第三十六話 そっくりさんラプソディ(前編)
すみません。遅れました。
後編もすぐにアップします。
「いるかしら?」
日曜日の朝、麗華は小鳥遊の研究所を訪れていた。
美咲に隼人、そして隼人の妹の和美は家に戻っても誰もいないので週末は研究所で過ごすことが多くなっていた。小鳥遊の研究所兼家は無駄に空き部屋が多く布団類にも事欠かないので泊まることには何も問題が無かった。
謙治も色々調べたいことがある、と昨日は珍しく泊まり組であった。
残念でしたねー、とニヤニヤする法子をリムジンに放り込み帰ったのだが、その車中で日曜日一緒に出かけません? と誘われていたのだ。
というか、すでに美咲と和美を手配済で後は麗華の返事待ちだったので選択肢はほとんど無かったわけだが。
まぁ別に出かけることは悪くない。少し前までは「普通の女の子らしいこと」にあまり興味がなかったのだが、色々な心境の変化があったのか、そういうことが楽しいと思えるようになってきた。
物静かにテラスで紅茶と詩集を嗜む、という休日もあったのだが、最近は溜息をつきたくなるほど賑やかに過ごすことが増えた。それでも見かけほどいやがっている訳じゃないのが麗華の素直でないところだろう。
素直でないといえば……
「あら、いたの?」
「あ、おはようございます。」
素っ気なく――内心嬉しいのだが――リビングにいた謙治に声をかけたところ、普段と違って何故か素っ気なく返事される。自惚れているわけじゃないが、いつもの謙治ならもう少し愛想が良くというか嬉しそうに、と思っていたのだが。
「……?」
どうやらテレビに集中しているらしい。ちょっと間を空けて――この感覚が微妙な乙女心と言うべきか――隣に座ると彼が見ているテレビに目を向ける。
画面の中ではミニチュアの荒野の中で戦う着ぐるみロボットと怪物が戦っていた。
「…………」
自分がこれと比較されて負けだったのかと思うとちょっとへこむ。でもまぁ、そこまで熱心に見ているならそれなりに面白いのだろう、と戦いの推移を一緒に眺めることにする。
どこか悲壮な雰囲気が画面内に流れる。おそらく正義の側と思われるロボットの攻撃は怪物に効かない様子で、逆に怪物の攻撃がロボットに突き刺さる度に表面で爆発やスパークが起きて体勢が崩れる。コクピットの中ではカラフルなヘルメット+全身タイツの人たちが攻撃の衝撃に声を上げ相当なピンチの感じであった。
「…………」
普通の女子高生と違って自分も巨大ロボに乗って戦っている身だとこのシチュエーションは何とも胃に悪い。
『ブレイブソードっ!!』
攻撃に耐えながら赤い全身タイツの人が決死の覚悟で叫ぶと、何故か背景が真っ暗になった中で着ぐるみロボの手の中に剣が現れる。
『必殺っ!』
コクピットの中の五色の人たちが声を合わせて片手を上げる。
『ブレイバーエンドっ!』
そのまま上げた腕を剣に見立てて振り下ろすようなアクションをすると、ロボットが三回同じ動きで剣を振り下ろす。剣を戻す動きが無いのは何故だろう、と思ったけど何となく聞いちゃいけないような気がした。
ガキン。
そう言うからには必殺技なのだろうが、剣は容易く掴まれてそのまま握りつぶされてしまう。お返しとばかりに怪人の全身から光線が放たれると、ロボットが激しい爆発に包まれ、全身のあちこちから火花を散らしながら膝をついて前のめりに倒れる。
『脱出しなさい! 現状では勝てないわ!』
不意に画面が切り替わると、様々なモニターや機器に囲まれた――麗華にはよく分からなかったがいわゆる「司令室」っぽい雰囲気――部屋で一人の長い髪の少女がスクリーンに向かって叫んでいた。年の頃は中学生くらいだろうか。小柄な少女にやや不釣り合いな白衣姿で、雰囲気からそれなりに偉い立場に違いない。
スクリーンの中では倒れたロボットが立ち上がろうとするが、再び怪物の光線を受け一際大きな爆発の閃光で姿が見えなくなる。
少女は悲鳴を押さえるかのように両手で口を覆い、目を見開く。閃光が収まるとまだロボットは存在していたが、装甲の一部が破損し内部のメカが露出していた。
完全に沈黙したかと思われたロボットだが、その手が地面を掴むようにピクリと動く。
『博士…… 頼む。エクスブレードを射出してくれ。』
コクピットの中も内部のパネルから部品がはみ出ていたり火が出ていたりと悲惨な状況だ。その中で椅子から転げ落ちたらしい赤いヒーローがどうにか身を起こす。
『エクスブレードなら…… あの剣さえあれば奴を倒せる。』
他の色の人たちも席に戻ろうと腕を伸ばす。
安堵に一瞬年相応の素顔を覗かせた少女だが、すぐに厳しい表情に戻って画面に叫ぶ。
『何言ってるの! まだテストも終わってないわ。それに使えたとしても今の状態でエクスブレードのパワーに耐えられない。司令としても科学者としても許可できないわ。』
説明口調なのを解読すると、どうやら準備中の新兵器があるらしい。そしてこの年端もいかない少女が彼らの司令でありその新兵器とおそらくはこのロボットを設計したようだ。
『何言ってるだ司令。司令が作った物に間違いがあるはずないだろ?』
『俺たちは司令を信じる。だから司令を信じる俺たちを信じてくれ!』
立ち上がるカラフルな人たちの気合いが乗り移ったのか、ボロボロになりながらもロボットがゆっくりと立ち上がった。今は追撃のチャンスのはずだが、何故か怪物は何もしてこない。
『それにな、』
青い人がキザっぽい口調で少女司令に呼びかける。
『泣いてる女の子の涙を止めるのが俺たちの使命なんだぜ。』
はっと気づいたように頬に手を当てると、指先に濡れた感触がある。しかし、向こうから司令室の様子は分からないはずだから、単に当てずっぽうだったのかもしれない。泣いてしまったのを見透かされて恥ずかしかったのか、怒ったように手をコンソールに叩き付ける。
『分かったわよ! そこまで言うなら逃げることは許されないわ。エクスブレードでも何でも射出してあげるから、さっさとそんな奴倒してしまいなさい!』
それでこそ俺たちの司令様だ、と茶化すような声も聞こえるが、コクピットの中の全員が操縦桿に手を伸ばし、怪物を鋭く睨み付ける。その気迫に怪物が一瞬たじろいだ。
司令室で少女の手がキーボードの上で踊ると、見ているスクリーンの一部に別の映像が重なる。そこには大きな翼を持った細長い航空機がカタパルト上を移動していた。
『エクスブレード、』
拳を最後のキーに叩き付ける。
『射出っ!!』
日本のどこにあるのか知らないが、山岳地帯に築かれた基地から、先ほど画面に映っていた航空機が飛び出していく。できた飛行機雲を見送りながら、少女は祈るように手を組み合わせた。
『最後の切り札エクスブレード。少女の祈りは天に通じるのか。次回勇気戦隊ブレイブレンジャー。大逆転エクスブレードに君の勇気を示せ!』
次回予告のナレーションで、すでにネタバレしているような気もするが、さすがに負けてしまっては話が続かなくなるだろう。そういう様式美なのだ、と麗華は理解した。
「逆転、て言うからには勝つんだろうな。」
そんな様式美を理解してないのか素朴な指摘が後ろから聞こえてきた。
「……いつからいたの。」
面倒くさいので振り向かずに二人の背後に立っていた隼人に尋ねる。
「神楽崎が座ったあたりか?」
「あ、大神君、おはようございます。……あれ? 神楽崎さん?!」
隼人の声に現実世界に帰ってきた謙治が、隣に麗華がいることに気づいて驚く。ホントに生返事だったのか、とちょっと哀しくなる麗華だったがアワアワしている顔が見られたのでちょっと溜飲を下げる。
それよりも気になることがあった。
「似合わないわね。」
確かに隼人が特撮番組を見ているのはイメージに合わない。子供向けとはなっているが、子供だましでもないので大人でも見ている人は多いだろうが、あんまりテレビに縁がなさそう感じがする。それを麗華が座った辺りから、ということは結構長く見ていた格好だ。
「……いや、その、な。」
妙に口ごもる隼人。言いづらい理由があるらしい。態度がおかしいのに気づいて、麗華だけでなく謙治までもジーっと見つめて無言のプレッシャーを与えてみる。む、と一言唸ってから諦めたように説明した。
「いや、一瞬橘が出てるかと思ってな。」
隼人の言葉に二人の頭の上で疑問符が踊る。そんな見間違えるような人が……
「謙治。」
「はい。」
まさに阿吽の呼吸というか、名前を呼ばれただけで謙治が側に置いてあったノートパソコンを開いて起動させる。
「これなんかどうですかね?」
麗華には(無論隼人にも)よく分からないが、過去の番組とかが見られるサイトらしい。その中でさっきから見ていた特撮番組の数話前のを検索して表示する。謙治曰く、司令役の女の子――神代清花はこの特撮番組デビュー作で、そこで一気にブレイクしたらしい。バラエティ番組にも出たり、写真集も発売されているそうだ。
『これぐらい耐えられなくてブレイブレンジャーが務まると思ってるの!』
画面の中では白衣姿で腕を組んで、変身前のヒーロー達に過酷な訓練を課している。どちらかというとキツい雰囲気でいつもぽわぽわしている美咲とは……
「ん?」
怒ったようなつり目を柔らかにして、ロングヘアを短くして……
「おやおや、これは気づかなかったわ。神代清花ってサキちゃんそっくりかも。」
いつの間にかに現れた法子がさらさらとメモ帳にペンを走らせる。
「お、諸君おはよう。」
丸眼鏡にポニーテールは変わらないが、普段よく見る制服姿でなく私服姿なのでちょっとイメージが違う。というか、制服姿のときはたいていメモ帳片手に走り回っている印象が強いわけで。
「おはようございます……」
「あ、麗華ちゃんも法子ちゃんも来てたんだ。パン足りるかな……?」
そこにまだ寝ぼけ眼の和美とフライパン片手の美咲が揃いのエプロン姿で顔を出す。その姿に法子が朝からエキサイトする。
「おぉ~っ!! サキちゃんも和美ちゃんも激萌え~ まとめてお持ち帰りしたいわ。」
すかさずデジカメを抜くと、二三度シャッターを切る。
「ね? あんたもそう思うでしょ?」
と、隼人に振るのも忘れない。
「いつも悪いな、橘。俺はトースト二枚で頼む。」
「私は食べてきたからいいわ。コーヒーだけ頂戴。」
すっかり慣れたのか、華麗にスルーして朝食の用意してあるダイニングに歩いていく。
「ちぇー つまんないのー」
と言いつつも美咲の作る朝食目当てにひょこひょこ法子もついていった。
ダイニングでは当たり前のようにこの研究所の主、小鳥遊が待っていた。まぁ、事実当たり前なのだろうが。
思ったよりも人が増えたので朝食のパンが微妙に足りなくなったらしい。先に食べてて、と美咲が追加分のパンケーキを焼き始める。広がるバターとメイプルシロップの香りの誘惑に、コーヒーだけと言ってた麗華もつい一枚もらうことに。
合計七名の賑やかな朝食が終わると、最初からの予定通り、女性陣四人が街へと出かけていった。
「そんなぁ……」
街中で一人の女性が途方に暮れていた。
色鮮やかな賑わう街の中で一人だけ白黒写真になってるような落ち込みぶりだ。ただせわしない都会はそんな彼女に目を向けるほど暇でもない。
「どこ行ったの、清花ちゃ~ん……」
「こーして見ると……」
法子と麗華が並んで歩き、その少し前を美咲と和美が手をつないで歩いていた。
麗華は何となく法子が言いたいことが分かったけど、敢えて口にするのもどうかと思って軽く目で制する。
「ホント仲のいい双子か同級生よね~」
わざわざ言わなくてもいいのに、という麗華のささやかな願いはアッサリ無視された。
法子お薦めのブティックを覗いたり、和美が隼人の服の下見をしたり、麗華御用達の店で金額に怯えながらも美咲を着せ替え人形にしてみたり。社交性が高くない美咲を引っ張り回している感じだが、少女にとっては見る物聞く物全てが珍しいようで目をキラキラさせている。
(来て良かった。)
三人とも声には出さないが同じ気持ちだった。……中学生に心配される高校生というのもいかがなものかと思うが。
「そろそろお昼かな?」
太陽が高くなったのを見て美咲がそう呟くと、皆何となく空腹を感じ始める。
「ふふふ、ここはあたしにお任せあれー!」
手帳をペラペラめくると、その指先にカラフルなクーポンの扇ができる。
「和? 洋? 中? エスニックもあるけど、女の子同士だからスイーツバイキングもありじゃない?」
スラスラと店の情報が出てくる法子に関心半分呆れ半分ではあるが、折衝に折衝を重ねてランチビュッフェに落ち着く。
「ここはなかなかの穴場よ。お値段格安、種類も味もバッチリで、専属パティシエによるデザートまでついてくるという……」
まさに立て板に水で喋るが、美咲が小首を傾げてあらぬ方向に目を向けていたので尻すぼみになる。
「?」
「美咲お姉ちゃん、どうしたの?」
同じ方向を見ても、薄暗い路地しか見えない。いや、どうにか目をこらすとその路地に誰かがしゃがみこんでいる。
「どうしたんだろうね?」
「!」
美咲の呟きに人影が動いた。美咲が反応しないところを見ると悪意は無いのだろうが、どこか異様な雰囲気に誰も動けない。近づいてくると「それ」が一人の女性であることが分かる。スーツを着て、疲れ切った雰囲気さえなければやり手のキャリアウーマンにも見えたことだろう。虚ろな目で四人を等分に眺め、次に美咲と和美に熱い、というよりは生温い感じの視線を向ける。
嫌な感じの空気が流れる。
あたりの喧噪から切り離されたような錯覚。ツバを飲み込む音すら聞こえてきそうな静寂。
謎の女性が息を飲む。
そして次の瞬間、いきなりガバッと美咲に掴みかかってきた。
「お、お、お願いします~ どうか助けて下さい~~~~~」
涙と鼻水で顔をグシャグシャにした女性を見捨てる、という選択肢は美咲には無かった。面倒なことに巻き込まれたようだ、と他の三人はそれぞれの割合で溜息をつく。
「すみませんすみませんすみません。時間が無いので移動しながらお願いします。」
早足で歩く女性――藤森楓の後を追う美咲と法子。目的地がそう遠くないので歩いた方が早いとのこと。確かに週末で渋滞気味の道路を見た限りタクシーに乗った方が時間がかかりそうだ。
何故二人しかいないかといえば、やはり一人だけ中学生であまり身体が丈夫じゃない和美がついて行けない、ということで麗華と一緒にタクシーで移動。携帯電話を持っている麗華と法子が連絡を取り合って後で合流しようということでまとまった。
「すみませんすみませんすみません。説明すると長くなるので、まずは一緒に来て下さい。」
「……そろそろ百回超えるかな。」
さっきから三桁ほど謝っている楓を興味半分疲れ半分で追いかける。かかとが高い靴を履いている割には結構足が速い。身体能力が高いのか…… いや、どういう事情か知らないが「慣れている」のだろう、と法子は分析した。
彼女の身上を色々想定している内に先頭を走る楓の足が止まった。
「すみません、こちらになります。」
着いた巨大な建物の裏手に回り、いかにも「関係者以外立入禁止」の入口を通る。警備員らしい制服姿の人に一言二言告げると、美咲や法子にも敬礼をして通してくれる。
「……あの、もしかして楓さん?」
「あ、はい、すみません、何でしょう?」
「そろそろ何するか教えて欲しいなーって。いや、だいたい予想ついたけど。
てか、本気でマジ?」
「すみません……」
法子と楓のやり取りにさすがの美咲も不安なものを感じ始めていた。
「……ここね。」
「わぁ……」
遅れて、とはいえ時間にしたら十分くらいではあるが到着した麗華と和美。初めて入る建物にただただ感動の和美。麗華も初めてなのは一緒だが、特に感慨も起きない。
入口に立っている警備員に近づくと、その堂々とした雰囲気に思わず顔パスされそうになって慌てて説明することに。
「うわっ、うわっ、うわわっ。」
「大丈夫?」
「な、なんかこういうところ初めてなので、緊張するというか何というか……」
人が慌ただしく走り回り、あちこちから緊迫した空気が感じられる。諸般の事情で分かりづらい構造の建物内を歩くと、目的の場所に到着する。
ドアに貼ってある文字が目に入ったけどそのまま通り過ぎようとして、足を止めて二度見。麗華は思わず口の端を引きつらせた。
「……これはさすがにマズいんじゃない?」
一人の少女が街中を群衆に溶け込むように歩いていた。帽子を深くかぶり、大きめの眼鏡をかけているので顔はよく分からない。ただそういう格好をしている人は少なくないので特に目立たない。
さっき買った三段重ねのアイスクリームと格闘しながら自由を謳歌する。ちょっとばかり罪悪感があるのがより自由を美味なものとしていた。
(あたしはやりたくない、って最初から言ったのに!)
だからこうなるのよ、と自分で納得すれば周りがどれだけ迷惑に振り回されたところで傍観者の立場でいられる。そのことに気づかないのはまだ子供だからだろうか。
ふとビルの一つに備え付けられた巨大街頭テレビが目に入る。どうやら今から番組が始まるようだ。得意だろうが苦手だろうが、芸能人に料理を作らせて、その旨い不味いで盛り上がるというバラエティ番組だ。
『料理は真心! 愛さえあれば何でもオッケー!』
巨大なスクリーンの中でコメディアンみたいだけど本業は歌手、みたいな司会者が声を張り上げていた。
『今回はなんと生放送スペシャル! そしてスペシャルな回のスペシャルゲストはなんと人気赤丸急上昇! 勇者戦隊ブレイブレンジャーで活躍中の神代清花ちゃんです!』
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
思わず大声を出して周囲の注目を浴びてしまうが、気にせずに画面を注視する。人気子役の神代清花が出てくるとあって、周りの興味もすぐにTV画面に戻る。
他のゲスト――それこそ今回調理する側だが――の後から頭一つどころか二つほど小さな人影が現れて、観客の拍手が一層大きくなる。
小柄な身体に長い髪。普段は気の強い役が多いが、今日は緊張しているのか強ばりながらもどうにか笑みを浮かべている。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ?!」
なんだこいつ、という視線を背中に受けながらも少女――清花はアイスのことも忘れて走り出した。
そんなに遠くまで行ってなかったので程なく――それでもそれなりに番組は進んでいるわけだが――生中継中のTV局に辿り着く。裏口に回って警備員の前を通り抜けようとして呼び止められる。
「コラコラ、ここは関係者以外立ち入り禁止だ。帰りなさい。」
「何言ってるの! あたし神代清花よ! さっさと通しなさい!」
帽子を脱いでサングラスを外して怒鳴ると、今TVに映っているはずの芸能人が目の前にいる驚きと、自分の子供ほどの少女の迫力に警備員の思考が停止する。
その隙に横をすり抜けると、勝手知ったる何とやらで、今日の控え室に向かう。一度は来ているから間違えようがない。ちなみにそこから脱走したわけだが。
バン、とドアを開けて中にはいると今収録中のため無人である。スタジオの様子を映し出すモニターには今も料理中の「自分」が映っている。カメラがこまめに切り替わるのでスイッチを切り替えて彼女を捉えているカメラに画像を固定する。
顔立ちはほとんど同じ。化粧で少し表情をキツめにしているのだろうか。今日の課題は中学生でもある清花に配慮してかオムライスと難易度を少し下げたらしい。それでも清花には難しい限りだが。
でも画面の中の少女は集中しているのかインタビューの声にも耳を貸さずに黙々と調理を続けている。その手際は見事の一言で、ある意味嫉ましいくらいに羨ましい。
ボーッと眺めている訳にもいかず、今日着る予定の衣装をチェック。何かあったときの為に同じ衣装を常時二着用意しているのだが、画面の中の「自分」は予備の方の衣装を着ているようだ。特に違和感が無いところを見ると、身長なども自分と同じくらいらしい。時間もそろそろ終盤だが、画面の中の少女は焦ることもなく余裕を残して料理を終える。そしてそのまま後片づけを始め、時間終了ピッタリで片づけも終えた。
生放送なので十分ほど間を開けるためにニュースを流して、その後に試食タイムになるようだ。
着替えをして、メイク係はもういないだろうからマネージャーの楓にメールを飛ばした。すぐにハイヒールが床を叩く音が近づいてくるとドアがガバッと開く。
「清花ちゃんっ!」
目の幅涙を流しながら楓が清花に抱きつこうとするが、彼女がステージ衣装であることに気づき寸前で思いとどまる。
遅れて清花と同じ姿の美咲に法子。収録が一段落して合流した麗華と和美がやってくる。
最初、自分の偽物が来たら文句の一つも言ってやろうかと思ったけど、あまりのそっくり具合に声も出なくなる。それは相手も同じ……ではなく、美咲にしてはどこか「変装」なのでそんなに驚くわけでもないようだ。
「うわぁ、こりゃ本気で似てるわ。」
ポニーテールで丸眼鏡の少女がメモ帳片手にそう口にするのを聞いて、清花は呆然とするのを止めてロングヘアのウィッグを付けた美咲の両肩を掴む。
「ちょっとアンタ……」
低い声で迫る少女を麗華が止めようとするが、先んじて美咲が目で制したので、様子を見守ることにする。
「とりあえずさっきの料理のポイントだけ教えて。」
「えっとね……」
端から見るとよく分からないやりとりだが、美咲はスラスラと調理法と工夫した点を説明する。その間もチラチラ時計を確認していることに気づいて、楓がすかさず台本を確認しながら電話でどこかに連絡を取る。
「清花ちゃん、あと十五分は大丈夫よ。」
「サンキュ。」
メモを取りながら口の中でブツブツ呟いて短時間で記憶しようとしているようだ。十分ほどそうしたところでガバッと清花が顔を上げた。
「後何分?」
「三分よ。急いで。」
よし、と気合いを入れるともう一度美咲に向き直る。
「ちょっと困ったように笑ってみて。」
「?」
何を言われたのか微妙に分からなくて、結果的に困ったような笑みになってしまったのを見て、清花が今度は鏡に向き直る。
百面相ならぬ十面相ほどで鏡の中にさっきの美咲と同じ笑みが浮かぶ。
「こんなもんか。
……よし、あたしは芸能人。あたしは芸能人。あたしは芸能人。」
呪文のように唱えると、一転してアイドルの笑顔を振りまく。その変わり身の早さに芸能界の厳しさを垣間見たような気がする。
「楓さん。悪いけど、こちらの方々引き留めておいてね。」
「はい。」
「じゃ、行ってきます。」
「いってらっしゃい。」
戦いに出るような雰囲気を漂わせて清花が控え室を出て行くと、緊張が解けたのか和美がへにゃ~とその場にへたり込む。
「同じ中学生とは思えないよ……」
「ホントだね。
……と、もう着替えてもいいのかな?」
「あ、はい。すみません。どうもありがとうございました。あの、清花ちゃんも言ってましたけど、もう少しいてもらえますか?」
「ボクはいいけど……」
予想通りの答えに麗華と法子が想定内だ、と言わんばかりの表情をする。
「ま、私もちょっと興味わいてきたし。」
「そーそー。芸能人とお喋りできる機会なんてなかなか無いしね。」
そんなことを話していると、モニターに本物の清花が現れる。美咲の笑顔の要素が混じった顔でそつなく料理の説明をしている。
『凄いねぇ、いつも料理してるの?』
『いえ、これだけは教わっていたので。今日は運が良かったです。他の料理だったら、勇気があってもダメでしたね。』
さっき美咲に詰め寄ったときの鋭い表情とは打って変わって明るい笑顔を振りまいている少女だが、その姿にはどこか危うさを感じる。
「察してあげて下さい。仕事と学校の両立。休みのはずなのにスケジュールもギッシリ。それでも人前では笑顔でいなければならないんですよ。
本当の自分を見失わないといいのですが……」
楓のもらした言葉に法子が思わず美咲を見る。いつも笑顔でいるけど、本当の自分をどこか隠している美咲。そんな少女と清花が重なって感じてしまう。同じことを考えていたのか、気まずさで視線をそらしたときに麗華と一瞬目が合った。
微妙にもやもやした空気の中、美咲の作ったオムライスが高得点を獲得し、賞賛の声を受けている清花。どこか困ったような顔をしている本当の理由を知ってるのは控え室にいる五人くらいだろう。
「もう少しで終わりですね。戻ってきたら次は…… あら?」
手帳を開いてから不思議そうな声を出した楓。後ろからどれどれ、と法子が覗き込む。
「ありゃ。」
「あ、すみません。出来れば見ないでいただければ……」
「今日はもうスケジュールないんだ。」
弱々しい楓のお願いも聞かず、ふむふむと手帳の中身を読んでいく。
「ならちょうどいいじゃない。」
どこか不機嫌そうにも見える顔で清花が控え室に戻ってきた。それとは対照的にほんわかした笑顔で美咲におかえり、と言われると複雑そうな表情になる。
「不気味なほど似てる…… 目つきがちょっと違うかな?」
不気味と言われて困惑している美咲のあちこちをペタペタ触って自分と見比べている。
ふにょん。
「……勝ったかも。」
「うわぁ、和美ちゃんにも負けてるし、成長の余地も怪しいし…… こりゃ大神隼人がロリ認定されるのも時間の問題かなー」
「隼人くんも含めてひどいこと言われているような気がする……」
法子の突っ込みに胸元を庇いながら涙目になる美咲。
そんな美咲のやり取りをどこか羨ましそうに清花が見つめる。
(あれ?)
さっきの丸眼鏡の人の言葉に違和感があった。どこが変だったんだろうか。
和美というのは慣れない場に緊張と興奮している自分と同じ年くらいの子だ。モデルでも通用しそうな女性と丸眼鏡の人は恐らく高校生くらいで、自分の身代わりをした子も自分や和美と同じ……
「そういやぁ、美咲お姉ちゃんそろそろ着替えないの?」
「あ、そうだね。楓さん、ボクの服どこ置いたっけ。」
マネージャーの楓に話しかける同じくらいの身長の二人。
「…………」
ちょっと話しかけるのには勇気がいるが、どこか悠然と眺めていたロングヘアの女性に話しかける。
「何かしら?」
清花の様子に気づいたのか、どこか楽しげに麗華が振り返る。
「あたしの格好している子って……」
「いくつに見える?」
矛盾したように聞こえるが、どこか上品にニヤリと笑みを浮かべる麗華に清花は色々考えた。見かけは自分と同じくらいだけど、でも「お姉ちゃん」って呼ばれてる。でも姉妹でもなさそうだし一体?
「時間切れ。美咲は私と同い年よ。和美ちゃんは友達の妹さん。」
「「え……?」」
その声が漏れ聞こえたのか、清花と一緒に楓も美咲を見る。二人にガン見されて美咲が悲しそうに表情を曇らせる。
「もう慣れたけど、やっぱり悲しい……」
「み、美咲お姉ちゃん、頑張って!」
何を頑張るかは不明だが、和美の励ましに元気を取り戻す。
そんな様子の美咲を見て、麗華を見て、清花が世の中の不可解さを感じていると、ポンポンと肩を叩かれる。
自分を見つめる丸眼鏡越しの生温かい目に、真実の追求は止めた方が無難、と清花は判断した。
「このままじゃ困るのよね。」
美咲が変装を解いて着替えると、先に着替え終わっていた清花が腕組みしてどこか偉そうな視線を向けていた。服装はそこら辺歩いている女の子と同じとはいえ、どこか身にまとっているオーラが違うような気もする。
「困る、って?」
なんかあったかな? と首を傾げる美咲にどうやって説明をしようか悩む。
「あのね、あなたが勝手に、あたしの代わりに料理したんでしょ? ……下手に目立っちゃったからできないと困るの。」
「…………」
皆が清花の発言をかみ砕いていると、美咲が何を思ったのか、隣の和美に話しかけた。
「ねぇねぇ、和美ちゃん。今日はオムライスの作り方にしようか。」
急に話題を振られて和美がキョロキョロするが、言われたのが自分と理解してう~んと考え込む。
「ちょっと!」
無視された形になった清花が詰め寄ろうとするが、それよりも先に美咲が振り返る。
「清花ちゃんも一緒にやってみる?」
「え? う、うん……」
不意を突かれて反射的に答えた清花にニッコリと笑顔を浮かべる。その笑顔に二の句が継げなくなる。
(これを計算じゃなく天然でやれちゃうのがサキの凄いところで怖いところよねぇ。)
教えてあげるよ、じゃあ角が立つだろうが、和美をクッションとして誘う形にすればスムーズに話が進む。
……なんてことはきっと考えていない。どうやらオムライスの作り方を教えることになったんだろうから、美咲から料理を習っている和美にも一緒に教えればいいか、くらいの考えだったのだろう。それすら面倒くさがったのではなく、単にたくさんでやった方が楽しいよね、なんて理由だろう。
「そういえばすっかり昼食べ損ねたわね。」
昼前に楓の襲撃(?)を受け、それから生放送に付き合わされて、おやつにはまだ早いが昼ご飯にはやや遅い時間となっていた。
ふむ、とちょっと考えたような顔をして法子が麗華を呼ぶ。
「お嬢様~ 車近くに来てます?」
その呼び方にちょっとモヤッとしながらも、携帯電話で連絡をすると五分くらいの場所で待機しているとのこと。
「それはラッキー。実はですね、ここのテレビ局の喫茶室のお持ち帰り用サンドイッチが隠れた逸品なのですよ!」
知ってた? いえ初めて聞きました。とアイドルとマネージャーが目配せで会話している間にいつの間に用意していたのか、サンドウィッチの箱が山積みになっていた。
「車でコーヒーは飲める、って聞いたことあるし~」
誰から聞いたのよと思いつつも、どんなのだろうね? とか楽しみにしている美咲や和美を見てるとそんな抗議の言葉も失せてしまう。まぁいいわ、と麗華が髪をかき上げる。クルリと清花と楓を振り返るが、その姿はどこか一般人とは違うオーラを漂わせているように見えた。
(……あの人スカウトしたらきっと凄いことになるわよ。)
(でもうちでは扱い切れませんよ。清花ちゃん一人でも大変なのに。)
(むー)
「もう少しで迎えが来ますので、よろしければご一緒していただけませんか?」
二人のひそひそ話は聞こえなかったが表情で何となくやり取りは想像できた。微笑ましさに笑いたくなったのも否定できないが、それはさり気なく隠す。
「あ、来たみたいだよ。」
麗華の家のリムジンの接近を室内でどうやって知ったのかは不明だが、美咲がそう言うのなら正しいのだろう。さっきまでちまちま片づけていた楓が率先してサンドイッチの箱を持とうとして、目の前でその箱が消えたように見えた。
楓を見ていた清花からも同じように見えたので間違いないのだろう。え? と頭の上に疑問符を乗せていると、何事もなかったように美咲が全員分の箱を持っていた。
(あれ?)
わざわざ覚えている訳じゃないが、さっきまでもうちょっと遠くにいたような気がする。少なくとも箱を手に取れる場所にはいなかったはずだ。
色々疑問は残るが、車が来ているということなので、歩き出した四人を清花と楓は追ったところでもう一つ疑問が湧いた。
(……そういやぁ、六人も車乗れるの?)
(この人たち一体何?)
(私に聞かれても……)
六人乗っても余裕のあるリムジンの後部座席。そこで紙コップでないコーヒーが振る舞われ、法子が調達してきたサンドイッチで遅い昼食を取る。正直なところ、芸能人とはいえこれだけのグレードの車に乗ったことはない。
新参者の二人を除いて、高校生や中学生にしか見えない四人はこの状況に何も疑問を持たずに楽しんでいるようにしか見える。
「わ。」
「あら。」
「これ美味しいです!」
「でしょでしょ~ でも場所が場所だけになかなか食べられないのよね~ どう? お二人さん、食べてる?」
「あ、はい……」
反射的に答える楓。二人で身を寄せ合ってどこかこそこそしながら食べているので微妙に味が分からない。緊張というか、警戒心がどうも抜けない。
了承したし、人を騙してどうこうするような人たちにも見えないが、車という密室空間に入れられるとどうしても……というところだ。逆に自分たちをまるで疑っていない態度にも違和感を感じる。
清花がこの世界に入ってまだ日も浅いし、楓も弱小プロダクションの新米マネージャーで海千山千にはほど遠い。そんな二人でも自分たちのいる世界が甘いところじゃないことが身に染みて分かっている。特に清花はブレイブレンジャーのデビューで一気にブレイクしたところもあるので、あからさまではないが大なり小なり圧力じみた物もある。自分たちは「そちら」側に行きたいとは思わないが、それこそ一般人の感覚では「怖い人たち」と思われかねない。芸能人は飽くまでも画面の中でしか愛想は良くない。カメラから離れると裏表の激しい人も少なくない。
「楽しくないかなー?」
隣の法子が楓の耳元に口を寄せる。
「いえ別に、その…… すみません。」
「……面白いでしょ?」
いきなり謝った楓に対して、法子はニッコリ笑顔を浮かべる。
「神楽崎さんは根っからのお嬢様。和美ちゃんはちょっと前まで入退院を繰り返していたし、あたしはあたしでなんかパパラッチ。
全然交流無かったんだけど、みんなあの子が繋いだのよ。」
「…………」
「色々考えることはあるんだろうけどさ、サキのことだけは信じて欲しいな。」
「あたし信じる。」
法子の言葉に清花が間髪入れずに返す。
自分でもそんな反応をするとは思わなかったのか、思わずあたりをキョロキョロ見回してしまう。幸か不幸か、自分を見ていたのは法子と楓だけであったようだ。ちょっと恥ずかしくなったのか、年相応の顔でうつむいてしまう。
清花のそんな様子に法子は思わず口がほころんでしまう。
この子はいい子だ。
きっと周囲からのプレッシャーが大きいのだろう。だから自分を出せず、そのことも理解して、その上それを我慢できる強さもある。
だからこそ美咲みたいに無防備にぶつかってくる相手には弱いのだろう。ただ美咲は実は人を見ている。どういう才能か、美咲は人の悪意にとても敏感である。どんなに外見を繕っていても関係ない。その逆もしかり。
「あっ!」
美咲がいきなり声を上げたのを聞いて麗華が車を止めさせる。
「いたの?」
「うん!」
嬉しそうに返すと、美咲が車の窓を開け身を乗り出して手を振る。
「お~い、隼人く~ん!」
辺りをはばからない声に、遠くの人混みから誰かが全力で駆けてくるのが見える。
「おい、み…… 橘っ!」
掴みかかりまではしないが、美咲に詰め寄る隼人。だが、麗華の家のリムジンから顔を出していることに気づいて渋い顔をしながらもそれ以上言うのを止める。どうせ言ったところで聞きはしないだろうし、と。
「……今日はずいぶん大勢だな。」
「あ、うん、ちょっとお客さん。」
そうか、とだけ隼人が呟くように言うと、呼び止められるような用も無かったのだろう、と背中を向ける。
むんず。
そして半ば予想済みだったのか、美咲に服の裾を掴まれて、どこか疲れたように振り返る。
「で、お前は俺に何して欲しいんだ?」
「付き合って欲しいな、お買い物に。」
倒置法で言われた為に前半に思わずドキッとしてしまったのが男の悲しい性である。面倒そうなので隼人としては断りたいところだが、断れる理由が思い当たらない。
「……面倒くさいな。」
「ゴメンね。でもボク隼人くんと行きたかったし。」
「…………」
無駄に心臓に悪い。
「美咲お姉ちゃん、夕飯の材料?」
「うん、さすがに卵とか足りなそうだから。でも隼人くんがいるから沢山買えるよ。」
「俺は単に頭数か?」
でなければ荷物持ちと言い切られかねない。
「じゃあ、色々買い込んでくるから、隼人くんちで待ってて。」
「……は?」
車から降りた美咲の発言がさっきから突飛すぎる。怒濤の展開に戸惑った声しか出ない。断片的な情報から推測すると、どうやらこれから夕飯を作るらしい。それは卵を多く使う物のようだ。
そこまではいい。
妹の和美を除いた五人、しかも内二人は見たこと無い――いやどこかで見た覚えもあるのだが――人が自分の家に来るらしい。
美咲は何度か来たことあるが、他の連中は初めてのはずだ。
(一体全体どういう状況だ?)
「あ、お兄ちゃん、美咲お姉ちゃん、あたしもいい?」
返事も待たずに和美も車を降りる。
「あ、あの、」
それまで微妙に蚊帳の外だった清花だが、和美が車のドアを閉める前に表に飛び出す。慌てて引き留めるか、一緒に行こうとする楓を法子が巧みに引き留める。見事なコンビネーションで麗華が指示を出すと、少女三人と隼人を残して車が走り去っていった。
「ところで、」
隼人がいつものような冷めた視線で清花を見る。慣れてる美咲や和美はともかく、見下ろされている上に(清花的には)睨み付けなれて反射的に和美の陰に隠れる。身長差が無いのであんまり隠れてないが。
初対面の少女に怯えられて気まずそうに美咲を振り返りながら尋ねる。
「こいつは誰だ?」
「清花ちゃんでね、和美ちゃんと一緒に料理するんだ。」
ちょっと推測してから、諦めて妹に向き直る。
「和美、説明頼む。」
振られて和美が最初から――それこそ隼人が自分の兄であるところから――説明したことと、どこか助けを求めるように妹に目を向ける長身の少年に清花の警戒も緩む。
「というわけだから、お兄ちゃん見た目ほど怖くないから。あ~ もし何かあったら美咲お姉ちゃんに言って。そしたら大体どうにかなるから。」
「……なんでだ。」
「隼人くん、なにかするの?」
妹相手に大人げないとは思いつつも、ちょっと憤りの色を込めた疑問の声は、美咲の言葉で毒気を抜かれてしまう。
「さしあたり買い物って言ったか。」
「あ、うんうん。まずは卵かな?」
四時からタイムサービスなんだよ、と何故か嬉しそうな美咲の後を隼人がどこか疲れたかのようについていく。今のやり取りの中で何か通じ合う物があったのか、和美と清花が手を繋いで目の前の二人を楽しそうに眺めながら歩き始めた。
『じゃ、まずはチキンライスから作ろうか。卵はもう少しこのまま置いておきたいし。』
『え? 何かあるんですか?』
『あのね、冷蔵庫から出した卵はできれば室温にした方がいいんだって。あと、使う直前に割った方がいいんだよ。』
『へぇ~ さすが美咲お姉ちゃん。』
台所でわいわいやっている身長が同じくらいの三人。
「なんか微笑ましいわね。そう思わない?」
「…………」
母親を早くに亡くし、父親は長距離トラックの運転手で、普段は兄妹の二人暮らしの大神家。気づくと二日に一回は美咲が出入りし、ハンターチーム――特にスカイハンターが実体化したりしなかったりと賑やかになりつつあるが、今日は初めて客人が四人もいて何とも落ち着かない。
一応、家主としては隼人の方が上のはずなのだが、自分に一言の断りも無く決まってしまったのだが、その決定をしたのが美咲と聞いて文句も言いづらい。
「思ったよりも綺麗にしてるわね。やっぱり美咲の仕事?」
どこか挑発的な口調の麗華にも返す言葉がない。事実だったし。と、不意に麗華が声を潜める。
「私が口を挟むことじゃないけどさ、美咲のことはどう考えてるの?」
「高橋と同じこと聞くんだな。」
溜息。
名前の出た法子は隼人達とは離れたところで楓とこそこそ話をしている。メモ片手なところと、楓の表情を見る限り、彼女にとってあまり好ましい話題じゃないらしい。
「別に隼人はどうでもいいわ。高橋さんもだと思うけど、心配なのは美咲のこと。」
「……そこも同じだな。」
「あら? あんたも同じじゃないの?」
「…………」
その無言の返答で半分は納得したのか、追求はそこまでのするつもりらしい。視線を台所に向けて、少女三人の賑やかな調理の様子を聞いている。
卵の焼ける匂いが流れてきたので、そろそろできあがる頃なのだろう。
「隼人くん、お待たせ!」
一応家主ということで、美咲がオムライスをお盆にのせて隼人の前に置いた。ニコニコと隼人が食べるのを待ってる。
「細かいことだが、橘はそうやってるときは俺の顔を真っ直ぐ見てくるんだ。あと歩き方が全然違うし……」
スプーンを手にオムライスを一口食べる。
「料理の腕もまだまだだな。」
そこまで言われて美咲の表情がガラリと変わる。というか、髪の毛を上手くまとめて美咲の振りをしていた清花だった。
「そんなにすぐ分かりました?」
「美咲のことはすぐ分かるのよ。」
「そんなんじゃねぇ。」
麗華の茶化しにもブスッと返す隼人。そんな隼人を清花は複雑な表情で見つめていたが、それは一瞬のことですぐに作ったような笑顔になる。
「あ、お兄ちゃんお兄ちゃん、次あたしの食べて♪」
清花のその変化に気づいた隼人だが、そのことを考える前にまた新たな固まりが眼前に置かれる。
なんで自分なのだろう、と微妙に理不尽さを感じながら、オムライスと言うよりはチキンライスのスクランブルエッグ添えにスプーンを入れる。
「頑張れ和美。」
兄のコメントにガクンと肩を落とす。
まだ美咲が残っている台所ではまだ調理の音が聞こえる。と、ひょいと美咲が顔を出す。
「みんなの分すぐ作るから、もう少し待っててね。」
美咲が作るなら安心だろう、と隼人はスプーンを置く。清花が作ったのは見かけはまぁまぁだが、味がちょっと。和美のはその逆、というところだった。まだまだ精進が必要だろう。
程なく、両手にお盆を持った美咲がリビングに入ってきた。予備のテーブルも出して七人分の席を確保すると、次々と美咲が作ったオムライスが置かれる。
れいか・のりこ・かずみ・さやか・かえで、とトマトソースで名前が書いてあるのには深い意味は無いんだろうけど、なんとも微笑ましい。
恐らく名前が書いていないのは美咲本人のだろう。となると、
(俺のは……?)
以心伝心という訳じゃないんだろうが、隼人の視線の意味に気づいて美咲が小首を傾げる。
「隼人くん、三つも食べる?」
(みっつ?)
そこで悟った。
なるほど、いくら練習中とはいえちゃんと食材を調理したのだ。少なくとも食べられないような物ではない。ただ少々忍耐が必要なだけだ。
「いや……」
(……俺が食うしか無いのか。)
他に押しつけられる雰囲気ではないし、かといって自己責任にさせる訳にもいかない。
(俺も美咲が作るメシが良かった……)
口に出したら間違いなく誤解されるようなことを考えながらモソモソとオムライス(仮)を二人分食べる。
端から見れば女性六人に囲まれての食事という、男にとっては羨ましい限りの光景である。しかしそんなことはちっとも望んでいない隼人のこと「今日は何なんだ一体」という気持ちしかない。
よくよく考えれば、一人の休日を満喫していたところに家に来たこともない麗華や法子だけでなく、見ず知らずの清花や楓まで乗り込んできたのだ。そして法子はプライベートの隼人が珍しいのかチラチラ見てくるし、麗華は美咲をネタにからかってくる。そして気のせいかもしれないが、あの見かけだけは美咲に似ている清花って少女の視線を何度も感じた。そしてトドメは料理の実験台だ。
(厄日か?)
どこか悲しくなる隼人であった。
(なんでよ。)
他人の動きを見ることに自信はあった。演技にも当然自信があった。自分でもそっくりと思う相手を観察して、完璧に真似たと思っていた。
でも和美のお兄さんの隼人という少年は一発で違うことを見破った。色々理由を述べていたけど、顔を出した時には分かっていたはずだ。自分を見る目が違った。
美咲という少女を見るときとはどこか温度が違っていた。その判断も、向けた視線も意識の外のことなんだろう。
自分が演技の世界にいるから分かる。あの目に演技は無かった。逆に言えばそれだけ「当たり前」のことなのだろう。
今一つの感情が清花の心に生まれた。
まだ年若い清花だけど、大人の世界の中で育ったことがその感情を人よりも早く発現させたのかもしれない。
それが妬みなのか羨望か。本質は同じだがベクトルの違う感情。そしてそれが本人にも気づかない内に美咲に対するわずかな反発と、隼人に対する一つの思いをも生み出していた。
(あらあら面白いことに。)
今日は色々ネタを拾えてご満悦の法子。
何もコネが無く芸能人と面識ができるなんてよほどの偶然がないと不可能なのだが、それが通ってしまった。そしてその彼女が美咲とそっくりというのは法子にとって最大級に幸運なイレギュラーだった。
それを使わずに済めば良いのだが、保険はあるに越したことはない。その為には美咲と清花がもう少し親密になって欲しいところだ。
とりあえず食卓を囲めたので目的は果たしたと思ったのだが、
(大神隼人ぉ、あんたのせいで……)
初対面の清花でも美咲と隼人がただならぬ関係――それと同時にそういう関係でないことも恐らく――でないことに気づくだろう。そして美咲の振りをすることすら想定内だった。隼人が予想以上に早く見抜きさえしなければ。そのせいで清花が美咲に妙な対抗心を持ってしまった。
(ま、一つの恋の試練と思えばいいか。)
様々な思惑が渦巻く中、隼人のオムライスだけは味が今一つであった。
隼人「なんかまた面倒に巻き込まれたようだ。
神代って奴と橘が関わったことで、何故か俺たちもテレビの撮影現場に。
そんな中、夢魔が現れて現場は大混乱に。
そこで俺は予告も前振りもなしに選択を迫られた。
……でも答えは決まっていたようだ。
夢の勇者ナイトブレイカー第三十七話
『そっくりさんラプソディ(後編)』
同じ夢なんかない。人の数だけ夢はある。」




