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夢の勇者ナイトブレイカー  作者: 財油 雷矢


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第三十八話 無限の力

 これは夢だ、と分かるときがある。

 不意に目の前に現れたシチュエーションに脈絡が全くないときだ。そして悲しいかな、夢だと分かった以上は自分の意志でコントロール出来ない場合がほとんどだ。仮にコントロールできたとしても、それはただ単にそう思わされているだけに過ぎない。

 間違いなく断言できるのは、今の状況は夢以外にはあり得ない。

 視覚をのぞいた五感が微妙にあやふやになっている。見える状況から考えると、自分が横たわっているのだろう。そして何故か見知った顔の少女も登場していた。

 少女――美咲みさきはサイズの合わないワイシャツだけを着て、四つん這いでこちらを見ていた。ただでも緩い胸元がボタンをいくつか外しているため、下はつけているが、上はつけていない、という状況までハッキリ分かった。肝心|(?)なところはともかく、丸みを帯びた部分は隠されてないので目のやり場に困る。が、夢の中のせいか、目をつむることすらできない。


隼人はやとくん、大好きだよ。」


 うるんだ瞳で熱く見つめられながら言われると、こちらの体温も上がってくる。


「だから……」


 美咲がゆっくり近づいてくる。目を閉じた顔が視界に大きく広がってきて……



「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」


 絶叫。

 ベッドが揺れるほど思い切り起き上がる。汗がすごいし、心臓がバクバクいっている。呼吸を整えていると、小さな足音が近づいてくる。


 トテトテトテ。


「どうしたの、お兄ちゃん……?」


「隼人ちゃ~ん、この時間はないわぁ。」


 寝ぼけ眼の和美かずみをスカイハンターがエスコートして、隼人の部屋を覗き込む。枕元の時計を見ると三時過ぎ。絶叫していい時間ではない。


「すまん、その…… 夢見が悪くてな。」


「お兄ちゃん、が……?」


 どんな時でもクールで、怖いもの知らずと思っていた自分の兄が絶叫するほどの夢とは一体どんなものだろうか? 妹の和美としては全く想像できない。


「いや、本当に何ともないから、お前はさっさと寝ろ。」


「う、うん……」


 釈然としないながらも、スカイハンターに促されて、目をこすりながら自分の部屋に戻る。

 ドアの閉まる音を確認してから再びベッドに横になる。汗で湿ったシーツはどうも気持ち悪い。その上、目が冴えてなかなか寝付けない。時計の音がやけに耳に障る。


(なんであんな夢見たんだか……)


 考えても答えも出ず、しかも眠気も訪れない。長い夜はなかなか終わらなかった。



 とりあえず聞いてみた。


「なぁ、おっさん。見たことない光景って夢で見ることできるのか?」


 心理学者で夢の専門家の小鳥遊たかなしなら何かいいヒントが掴めるかもしれない。と放課後の保健室を訪れた隼人。ただ相談内容を直接は説明できないので、遠回しな問い掛けになってしまうのは仕方がない。口が裂けても「美咲が夢の中で迫ってきたのはどういうことだ」なんて聞けない。


「そうですねぇ……」


 隼人の質問の意図が微妙に理解できないせいか、どう答えていいものか考える。が、思い当たらないので、解説しながら読み取っていくことにする。


「まず一つ。基本的には自分の記憶や経験にないものを夢に見ることはないと言われています。」


 夢を構成するものは基本的に自分の中にしかない。人の無意識下の共有である夢幻界むげんかいという存在があったとしても、その境界を突破することは難しい。


「そんなわけで、見たことない、と思ってもどこかで見たことある可能性が一つ。後は人の想像力の凄さ、ですかね?」


「……? どういうことだ?」


 例えばですね、と机の隅に積み上げてあった雑誌から一冊を抜き取ってパラパラとめくる。

 お目当てのものが見つかったのか、カラーページを隼人に見せる。グラビアもついている漫画雑誌の一ページのようだ。そこには長い髪の小柄な少女がチアガールみたいな衣装で愛想を振りまいていた。


「こういう服装を美咲さんが着ていたら、って想像できますか?」


「…………」


 簡単に想像ついた。というか、想像できない方がおかしい。写真の隅にあった見覚えのある子役の名前に気づいて思わず苦笑する。小鳥遊は小鳥遊で「おや、なんか美咲さんに似てますねぇ」と微妙に気づいていない。

 だが言いたいことはだいたい分かった。そして状況の解決にはちっとも役に立たないことも分かった。

 となると次は……



 汗をかこう。

 夢も見られないほど疲れればおかしな――というわけじゃないが夢を見ずに済むかもしれない。


「随分張り切ってるじゃねぇか。」


 冗談半分で出してる「特訓」にも不平不満を言わずに黙々とこなす隼人に玄庵げんあんがつまらなそうな顔をする。


「別に。」


 さっさと尽きろ俺の体力、なんて思いながらも筋肉を酷使する。


「……まぁ、やりながらでもいいや。聞いて良いかどうか分からんが、あの黒いのはどうした?」


「!」


 さすがに動揺を隠せずに動きが止まる。


「そうか。しばらくか、もう来ねぇ、ってことか。つまんねぇな。」


「さぁな。」


 素っ気なく返す隼人に、玄庵はよいしょと立ち上がる。


「……よし、気晴らしにちょいと俺が直接稽古をつけてやろうじゃねぇか。」


「は?」



「よーし、どっからでもかかってこい。」


「…………」


 玄庵が唐突なのは今に始まったことじゃないが、どこか楽しげなので微妙に真剣さを感じない。更にかかってこい、と言いながらも何一つ構えている様子がない。

 持たされた棒を振ってみる。武器は扱ったことが無いので何とも言えないが、少なくともバロンが持っていた剣よりは短い。


「おい、隼人。」


 見ていては間に合わない。この一瞬、音の届くのを待っているのもまどろっこしい。考える時間も余分だ。薄いながらも迫る気配に棒を重ねるつもりで「置いて」、出来た隙間に神速の蹴りを叩き込む。


「……いい反応だ。手抜きしたとはいえ、俺の一撃をいなすとはな。」


 真後ろに移動していた玄庵がさっきよりも真剣な表情を浮かべる。蹴りも棒も届かない間合いだが、あの速度で動けるならそんな物無きに等しい。


「そろそろ武器なんか使えねぇなんて言い訳はさせねぇぞ。どんな武器であれ、拳よりも長く、鋭く、硬い。」


 棒で手のひらをぱしぱし叩きながら無造作に間合いを詰めてくる。


「今おめぇは『速さ』の入り口に辿り着いた。本気でおぼえる気があるなら…… 俺の技の全てを盗んでみろ。」


 玄庵から放たれた「気」が隼人を貫く。

 不思議と隼人の口元に笑みが浮かんだ。今の玄庵の本気を感じ、そしてその本気は自分に間違いなく「強さ」を与えてくれるはずだ。そう、大切な物を守る強さを。



 まぁ、得てして現実は甘くない。

 呼吸の仕方も忘れたかのように苦しい。息をする体力すら使い切ってしまったのかもしれない。


「よし、今日はここまでだな。」


 呆れ半分、感心半分の玄庵が倒れて動けなくなった隼人を見下ろしている。どっこいしょ、と隣に腰を下ろした。


「しばらくは動けねぇか。さすがに俺も疲れたしな。よし、せっかくだから年長者としてアドバイスもつけてやろう。」


 ふと玄庵の目が遠くを見つめる。


「いいか隼人。ホントに大事なモンってぇのはな、失ってから気づくもんだ。だからな、ちょっとでも遠ざかったら必死で追いかけろ。絶対手放すな。

 ……そうじゃなきゃ、俺みたいに若造に説教するハメになるぜ。」


「へぇ。」


 少し体力が回復したのか、口を開けるようになった隼人。どこか皮肉めいた口調に玄庵が表情を動かす。


「あんたにしては随分とあきらめが早いんだな。」


「……何だと。」


 怒気を理性で抑え込んでいるような声。一般人なら気を失いそうなくらいの殺気を浴びせられても隼人は怯まなかった。何故か玄庵の憤りの理由が分かるような気がしたからだ。


「俺の知ってる阿呆みたいなお人好しはな、何があっても諦めねぇぞ。可能性なんかこれっぽっちも考えねぇ。」


 だから危なっかしくて見てられない。


「なるほど、な。」


 玄庵が破顔した。


「説教しようとした若造に教えられるとは思わなかったぜ。」


 やれやれ、俺も年をとったぜ、と言わんばかりに頭の後ろをかく。と、隼人の体力が回復したのを見たのか玄庵が立ち上がる。


「このまま喋ってると言わなくてもいいことを言いかねねぇからな。とっとと帰れ。明日はもっときつく…… いや待て、隼人。おめぇの学校に弓道部ってあったよな。」


「? ああ、あるが。」


「それじゃあなぁ……」


 隼人に次の「試練」を伝えると、石段から蹴り落とすような勢いで隼人を追い出した。

 隼人の後ろ姿を見送ると、寺の本堂の突っ切って、敷地の隅の方にひっそり建っている離れへと向かう。

 中に入る障子の前でしばらく躊躇った後、音も立てずに障子を開き、出来た隙間に身体を滑り込ませるようにして室内に入る。

 室内は静寂に支配されていて、目につく家具などはない。ただ一つこの部屋にあるのは布団が一組。その布団から顔を出しているのは女性のようだが、夕闇迫る時間ではその容貌を窺うことは出来ない。

 少し離れた場所に玄庵が腰を下ろすと、その眠っている横顔をジッと見つめる。


「そうだよな。もしかしたら俺は諦め始めていたのかもな。」


 天井を見上げてため息をつく。


「若ぇっていいな。って、俺がおっさんになったみてぇだな。それに引き替え、お前はあの日からずっと……」


 苦笑いを浮かべながら言いかけたところで玄庵が目を見開いた。そして自分に言い聞かせるように呟く。


「おかしくねぇか? 何故あの日から一度も目を覚ましてない奴が年を取らない? それどころか普通は……」


 精密な細工品に触れるかのように、玄庵が白い頬に手を伸ばす。ごくわずかではあったが、指先に生命の温もりが感じられた。


「まさか、時を……?」


 その問いに答えられるものはいなかった。



「弓道部、ねぇ……」


 隼人達の通う高校は部活動に力を入れられている。他では珍しいエアライフル部があるのもそのためだ。同様に弓道部にも立派な弓道場がある。無論、実績が伴ってこそではあるが。

 気のせいかもしれないが、あの日以来、何となく美咲とのエンカウント率が低いような気がする。

 どうこう言うつもりも無いが、一度意識してしまうと気になって仕方がない。


(……ったく。)


 自分の中の気持ちがまだ形になっていない。もう一つ、何かあればそれはある種の単語で表される「もの」となるだろう。そうすればおかしな夢を見ることも無くなる……はず。

 それはどうでもいい、と頭を振る。

 まずは玄庵に言われた「試練」を果たすのが先だ。


『弓の撃ち方を憶えてこい。ただし、習ってくるな。』


「訳分からん。」


 弓に関しては全くの素人だが、色々作法なりやり方はあるのは分かる。しかも弓の構造上、下手な撃ち方をしたら怪我することだって容易に想像できる。


(それでも見て盗め、ということか?)


 出来ないとは言わないが、正直隼人は苦手だ。というか、あまりやったことがない。逆に美咲は意識しているかどうか分からないが、それを得意としていた。そこが才能の差なのか、特性の差なのかは不明だ。


(とはいえ……)


 目立たないように弓道場に入ったすぐのところで腕を組んで見学していたが、どうも気乗りしない。というか、


(参考にならねぇな。)


 ざっと見た感じ「盗む」に値する腕の持ち主はいないようだ。時期が時期だけにすでに三年生は引退していて、部長と思われる二年生が指導しているみたいだが、それが一番の腕前だとしたら――もう見るべき物はない。


(帰るか。)


 踵を返そうとしたところで不意に鋭い気が叩き付けられる。反射的に身構えるが、すぐに気が消える。


「失礼。弓道部に見学かな?」


「随分乱暴な挨拶だな。」


「そう思うなら、部員をあまり睨まないで欲しいな。集中を乱されるのは困る。」


 入ってきたのは一人の青年だった。年の二十代半ばというところだろうか。無論、生徒ではあり得ないが、教師だとしても隼人の記憶にはない人物だ。


「おっと。申し遅れた。

 私の名前は矢塚やづか康平こうへい。この弓道部の特別顧問をしている。」


 ということは学外から指導に来ている顧問なのだろう。


「…………」


 まるで射抜くような視線だが、隼人を見る目はどこか余裕が感じられる。


(逆か。)


 余裕が無いのは自分の方だ、と理解する。夢魔との戦闘でも力不足感が否めない。だからこそ玄庵の「試練」を積極的に受けようとした。そうでなければ……


(美咲……)


 あの少女を、あの少女の笑顔を守れない。


(くだらねぇ。)


 そう呟くものの、隼人の顔には小さく笑みが浮かんでいた。


「私の弓を持ってきてはもらえぬか?」


 矢塚が不意に弓道場内を振り返ると、近くの部員を呼んだ。ざわめきが場内に広がる。対応した部員の態度を見ても、矢塚が弓をとるというのは余程のことらしい。

 一度奥に行って着替えてきた矢塚が部員から弓を受け取る。空気が変わった。


「これから見せるのは弓道ではない。どちらかといえば弓術というべきものだ。現代には必要のない技術ではあるが……」


 ふと矢塚の「気」が隼人を向いたような気がする。


「お客人もいるのでパフォーマンスの一つとして見てくれ。ただし、決して真似はしないように。」


 最後の一言が周囲に鋭く広がる。部員たちの中に緊張が走り、静寂に包まれる。

 まず視線で的を射抜く。弓を持った手を肩の高さ程度に上げると、逆の手に持った数本の矢の内の一本をつがえて素早く引く、いや引き絞る。

 上半身の筋肉が大きくうねり、弓が三日月のようにたわむ。狙うのは一瞬。指を離れた矢が空気を切り裂いて的へ向かう。残心もせずに次の矢を番える。そして射ること二度。

 呼吸するのも忘れたような数瞬が終わった。矢の行方は確認する必要も無い。


(なるほど。)


 技術はともかく、弓という「武器」の意味は理解したような気がする。武器はたいていに複数の使い方がある。刀でいえば斬る・刺す・払う・受ける等だ。

 ただ弓は純粋に「射る」という攻撃行為しかない。確かに接近戦の距離になれば他の用途をせざるを得ないだろうが、それはある意味「弓」という武器の「負け」となる。

 更に言えば弓には有限である「矢」が必要だ。しかも矢に「敵」を射抜かせるのは弓であり弦だ。射手は弓と弦に力を込め、それを矢に伝える。


(何とも非効率な武器だ。)


 一対多ではどこまで戦えるか。でも一対一だとしたら。近づくことさえ出来れば、とは思うが、勝てるイメージが沸かない。


(手強いな。)


 拍手するのも躊躇われる雰囲気の中、矢塚が隼人を振り返る。


「さて、せっかくだから見学者の君もやってみるかね?」



 どこか羨望ややっかみの視線を受けながら弓道場に立つ。身長がほぼ同じだからと矢塚の弓を貸してくれた。

 構えてみる。バランスを考えれば持つ場所は自ずと決まる。見様見真似で矢を番えて弓を引き絞るが、予想以上に難しい。上手く説明できないが、矢に自分の「意志」を込められない感じだ。


「一の矢だけで仕留めてみろ。」


 おそらく隼人にだけ聞こえた声。どこか挑発的に試すような口調。ムキになったわけでもないし、挑発に乗るのもシャクではあるが、外すのはもっと面白くない。

 引き手に力を込める。その体勢を維持しながら的を狙うのは純粋な力だけではなく、精神力も使う。

 腕がブルブル震える。目標が定まらない。


(キツいじゃねぇか……)


 ならば構えるのは一瞬。力も意識も込めるのはその刹那のみ。

 周囲から音が消えた。

見つめるのは六十メートル先の的のみ。

 考えることはただ「射る」ことだけ。

 自分でも気づかぬ内に指を離していた。

 ただすでに「意志」は通してある。


「感謝する。」


 隼人は弓を返すと、一礼をして弓道場を去る。その背に矢塚が声をかける。


「一つだけ。

 的は更に遠くを狙った方がいい。」


「心に留めておく。」



「矢塚さん。今のは……?」


「そうだねぇ……」


 部員の一人に声をかけられると、矢塚はどこか満足げな笑みを浮かべる。


「あれでも弟子になるのかな?」



 それから数日。

 夢魔むまとの戦闘があった。

 撃退は出来たが、麗華れいかのGフレイムカイザーが少なくない損傷を受けた。謙治けんじのヘキサローディオンのサポートが間に合えば防げたかもしれない。そのことで謙治は少し落ち込んでいた。


「もう大丈夫よ。」


「すみません。僕がもう少し早く……」


「黙りなさい。」


 謙治の肩を借りて研究所に戻ってきた麗華だが、謙治の謝罪の声を人差し指で止める。


「さっきも言ったでしょ。ダメージは大したこと無いし、謙治のせいでもないわ。

 でもどうしても責任を感じてるなら……」


「あの……?」


 麗華の口調の変化に気づいて、二人の間に緊張が走る。


「その、私を、元気にさせなさい。」



「はいはいはい。お邪魔はダ~メよぉ。」


「(もごもごもごもご~)」


 麗華と謙治の様子が気になって二人がいる地下に下りた美咲だが、マッハで迫る法子に羽交い締めにされた上に口を塞がれて押さえ込まれる。


もが(邪魔)?」


「そーそー。だから黙って見てるの~」


「…………」


 良くないことをしているんだろうとは思うが、二人の様子が気になって目が離せない。

 交わす言葉が少なくなり、見つめ合う時間が増えていく。どちらとも無く近づいて、手が触れあい、そして…… 

 さすがに見ていられなくて、美咲と法子はこそこそと階上に戻っていくのであった。



「でも二人とも何してたのかなぁ?」


「いや、あたしはその疑問がここで出るとは思わなかったわよ。」


 一階に戻る階段の途中に腰掛ける二人。

 どこか呆れた口調の法子にさすがに美咲もむーとむくれる。


「ボクだってテレビ見るから分かってる、つもりだけど。でも何でかな? って。」


「おー……」


 未経験者の法子にしては「何故」を問われると答える言葉がない。マンガや小説とかの受け売りなら言えそうだが、迂闊な発言で美咲が想定外の曲解をされても困る。となると……


「あれはね。おまじないよ。お・ま・じ・な・い。どんな寝ぼけた奴も一発で目を覚まし、元気にしてくれる女の子だけが使える魔法なのよ。」


「へぇ~」


 感心しきりの美咲にここぞとばかりに言葉を重ねる。


「効果は絶大だからこそ、使いどころが難しいし、簡単に使えるものじゃないのよ。

 あ、ほら。必殺技もいきなり使ってもダメでしょ?」


 美咲の目が驚きと興味で大きく見開かれる。その表情に満足しながらも、面倒にならないように適当に伝説や伝承を捏造ねつぞうする。


「へぇ、そうなんだ……」


「そうそう。だから簡単に使っちゃダメ。じっくり考えてからね。」


「う~ん、難しい……」


 色々出任せを並べ立てていたが、今日はやけにスムーズに話が進んでいるような気がする。


(そういえば……)


「ねぇ、サキ? 大神おおがみ隼人は?」


 そういえばツッコミ分が足りない。


「あ~ そういえば最近見てない、かも。」


 さっきの戦闘の時も途中から現れて、通信機越しに二、三言葉をかわしたくらいだ。


「……調べとく?」


「ううん。」


 ちょっと寂しそうな顔をしながらも美咲は首を振る。


「大丈夫。隼人くん、もう少しで何か変われそう、って自分でも分かっているみたい。」


「ふ~ん。大神隼人のことは何でもお見通し、ってわけ?」


 揶揄やゆするようなニヤニヤ笑いを見せるが、その意味が全く通じてないのか、少し上向き加減で口元に指を当てる。


「なんか、色々考えたくないことがあるんだと思う。……気のせいかもしれないけど、ボクが絡んでるような気がする。」


(なぬ?!)


 美咲のこういう時の勘はまず外れない。相手が意図的に、かつ巧妙に嘘をつこうとしているなら別だが、隼人がそこまでしなければならない理由もない。

 幸か不幸か、そこまでの材料が揃っていながら美咲が結果が導き出せないので、法子としては大助かりである。もう一つ言うと、あまり周囲の人の動きに興味も関心も無い。裏を返せば、隼人に関しては興味も関心もある、ということになる。


(あ~ でもすんなり進めるのはやっぱり面白くないー!)


 法子も隼人のことは認めている。仮に美咲を任せるとしたら今のところ彼以上の適任がいないことも分かっている。が、出会ってから今までずっと「守って」きたという自負がある以上、やはり面白くない。


(次、何かあったら、よねぇ……)


 進んで欲しくもあり、進んで欲しくも無し複雑な心境の法子であった。



 更に数日後。


「月影合体、ムーンブレイカーっ!」


〈竜・神・降・臨!

 グレートフレイムカイザーっ!〉


「重装合体、ヘキサローディオン!」


 現れた夢魔に対して三機の合体ロボが取り囲むように着地をする。


「動きはない、か。」


 少し遅れて隼人のウルフブレイカーがビーストモードで身構える。いつでも飛び出せる体勢だ。

 夢魔は黒いモップの先を立たせてユラユラ動かしたような感じだ。そういう感じの犬種がいるが、可愛らしい雰囲気とは全くの無縁だ。


『皆さん! 夢魔の内部のエネルギー反応が増大しています!』


 研究所の和美からの通信が入る。


『いつかの植物を模した夢魔にパターンが似ています。精神攻撃の類かもしれません。ご注意を。』


 小鳥遊の声が続く。


「気をつけろ、って言われてもね。」


〈まぁ、いつもの通り臨機応変、でございますな。〉


 麗華の呟きにカイザーが応えていると、夢魔が小刻みに震え始めた。


「来たわね……

 散開! いったん距離をとって相手の初撃に対応するわ。特に隼人!」


「ちっ。」


 夢魔が何かしてくる前に一撃を喰らわそうとしていたのを指摘されて、つまらなそうに舌打ちをする。

 夢魔の震えが最高潮に達した瞬間、見えない波動が夢魔を中心に広がった。反射的に防御するように腕を交差させる。


「……?」


 何も起きた感じがしない。


「カイザー! 損傷は?!」


〈いえ、特には……

 ! 麗華様!〉


 切羽詰まった声と共に、Gフレイムカイザーが無理矢理身体を捻るようにして回避行動を取るが、一歩遅かった。右肩のあたりに閃光と共に衝撃が走る。


「何が起きたの?!」


 向き直りながら、攻撃された方向には確か謙治のヘキサローディオンがいたはず、と少々の違和感を抱きながら体勢を立て直した。

 正面のメインスクリーンにはGフレイムカイザーに武装を向けるヘキサローディオンの姿が映し出されていた。



「え?!」


 近くで爆発音がして反射的に振り返ると、ヘキサローディオンがGフレイムカイザーを攻撃していた。次々に武装を召還するが、受け取り損ねたり、直接手で弾いたりして使われずに地面に落下する物もある。

 また、構えた武装も発射の瞬間に手元がぶれて直撃を避けているように見える。

 それでも元々ヘキサローディオンの武装は強力なため、かすった程度でも結構なダメージとなる。一方的に攻撃を受けているGフレイムカイザーの装甲が削れ、あちこちの破損箇所から火花や煙がもれる。


「謙治くん…… もしかして夢魔の攻撃?」


 今の謙治は間違いなく何かに操られているか、麗華のことを敵と認識しているようだ。それでもまだ自分の意志が残っているのかギリギリで致命傷にならないようにしているのは分かる。


(早く夢魔を倒さないと……)


 隼人くん、と側にいた隼人を呼ぼうとして、不意に悪寒に襲われる。自分はともかく、どうして隼人まで無事と思いこんだのだろう。

 美咲の近くで殺気が膨れあがった。しかしそれは彼女に向けられたものではない。

 いや、彼女にも、というべきか。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ウルフブレイカーは天を仰いで一声叫んだかと思うと、ウェアビーストに変形し、疾走しながら全てを破壊せんとばかりに爪を縦横無尽に振るう。


(止めなきゃ!)


 夢魔からこの世界を守るために戦っているのに、周りを破壊するようなら本末転倒である。が、それよりも隼人の叫び声が気になった。

 その声にはこちらまで苦しくなるくらいまでの悲しみに満ちていた。


「麗華ちゃん、謙治くん、ゴメン!

 イリュージョン・アウト! ルナ! 夢魔の相手お願い!」


 ムーンブレイカーからシャドウブレイカーとルナティックグリフォンに分離すると、隼人の後を追う。残されたルナティック・グリフォンは空に舞い上がると、口からビームを発して夢魔を牽制する。

 戦闘はひどく長引きそうであった。



 闇の中、隼人は走っていた。

 おそらく現実ではないのだろうが、夢の中に取り込まれてしまったのか、違和感を感じることが出来ない。

 現状としては何か分からないが、恐ろしいものから逃げている、ということだ。今残ってるのは自分と和美と美咲。他の仲間達はすでに「何か」の手にかかってしまった。

 前にも後ろにも「何か」がいる。

 今できることは道を切り開き、三人だけでも生き延びることだ。時々後ろから聞こえる物音で二人の少女がちゃんとついてきていることは分かる。間違いなく和美が足手まといになっているが、だからといって見捨てる選択肢はない。

 無限に続くと思われる「何か」の襲来だが、前方の「何か」がわずかに薄くなったような気がした。


「もう少しでここを突破できそうだぞ!」


 単なる希望だが、自分と、後ろの二人を鼓舞するために声を張り上げる。


「!」


 しかし返ってきたのは声にもならない悲鳴と、小柄な人間が倒れる音。そして、


「和美ちゃん!」


 悲痛な叫び。そして次の瞬間、人体を貫かれるような音が聞こえた。


「あ……」


 今起きたことが分からなければ良かった。直感的に自分が全てを失ってしまったことに気づいた。


「ゴメンね……」


 息も絶え絶えなのに、そのことを伝えたいがためだけに最期の力を振り絞る。


「和美ちゃんのこと、守れなくて、ゴメ……ンね……」


「み、さ、き……

 ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 妹を失ったのは悲しかったがまだ理解できた。でもあの少女を失うということを心が完全に拒絶していた。

 何も考えられない。少しでも余計なことを考えたら「そのこと」を理解してしまう。そうなったら自分は間違いなく保たない。

 戦っている間は何も考えずに済む。



(速い!)


 ただでさえ高速型で、更に速度が上がるウェアビースト形態。その状況で暴走までしているようだ。今のウルフブレイカーに追いつくのもままならない。

 速度だけなら飛行形態のスカイシャドウの方が上回っているが、地上を走るウルフブレイカーを追うには小回りがきかない。シャドウブレイカーでも空を飛べるが、速度は格段に落ちる。

 大地を蹴り、ジェットで飛び、細かく変形を繰り返してウルフブレイカーを追う。前に回り込んだと思っても、眼前で青い機体が疾風のように姿を消す。左右か、もしくは上か。判断している内に、その背中が遠くなる。


「待って!」


 ピクン、とウルフブレイカーが一瞬反応した。いや、もしかしたらそんな気がしただけかもしれない。


(こうなったら……)


 スカイシャドウの速度を生かして先回りをする。シャドウブレイカーに変形し直して、まだ遠くに見えるウルフブレイカーに右腕を向ける。

 心の中で隼人に詫びてから、威力をギリギリまで抑えたニードルシュートを放つ。

 針状の光線が青い装甲の上ではじける。

 攻撃を受けたウルフブレイカーがシャドウブレイカーを「敵」と認識した。今までと違ってゆっくりと、着実に歩を進めてくる。

「敵」を滅ぼすために。



〈さすがに…… 謙治様はお強いですな。〉


「そうね。身にしみて感じるわ。」


 コクピット内は真っ赤に染まっていた。警告のアラートがギャンギャン鳴り響く。美咲や隼人ほどではないが、自分の身体と機体もある程度シンクロしているので、言葉通りダメージが身にしみて分かる。


「そろそろ反撃の一つでも、と思ったけど、ちょっと限界っぽいわね。」


〈恐縮にございます。〉


 すでにGフレイムカイザーから戦闘力は失われていた。膝立ちのまま動けず、ゆっくりと近づいてくるヘキサローディオンを見ていることしか出来ない。

 ゆっくりと右腕をあげる。その手に握られているのはハンドガンタイプの武器だ。連射の利く取り回しのいい武器だが、威力は低い。が、それもこの至近距離でなら十分だ。


「謙治……」


 仲間であり、恋人でもある少年の名を口にしたところで気づいた。その銃口は細かく揺れて、引き金に伸びるはずの指もなかなか折り曲げられない。

 抗っている。

 夢魔に何をされたのかは不明だが、それでも謙治はまだ自分の意志を残している。そしてそのわずかな意志で必死に抗っている。


「謙治! 情けないわよ! 私が…… 私が好きになったのはこの程度の男なの! 撃つなら撃てばいいでしょ!」


 麗華の叫びに動揺が大きくなる。


「……だい、れくとぼいすこんとーる。」


 囁くような掠れ声が通信機越しに聞こえてくる。

 その意味を考えている間にも、声は次々に言葉を紡ぐ。


「りあくびりてぃまきしまむ。せーふてぃどらいぶりりーぶ……」


 英語による命令コマンドだ。そういえば前に謙治が言ってたような気がする。


(元々ブレイカーマシンは考えるだけで動くことになってますけど、僕達の機体はそうもいきませんからね。)


 精神力が高ければ機体の反応性も高くなり、格闘などの素早い動きにも対応できる。その代償として機体に受けたダメージもパイロットに大きく返ってくる。そこで精神力が低いのを逆手にとって、パターンファイルを構築し手動操縦を主とすると、精密な動き――それこそ射撃や砲撃には有利に働く。

 ただそうなると何らかのアクシデントで操縦が出来ない事態になると、何も出来なくなる恐れがある。


(ですから、ある程度は声でも操縦できたら便利だと思いません? 上手く使えればもう一本の「腕」になるかもしれませんし。)


 謙治の説明が頭の中でぐるぐる回るのを感じながら、さっきの言葉の意味を考える。反応性最大―― 安全装置解除――


「! ダメぇっ!!」


 気づいた麗華が声を張り上げるが、それは少し遅かった。それまでとは違う、完全に意志のこもった声が最後の命令(コマンド)を発した。


「チェストガトリングっ!!」


 ヘキサローディオンが胸部が内側から爆発した。チェストガトリングはコアであるサンダーブレイカーの胸部装甲下にある内蔵武器だ。通常は装甲を開かないと発射出来ないものを、安全装置を解除して無理矢理撃ったのだ。当然、機体の内部で暴発し、反応性を最大にしていたため機体のダメージはそのままパイロットに反映する。

 強烈な痛みが謙治を正気に戻すが、その代償として中枢を大破したヘキサローディオンがゆっくりと後ろに倒れた。


「謙治っ!!」


 レバーを動かすも、ダメージの大きいGフレイムカイザーもまともに動けない。


「カイザー、ごめんなさい。今日はここまでね。コンビネーション・アウト!」


〈いえ、こちらこそお役に立てずに申し訳ございません。〉


 Gフレイムカイザーの背部に合体しているフェニックスブレイカーはカイザーが身をもって庇っていたせいで、単機ならまだどうにか動けそうだ。分離した残りのカイザーの部分はダメージオーバーで夢の世界へ返還される。

 麗華の目の前でヘキサローディオンも実体を失って消滅する。その跡地には血の気の失せた謙治が横たわっていた。


「……!」


 怖い想像は頭から排除して、謙治の元に駆け寄る。

 大丈夫。呼吸が多少荒いが、外傷もなさそうだ。幸か不幸か、精神力が低いのと本人がダメージに慣れてない為、機体を維持できなくなったから、それ以上のダメージを受けずに済んだようだ。そこまで考えてのことだったら、さすが、というべきか。


「美咲…… 隼人……」


 今回はあの二人に任せるしかない。しかし、その二人は一触即発の状況であった。



(はやと、くん……)

 周りへの被害を防ぐための苦肉の策とはいえ、隼人に殺気を向けられるのは嫌なものだ。

 それよりも隼人が苦しんでいる、ということが心に痛みを走らせる。

 目の前のウルフブレイカーに集中する。まとっている「気」がいつもと違う。この「気」は好きじゃない。


(止めなきゃ……)


 ウルフブレイカーの爪が迫る。ギリギリで避けたつもりだが、肩に痛みが走る。肩の装甲に傷がついていた。


(無理かも。)


 あっさりに聞こえるが美咲はそう判断した。正攻法で今の隼人を止めるのは難しい。となると考えをすぐ切り替える。二、三度防御に徹しながら動きを観察する。正気じゃないせいか、速さだけで攻撃は単調だ。そこがちょっと悲しい。

 こっちがあまり反撃しないのを感じたのか、ウルフブレイカーの動きが大胆になる。距離を一度離し、最大の速度と威力の攻撃でシャドウブレイカーを倒そうと両手を広げる。


(……来るっ!)


 遠くにいたはずのウルフブレイカーが瞬間移動をしたかのように眼前に迫る。両手の爪が閃き、シャドウブレイカーを切り裂いた。


「くっ……」


 どんなに早い攻撃でも「敵」を捉えた瞬間は遅くなる。爪が食い込む苦痛を感じながらも、防御を捨てて右腕を掴んだ美咲は、そのまま身体を反転させて一本背負いの要領で投げる。しかもコンパクトに投げて、腕を掴んだまま覆い被さって押さえ込む。

 激しく暴れるウルフブレイカーの動きを封じようとするが、暴走しているせいか力負けしそうだ。これまでのダメージが効いているのもあるし、このままでは逃げられる……


「ルナっ! ちょっと来て!」


 時間稼ぎをしているルナティック・グリフォンを呼び寄せる。向こうの戦場でまぶしい光が迸るのが見えた。程なくルナティック・グリフォンが飛んでくる。


「ルナ! ボクごとで構わないから、思いっきり押さえつけて!」


 クエー……


「早く!!」


 躊躇するように鳴くが、美咲の必死な声に二機まとめて踏みつけて体重をかける。ルナティック・グリフォンの爪がシャドウブレイカーの背中に食い込み、美咲がわずかに苦痛の声を漏らした。


「良いからそのまま!」


 それだけ言うと、美咲はシャドウブレイカーを降りて直接ウルフブレイカーに向かう。足場は安定していないし、地面までの高さは怪我じゃ済まないくらいにある。それでもウルフブレイカーしか見えてないのか、身軽に飛び降りて胸元まで辿り着いた。


「!」


 何かを引きずるかのような音と共に夢魔が現れる。動けないルナティック・グリフォンにモップのような身体の一部を伸ばすと、激しく打ち据える。


「ゴメン、ルナ。少しだけ我慢して。」


 そういうことが出来るのかどうか知らなかったのだが、まるで分かっているかのように美咲がウルフブレイカーの胸の装甲に手を触れると、その姿は内部に取り込まれていった。



 次の瞬間、美咲の目の前の隼人が現れた。その顔は悲痛に彩られ、目は開いているが、何か違うものを見ている様子だ。

 悪い夢を見ている。

 押さえ込まれたウルフブレイカーを動かそうと必死になる隼人を見ているのが辛い。


「……隼人くん。隼人くん!」


 声を掛けても揺さぶっても反応しない。


「どうすればいいんだろう……」


 悪い夢から目覚めさせる方法。そんなものがあれば……


(どんな寝ぼけた奴も一発で目を覚まし、元気にしてくれる女の子だけが使える魔法なのよ。)


 不意に法子の言葉が頭をよぎった。

 今の状況にピッタリだ。でもなんか色々「注意事項」があったような気がする。


(これはね、凄い強い魔法なの。だからまず嫌いな人に使っちゃダメ。それに一生で一人にしか使っちゃダメ。だから使う相手はしっかり考えること。)


「……よし。」


 全部吹っ飛ばした。

 直感が「全く問題ない」と判断している以上、動かない理由はない。

 座っている隼人の膝に飛び乗り、肩に手をかけながら、顔を上に向かせる。


(お願い、)


 美咲の頭の中から今が戦闘中だということがすっかり消えていた。ただ、目の前の少年のことを思うだけ。


(ボクの大好きな隼人くんを返して。)



 冷たい闇の中、隼人は戦っていた。いつ終わるとも知れぬ戦い。永遠という毒が心をジワジワと闇に染めていく。


(俺は何をしているんだ…… 俺は何のために戦っているんだ……)


 それすら忘れそうになる。


(俺はいつも何かを守りたかったはずだ。)


 それは大きくはないが、暖かく、明るく、優しく、そして強くて弱い…… 気がした。

 急に身体が動かなくなって思考ばかりが走る。記憶が薄れる感覚。大事なものが心から失われそうになる。たった三文字の言葉のはずなのに、何故か思い出せない。

 思い出せ。心に呼び戻せ。忘れたくない。


(お願い、)


 そうだ、お願いだ。

 あの時何て言った? 始めて涙を見た日に何て「お願い」された?


(ボクのこと、名前で呼んで欲しいな。)


 不意に世界に一陣の風が吹いた。

 それは春の風のように暖かく、春の日差しのように明るく、春の花のように心地よい香りがした。

 悪夢が、終わる。



(美咲!)


 その名前を口に出そうとして何故か声が出なかった。いや、声が出ないのではない。口が何かに塞がれている。

 状況は理解した。でも理解できない。


「美咲!」


 驚きながらも乱暴にならないように少女の肩を押して身体の――特に唇の距離を離す。ちょっと残念な気がした。


「わ、」


 こんなことをしておきながら、いつもの口調で美咲がニコニコ笑顔を浮かべる。


「すごいすごい。効果てきめん。」


 ぺたん、と隼人の膝の上に正座をする少女。そのおかげで視線の高さが同じくらいになる。満面の笑顔に隼人も毒気を抜かれる。


「何がどうしたんだ。」


 前後の記憶が曖昧だ。でもなんかとても辛いことがあったような気がする。そしてとても衝撃的なことも。


「あ、えっとね、法子ちゃんが教えてくれたんだ、おまじない。」


 言ってることは分からないが、その「おまじない」がさっきの行為であることに間違いない。その時の感触を思い出して頬が熱くなる。


「どんな人でも目が覚めて元気になるおまじないなんだって。あ、そうだ……」


 思い出したことがあって口を開きかけるが、不意に顔が赤くなると、自分の胸に手を当ててあわあわと慌て出す。


「あ、あの、えっと、ね……」


 耳まで赤くなって身を縮み込ませた美咲が、上目遣いで隼人を見つめる。


「その、ボク、初めてだったんだよ。」


 美咲としては「おまじない」の効果を高める一言だ、と法子に教わったんだが、急に恥ずかしさが湧いてきて上手く言えない。

 何もかもが不意打ちだった。ただでも真っ白だった頭の中にトドメを刺された。もう誤魔化しきれない強い思いが身体に満ちる。


「美咲っ!!」


 抱き寄せる。驚いた少女に今度は自分から唇を重ねた。

 腕の中で身体を硬くする美咲だが、ゆっくりと力が抜けてきて、隼人に体重をかけてくる。その温もりや柔らかさが心地よい。

 どちらからともなく離れると、赤い顔で照れたように微笑む少女が何とも愛おしい。

 お互い言葉は無く、視線が絡み合い、心と心が繋がる感じがする。このまま時が止まればいいと……


 クエーッ!!


 ルナティック・グリフォンの悲鳴が二人を現実に戻した。


「ルナ?! くっ……」


 美咲は不意に顔をしかめると、自分の身体を抱きしめるようにして、辛そうな表情を浮かべた。

 ウルフブレイカーから見えたシャドウブレイカーは傷だらけであった。しかもそのほとんどは鋭い爪に引き裂かれたものだ。更にその奥に見えるルナティック・グリフォンも夢魔の攻撃を受け続けて耐えきれないように悲鳴を上げていた。その痛みが美咲にも伝わってきているのだ。心に鈍痛が走る。


「美咲、そいつは戻してお前も離れろ。」


 罪悪感に叫び出しそうになるが、それを必死にこらえて平静を装う。


「あ、うん……」


 美咲が隼人の膝から降りると、一歩下がる。


「隼人くん、ゴメン。ボク、ちょっと大変かも。」


「ああ分かってる、後は俺に任せておけ。」


 コクンと一つ頷くと、少女の姿がコクピットから消えた。シャドウブレイカーに戻った美咲がルナティック・グリフォンと一緒に夢魔から距離を離す。追おうとする夢魔の前にウルフブレイカーが立ちはだかる。


「待ちな。悪いが今日の俺はちょっと無敵入ってるぜ。」


(すげぇ元気、もらったからな。)


 隼人の視線が夢魔を射抜いた。



「ランド、行くぞ!」


 パワーでねじ伏せようとして、ランドハンターのカードをポケットから引き抜くが、他の二枚も自然と飛び出して、コクピットの中の隼人を囲む。

 いきなり周囲の光景が消えると、姿を現したハンターチームが歌うように言葉を放つ。


「今、主殿の心の中には強き力が満ちております。」


「それは慈愛の心。」


「人を慈しみ、守りたいと思う心。」


 腕組みしながら三方を囲むハンターチームに思わずため息がもれる。


「恥ずかしい事をいう奴らだな。」


 隼人のボヤきにピクッと一瞬反応するハンターチームだが、気にしない振りをして言葉を続ける。


「己が為に振るう力には限界があります。」


「しかし誰かの為に振るう力は枯れぬ泉。」


「ならば我ら三将もそれに応えましょう。」


「「「さぁ、唱えよ主よ!」」」


「……しょうがねぇ、付き合ってやるか。」



さんしょうごういつ!」


 刹那の夢から覚めた隼人は、自分の目の前に浮いていた三枚のカードを掴むと、天井へ投げかける。コクピットの壁をすり抜けたカードは、ウルフブレイカーの頭上で光となって弾けた。

 その光を確認する前に駆けたウルフブレイカーは夢魔を爪で切り裂きながら飛び越える。後を追うハンターチームも一撃ずつ与えながら後方に走り抜ける。

 ウルフブレイカーとハンターチームが青い光に包まれて変形を始めた。

 人型形態ヒューマンフォームに変形したウルフブレイカーが腕と足を背部に折りたたむ。

 マリンハンターが上下逆さまになり足を大きく展開し、胴体が左右に広がる。その隙間にウルフブレイカーが収納された。

 胸にある狼の頭部の下に、スカイハンターが変形した怪鳥の尾翼部分が分離して装着され、胸アーマーとなる。

 背中の大手裏剣を分離させたランドハンターが左右に分かれると強靱な足となり合体。

 バックパックと翼に変形したスカイハンターが背部から合体し、ヒューマンフォームの頭部に鳥のような兜がかぶさる。

 両腕となった龍の頭。その下あごが大きく開くと、そこから拳が現れて力強く握りしめられる。

 最後にランドハンターの大手裏剣が獅子頭になると、肩アーマーとして左肩に装着された。

 フワリと空中の一点につま先で着地すると、腕を組み翼を広げた。


封魔ふうま合身がっしん、』


 鳥兜の下の目が鋭く光る。


『メアハンター!』



封魔刀ふうまとう虹架にじかけ。』


 反りのない直刀がメアハンターの手の中に生まれる。鞘から抜かれ、その刃が陽光にさらされる。と、次の瞬間、メアハンターの姿が消えた。

 いや、夢魔の周りで小さな虹が現れては消え、その度に斬撃の閃光が走る。

 封魔刀虹架――その刀身からはいつも清浄な水が滴っている。その刃を一度振るえば、雫が霧として舞い、陽光を浴びれば瞬く間に虹を生む。それこそが「虹架」の名の由来。

 合体したメアハンターは単体のウルフブレイカー以上の速度を持ち、更に飛行能力まで加わっている。いきなりそんな「速さ」を手に入れても使いこなせるはずは無いのだが、


(どういうわけだ……)


 身体も眼も反応できている。

 勢いで合体してみたが、新しい機体の速度に十分対応出来ている。まだ全てのスペックを出し切れてはいないが、この夢魔をすでに圧倒している。


『さすがでございますな、主殿。この封魔将を見事乗りこなすとは。』


 合体したメアハンターの人格はハンターチーム全員の意識が統合されているらしいが、マリンハンター寄りなのでどこか安心だ。


『我らの力、託した甲斐があるというものでございます。』


「…………」


 そういえば、ハンターチームを召還する符――今はカードだが――も玄庵にもらったものだし、あの特訓があってこそ今メアハンターを操縦できているようなものだ。


(何者だ一体……)


 考えればキリが無いが、今は夢魔の対応に専念する。

 ……離れたところで傷ついたままのシャドウブレイカーがこちらを見てるから、と張り切っているつもりはない。

 この夢魔は精神攻撃を除けばそれほどの力を持っているわけではなさそうだ。モップの固まりのような身体から太い毛を伸ばして来るが、それらはすべて虹架の前に絶たれてしまう。

 ただ、毛が多すぎてどこから本体なのか、それとも毛の固まりが本体なのか、斬ってみるしか分からないのが面倒くさい。


『ならば…… 封魔大手裏剣!』


 左肩の獅子頭を外すと、そのまま投擲する。

 夢魔が必死に毛を束ねて防御したところに、メアハンターが迫る。


『もう半歩、でしたな。』


「ああ、でも手応えはあった。」


 今の一撃で本体が掴めた。次で決める。

 本能的に恐怖を感じたのか、夢魔がジワジワと後ずさりを始める。

 優位にあるからと油断していたのは否めない。夢魔が自分の何割かの毛を一斉に伸ばしてきたのも片手間で薙ぎ払えた。


「! しまった! ……美咲!!」


 夢魔は攻撃を目くらましにして、シャドウブレイカーに向かっていた。


「わ…… え? う、嘘……!」


 空に飛んで距離を置こうとした美咲だが、一瞬火を噴いた背部のジェットがすぐに沈黙する。予想以上の破損に驚いている間に、夢魔の毛がシャドウブレイカーを拘束した。


「うわ…… ちょっとダメ、かも……」


 出力が全然上がらず、夢魔の毛を振り払うことが出来ない。がんじがらめにされて、ずるずると夢魔の方に引き寄せられる。


「美咲!」


 駆け寄ろうとするメアハンターだが、シャドウブレイカーを目の前に突きつけられて、足が止まる。


「ちっ……」


 調子に乗りすぎたようだ。冷静になれ。


『いえいえ、今こそよこしまなるものを滅ぼす絶好の好機でございますぞ。』


「どこがだ。」


 シャドウブレイカーを盾にされている以上、迂闊に動くことは出来ない。その間に失った身体を再生しようという考えなのだろう。シャドウブレイカーが人質である以上、すぐに危害を加えるつもりはないのだろうが、時間が経てば経つほどこちらが不利になる。


『あ奴があのように身を隠しているのならば、その奥に急所があるに違いありませぬ。』


「…………」


 確かにそうだ。夢魔を倒すには再生できないほど破壊するか、どこかにある核を狙うしかない。大抵は中心、ということになるが、形状によりその「中心」が分かりづらい場合もある。

 今夢魔は自分よりも小さいシャドウブレイカーを身体に密着させるように盾にしている。ということは、そこに核があるに違いない。

『主殿が懸想けそうする姫君が心清きお方なら……

 おっと、我らが案ずるまでもありませんでしたな。』


「言ってろ……」



「ハンターボウ!」


 左手を握り前に突き出すと、その拳の左右から水が噴き出した。噴き出す水を棒状の武器のように二、三度振り回すと、縦に構える。

 水は凝縮し、透明感を持った深い青色の湾曲した棒――いや、大弓となる。両手をゆっくりと上げて、引分ける。清水よりも透明で、目でも捉えられない程細い弦が引き絞られた。

 左右の手の甲にある龍の目が光ると、その間に霧が集まり、蒼い一本の矢となる。

 狙いはまさにはりつけにされたシャドウブレイカーの中心。おそらくは美咲がいるだろうコクピットだ。矢を向けられた事で、シャドウブレイカーが驚いたように動きを止める。


「……本当に大丈夫なんだろうな。」


『封魔の矢は悪しき者のみを貫きます。信じるべきは己でございます。

 それにすでに姫君の方は主殿を信じて待っておられますぞ。』


 言われてシャドウブレイカーを見ると、さっきまで脱出しようともがいていたのが、今は狙いの邪魔にならないようになのか、身動きしないでこちらを見つめている、ような気がする。


(……ったく。俺がいつも空回りしているみたいじゃねぇか。)


 腹は決まった。

 弓を引き絞る手に力と心を込める。

 シャドウブレイカーの奥の夢魔の更に奥の蒼穹に狙いを定める。シャドウブレイカーの装甲越しに美咲の姿が見えたような気がした。


封魔ふうま滅殺めっさつ……」


 会から離れは一瞬。


あお一矢ひとやっ!」


 解き放たれた矢は一筋の閃光となってシャドウブレイカーと夢魔を貫いた。

 ただシャドウブレイカーと美咲にとっては青い光に目を眩まされた程度で何も起きない。そして、夢魔は核を射抜かれてゆっくりと消滅していった。

 夢魔に支えられていたシャドウブレイカーが落下する。気を抜いていた美咲はジェットを噴かそうとしたが、やはり飛べずに落ちる。しかし、今度は美咲は慌てなかった。


「大丈夫か。」


 トドメの矢を放った直後に飛び出していたメアハンターがシャドウブレイカーを受け止めていた。シャドウブレイカーとメアハンターが空気に滲むように夢の世界へ還っていく。あとには隼人が美咲を抱きかかえて立っていた。


「大丈夫か?」


「うん、大丈夫。……その、隼人くん、格好良かったよ。」


「そ、そうか。」


 不意打ちの言葉に動揺しかけるが、どうにか表情に出さずに誤魔化す。


「えっと、その……」


「今度は何だ。」


 なんか気恥ずかしくて顔をまっすぐ見ることが出来ないが、雰囲気で美咲が顔を赤らめているのは分かる。


「ボク、一人でも歩けそう、かな? と。」


「却下だ。」


 ふぇ? と間の抜けた声が腕の中から返ってくるが、気にしない振りをして歩き始める。動き出すとさすがにジッとして隼人にしがみついてくる。

 もう少し少女の温もりを感じていたい、なんて口が裂けても言えなかった。



 今回の戦闘では隼人のメアハンターはほぼ無傷で、他三体は中破~大破くらいであった。人の方もだいたい同じで、隼人は新しい合体を始めて行ったため、それなりに消耗していたが、他の三人は消耗を超えて精神ダメージレベルに達していた。

 想定外だったのが美咲で、ダメージはかなり深刻で、元々の精神力が大きいとはいえ昏倒しててもおかしくないはずであった。


「でも途中で回復しているというか、なんというか…… あ、隼人君も消耗が思ったよりも軽いのですよ。」


 エーテルとかあるんでしょうか? と訳の分からないことをブツブツ呟く小鳥遊。ちなみに麗華は戻る途中で気を失って、謙治共々奥で休んでいる。

 思い当たるのはあの「おまじない」くらいだが、言えるわけ無かった。


「あの二人は放っておいてもいいか。

 和美、そろそろ帰るぞ。」


「あ、お兄ちゃん、もうちょっと待って。すぐ終わるから。」


 美咲と法子に見られながら今日の戦闘を整理していた和美が顔を上げる。このあと、まとめた文章を元に法子が「記事」を書き上げていろんな方法でネット上に情報を流すのだ。

 となると、


「美咲、お前はどうする。一緒に帰るか?」


「「「え?!」」」


 少女三人が声を合わせて驚くのが全く理解できない。と、美咲が周囲を見渡してからにへら、と顔をとろけさせたことで気づいた。


(しまった……)


 人前では苗字で呼んでいたはずなのに、今全く自然に名前で呼んでしまった。そして美咲の反応。何かあったのかと勘ぐられてもおかしくない。


「あー、サキちゃん。明日ちょーっと大神隼人のことで聞きたいことがあるから、時間ちょうだいねぇ。」


 ちょっと怖い表情を浮かべた法子と、どこか嬉しそうな和美。そして明らかに上機嫌になった美咲を見て、隼人は自分の迂闊さを呪った。



 あれから怖い視線に見送られながら、上機嫌の二人と一緒に帰宅。和美を先に帰して、やはり疲労が溜まっていたのかちょっとフラフラしてる美咲を家まで送って帰宅。

 帰ってもすることが無いのと、自分も疲れているのですぐに寝ることに。

 そして夢を見た。

 この前と違うのは、顔が近づいてきたときに目が覚めなかったこと。

 その記憶が存在するためか、柔らかいものが触れる感触までリアルだ(夢の中だが)。

 二人が離れて絡み合う視線。はにかむ笑顔が何とも愛おしくて、


「うわ。」


 思わず押し倒してしまう。夢の中の自分は色んな葛藤を抱えているらしく、それ以上何も出来ないでいるが、美咲が顔を赤らめて視線をそらしてから、


「ボク、隼人くんなら…… いいよ。」


 そして自分は少女に手を伸ばして……


「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」


 隼人の眠れない日はまだ続きそうだった。




美咲「な、なんか今回はちょっと恥ずかしかったかも。

 えっと、次回はちょっと違うお話なんだって。本当はあり得ないんだけど、って何のことだろ?


 夢の勇者ナイトブレイカー第三十九話

『体育祭だよドリームナイツ!』だって。


 こんな夢、現実だったらいいな。」

ストックが切れました。

少し間が空くか、それとも別のを出すか……

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