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夢の勇者ナイトブレイカー  作者: 財油 雷矢


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第三十七話 そっくりさんラプソディ(後編)

お待たせいたしました

40分ほど遅れましたが、投稿です

「今日空いてる?」


「……え~と、隼人はやとくんは空いてる?」


(どこから突っ込めばいいのやら。)


 平和な土曜日の朝は同じ顔が食卓に二つ並ぶことによって破られてしまったようだ。



 そんなに夜更かしする性格でもないのだが、それでも週末はのんびり寝ていることが多い。

 程々の時間にベッドを出て、簡単に着替えて階下に降りる。下から気配がするので、妹の和美かずみはもう起きているようだ。玄関に行って新聞を確認したときに何となく違和感。気にはなったが危険な感じもしなかったので――別な意味で危険ではあったが――居間に行こうとして、複数人の声が聞こえてくるのに気づいた。

 カードから召還されるハンターチームの一人、スカイハンターは知恵の将を司るだけあって、暇さえあればテレビや本を読みふけっている。

 きっとスカイハンターとかテレビの声なんだろう、と安直に考えてしまった。もうちょっと注意深ければ、同じくらいの大きさとはいえ、玄関の靴の数が妙に多いことに気づいたのかもしれない。


「あ、隼人くん、おはよう。」


「隼人さん、おはようございます。」


 髪の長さが違うだけで、同じ顔が二つ隼人を迎えた。


「……今日は真似しないんだな。」


 突っ込む気力も無く、休みの朝から一日のエネルギーを全て使い果たしたような気分で椅子に腰を下ろす。


「だってさぁ、」


 テレビで子役をしている神代かみしろ清花さやかがちょっと拗ねたように唇を尖らせる。本気なのか演技なのかどうかは判断つかない。


「すぐにバレるし。」


 どこか媚びたような表情だが、美咲みさきの顔でやられるとどこか新鮮な気もする。


「……どうでもいい。」


 心底興味なさそうに台所の方に目を向ける。何か焼ける音が聞こえてくるので和美が調理中なのだろう。焦ったような声と、何かが焦げるような臭いが不安を増大させる。


 二つとも同じ漢字だな。


 よほど現実逃避したいのか、余計なことばかり考えてしまう。そんな隼人のどこから読み取ったのか分からないが、美咲が台所の惨状|(予定)に気づいてパタパタ走っていく。

 期せずして二人きりになったところで、清花がジーッと音が出そうなくらいに見つめてくる。元々落ち着かない状況でのこの視線はどうも身体に悪い。


「何か用か?」


 そう聞かないとならないようなプレッシャーを中学生から受けて、渋々質問する。


「べーつに。」


 口調とは正反対に構って欲しい顔でそっぽを向く。清花としても美咲と和美が戻ってくることを考えると、あまり時間の余裕はない。好意か敵意かは自分でも分かっていないが、どうにか隼人のことを知りたいとどこか焦ってしまう。


「…………」


「…………」


 昔から無愛想でそれに輪をかけて女の子の相手が苦手な隼人と、まだどこか隼人のことを恐れながらも何を話しかければ良いのか分からない清花の間に気まずい沈黙が流れる。


(どうしたらいいんだ……)


(どうしよう……)


 話題も何も思いつかず、とはいえこのままの状態を維持するのも嫌で、どうにか流れを変えようと隼人は周囲に神経を集中させる。家の外からわずかに車のエンジン音が聞こえたような気がした。


「そういやぁ、今日はあの藤森ふじもりってマネージャーはどうした?」


「…………」


 微妙に困る質問をされたのか、清花がぷいと視線をそらす。


「外で待たせてるなら入ってもらえ。メシも食わないで放っておくのは…… その、アレだろ?」


 何がどうアレかは不明だが、隼人にそう言われて「あ、うん……」と言葉を濁しながらも外に出て行った。

 そして、


「…………」


(俺の元にはもう安らぎという言葉は戻ってこないらしい。)


「あー、なによ大神おおがみ隼人。朝から美女美少女五人に囲まれて嬉しくないの?」


「メシくらい何も無しで喰わせてくれ。

 清花のマネージャーの藤森かえでと一緒に現れたのは最近とみに神出鬼没となった法子のりこであった。すでに今日の体力は予備も使い切った気分だった。追い返すわけにも行かず、大神家の朝食の席に二人追加となった。

 結局、和美と清花の作った失敗作は美咲と隼人で半分ずつ処理することになった。他の四人の分のフレンチトーストを美咲が作っている最中に、彼女の皿にのっていた最高の失敗作をこっそり自分のと取り替えたのは、隼人の秘密としておく。


「おっまたせー。遅くなってゴメンね。それじゃあ、いただ……」


 ちらり。美咲が上目遣いに隼人の顔を見る。お互いの皿を見て微妙な表情。ジッと見つめてくるので、気まずさもあって隼人がわずかに視線をそらす。


「……きます。」


 この間に気づかなかったのは和美と楓くらいで、法子は気づかない振りを、清花はどこか羨ましげな顔をする。


「ところで、今日来たのはそれだけじゃないんだろ?」


 朝食もどうにか終わり一息ついたところで隼人が口を開く。唐突すぎる訪問には裏があるとしか考えられない。美咲が隼人の家に来ている、ということは事前に何らかの連絡があってしかるべきだろう、と。


「あ、そうだそうだ。」


 今思い出したかのように清花が返す。そして冒頭の会話へと戻る。



「今日ね、ブレイブレンジャーの撮影日なんだ。見てみようとか思わない?」


「ねぇ、清花ちゃん。もうちょっと普通に言った方が隼人くんも来てくれるよ。」


「……えっと、今日撮影なんだけど、和美とか美咲さんとか、その隼人さんに見てもらいたいかな、って。」


 ちょっと高飛車に言ってみた清花だが、優しく美咲に窘められて毒気を抜かれたように言い方を変える。


「隼人くんもそれならいいよね?」


「……ん? ああ、そうだな。」


 隼人としてもそう言われたらさすがに断りづらい。

 美咲に先制され、微妙にイニシアティブを取れない清花を、何もかも分かった顔で法子がその肩を叩く。


「ところでさ、そんな面白そうなこと、あたしも参加したいんですけどー そうなると楓さんの車じゃ辛いですよね?」


 楓の車は小型車なので、法子も含めて六人はさすがに乗れない。


「と、いうわけで、もう二人増やしていいですかね?」



「ふ~ん、それで、」


「僕たちもですか。」


麗華れいかの家のリムジンの中。呼び出された麗華と謙治けんじに法子は大まかなあらましを伝えた。謙治は今回のことについては全く知らなかったので、最初からの説明になってしまったが。


「でもそういうのを見る機会なんてなかなか無いですから、ちょっと楽しみですね。」


 どこか嬉しそうな謙治を見ると、急に呼び出された不機嫌も少しは和らぐ。とはいえ、そんなことを顔に出せばまた法子に何を言われるか堪ったものじゃない。

 ちなみに先導する楓の車には某所からの強い希望でミニミニ三人組と隼人が乗っているので、リムジンにはこの三人しかいない。


「というわけで、当事者がいないんで気楽に言えるんだけど…… どうやらあのちみっこアイドルは大神隼人に気があるみたいね。」


「「はぁ。」」


 そんなことを急に言われてもどう返していいものやら。更に言えば謙治がテレビの中ならともかく、本人とは今日が初対面である。正直実感がわからない。


「む、さすがに自分たちが充実してると、他人の恋愛事情には興味ナッシングですか! となると、あたしの好奇心をユー達が満たしてくれるってゆーのですか!」


「「いやいやいやいや。」」


 理不尽にも程がある。

 それに一応本人たちも恋人同士と認識しているはずなのだが、どうも今までと行動が変わってない。別に二人きりで出かける訳でもなく、お互いの呼び方も変わってもいない。

 二人きりの時に何をしているかまでは、さすがに分からないが。


「まぁ、でもあたしの好奇心は今はあのちみっこアイドル。なんたってサキちゃんにそっくりなんだもん。こりゃぁ利用しない手は無いってもんよ!

 ……って、もしもーし。」


「あら、何?」


 一人ハイテンションな法子を置いて、謙治がノートPCを開いたのを皮切りに、麗華が隣で覗き込むという二人の世界に入っていた。


「今忙しいのよ、カイザーの修理で。」


「いや、お嬢様は何もしてないでしょ。」


「そりゃそうよ。できないもの。」


「ありゃりゃ。」


 当然のようにきっぱり言い放つ麗華に法子も返す言葉がない。


「どうせ私たちのことはご存じでしょうから、誤魔化す気もないでしょうけど、こうやって隣にいるの…… 悪くないのよね。」


 謙治の集中具合を確認してから、麗華が小さく本音を漏らす。


「お~ 熱い熱い。エアコンの調子悪いっすかねぇ?」


「炎のドリームティアに選ばれたんだから、これくらい普通じゃないかしら?」


 手首のブレスレットに光る赤いクリスタルを見せて、同性の法子ですらゾクッとするような笑みを浮かべる。が、次の瞬間にはいつものお嬢様の顔に戻っていた。


「……ふ~ん、すっかり田島たじま君は尻に敷かれそうね。」


 法子がいつものメモ帳にペンを走らせるのを横目で見ながら、謙治のラップトップに視線を落とす。画面の中ではワイヤーフレームで描かれたカイザードラゴンがクルクルと回っていた。修理中の画面は何度か見たことあるが、どこにも異常を示す赤い色がない。

 回転するカイザーを見る謙治の目は鋭い。視線はそのままで素早くキーを叩くと画面の中のドラゴンがジェット機に変形し、そこからダミーのパーツを追加してフレイムカイザーへと変形・合体していく。


「よし。」


 謙治の口元が緩む。と、麗華がスッと距離をあける。法子が興味深そうにメモをしてるのは無視無視。まだそんなに長い付き合いではないが、彼女の「報道」にはそれなりにルールがあるようで、少なくとも二人の関係については表に出す気が無いらしい。どうしてかを聞く気も無いが。


「終わったの?」


「……え? あ、はい。カイザーの修理が完了しました。呼びますか?」


「ううん、必要になってからでいいわ。」


 その必要、というのはそれこそ夢魔むまの出現ではあるが。


「……そういえば、普段はカイザーって何やってるんですかね?」


 戦闘時にしかいないので、直接のコンタクトをとったことがない法子。となると、それ以外のプライベートがあるのかないのか。


「考えたこともなかったわね。」


 隣に視線を向けると、謙治も首をかしげながらキーを叩く。


「一応、夢幻界むげんかいの住人ではありますが、コンピュータのデータとしても存在できるみたいですね。」


「ほぉ。」


 感心する法子に、初耳の様子の麗華。


「もしかしたら、暇なときはネットの世界をさまよっているのかもしれませんね。」


「なるほどなるほ……」


 不意に言葉を切る法子。のどに物が詰まったような表情で固まる。


高橋たかはしさん?」


 麗華の呼びかけに、あははと愛想笑いを浮かべるだけだ。

 驚いた顔から戻らないのをいつものメモで隠しながら、乾いた笑いを止められない。


(まさか、よねぇ……)


 法子の豹変についていけないまま、二台の車は郊外の撮影所へと向かっていった。



「がおー。」


「大怪獣カズミン、ってとこか。」


 郊外の撮影所。街のミニチュアの中を歩けば気分は巨大怪獣だ。美咲達と一緒についたはずなのだが、少女は清花と楓の二人に連れられてどこかへ行ってしまった。

 あちこちを忙しそうにスタッフが走り回っている。二人に構う余裕もなさそうだが、それでも触ったりしなければ、という条件付きで見て回ることを許された。

 遅れて麗華の家のリムジンも到着し、こちらもすでに話が通っていたのか、すんなり通ることができた。それとも堂々とした麗華の態度に誰も止めることが出来なかったのか。

 中にはいると、特撮好きの謙治はあちこちを興味深げに見回っている。麗華も法子もそれほど興味は無いが、眼を輝かせている謙治を見ているのは何となく楽しい気がする。

 やはり特殊撮影用のミニチュアや、いわゆる撮影用のプロップに興味津々のようだ。どうやら大道具・小道具の係の人と意気投合らしく、話が弾んでいるようだ。

 と、


「お待たせーっ!」


 向こうから清花が手をブンブン振りながら駆けてきた。その向こうには楓を引き連れた清花が見える。二人とも撮影の衣装なのか、丈の合わない白衣の袖をまくって着ている。

 となると、どちらかが長髪のカツラを着けた美咲なのだろう。

 とりあえず麗華の眼では全く見分けがつかない。隣をうかがうと、法子にも分かっていないようだ。特に彼女は美咲との付き合いが一番長い、という自負があるからこそ必死に二人を見比べている。しかしどこか青ざめた表情を見る限り、結果は思わしくないようだ。


「あ、清花ちゃん!」


 そこへ大怪獣ごっこにも限界を感じたのか、大神兄妹が麗華達に合流しようと戻ってきた。

 二人いる清花に驚く和美だが、ふと何か思いついて後ろを振り返る。


「……どうした?」


 兄の問いには答えずにジッと見つめた後に、近い方の清花に目を向ける。つられて隼人もそっちを見る。


「こっちが清花ちゃんでしょ?」


「…………」


 近い方の清花を指さすが、清花は答えない。間違えたかな、と和美が首をかしげる。


「お兄ちゃんが見間違えるはずはないんだけどなぁ。」


「おい。」


「やっぱりそっちか……」


 隼人の納得いかない声と、清花のガッカリした声が和美に降りかかる。


「なんで一瞬で見分けられるかなぁ……」


「きっとお兄ちゃんにしか見えない何かがあるんだよ。」


(……本当は逆なんだがな。)


 色々言い返したい気持ちもあるが、口にしたところで面倒になるだけなので沈黙を守ることにする。

 そんなことをしていると、撮影が始まるのかスタッフがワラワラ集まってくる。二人いる清花に驚くスタッフ達だが、ここぞとばかりに本物の清花が種明かしをすると、面白がって美咲も撮影に参加することになった。

 積極的賛成の法子と、消極的賛成の麗華他の意見もあり、隼人の反対意見は見事にスルーされた。



「カットォーっ!!」


 監督の怒号が撮影を止める。


「そこの司令官! そんなに運動神経良いなら来週からお前も変身して戦え!」


 大量生産の戦闘兵に囲まれたところから命からがら逃げ出す、というシーンだった。ただいつの間にかに入れ替わっていて、何も聞かされてない美咲が強行突破をしようとしたのを責めるのは酷というものだ。


「あ~ でもスタントマン要らないし、演技は清花ちゃんいるからできるか……」


 構成作家らしい人が本気で考えてる。


「今度からアクションシーンお願いしようかしら。」


「お前らなぁ……」


 このままあと数時間いたら、再来週くらいの放送には全員まとめてゲスト出演しかねない。美咲だけではなく、単なる見学なだけの麗華も注目を浴びつつある。


「あ~ ダメダメ。うちの子達は安くないですよ~」


 いつの間にかに自称マネージャになった法子が何故か楓を飛び越えて、監督とかと交渉を始めている。


「でも、あの子がいるなら司令官のアクションシーン増やせるし、色々面白い映像が撮れるんだけどなぁ。」


「それに関しては、こちらの都合を優先させてくれるのと、あの子の存在を絶対表に出さないこと。……色々あるんですよ。」


 ふむ、と監督が一言唸ると、隣の助監督とごしょごしょ打ち合わせをする。と、法子を振り返って、その手をとる。


「よろしく頼むよ。」


 熱いシェイクハンドが交わされた。


(止めるタイミング逸した……)


 すっかり急展開がまとまって、隼人が脱力する。美咲が定期的に撮影を手伝うとなると、桶屋が儲かる以上の確率で自分もつきあうことになるに違いない。面倒といえば面倒だが、それ以外に積極的に断る理由も無いのが事実である。


(……まぁ、和美も楽しそうだからいいとしよう。)


 と、自分に言い訳する隼人だった。



「ふぅ、疲れたわ。」


「清花ちゃん、大変なところみんな美咲お姉ちゃんに押しつけたでしょ。」


「でも演技のシーンはちゃんとやったよ。」


「それはやってくれないとボクが困る……」


 正面から見ると立派な建物だが、裏に回るとガッカリするようなセット。太陽の位置の関係でちょうど良い日陰が出来ていた。撮影の合間の休憩中で、少女三人がわいわいやってるところに隼人がやってくる。


「仕事はちゃんとしろ。」


「あ、隼人くん!」


「……一回一回真似しなくていい。」


「ちぇー。」


 瞬殺された清花に同じ姿の美咲があははと乾いた笑いを浮かべる。


 ギンッ。


 そんな美咲を振り返ってマジマジと顔を覗き込む清花。


「え、っと……?」


「やっぱり不思議。なんで隼人さんはすぐ分かるの?」


「うん、和美もそれ不思議。」


 二人分の質問を受けて、隼人が明後日の方向を向く。よくよく考えてみると、気配が全く無いのが美咲と思っていたが、なんかその理由も後付のような気がしてきた。

 二人を見比べてみる。同じようなキョトンとした顔――清花はおそらく演技の可能性もあるが――パッと見、同じに見えるのだが、


(こっちがたちばなだよな。)


 特に意識しなくても分かる。

 何故かと言われれば……


(橘と神代の違いといえば…… 腕のこれか?)


 視線はそのままで意識だけをドリームティアに向ける。同じような物がついているから、共鳴とかするのかもしれない。


(って、神楽崎かぐらざき田島たじまは見分けられなかったか。となると?)


「わ。」


 いつもの緊迫感のない美咲の声。何を言い出すか不安なので、意識を戻す。と、美咲は何故か頬をわずかに赤らめていた。


「なんか、その、恥ずかしい……かな?」


 意識の外で美咲をずっと見つめていたらしい。隣で清花がむくれてるのを見ると、彼女のにとっては甚だ不本意なシチュエーションだったようだ。


「……そんなことより、監督から伝言だ。もう少し陽が傾くまで待機だそうだ。」


 下手に言い訳やフォローをするとこじれるのは経験則で分かっているので、用件だけさっさと済ませて背中を向ける。

 なんだかんだで手伝いをさせられている隼人。体力任せの仕事を黙々とこなしている。


(……一昔前の俺だったらこんなことしてねぇよな。)


 火薬を仕掛けて発破した後の穴を埋めながら、視界の端に美咲を捉えている自分がいる。自分の中にある気持ちに一つ区切りをつけないとこのもやもやをずっと抱えたままなのだろう。


(いつになることやら。)


 人知れずため息をつこうとして、不意に空気の変化を感じた。


「まずい!」



「?」


 不意に和美が何かを感じて首を傾げた。それを見て美咲が表情を変える。


「!」


 その表情の変化に清花はどこか敗北感を感じた。油断無く周囲を警戒する美咲の顔。


(あの表情は演技できない……)


 となると、今まで自分たちに見せていた笑顔は何だったんだろうか。そう考えたところで、不意に怖い考えに思い当たった。その考えを言葉にまとめる前に、巨大な質量が突如現れた。


「え……?」


 空中に現れた「それ」はわずかな落下を伴って着地した。「それ」のサイズにとってはわずかな落下は大地にひびを走らせる程の衝撃と地震を引き起こす。

 所詮は撮影用のセット。何かの拍子に壊れてもまた立て直せば良い程度の代物。まさにTVの中のように脆くも崩れていく。とはいえ、大きさは通常の建物。それが崩壊するのに巻き込まれたら、人間なんてひとたまりもないだろう。

 今まで日陰を作っていた建物が、ゆっくりと少女達に向かって倒れてきた。



(あれ……?)


 離れたところで撮影現場全体を見ていた麗華は現れた夢魔にどこか違和感、いや既視感を感じていた。つい最近、どこかで見たような……


「危ないっ!」


 夢魔に気を取られていたせいか、自分のいる建物まで崩れてきたのに気づくのが遅れた。どこかゆっくり落ちてくる天井を見上げて硬直していると、誰かに突き飛ばされて風景が一瞬で変化する。


「つっ……」


 不自然な体勢で地面を転がったので、身体のあちこちに痛みが走る。でも打った程度で怪我している感じでもなく、逆に痛みがあるなら無事ということだ。

 そんなことは後回しにして、後ろを振り返る。


「高橋さん?!」


 さっきまで建物だったはずのがれきの山から法子が上半身だけを出していた。逃げ遅れた上にどこかにぶつけたのか、いつもの丸眼鏡も飛ばされて片方のレンズにヒビが入っていた。


「お~ お嬢様、無事で何より。

 あ、見た目ほど潰されてないっすよ。ちょっと挟まってるだけで。」


「何言ってるのよ!」


 がれきに取り付いて動かそうと力を込める。が、思ったより広範囲で崩れていて、麗華一人の力ではどうしようもない。


「まぁまぁ、あたしのことは良いですから、さっさとアレを何とかしちゃって下さい。」


「……アレ?」


 訳も分からず法子の指さす方を見ると、遠くで夢魔が暴れている。


「あたしはロボット操縦できませんから、お嬢様を助けたんですよ。下手に怪我されて戦えなくなったら巡り巡ってあたしが困るんですから。」


「…………」


 ニコニコ笑う法子に、麗華は溜息をつくと少しでもがれきを動かそうと力を込める。


「あの~」


「美咲の自称大親友がそんな計算高い訳ないじゃない。あのお人好しの菌にしっかり感染されているから、でしょ?」


 そう言う麗華もすっかり保菌者だ。


「…………」


「でも美咲なら、」


 ふと手が止まり、顔を伏せる。


「高橋さんも助けて、そのまま夢魔も倒せるのよね。自分の力のなさが恨めしいわ。それと……」


「それと?」


 麗華の横顔から説得は無理なのを悟った法子は自分からも脱出しようともがく。


「麗華、よ。友達に『お嬢様』なんて言われたくないわ。」


「お~ それならあたしも『法子』ですよ、と。それじゃついでにハッキリ言わせてもらえれば、やっぱりアレ、やっつけに行ってください。

 この状況だと、そろそろ田島君とこのロードチームが来る頃でしょうし。まずアレ、どうにかしないと被害広がるばかりでしょ?」


 法子の言い分ももっともなので、後ろ髪を引かれながらも、広い場所を探して走り出す。


「さ~て、」


 一人残されて法子は思考を巡らす。

 とりあえず、何かハプニングが起きなければ、しばらくは現状維持。がれきに潰される心配はない。夢魔が出現してから、まだブレイカーマシンは現れていない。麗華はこれからだし、謙治は様子見の可能性もある。


「となると……」


 あの二人がまだ出てこない、というのは近くに誰かいるのか、それともトラブルの真っ最中なのか。


 ――pipipopipipo?


「早く誰か来てくれないかなー」


 ――pipo-


「あ、ゴメンゴメン。冗談よ冗談。

 ドリル君、早く助けて欲しいなぁ。そうヘルプミーってやつ?」


 ――pipo!


地面からニョキっと生えた鋭い先端が静かに成長すると、地中からドリルタンクが半分ほど現れる。そのまま上半身だけ変形したロードドリルが硬化弾を法子の周辺に撃ち込んでから、再度ドリルタンクに変形し、そのまま地面の中に戻っていく。


「……へ?」


 とりあえず硬化弾で法子の周囲が固められたので、崩れ落ちる心配は無いが……


「うそうそうそ! ちょっと待ってー カンバーック、プリーズ!!」



 それはさておき。

 法子の予想通り、美咲も隼人もブレイカーマシンを喚べる状態では無かった。

 少女三人が日陰に使っていた仮設の建物が夢魔の現れたときの衝撃で崩れてきた。

 美咲はともかく、全くの一般人な和美と清花は身動き一つ出来ずに自分たちに倒れかかってくる建物を見つめている。


「美咲っ!」


「隼人くん!」


 向こうから全速力で走ってくる隼人を見て、必死に思考を巡らそうとして、諦める。考えるよりは身体が動いたとおりにする方がきっと「正解」だ。


「和美ちゃん、ゴメン!」


 呆然としていた和美の胸ぐらを掴むと、背負い投げの要領で思いっきり投げ飛ばした。隼人が驚いたのは一瞬で、すぐにその意図を理解する。


「身体を丸くしろ!」


 本気の兄の声で、反射的に身体を丸め込んで衝撃に備える。隼人は隼人で飛んできた和美をキャッチして速度を殺すと、そのまま後ろに投げ捨てた。いささか乱暴ではあるが、とりあえず和美は安全距離まで逃がすことが出来た。

 もう一度同じ手は使えない。隼人が走っている以上、二投目の時点で隼人も危険域に入ってしまうからだ。


「早くっ!」


 美咲に無理矢理手を引かれたから、どうにか走っている感じの清花。今の状況からすると、合流地点で清花をまた投げるしかない。

 隼人の計算だと自分と美咲が逃げる時間は無いが、距離はだいぶ離れたからがれきの威力もそんなに高くないはずだ。美咲をかばう余裕もあり、もし万が一の場合はブレイカーマシンを実体化リアライズすればいい。清花は転び方がまずければ怪我をするかもしれないが、大怪我の可能性は無いはずだ。


「うわ。」


「きゃっ。」


 先に崩れたがれきが三人の間に落ちて、土煙が視界を覆う。それでも隼人は足を止めずに二人の元へと走る。視界が悪いが、シルエットは見える。二人とも同じ格好をしているが、直感で本物の清花の腕を掴んで、怪我させない程度の力で後ろに投げ飛ばす。同時に自分も止まらなければならないが、強靱な隼人の足腰はそんな無茶にも楽勝で応える。

 そのまま素早く上から落ちてくるがれきを確認して、一番危険度の低そうな場所を見極めて……


(え……?)


 何故投げたはずの清花が空中でバランスを取って綺麗に着地できる? 何故これから身体を張ってかばうはずの美咲が清花に見える?


(俺が…… 間違えた?)


 周りから冷やかされているように、自分にしか分からないなんて自惚れる気もない。でも自分には出来る、という自信がどこかにはあった。


「隼人くん!」


 遠くからの声が、


「隼人さん!」


 間近からの声が、厳しい真実を教えた。



 隼人が自分の腕を掴んで投げたことは理解した。何故か頭の中が真っ白になったが、反射的に体勢を立て直して着地。


「隼人くん!」


 声は一回だけ出た。その後は身体に力が入らずに、思わず膝をついてしまう。


「お兄ちゃん!」


 自分の代わりに、というわけでも無いのだろうが、がれきの下敷きになろうとしている二人を見て悲鳴を上げる。

 でも隼人は呆然と清花を見下ろしているだけで、何も感じていないかのように見えた。


「きゃぁっ!」


「いやぁぁぁっ!」


 二人分の少女の悲鳴が聞こえて、隼人と清花の姿ががれきの下に消えた。

 それを知覚していたはずだが、美咲は指一本動かすことが出来なかった。



(ランド! 刹那で良いから支えよ!)


(なぁ、せつなってなんだぁ?)


(良いから黙って支えてなさい。)



「間一髪でござったな。」


 絶望に膝を折る和美の後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。驚いて振り返ると、マリンハンターに襟首を掴まれたような隼人と、スカイハンターに抱きかかえられた(おそらく)清花の姿があった。


「お兄ちゃん! ……と、清花ちゃん?」


「あ、う、うん……」


 最後の瞬間に謎の声とともに身体が引っ張られて、助かったというのは理解できたが、死の直前だった恐怖はすぐには消えない。

 それを敏感に感じたのか、マリンハンターもスカイハンターも言葉を掛けられない。このタイミングで声をかけるべき美咲も隼人もどこか茫然自失としている。と、また地面が揺れたと思うと、地面を突き破って大柄な鎧武者が現れた。


「お、姫さ……」


 何か言いかけたランドハンターの眉間で二種類の手裏剣が金属音と立てる。


「何すんだよぉ! 俺はただ、姫さ……」


 カコンカコン。


「だっからよぉ!」


 くすくすくす。


 目の前で繰り広げられた、鋼の忍者達のコントに状況も忘れて思わず清花が笑い出してしまう。


「……あれ?」


 どこか違和感を感じたのか、キョロキョロと周囲を見渡すランドハンター。同じ顔が二つあることに気づいて、更に首を傾げる。


「で、俺は結局どうすればいいんだ?」


 カコンカコン。



〈竜・神・降・臨! グレートフレイムカイザー!〉


 今回の夢魔は至近距離にいきなり現れたため、下からでは全体像がなかなか掴めなかった。巨大ロボに乗り込んでしまえばその姿をすぐに確認できる。


「あら?」


 夢魔なんていつも初見のはずだが、何故かどこかで見覚えがある。


〈むぅ、これは。〉


「知ってるの?」


 どういう事情で知ってるのか全然想像出来ないが、聞いてみる。


〈あれは勇者戦隊ブレイブレンジャー二十三話と二十四話に登場したゾンビーヌ。

 ブレイブオーを追い詰めた恐ろしい敵でございます!〉


「……は?」


 ああ、なるほど。確かに見覚えがあるはずだ。そう言われてみれば、先週くらいに謙治と一緒に見たような記憶がある。確か着ぐるみロボと戦っていたはずだ。


「まぁ何でもいいわ。とにかく倒すわよ。」


〈心得ております。

 ドラグーン・ランサーっ!!〉


 Gフレイムカイザーが右手を挙げると、炎が伸びて一本の長槍に変わる。一気に飛びかかると、ランサーを振りかざして夢魔に斬りかかる。

 しかし、ランサーは夢魔の直前で威力を無くし、夢魔を切り裂くこともなく止められる。


〈なんと!〉


 それから数度斬りつけるが、全てその勢いを失ってしまう。装甲に弾かれたとか、受け止められたとかではない。

 反撃の光線がGフレイムカイザーを打ち据える。一歩下がって踏みとどまるが、前に見た特撮番組のシーンが頭をよぎる。実際体験してみると本気で胃に悪い。健康被害だけならいいが、このまま倒せなかったらそれ以上の大変なことになるだろう。


「謙治!」


 どこにいるか分からないが謙治に呼びかける。このままでは倒すことは出来ない。夢魔の謎が解けない限りは。



「あれは……」


 謙治はロードチームにこっそり指示を出しながら夢魔の観察を行っていた。Gフレイムカイザーのランサーを身体に受けているものの、夢魔は堪えた様子がない。逆に反撃の光線がGフレイムカイザー――つまりは麗華を打ち据える。

 さっきから謙治の持ってるロードコマンダーが何度もコールを鳴らしている。間違いなく麗華からだろう。しかし今はまだ連絡したとしても伝えられるような材料がない。そんな状況で応答したところで彼女に叱られるだけだ。


「やっぱエクスブレードが必要なんじゃねぇか?」


 聞こえてきた声に振り返る。さっきまで一緒に撮影用のプロップのギミックで熱く語っていた小道具係だ。


「え?」


「いや、やっぱりゾンビーヌを倒せるのはエクスブレードだけだろ?」


 疑問も何も感じられない口調に謙治の中で歯車が噛み合わさる。自分のいる場所も忘れて、ロードコマンダーを通信モードに切り替えると研究所を呼び出す。


「小鳥遊博士!」


『ああ、謙治君か。そっちの様子はどうだ? グレートフレイムカイザーしかいないようだが。』


「それよりも先に確認したいことがあるんですけが、もしも多くの人が信じていることがあったら、それは夢魔に影響を与えることがあるんですか?」


 謙治の質問にしばらく沈黙が続くが、ゆっくりと言葉が返ってくる。


『火が熱いのは皆がそう思っているからです。仮に百人、千人単位で信じている事柄があったとしたら、それは十分“法則”になりえます。』


「……わかりました。どうやら突破口が見えてきたようです。」


『なるほど、健闘を祈ります。』


「……と。」


 ロードコマンダーの表示を切り替えて、ロードチーム及びGフレイムカイザーの状態を確認すると、そのときやっと自分がどこにいるのか気づいた。


「き、君……?」


 驚いた顔の小道具係は何か聞こうとして無言で首を振る。そして最初の予定とは違う質問を口にした。


「正義のために俺たちにできることは何かあるかい?」



 いきなり現れたハンターチームを「通りすがりの正義の味方」と無理やり通して、和美と清花を避難させた。遠くで夢魔とGフレイムカイザーが戦っているが、やはり攻撃が効いてないようでどう見ても不利だ。


「……いくぞ、橘。」


「うん……」


 どこか二人ともぎこちない。周りに誰もいないのに名前を呼んでないことに二人とも気づいていない。


「「ブレイカーマシン、」」


 腕のブレスレットを構えるが、どこか違和感。なんかしっくりこない。


「「リアライズっ!!」」


 ドリームティアは光を放たずに、そうなるとブレイカーマシンも現れない。二度三度試してみても現れない。


「どういうことだ……?」


「どうしたんだろ?」


 ブレイカーマシンは精神力で生み出されるマシン。その元である心の中が嵐では何も生み出されない。自分たちが考えている以上にショックに感じていることにまだ気づいていないようだ。



「エクスブレードのCGデータみたいなものありませんか! 綿密であれば綿密であるほどいいんですが。」


 小道具から大道具、特撮監督まで額をつき合わせてあーだこーだと記憶を掘り起こしている。


「あれ、そういえばお前、前に一度しゃれで本気のCG作ってなかったか?」


「あ、そういえば。あのデータはどこへ行ったっけ……?」


 ノートパソコンを開くと、怪しい名前のフォルダを次々と開いていく。一つのフォルダの上でマウスカーソルが動きを止めた。


「これだ。」


 呟きとともにフォルダを開く。出てきたファイルをダブルクリックすると、CADソフトが開き、3Dのワイヤーフレームが描かれる。そこには翼を広げたエクスブレードの姿があった。


「……精度は『実物大』だな。問題ない。テキスチャも貼ってるし、無駄にディティールも凝ってる、と。これならどうだ?」


 答える必要も無かった。謙治から感じられる興奮が周りにも広がっていく。


「ちょっとお借りします。」


 謙治と席を代わる。戦況は相変わらず不利で、攻撃が効かないから守りに専念している。とはいえダメージは徐々に蓄積されていく。

 麗華の状況を横目で見ながら、データをリアライザー用に変換していく。


(……これはこれで必要だけど、もう一つ何か欲しいですねぇ。)


 今の作業を端的に言うと、張りぼてを本物にしようとしていることだ。中身は間に合わせというか、想像と思い込み、となる。

 となると、そのイメージを強くするファクターがあるに越したことは無い。


「謙治さん!」


 スカイハンターとランドハンターに連れられた和美と清花が戻ってきた。子役の無事よりも、TVの中でしか見たこと無い「正義のロボット」の方にスタッフの興味が集まる。


「ちょっとぉ!」


「ちょうどいいところに!」


 清花の不満の声は謙治の声にかき消される。


「こっちへ!」


 どこか必死な謙治の雰囲気に引き込まれて、ノートパソコンの前に座らされる。その画面にはエクスブレードが描かれていた。そして謙治からロードコマンダーを手渡される。


「今からグレートフレイムカイザーにエクスブレードを送ります。それを……彼に伝えてください。」


 何言ってるの。エクスブレードなんて番組の中の単なる小道具だし、あの謎のロボットだってネットで名前が広まったけど相変わらず正体不明なんだし、自分がそれをしたところで…… 言いたいことは色々あったが、真剣な目の謙治と和美の姿、そして周囲の期待の空気にカメラの前以上の緊張を感じる。


(NGは許されない、ってことか……)


「ちょっと貸して。」


 TVの中の司令は人前ではどんなときでも自信たっぷりでなければならない。ロードコマンダーを受け取って、教えてもらった通信ボタンを押す。わずかにノイズが聞こえて、どこかと通信が繋がった音がした。


「グレートフレイムカイザー、聞こえる?」



『グレートフレイムカイザー、聞こえる?』


 やっと謙治から返ってきた通信で悪態の一つでもつこうかしら、と思った麗華だが、聞こえてきたのは清花の声であった。自分が応答するよりは、とカイザーに通信に出るように手で合図する。


〈おお、司令。何か逆転の秘策が?!〉



 遠くの戦場のGフレイムカイザーがこちらを振り返ったタイミングで声が返ってきた。

 その声はイメージしていたより年を経た声だったが、一度聞いてしまうとすぐに慣れてしまう。……微妙に麗華としては不本意かもしれないが。

 TV放送時のシチュエーションとは違うので必死に台詞を考える。何故かは分からないが、この空気感を今崩してはいけない。そんな気がした。


「奴の身体は闇のエネルギーでコーティングされてるわ。だからもっと強い光の力で倒すしかない。

 危険だけどエクスブレードを使うわ。」


《エクスブレード…… 使えるのですか?》


「馬鹿言わないで!」


 カイザーの問いにドン、と清花、いや司令の手がテーブルを叩く。


「あたしが作った物に今まで間違いがあったって言うの?!」


《残念ながら、いくつかあったように記憶しておりますが。》


 む、謎の巨大ロボットのくせに詳しいじゃない、と内心毒づく。確かに物語の中で二度ほど彼女演じる司令が作った発明品でドタバタやピンチになったことがある。


「う、うるさい! とっととそんな奴倒して、エクスブレードのデータを取らせるのよ!」


《なんともまぁ…… そこまでハッキリ言われますと、逆に爽快ですな。では司令、頼みましたぞ。》


「その威力に驚くんじゃないわよ。エクスブレード、射出っ!!」


 カットの声は入らなかったが、演技から醒めた清花が不安げに謙治を振り返る。


「良い感じです。」


 そもそも綿密なデータが不足している物を実体化させて「使える」ようにするには、その分を精神力で補わなければならない。自分の現在の精神力だけでは不安だが、この期待感を込めた雰囲気が補ってくれるのだろう。


「……エクスブレード、リアライズ!」


 清花からロードコマンダーを受け取って、いくつかキーを叩いてから頭上に掲げた。中心に埋め込まれているクリスタルが光を放つ。


 ただそれだけで何も起きなかった。


 空の彼方に光が見えるまでは。


 何かが迫ってくる。

 機体のほとんどが鋭い刃物のような巨大な翼でできている。その飛行物体が謙治達の頭上を低空飛行していく。

 その迫力にスタッフの口から感嘆の声が漏れる。やっぱりCGはダメだよな、とか、俺たちもこれくらいの迫力を作れないとな、とどこかプライドを刺激されているようだ。

 そのままその飛行体は苦戦しているGフレイムカイザーへと向かっていった。



〈来ましたぞ!〉


「ドラゴン・フレア!」


 胸の竜の顔から炎を噴いて夢魔を怯ませて、その隙に距離を取る。飛行体は通りすがりにその翼で夢魔に斬りかかると、そのままGフレイムカイザーの右腕に近づく。


〈エクスブレード、セットアップ!

 聖なる剣よ、その姿を現せ!〉


 カイザーの声に合わせて、飛行体が右上腕に合体すると、その広げた翼を機体前方に閉じる。それは腕に装着された剣となった。

 剣が放つ光に夢魔が二、三歩後ずさる。

 妙にカイザーがノリノリなのが気になるが、腕からとてつもないパワーが感じられる。


「……今回はあなたに任せた方がいいのかしら?」


〈お許しが戴けるのなら是非。〉


「じゃあ、任せるわ。」


 返事の代わりにGフレイムカイザーは腕の武器――エクスブレードを正面に構えてから、鋭く夢魔に切っ先を突きつけた。


〈参りますぞ!〉


 一度腕を下ろしてから夢魔に走りかかる。夢魔も目から光線を放つが、それをエクスブレードの基部ではじく。


「すごいわね。」


〈ええ、そういう設定でございますから。〉


「設定?」


 その間にもエクスブレードで斬りかかる。今までと違って刃が夢魔を捉えている。

 おそらくですが、と前置きしてカイザーが説明する。


〈狼男には銀の刃、吸血鬼には白木の杭、等と有効な武器があると信じられております。そしてこの夢魔もテレビに登場して、ヒーローを倒す寸前まで追い詰め、エクスブレードで倒される、と多くの子供達が思ってしまいましたのです。〉


「分かったような、そうじゃないような。」


〈とはいえ、謙治様の読み通り、この夢魔に有効な武器ができましたので、一気にカタをつけてしまいましょう!〉


「そうね。ドラゴン・ロアっ!!」


 胸の竜が咆哮すると、夢魔の動きが止まる。さっきまではこれも通用しなかったが、エクスブレードのダメージが効いているようだ。


〈聖なる光よ、悪しき闇を斬り払え!〉


 台詞と共にGフレイムカイザーが大ジャンプ。少し嫌な予感が麗華の脳裏をよぎる。


〈あ、少し激しい動きをするのでご注意願います。〉


 何を、と聞き返す前に、Gフレイムカイザーが前方宙返りのように回転しながら急降下する。


「…………っ!!」


 意地でも悲鳴は上げずに必死に操縦桿を握って耐える。


〈マキシマム・パニッシュメント!!〉


 最後の一回転のときにエクスブレードの刀身が白い光に包まれる。光の刃が夢魔を一刀両断にする。どうやって着地したかよく覚えてないが、夢魔はその一撃で倒せたようだ。


「あんな広い操縦席でよく耐えられるわ。」


〈伝統美、というものでございます。〉



 夢魔の消滅により、撮影所にも平和が訪れた。ロードチームとハンターチームが早くから動き出していたので、軽傷者がでたものの、人的被害は無きに等しい程度だった。

 色々ゴタゴタしたが、今日の分の撮影を全て済ませてしまったのだから、プロはやはり逞しい。

 が、どこに行ってたのか分からなかった美咲と隼人、そして麗華だったが、それよりも現場は夢魔との戦闘に皆が気を取られていたので、特に詮索もされなかった。


「……って、あら? 法子は?」


 あ、そういえばそんな人も。


「みんな忘れるなんてヒドい……

 サキちゃんはともかく、麗華まであたしのこと……」


 ロードチームにも忘れられていた法子だったが、うろついていたランドハンターに助けてもらってどうにか帰ってきた。

 と、すぐに美咲と隼人の間の微妙な空気に気づく。すぐにでも隼人を一発殴って事情を問い質したいところだが、いつもとは違う雰囲気を感じた。問題はそう単純では無いらしく、お互いに自覚すべき部分があるのだろう。


(……悔しいけど、今回は放っておくしかないかな。

 後押しと小細工はするけどね。)



(眠れねぇ……)


 あの法子ですら何も聞いてこないのが不思議だったがありがたかった。頭の中がグルグルとして考えが全然まとまらない。

 色々あったのはすでに昨日の話。しかも長い針がすでに二周ほど回っている。


(散歩でもするか。)


 非常識な時間ではあるが、気分転換でもしないと落ち着かない。幸い、妹の和美は熟睡しているようだ。

 簡単に着替えて、音もなく外に出ると月明かりが夜を照らしていた。元々車通りも少なく、住宅街のため、夜中は人一人いないまるで別世界だ。


「…………」


 足の向くまま歩いているつもりで、何故か美咲の家の方に向かっていた自分に落胆。


「あれ?」


 帰ろう、と思った瞬間、聞こえないはずの声が聞こえてきた。

 どこか途方に暮れたような表情が急に明るくなったのが夜目遠目にも分かる。タタタタタ、といつもの軽い足音が駆け寄ってきた。


「隼人、くん……」


 嬉しそうな顔が自分に近づくと少しずつ曇ってくる。


(俺が美咲にこんな顔をさせているのか?)


 胸が苦しい。

 きゅ。

 何も言えずにいると、美咲が急に抱きついてきた。いつもなら振り払う努力をするところなのだが、必死な感じの少女の様子に身動きが出来ない。


「おい……」


「ボク、なんか分からないけど、今こうしなきゃダメな気がする。」


 触れているところから少女の心の乱れが伝わってくる。


(美咲……)


 ぎゅ。


「わ……」


 どんな感情が働いたか分からないが、いつもとは違って隼人は思わず抱き返す。


「実はな、」


 喋った。そのままの体勢で取り留めもなく自分の中に滞っているものを吐き出した。

 美咲と清花を見分けられると思っていたこと。肝心なときに間違ってしまったこと。そしてそのことで自分が予想以上にショックを受けたこと。


「そう、なんだ。」


 ゆっくりと言葉を返すと、ふふふ、と美咲がどこからしからぬ含み笑いを浮かべる。そして少し痛みを感じるくらいに強くしがみついてくる。


「ボクね、ずっと考えていたんだ。

 隼人くんさ、ホントにボクと清花ちゃんを見間違えたのかな? って。」


「何……?」


 もし、間違えてなかったとしたら……


「だとしたら、ボク、なんか寂しかった。」


 言葉は短かったが、その意味を考えるととても深くて重い。


「そうか。寂しい思いをさせたんなら謝らないとな。」


 ううん、と美咲が隼人の腕の中で首を振る。


「でもね、ボクたち、肝心なこと忘れてる。

 清花ちゃん、守れなかったんだよ。夢魔も倒せなかったんだよ……」


「…………」


 確かにそうだ。

 二人揃って何もできなかった。

 ハンターチームのカードがたまたまポケットに入ってたから、すんでの所でどうにかなったが、そうでなければ……


「美咲。」


 強い意志を持って名前を呼ぶ。

 もうあんな顔はさせたくない。


「俺はもう迷わない。」


「……そっか。うん、ならボクも安心。」


 ふふっ、と微笑んだかと思うと、不意に美咲が脱力した。くたん、と隼人にもたれかかってくる。


「お、おい! 大丈夫か?!」


「あはははは…… ホッとしたら急に眠くなっちゃった。」


「……ったく。」


 そんなことで慌ててしまったのがなんか悔しくて、ちょっとからかいたくなる。


「おんぶでもしてやろうか?」


「わ、わわっ。そ、そこまでしてくれなくてもいいよ。」


 夜目でも赤くなるのが見える。


(可愛い奴だな。)


 どこか気持ちの整理がついたのか、素直にそんな感想がわき上がる。


「ほら、行くぞ。おんぶとは言わんが、家まで送ってやる。……一応、夜道は危険だからな。」


「一応、ってどういうこと?」


「さぁな。」


 も~とどこか不満げながらもヒョコヒョコ隼人の後を追っていく。

 そんな二人の姿を見つめる目があった。



「ん~ なんか二人で解決しちゃったみたいねぇ。」


「そうみたいね。」


「……うわ、いつからいたの?」


「最初からかな? 隼人ちゃんが家を出たところからずっと見てたしー」


 塀に腰掛けていたスカイハンターが電信柱に隠れていた法子の隣に音もなく着地する。


「何喋ってたか分かる?」


「まぁ、それなりに。」


「さっすが! 当たり障りのない程度で教えて教えて!」


 メモにペンを装備してスカイハンターに詰め寄る。そんないつもながらの様子にスカイハンターが苦笑するように肩を竦める。


「それよりも家まで送ってあげるわ。普通の女の子にはやっぱ夜道は危険よ。」


「じゃ、お言葉に甘えて。道中色々とよろしくね。」


「はいはい。」


 二人が立ち去ると、周囲は再び静寂と闇に包まれる。

 こうして長い一日がやっと終わりを告げた。




美咲「何か最近、隼人くんがボクを避けているような気がする。ちょっと寂しい。

 そんなときに現れた夢魔。

 うわ、なんで謙治くんが麗華ちゃんを攻撃してるの?!

 隼人くんはどうして一人で暴れているの?!

 そうだ。こんなときは法子ちゃんに聞いたあの方法を……


 夢の勇者ナイトブレイカー第三十八話、『無限の力』


 夢幻の力は無限なんだって。」

……ぼちぼちストックが切れます

どうしよう……

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