん。兄貴だし、男好きだし……それに……彼氏だって、いるし……」
「ちょっとぉ~? あからさまにテンション下がってますけど?」
呆れたように言う藍燐に、気を取り直して続ける。
「いやぁ~! とにかく仁志の尻は諦める! 良いお尻してるけどね! いや、本当キュっとしてて、イケメンで、身長も丁度いいし、筋肉も良い感じだし……いつも、優しいし。気を使ってくれて……」
「ちょっとちょっと? まったく吹っ切れてませんけど? もういい加減に近親相姦は諦めて、その男子と付き合っちゃいなよ」
「近親相姦言うな! だから、こうしてスカートを可愛くして……」
「つか、それもう、雑巾にするしかねぇんじゃね?」
そう言って藍燐が指差す手元を見ると、丈をつめていたはずのスカートは縦横無尽に縫い付けられ、ミシンの性能を試しただけの布と化していた。
「ああぁ! しまったぁ~!」
「はぁ。ま、頑張るんだね。彼氏出来たら、あたしにも紹介してよね」
そう言って藍燐はバリバリと煎餅を噛み砕いた。
自分の寝床である2段ベッドの上の段に寝転びながら、暗い天井を眺めて考える。
私は今でも仁志が好きだが、仁志は私の気持ちを知らない。例え私に彼氏が出来たとしても、仁志が私を嫌ったりはしないだろう。
「ねぇ……藍燐、仁志は私に告白してくるかな……?」
机で電気スタンドの明かりを頼りに漫画を描く藍燐に聞いた。
「ありえねぇよ。前より可能性は減ったね。もう完全に黄蝶を妹として認識しちゃってる。黄蝶の幸せを願っても、欲情はしない」
「…………だよね……」
私は勢いよく起き上がった――天井に頭をぶつける。それでも頭を摩りながら宣言した。
「私、明日会う男子が多少好みに合わなかったとしても、思い切って付き合ってみるよ。前に進むんだ、私は普通の恋をする! 私はもう、仁志に依存しない……。だから、藍燐も応援してね……おやすみ」
「……そう。分かったよ、オヤスミ」
それから、藍燐のペンの音を聞きながら――眠りに落ちた。
翌朝、ちょっと短くし過ぎたスカートと裏地に刺繍の入りまくったブレザーを着て朝食の席に着くと、同じく向かいで食事する仁志に言われた。
「また、スカートいじったのか? 先生に叱られるぞ?」
「うん。いいの、昨日2回失敗して直す時間なくなっちゃったから……あ、あのさ仁志。その、突然だけど……私に彼氏出来たら、どう思う?」
藍燐はすでに学校へ行っているし、義父も仕事に出かけた後なので、私と仁志2人きりだ。
「応援してあげるよ? 彼氏出来たのか?」
――応援……か――
「ううん。そうじゃないんだけど。今日、私を好きだっていう男子と一緒に下校する約束してるんだ。もし、交際迫られたら……どうしようかなって、思って……へへへ」
「思うままにすればいいさ。まぁ、頑張れよ!」
その台詞に私は思わず呟く。
「頑張れよ……そりゃそうか……」
「ん? どうした? 黄蝶は可愛いからモテて当然だ。彼氏の1人や2人いたっていいだろう?」
ムカムカと腹が立ってきた。何が可愛いだ! 言っていないとはいえ、少しくらい私の気持ちを察しても良さそうなものだ!
「そうだね! 帰って来る頃には……私、彼氏持ちになってるからね! 仁志のばっかやろー! いってきます!!」
逆切れして朝食の途中で席を立つと、呆気に取られる仁志を残して学校へと向かった。
――付き合ってやる! 仁志なんて、もう知らん!――
授業が終わり、約束の裏門で待っていると結花がやって来た。
「よっ! 約束通り来てくれたんだね。今朝、職員室で叱られてたでしょ? 朝練の後、用具室の鍵返しに行ったとき見ちゃったヨ」
「うん。私完全に先生に目を付けられてるから。結花1人?」
「そそ、この後で彼氏と一緒に帰るけどネ」
――そんな事聞いていない! 例の男子はどこなのよ!――
私の心の叫びが通じたのか、結花がニヤりと微笑んで言う。
「あ~あの子も、もう来る頃だと思うよ~♪ でも凄くシャイな子だからさ、今頃ドキドキしながら何処かで私達を窺っているかも?」
そう言って辺りを窺う結花に釣られて私もキョロキョロする。
「はははは! 嘘だって! あ、そうだ。これ妹さんに返しておいて」
からかわれて赤くなる私に、思い出したように紙袋を渡す結花。
「妹に? なにこれ」
袋を覗くと、中にはいかにもな漫画が2冊入っていた。
「この前、遊びに行った時に藍燐ちゃんに借りたんだ。オススメ! なんだってさ~ははは。面白い妹がいて羨ましいよ!」
――あいつめ~! いつの間に……。来年同じ学校へ入学してくると思うと怖い――
「安心して、藍燐ちゃんの趣味の事は誰にも言ってません。ふふふ、これは貸しになるのかな? なんちゃって、冗談よ。面白かったって伝えておいて」
またも、こちらの心中を見抜いたような事を言う結花。
――本当に冗談だろうな……。
おっとぉ! と突然結花が言って、スカートのポケットからマナーモードで振動している携帯を取り出し、メールチェックする。
パタンと携帯を閉じると、ウィンクして言う。
「例の子。これから、来るってさ」
心臓が高鳴るのを感じる。が、顔には出さない。
やがて校舎の影から3人の男女が向かって来た。
結花の彼氏と同じテニス部の1年の女子、それともう1人。見た事がある、確か結花の彼氏の友達で2年のやはりテニス部の男子だ。長身だが眼鏡のどちらかというと文科系っぽい感じだが、わりと美男子だ。
「それじゃ! 後は2人でよろしくね~♪ じゃね!」
そう言って結花達は去っていき――2人きりになった。
「あ……あの! 会ってくれてありがとう! 私、その……ずっと、黄蝶さんに憧れていたから。凄く嬉しいです!」
――残った同じ1年の女子、みゆき が赤面して、そう言った――




