第三十五話 友情とスクープ
閲覧注意:胸糞な表現があります
あの子と初めて会ったのはいつだったっけ?
なんて思い返さなくてもあの日の事は忘れない。あの日、あの出会いが会ったからこそ今のあの子が、そして今のあたしがいるからだ。
制服なんて物を着始めて数日。
毎日何を着たらいいのか悩まなくていいというのは便利なものだと思い始めた頃。小学校を卒業して中学校へ。クラスの何割かは知っているが、残りは全然知らない人たち。
その子の事が気になったのは単純な理由だった。誰とも話さずにずっと外を眺めている女の子。何というか「生気」というものが感じられないようなガラス玉のように空ろな瞳。人としての半分くらいをどこかに置き忘れてしまったようだった。授業中はそれなりに受け答えしているけど、あんまり感情のこもっていない声で聞いていてどこか心苦しい。
“もったいない”
それが高橋法子の最初に思ったことだ。
顔も声もちょっと子供っぽいけど可愛いはずだ。……そう、ちょっとでも笑ってさえくれれば。
秘密のメモ帳を広げ、彼女の項目を探してみる。
“橘美咲”と名前の所に書かれていた。 何故か“星澤”という名前に取消線付きでその隣に書いてある。
次の項目を見たときに、その子のことを一気に思い出した。
“事故により両親を失う。”
見なきゃ良かったという後悔が脳裏をよぎる。それと同時に、あの少女の笑顔が見たい、という強い気持ちが法子の中で大きくなっていた。そしてその笑顔の隣にいたい、とも。
「おいおい、こいつか?」
法子の思考はそんな傲慢さしか感じられないそんな声に遮られた。法子は反射的に制服のブレザーの懐に手を入れる。
「四年くらいから来なくなっていたから間違いないですよ。」
お山の大将とその取り巻きという分かりやすい構図であった。初日からブラックリストに入れていたからすぐ分かったが、親がちょっと金や地位を持っているからって自分にも何か「力」があると勘違いして育てられたような輩だ。本来なら関わりたくない。
「おい、お前。俺たちの仲間にしてやる。」
「…………」
のろのろと虚ろな表情で顔を上げる少女。その反応にあからさまな舌打ちが聞こえる。
「まぁ、いいや。友達もいないお前に仲良くしてやるんだ。感謝しろよ。」
我慢だ我慢。あんなのに関わるとロクなことにならない。あの子のことはどうかしてあげたいけど……
「だいたい、親もいないヤツに親切にしてやるなんて、俺って良い奴だよな。」
一瞬、少女の目に暗い影が走る。
「あ、そういやぁこいつの親、事故で死んだってよ。」
「ああ、なんだ孤児か。」
「そう、それそれ。孤児、って奴ですよ。」
その言葉の何処が面白かったのか、憶えたての言葉を連呼する幼児のように囃し立てる取り巻き衆。それでも少女は表情を変えないように見えたが、法子には膝の上で握り拳を固めているのに気づいた。
もう我慢できない。
「あんたたち何様のつもりよ!」
ズカズカと少女をかばうように割り込む。
「俺たちが今こいつと話しているんだ。」
「お前には関係ないだろ。」
「引っ込んでろ。」
口々に取り巻きたちが法子を邪魔者扱いする。その中でも身体の大きい粗暴そうな一人が法子の肩を突き飛ばす。まさかいきなりそんなことをしてくるとは思わずに、バランスを崩して机を一つ巻き込んでその場に尻餅をついてしまう。
そんな法子の姿に嘲笑が上がる。
他のクラスメイトは関わりになるのを恐れて、遠巻きに見ているだけだった。
「逆らうなら女でも容赦しないぜ。」
体力と反比例したような知性の感じられないセリフながら、男子生徒の体力は法子には脅威以外の何物でもなかった。
男子生徒が一歩法子に近づき、腕を振り上げると回りで見ていた生徒の中から悲鳴が上がる。遅ればせながら誰か先生を呼びに行こうとする人もいたが、すでに遅かった。
いや。
その光景は今でも脳裏に焼き付いたかのように鮮明に思い出せる。
まるで瞬間移動してきたかのように法子の前に現れた小さな背中。見上げているからかもしれないかったけど、その背中がとても大きく見えた。
次の瞬間、その背中越しに見えた男子生徒の姿がいきなり消えた。そしていくつも机を巻き込んだような凄い音。
蹴りだったんだろうか? 背の差は頭一つ以上。体重は倍以上違うだろう。教室の後ろまでぶっ飛ばされた男子生徒は驚愕の表情を浮かべる間もなく気を失っていた。
少女から放たれる威圧感と、目の前で起こった有り得ない出来事に教室内が硬直する。そんな中、法子から僅かに見えた幼い横顔はどこか痛々しく、そして守りたいと思わせる何かが感じられた。
この子には一生かけるだけの「価値」がある。そんな打算的な事以上に法子の中に「この子と一緒にいたい」という強い気持ちが湧き上がってきた。
冷たい空気の中、呼ばれた先生がやっと教室に入ってきた。
気絶した男子生徒は大事を取って病院へ。ボス格の男子生徒と残った取り巻きたち、そしてその父兄が何故か呼ばれ、美咲と共に校長室へ事情聴取ということになった。美咲は呼ぶべき両親もいなく、保護者である祖父とも連絡が取れなかった。
男子生徒たちは美咲がほとんど言葉を発しないことをいいことに、自分たちの都合の良い話に仕立てて、親たちがそれにすぐに賛同する。
美咲が何か言いかけても大声で遮るやり方はどこか手慣れているようだった。
「こんな乱暴者、退学にすべきです!」
「教育委員会に報告して厳重な処罰を。」
孤立無援の少女を大人たちが次々に責め立てる。校長はそんなやりとりをジッと眺めていた。美咲が下を向いて黙っているのを見て、校長がゆっくりと口を開いた。
「皆さんは黙ってください。橘さんの言い分も聞かないと公平な判断ができませんよ。」
さぁ、と少女を促すと、ポツリポツリと語り出した。途中で誰かが口出ししようとしても目で制して続けさせた。
男子生徒の言うことと正反対な内容に親たちから抗議の声が上がる。
「両親もいないような子の言うことが信用できますか!」
「うちの子が嘘ついてると言うんですか!」
「私の知り合いに教育委員会の方がいますから、このことを問題として取り上げてもらいますわ。」
「…………」
美咲だけには校長の雰囲気が変わったような気がした。次に校長が口を開く前にノックの音が響く。
「失礼しまーす。」
返事も待たずにお気楽な様子で法子が入ってくる。
「ちょ、お前……!」
男子生徒が焦ったような声を出すが、その親はそれに気づいた様子もない。
「ちょっとあなた。今は関係者以外立ち入り禁止ですわ。出て行きなさい。」
「関係者でーす。」
どこか疲れたような呆れた声で返す法子。懐から何かを取り出す。
「外で聞いていてあんまりにもアレだったので口挟ませてもらいますよ。」
盗み聞きなんてはしたない、なんて騒ぐギャラリーを無視して、手にしたマイクロカセットレコーダーのスイッチを入れる。
騒ぎが起こしそうになった直前からスイッチを入れていたレコーダーには男子生徒と美咲のやりとりが少しこもった感じとはいえ理解できるくらいに録音されていた。
男子生徒と取り巻きが流れてくる音声に顔色を変える。その内容を聞いて親たちも表情を強張らせる。
「そ、そんなデタラメよ!」
「それを寄越しなさい!」
父親の中には手を伸ばしてレコーダーを奪おうとする奴もいた。しかし予想済みだったのか法子は一歩退いてかわして、美咲がその前に彼女を守るように立ちはだかった。
「信じられないなら声紋分析でもされたらいかがですか? それにダビングしてマスターは別の所に保管してますから差し上げても結構ですよ。」
大人の馬鹿げた所業に法子が冷たく言い放つ。これでもジャーナリスト志望でしてね、と小さく肩を竦めた。
「子供は大人の言うことを聞いていればいいんだ!」
言うことが思いつかなかったのか、ただ恫喝するだけの親たちに法子は声を荒げる。
「ふざけんなぁ!
子供の喧嘩に親がしゃしゃり出てきて、自分の子供の言うことは100%信用か!
両親もいないような子の、なんて言ってたけど、それじゃあご立派な両親をお持ちのあんたらの息子は何を言った!
何人もして小さな女の子を囲んで仲間にしてやる? 何様のつもりさ! 単に下僕か何かが欲しかっただけでしょ? それであたしが口を出したら暴力に訴えて。
あ~あ、ご立派過ぎて涙が出るわ。
でもね、」
法子は目の前の美咲を背中から優しく抱きしめる。
「え……?」
「でもね、」
美咲にかける声はとても優しい。
「この子は友達でも何でもないあたしを身体を張って庇ってくれた。ねぇ、親がどうとか、ってそんなに大事かな?」
「……こ、子供のくせに生意気な。」
「いい加減にしないか!」
弱々しく反論する親に、ついに校長が声を大きくした。
「大人とか子供とか関係ない。それぞれがそれぞれの判断で発言し行動する。その責任は本人たちにあります。……少なくともあなたたちのお子さんは自分の言動に責任をとってもらう必要がありますね。
中学校では停学は認められていないので、あなたたちには反省文の提出をしていただきます。自分の行ったことを思い返して書いてください。」
不満げな男子生徒や父兄を一瞥して、校長は続ける。
「教育委員会に言いたいなら是非ともどうぞ。その際は必ず真実を語ること。もし内容に違いがあった場合は何らかの手を打つことになると思います。」
「それは脅迫と捉えていいのですか?」
無駄なあがきをする父兄だが、
「真実を語ることを脅迫と考えるのは心にやましいことがあるからでしょう。自分の行いが正しいと思っているならそれを貫けば良いのです。お話は終わりです。父兄の方々はお帰りください。」
校長の言葉に一蹴されてしまう。
もう一度退出を促すと、不承不承ながらも出て行く。校長室には美咲と法子、そして校長が残った。
「さて、」
静かな校長の言葉に美咲がビクッと身体を震わせる。今度は法子の方が少女を庇うように一歩間を詰めた。
「橘さんですが、あなたの動きは何かやられてますね?」
「は、はい……」
下を向いたまま答える美咲。
「答えるときは相手の顔を見て。」
「はい。」
どこか覚悟を決めたのか、美咲が真っ直ぐ校長の顔を見つめる。
「真っ直ぐで清々しい目ですね。
それはともかく、あなたに武術を教えた方がおりますね?」
「はい。お爺ちゃんです。」
どこか誇らしげな美咲の言葉に校長がうんうんと頷く。
「では橘さんのお爺さんに今日あったことを話して……」
美咲が緊張でごくりと唾を飲む。隣の法子もつられて背筋を伸ばした。
「今度はもう少し平和に収められる方法を教えてもらって下さい。」
以上、と校長が言葉を切ると、何を言われたのか理解できないように美咲がポカンと口を半開きにする。
「あの、その……?」
どうやら少女の反応を予想していたのか、少年のような笑みを浮かべてからキリリと教育者の顔になる。
「橘さん、あなたのやったことは正しいことです。しかしちょっとやり方が少し間違っていました。」
ゆっくりと話し始める。
人には持って生まれた「使命」があること。そしてそのための「力」があること。しかし人はそんな「使命」や「力」に気づかずに一生を終えるかもしれない。だからこそもしも自分に「力」があるならそれを認め、正しく使うように心がけねばならない。
「なんて深く考える必要はありません。ただ、あなたの武術の力は人を傷つける力です。それと同時に人を守ることもできる力です。どちらが正しいのか、敢えて言うまでもないですよね。」
コクコク頷く。
「私から言いたいのはそれだけです。もう夕方ですから戻って良いですよ。」
退室を求められた後、ちょっと忘れ物、と法子が美咲を先に行かせたのだが、その間に何をしたのかは今でも少女に話したことはない。……いや、話せない。
「そっかぁ、もう五年か。」
「……どしたの、法子ちゃん?」
思い出から現実に帰って今。ふと口から漏れた独り言に美咲が首を傾げる。
あの時から比べると美咲は笑うようになった。拗ねた顔を見せるようになった。泣き顔は微妙に悔しい事ながらあいつの前でしか見せてないそうだ。怒った顔は見たことはない。
……身長は悲しいほど伸びてないか。
「あ、なんかひどいこと言いたそうな顔。」
「そんなことないない。ただ、相変わらずちっちゃいなーって思っただけ。」
「ううっ、やっぱりひどかった。」
すでに諦めの境地に入ったのか、美咲がガックリ肩を落とす。まぁ、実際、二人が出会った頃からどれくらい成長したかというと、もらい泣きしてしまいそうなくらい哀れなので記すのを控えさせてもらう。
「それはいいけどさ、サキ最近なんか元気なくない?」
「え?!」
いきなりの質問に思わず美咲は声が裏返る。驚きのあまり、法子がいつもとは違う鋭い視線を向けていたことには気づかなかった。
確かに未だにバロンのことを引きずっていた。フラッシュブレイカーの修理もままならず、シャドウブレイカーに乗っているから尚更そのことを思い出させる。まだどこか「借りている」感が拭えない。借りているからにはいつかは返さなきゃならないが、その相手はすでにいないわけだが。
「そ、そんなに元気ないかな、ボク?」
普段の少女を知らない人でも怪しいほどの動揺ぶりだが法子は見えなかった振りをする。
「ほら、この前風邪で数日休んだでしょ?」
「!」
何気ない一言で美咲が硬直する。これもわざとらしく明後日の方を向いて気づかなかったように振る舞う。
「まだ風邪残ってるのかなぁ、って。」
「う、ううん。もう大丈夫大丈夫。」
「そう?」
ジッと美咲の目を丸めがね越しに正面から覗き込む。少女の目はしばらくその視線を受け止めていたが、耐えきれなくなったのか僅かに視線を逸らした。隠し事ができないことは知っているから、見えないようにため息をついてから考える。
……もう潮時なのかな?
美咲が夏くらいから「隠し事」が増えてきているのは知ってる。おそらくその事情も九分九厘間違いない。そしてその隠したい理由というか、少女の気持ちも分かるから敢えて追求しないようにしてきた。
(もう無理かも。)
知っているのに知らない振りをし続けるのがこんなに辛いとは思わなかった。美咲もきっと同じ気持ちなのだろう。「秘密」を抱えるのがこんなに大変だとも思わなかった。
「ふ~ん、ならいいけど。ほら、サキですら引いちゃう風邪だからきっと細菌兵器レベルかなーって思っちゃってさ。」
勇気とか色んな物を振り絞って「いつも」通りに振る舞う。一番の解決法は美咲の方から言ってくれることだろうが、そういう意味では頑固で一途な美咲のことだ。たとえ自分の身が危険になっても秘密は守り続けるのだろう。そこには親友だから、という例外は無い。どんなに苦しくても重いことでもそれを他人に預けないで全て自分一人で背負い込む。それが橘美咲という少女の強さである。とても哀しい強さではあるが。
「法子ちゃん、今日は厳しすぎるよぉ。……もしかしてあの日?」
ぽか。
「あんたはどこでそんな言葉憶えてくるのよ! って、」
いや、美咲も間違いなく女の子だ。早生まれで高校二年生にもなってるのだから、いくら外見が中学生とはいえ……
(知らない可能性を否定できない。)
そういえばそういう相談をされた記憶がなんか無いような気がする。
「えっと、なんかそんな風に誰かが言っていたような……」
叩かれた頭を庇いながら美咲が弱々しく言い返す。微妙に話が噛み合っていない。
(ホントにヤバいかも。)
今度機会があったら聞かなきゃならないな、と心のメモ帳に記録する法子であった。
「さて、どうしましょうねぇ。」
あんまり緊迫感の無い口調だが、これでも小鳥遊としては悩んだり焦ったりしているはずである。
「優先順位、ってとこですよね。今の戦力はブレイカーマシンが四機にルナティックグリフォンだけ、と。」
前々回の戦闘でスターブレイカーが致命的な破損を受け、サポートマシンであるカイザージェットにロードチーム・ハンターチームが大破してしまった。前回の戦闘ではバロンから託されたシャドウブレイカーとルナティックグリフォンが合体したムーンブレイカーで辛くも夢魔を撃破することができた。
それでも大きな戦力ダウンは否めない。スターブレイカーの代わりをムーンブレイカーが務めるとして――それこそパイロットは両方とも美咲なのでどちらかしか操縦できないわけだが――先にどれから修理するか、ということに頭を悩ませていた。
「実はハンターチームは修理できないんですよね。ドリームリアライザーで生み出されている物でも無いみたいなので。」
謙治がキーを叩くとロードチームとカイザージェットの模式図がディスプレイに表示される。あちこちが欠損したり、注釈が伸びてダメージが大きいことを表していた。
ブレイカーマシンたちを実体化させているシステム・ドリームリアライザー。カイザージェットもロードチームも謙治が設計したのだが、ハンターチームは色んな事情はさておいて隼人と「契約」を結んだ存在である。この世界に現れるときはドリームリアライザーを通してないのだ。
「……ロードチームからにしましょう。」
「え?」
小鳥遊の言葉に思わず謙治が返す。ロードチームは謙治のサポートマシンなので個人的な感情では優先させたい気もする。が、カイザージェットは(まだまだ初心者マークながら)恋人でもある麗華のサポートマシンである。となると、これまた個人的な理由で優先させたい。
「ロードレスキューの修理能力はアテになりますし、更にロードチームなら助っ人を呼べるかもしれませんから。」
「助っ人?」
「ええ、頼もしい助っ人ですよ。」
「ロードレスキュー、メイン制御システム復旧完了。」
「師匠! 右腕もオッケーです。」
「よし、じゃあこっちにデータを。」
「了解です!」
あの後、小鳥遊が言ってた助っ人とは良のことだった。謙治を師匠と崇めている中学生で、ブレイカーマシンや美咲たちの戦いのことを知る数少ない協力者の一人だ。ロードチームの設計の際に外装と変形システムを任されるほどの知識を持っており、ロードチームの修理にはうってつけの人材であった。
「よし…… 起動。」
コマンドを送り込むと上半身と右腕だけのロードレスキューがディスプレイの中で動き出す。まずは自己診断機能が働き、更にメモリのチェックを行って、現在の状況と戦闘の記録を認識したのか驚いたようなリアクションを見せる。
まず自分を直すのかと思えば、いきなりデータの検索を始めてフラッシュブレイカーのところで動きが止まる。
まだ手付かずのデータの前に片腕だけで移動すると、その破損した機体の前で狼狽えるような動きを見せた。
――pipipipopipipipopi!
「おっと、」
謙治が素早くキーボードで「She is OK.」と入力すると、落ち着いたのか自分のデータストアへと戻る。
――pipo
安堵したような声(?)をもらしてから自らの修理に入るロードレスキュー。
「……驚きましたね。」
後ろで眺めていた小鳥遊が心底感心した声を出す。特にリアクションは無かったのだが、気にした様子もなく言葉を続ける。
「今ロードレスキューは間違いなく美咲さんの心配をしていました。そして彼女が無事だと伝えると安心したようです。
状況判断能力の高さに感情的な反応。AIの成長は目覚ましいものがあります。」
緊迫した状況で沢山の感情に触れたのが成長を促したのでしょうか? とか一人ブツブツ呟いている。
「……えぇと、次はロードドリルいくか。その次はアタッカーで。」
「了解です、師匠。」
ロードレスキューが自分で自分を直している間に黙々と作業が進められていく。修理が半ば終わったところで甲高いアラームが鳴り響いた。夢魔発生の前兆だ。
謙治としては珍しいことに苛立ったように舌打ちをすると、修理中のロードチームの状態を確認する。
「今行けるのはアタッカーとドリルかい?」
「……そうですね。師匠が抜けるならレスキューの手は借りたいところです。」
「分かった…… 小鳥遊博士、できれば大神君だけに連絡お願いします。」
謙治の気遣いに小鳥遊もちょっと躊躇ったものの小さくうなずく。とはいえ、遠からず美咲と麗華に察知されてしまうのばかりは仕方がない。
地下から出て行った謙治と入れ替わりに隼人の妹の和美が入ってくる。
「遅くなってすみません!」
いつもよりも心持ち表情が暗いが、いつものように振る舞っている和美に小鳥遊が声をかける。
「大丈夫なんですか?」
そんな心理学者の問いに和美は一瞬手を止めるが、すぐに何事もなかったかのように端末を起動させ、戦況分析の画面を開く。
「正直、辛くないといえば嘘になると思います。でも……」
ちょっと考えてから、クスリと笑う。
「美咲お姉ちゃんが嘘つかないのも分かっていますけど、あの人のことだからなんかひょっこり帰ってきそうで。
だからバロンさんのことで泣かないって決めたんです。」
数度しか会ったことはないが、いつも自信たっぷりな黒衣の青年の姿を思い出す。
(おやおや、どうやら君はとても素敵なお嬢さんに慕われているようですね。)
微笑ましい気分になりたいところだが、画面に表示される夢魔のエネルギーは徐々に増加している。そろそろ実体化するころだ。
「出現位置特定…… 誤差ほとんどありません。発生確認! 街中に出現しました。画像出します。」
和美の言葉に作業中の良も顔を上げる。モニタの一つに光がともった。
「……うに、ですか?」
不思議な光景に作業の手も止まる。
良の言うとおり、中心が黒い球体で同色のトゲが四方八方に広がっている。それはしばらく宙に浮いていたが、不意に重さを思い出したかのように落下する。トゲは道路に何も抵抗無く突き刺さり、半ばまで埋まったところで止まる。
「このまま止まっているとありがたいのですが……」
そんなわけありませんよね、というニュアンス込みで小鳥遊が呟いたとき、画面に新たな変化が現れた。
「謙治さんのサンダーブレイカーが到着しました!」
射程内に夢魔を収めたものの、謙治はすぐに撃てずにいた。敵はまだ動く気配がないし、この距離ならそう外すつもりもない。
ただ今までの経験上、どんな能力を持っているのか外見からは全く判断できない。今質量センサーに反応があったとしても、次の瞬間にはいなくなっている可能性もある。普段なら気にせずに砲撃するところだが、戦場が街中であるために誤射を避けなければならない。別行動させているロードアタッカーとロードドリルからの情報ではまだ周囲の避難が完了していないらしい。
相手の行動を探ると同時に、夢魔の分析を行う。夢魔を倒すには相手の再生能力を超えるほどの大ダメージを与えるか、内部にあると思われる核を破壊するしかない。夢魔の大きさを考えると、前者では恐らく街の被害も大きいものとなるだろう。
「となると……」
肩のサンダーキャノンを背中側にたたみ、ブラスターライフルを実体化させ、弾速のある貫通力の高いカードリッジを選択。
ブラスターライフルを構えて核があるだろう中心部に狙いを定める。
そこで初めて夢魔が動きを見せた。どんな外見をしている場合でも、周囲をちゃんと知覚している。こちらが攻撃態勢をとったのを認識したのだろう。
(さぁ、どう動きます?)
照準をサンダーブレイカーに任せて、いつでも動けるように夢魔の動向を注視する。
「?!」
夢魔のトゲがいきなりブレ始めた。
(振動しているのか?)
道路に突き刺さった部分が高速振動により液状化を起こし崩壊していく。振動はすぐに周囲の建物を巻き込み始めた。ガラスが割れ、ゆっくりと傾いていく。
「このっ!」
ブラスターライフルを撃つが、その弾丸が夢魔の前で分解させられる。二発、三発と続けざまに撃つが、それらもすべて夢魔に到達する前に消滅する。ビーム兵器なら効くだろうと手首のサンダーショットを撃つが、振動でビームが拡散するのか効果が薄い。
夢魔に手をこまねいていると、始まったときと同じように唐突に振動が止まる。と、次の瞬間、その姿が激しくブレた。
いや、ブレたのではなく、それが何体もの夢魔に分裂した。大きさは大なり小なりバラバラだが、その動きは素早い。反射的に片手で撃ったブラスターライフルが夢魔の一体を粉砕したが、次の目標を狙う前にあっちこっちに散らばってしまう。
「しまった!」
謙治が一人で戦っている時、実は美咲もすぐ近くにいた。
「うわ、増えた!」
「法子ちゃん! 早く逃げないと!」
すでに人々が避難を終えた人気のない通りで法子は戦場にカメラを向けていた。あの後、美咲と二人で街をブラブラしている時に夢魔が出現したのだ。
美咲としては早く謙治の援護に向かいたいところなのだが、まさか法子の前でブレイカーマシンをリアライズするわけにもいかない。
「法子ちゃん!」
「分かってる。あと五枚、いや三枚でいいから撮らせて。」
ファインダーから目を離さないで答える法子に焦りを感じてしまう。今にも分裂した夢魔の数体がこちらに迫ってきているように見えた。
「……そんなにスクープが大事?」
不意に低くなった美咲の声音に何か危険な物を感じて振り返る。少女はどこか悲しげに、そしてずっと遠くを見ているような表情をしていた。
違う、という声がノドに貼り付いて出てこない。そして法子は自分が無意識の内にどれだけ美咲を追いつめてしまったのか気づいてしまった。
美咲の放つ気迫に身動き一つできない。間違いなくこちらに向かってくる夢魔に歩みを進める。その背中はいつも自分を守ってくれる小さくても大きな背中だったが、今日はどこか遠く見えた。
「凄いスクープあげるからさ、お願い法子ちゃん、早く逃げて。」
淡々と語る口調が泣いているように聞こえた。言いたいことが沢山あるはずなのに法子の口は震えるだけで何も言葉を紡げない。
「ブレイカーマシン……」
(違う……)
美咲が左手首につけたブレスレットから黒い光が溢れる。
「違うっ!!」
リアライズの声はポニーテールを振り乱すほどの絶叫にかき消された。
美咲の影が伸びて、その中から漆黒の戦闘機が現れる。それは少女を内部に取り込むと、空中で変形し翼を持った人型となった。
その光景を法子は黙って見つめていた。黒いロボットが一瞬彼女を振り返ったが、そのままウニのような夢魔に向かっていく。
こちらに迫ってくるのは三体。美咲のシャドウブレイカーが近づいてきたのを見て、それぞれがわずかに軌道を変え三方から襲いかかってくる。
「とぉ!」
背中のジェットを噴かしながら一気に跳躍すると、あるかどうか不明だが夢魔の背後に回り込み、両腕を前に突き出す。手首から放たれた無数の針状の光線が夢魔の表面に突き刺さる。自分たちに滅びを与える脅威と判断しただろう夢魔は方向転換をしてシャドウブレイカーに襲いかかった。……二体だけ。
残った一体はそのまま真っ直ぐ進み続ける。その先には虚脱状態から回復して逃げ始めた法子の姿があった。
「うそっ?! ……チェンジっ!」
驚いたのは刹那のことで、素早く飛行形態のスカイシャドウに変形すると、機体を横転させ二体の夢魔の間をすり抜け、そのまま水平に戻して高度を下げ、超低空飛行で最後の夢魔の下をくぐり抜けた。
逆噴射をかけ、一瞬で速度をゼロにし再度シャドウブレイカーに変形しながら身体を反転させる。
無理矢理なアクロバットかかる強烈なGに顔をしかめながらも、法子に迫ろうとする夢魔の前に立ちはだかる。シャドウブレイカーを認識しているのかどうか不明だが、夢魔はそのまま跳ね上がると、頭上から襲いかかってきた。
「サキっ!」
背後からの気配と物音に、逃げる足を止めて振り返る。鋼の翼を持った巨人の背中が真っ先に見えた。たとえ機体が変わったとしても、そしてロボットなんかに乗っていなくてもその背中からはいつものように揺るぎのない決意が見えた。出会ったときと全く変わらない「守りたい」という強い気持ちが。
体当たりをしようと飛びかかる夢魔。その動きがシャドウブレイカーの眼前で止まった。その鋭いトゲが貫いたわけではない。回転しながら迫る夢魔の動きを見きって、そのトゲを掴んで止めたのだ。
鋭いトゲとはいえ、その先端さえ気を付ければ止められないこともない。誰もができるは限らないが。
「サキ! 気を付けて!」
伊達や酔狂でブレイカーマシンの追っかけをしていたわけじゃない。夢魔の変幻自在さ、そして危険さは少なからず分かっているつもりだ。
その声が届いたのか、シャドウブレイカーが片手を離して身体を半身にする。一瞬遅れて、さっきまでシャドウブレイカーがいたところを黒くて細い物が無数に通りすぎる。それは夢魔から放たれたトゲであった。目標を外したトゲが建物や道路に突き刺さる。
致命的な一撃を避けたはずのシャドウブレイカーだったが、急に肩を押さえてガクリと膝をつく。半身になっただけではすべてのトゲをかわすことができず、左肩のど真ん中に一本食らってしまったのだ。直撃はその一本だけだが、他にも何本か掠めたようで装甲を削り取られた跡が見える。
目の前の一体にさっきの二体も加わって、動かないシャドウブレイカーを取り囲む。そして今度はそのまま串刺しにしようと、一斉にトゲを伸ばした。
「サキぃぃぃぃぃぃっ!!」
夢魔のトゲが貫いたのは残像だけであった。直接のダメージよりも、感じた痛みのせいで気を失いかけていた美咲。動けなかったところに集中攻撃を受けそうになったのだが、法子の悲鳴で瞬時に覚醒し、反射的に跳び上がって回避することができた。
同士討ちにはならなかったものの、目標を見失ったのもあって夢魔の動きが乱れる。美咲は肩に突き刺さったトゲを痛みをこらえて引き抜き、空に向かって叫んだ。
「ルナぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
空に逃げたシャドウブレイカーに気づいた夢魔の一体がふわりと浮いて迫るが、そこに更なる高みからエネルギーの奔流が突き刺さり地面へと叩き付けられる。
甲高い鳴き声が聞こえてきて、漆黒の翼を持った幻獣が美咲をかばうように舞い降りる。
「行くよルナ!」
クエー!
漆黒の幻獣――ルナティック・グリフォンの背に乗ったシャドウブレイカーが上昇する。夢魔がその後を追うが、飛行能力はさほどでもないのか追いつけない。
「ムーンシャドウ・イリュージョンっ!!」
幻獣の背から跳ぶとシャドウブレイカーが手足を折りたたんで四角いブロック状となる。それを追うルナティック・グリフォンは空中で胸の部分が空いた巨人へと変形する。その隙間を埋めるようにシャドウブレイカーが合体すると、新たな頭部が現れ影の色の巨人が完成した。
「月影合体……」
その額に三日月が灯る。
「ムーンブレイカーっ!!」
「クレセントシックル!」
ムーンブレイカーが右手を伸ばして握りしめると、その手の中から一本の長い棒が現れる。そしてその片端から月の光を思わせる白く澄んだ刃がきらめき、大鎌を形作った。
両手で構えて大きく振りかぶると、急降下しながらウニ型の夢魔の一体をすれ違いざまに両断した。残り二体も動揺したかのように一瞬退くようなそぶりを見せるが、数の優位を感じたのかトゲを震わせて空中のムーンブレイカーに目がけて無数に撃ち出す。
しかしそれもクレセントシックルを回転させてすべて弾き返す。そしてシックルの刃だけを消して、一本の棒になったところを思い切り夢魔に投げつける。狙い違わず棒は中心を貫き、もう一体の夢魔を粉砕する。
「あと一つ!」
「やったぁっ!!」
ピンチを脱したのが自分の悲鳴のおかげとはカケラも気づかない法子だが、危機を脱して合体し、瞬く間に夢魔二体を葬った美咲の活躍に歓声を上げて自分のことのように喜ぶ。
残り一体になった夢魔と対峙するムーンブレイカー。と、不意に空が少し陰ったような気がした。
「……? うわぁっ?!」
あっちこっちからポーンポーンと擬音が聞こえてきそうな雰囲気でウニが沢山飛んできた。それを追ってきたかのように三方から深紅の鳥に、青い狼、そして重装甲のロボットが現れる。
「そっか。神楽崎さんに大神隼人に田島君も他で戦ってたのか。」
外からは彼らの声は聞こえないが、何となく雰囲気で集結した夢魔の挙動を伺っているように感じた。それでも青い狼型のロボが美咲の方に向けた視線が何となく優しく見えて思わず笑みがこぼれる。
いくつもの目が見つめる中、美咲が相手をした夢魔よりも小さな夢魔が特に何をするわけでも無く、ただただ集まっていく。
傍観者の法子でも次の展開が予想できたから、美咲達なら即座に気づいたのだろう。他の三機が警戒する中、ムーンブレイカーが見えないマントで身を包むような動きを見せると、一瞬影に包まれてそのまま姿が消える。
その間に夢魔は少しずつ融合し、最後には巨大なウニへと姿を変えた。しかしもう誰もその夢魔を気にしていない。わずかに視線を上げ、何かが来るのを待ちかまえる。
再び空が陰る。そこに見えるのは翼を広げ、刃を白銀に光らせた大鎌を構えた姿。大きく振りかぶった鎌をすれ違いざまに一気に振り抜いた。宙に一本の輝線が走り、夢魔の横に着地するムーンブレイカー。ぴくりとも動かなくなった夢魔の上半分が斜めに滑り落ちる。そしてそのすべてが空気に消えるように消滅していった。
ルナティック・グリフォンから分離して、シャドウブレイカーが法子の前に膝をつく。まだあちこちにトゲによってつけられた深い傷跡が残っていた。
その様子を無表情で眺めていた法子だが、右手の上に乗って美咲が降りてくるのも黙って見ている。どう話しかけたらいいのか困っている少女の顔にもう我慢できなくなる。
「サキっ!!」
目を潤ませて親友に抱きつく法子。あっちこっちペタペタ触りまくって、特に左の肩に異常が無いのが分かって安堵の息をつく。
「よかったぁ……」
腰が抜けたかのようにその場にへたり込む。
「法子ちゃん……?」
呆気にとられる美咲に、法子は念願が叶ったような満足げな顔をする。
「やっとサキのこと、堂々と心配できた。いっつもいっつもいっつも知らないフリしてるの辛かった。
大丈夫? って言いたかった。お帰り、って言いたかった。いつもありがとう、って言いたかった。」
法子の言葉がすぐに理解できなかったが、その意味に気づいて青ざめる。
「……知ってた、の?」
「バカにするなーっ!!」
いきなりの法子の大声に美咲がびくっ、と肩を震わせる。そんな美咲を優しく抱きしめてその小さな肩に顔を埋める。
「……大好きな親友の戦う背中なんて何度も見てるよ。見間違えるわけないじゃん。」
「法子ちゃん……」
しばらく美咲に身体を預けて黙っていた法子だが、不意に変な声が聞こえてきて美咲がキョロキョロ周囲を見渡す。声の発生源は何故か法子で、よくよく聞いてみるとそれは含み笑いであった。そしていきなりガバっと顔を上げて、心底爽やかな笑みを浮かべた。
「いやー これでお互い何の秘密もナッシング! もうスッキリスッキリ。
ちょっとー! そこで隠れて見ている大神隼人に神楽崎さん、田島君、かむひやー!」
法子の前に出るわけにはいかなかったのだが、ズバリ名前を呼ばれたら出ざろうえない。
美咲は美咲で三人のこともアッサリ言い当てられて、なんでなんで?! と軽くパニックになっている。
「あのさー 悪いけど、どう考えてもサキちゃんと接点無いでしょこの三人。まぁ、ちょっとは調査させてもらったけどさ。」
噂で法子の「恐ろしさ」を知ってる三人。確かにその通りであるので返す言葉もない。
「……で、高橋さん、私たちのことをどうなさるおつもりで?」
腕を組んで鋭い視線で麗華が睨むが、法子は気にした様子もなく手をひらひらさせる。
「いやだなー 秘密を知ったからには消しちゃいます? それともこっちから『バラされたくなかったら』とか言ってみます?」
後ろ半分はわざわざ低い声で演技して凄んでみるが、そんな気が無いことは一発で分かるような口調だ。
「サキ、そろそろ落ち着いてくれないかな。まるであたしが悪者みたいじゃない。」
ぽんぽんと美咲の頭を叩くと、多少は落ち着いたものの、麗華達の方にすがるような目を向ける美咲。
「あ~」
麗華も微妙に対処に困ってか、ついでとばかりに美咲の頭をぽんぽん叩いてみる。
手頃な高さと手触りで落ち着いたのか、四人を等分に眺めてから法子がゆっくり口を開く。
「とりあえず……」
ここでいきなり背筋を伸ばして、思いっきり頭を下げる。
「あたしも仲間にしてください。」
頭を下げたまま言葉を続ける。
「もうサキのこと、ハラハラしながら知らないフリして待ってるのは嫌。大したことはできないけど、近くで見ていたいの。」
「法子ちゃん……」
麗華・謙治・隼人の間で視線が飛び交う。アイコンタクトで美咲の担当は隼人でしょ? というのが伝わったのか、どうしたらいいものやらという顔で隼人が一歩前に出る。
「ああ、その、なんだ。」
隼人の声に美咲が振り返り、法子が顔を上げた。すでに掴みすらアウトの隼人に後ろで麗華と謙治が同じ仕草で首を振る。
「何と言ったらいいか、その、一応俺たちのことは内緒にしてくれると助かる。」
「あったり前でしょ! あたしだってこのことを記事にする気はないわ。」
「……ホント?」
恐る恐る、というかどこか疑わしげな美咲の声に、法子がガクーと肩を落とす。
「うわ、今のはマジで傷つくなー 悪気がないからよけい痛いわ。」
それでもどこか自覚があるからか、アハハと苦笑いを浮かべるだけだ。
「ま、スクープスクープって言ってるからしゃーないか。でもね、」
スッと法子の丸眼鏡の奥の瞳が隼人だけに暗い色を見せる。
「悪いけど、サキを守るためならあたしは何でもするわよ。」
「……分かった。」
法子の殺気を感じさせるほどの真剣さに隼人は納得した。自分と同じ、とは言いたくないが、少なくとも美咲に関わっている限り彼女が裏切ることはない。それだけは確実であり、それさえあれば何も問題は無かった。
「あ、そうそう。」
グイ、と耳を引っ張られ、美咲から少し離れたところに引っ張られる。
「あ、そうそう。大神隼人、あんたあんまりだらしないと、サキ奪っちゃうからね。」
置いてきぼりにされてキョトンとしている美咲をクイクイ指さしながら隼人の耳元でささやく。
「……何の話だ。」
動揺を隠しつつ素っ気なく答えるが、法子がニヤーと嫌らしい笑いを浮かべる。
「ふ~ん、そうなんだ。へぇ~
ま、執行猶予ってことにしておくわ。」
態度も表情もコロコロ変えて、今度は謙治の方を振り返る。
「お~い、田島く~ん、このメンツなら間違いなくメカ担当でしょ~? 色々お・し・え・て・ね?
あ、大丈夫大丈夫。神楽崎さんが妬かない程度にしておくからさ。」
今度は手帳片手に二人の方に歩いていく。麗華と謙治が見事なほどに狼狽えている。
ため息をついた隼人に美咲がすまなそうな顔してチョコチョコと歩み寄ってくる。
「えっと、法子ちゃんに何か変なこと言われなかった?」
心配されるほど複雑な表情をしていたのかもしれない。向こうでは法子が「取材」をしながら麗華と謙治を巧みにからかっている。
あの様子なら誘導尋問に自爆して法子に新たな情報を与えることになってしまうだろう。
ぽんぽん。
すっかりブームになってしまったのか、美咲の頭に手を乗せると、嬉しいんだけど何でみんなして、みたいな微妙な表情で隼人を見上げてくる。
「……賑やかになりそうだな。」
「ごめんなさい。」
美咲には謝ることしかできなかった。
数日して小鳥遊にも事情を説明し、研究所にも出入りするようになった法子。フラッシュブレイカーとスターローダーの修理は進んでないが、他のサポートマシンは皆出撃可能になった。
法子は最初に出会ったロードチームがお気に入りになったのか、ディスプレイ内でちょこまか動いているのに色々指示を出して遊んでいる。幸か不幸か、これがロードチームのAIの成長にいい影響を与えているようだ。少しずつ日本語のヒヤリングの効率が上がっているみたいです、というのが小鳥遊の弁だ。
その小鳥遊と謙治は修理と調整のかたわら、バロンの使っていた黒いドリームティアの調査も進めている。詳しい結果は出てないが、やはり美咲達が使っているドリームティアと同質の物で間違いないようだ。
なんて調べている謙治の真剣な顔を横目でチラチラ気にしながらも、素知らぬ顔して紅茶を飲んでいる。ちなみに法子にはバレバレらしい。
最近人が増えたせいか、美咲は隼人と和美と上のリビングでおしゃべりしてることが多くなった。無論、しゃべっているのは美咲と和美がメインで隼人は相づちを打つ程度だが。たまにスカイハンターが混じることもある。
あれ以降、まだ夢魔が出現していないのか、ノンビリとした空気が流れる。が、その空気を引き裂くように甲高い電子音が鳴り響く。
研究所内に緊張が走る。
そこでいきなり法子が立ち上がって拳を振り上げた。
「よぉし、ドリームナイツ出動っ!!」
「「……はい?」」
慌てて飛び出そうとする麗華と謙治が聞き覚えのない固有名詞に思わず足を止める。
「……何それ?」
もっともな質問に法子がふふん、と胸を張って答える。
「みんなのチーム名よ。夢幻騎士団ドリームナイツ! ピッタリでしょ?」
やっぱヒーローなんだからチーム名は必要よ~ と。
「麗華ちゃん! 謙治くん!」
なかなか上がってこない二人を美咲が呼びに来たので、追求するわけにもいかずそのまま夢魔の戦いへと向かう。
小鳥遊と降りてきた和美に法子がぽつりと呟く。
「……名前がつくと情報を操作しやすいんですよね。ネットで上手い具合に示唆誘導できたので、詮索もコントロールしやすくなりました。多分これでしばらくは大丈夫。」
法子の言葉に小鳥遊がぺこりと頭を下げる。
「情報戦は正直苦手なので、高橋さんのおかげで助かりました。」
「当然でしょ。」
ポニーテールを揺らし、法子はニッコリと笑顔を浮かべた。
「あたしはサキを守る、ってあの時決めたんだから。」
「聞いてもらっていいですか。」
あの後、一人校長室に戻った法子。
彼女の来訪を予想していたのかいなかったのか、校長先生は驚きもせずに悠然と待っていた。
「なんですかな?」
「ちょっと恥ずかしいですけど、あたしの決意ってやつを一つ。誰かに言ってしまえば腹もくくれるし、気合い入るかな、って。」
「そうですか。
私でよろしければお聞きしますよ。」
暖かい笑顔でそう言われて、法子は大きく深呼吸し、片手を胸に、もう片手を軽く上げて宣誓をするようなポーズで目を閉じる。
「わたくし、高橋法子は橘美咲を一生の友として守り続けることを誓います。」
麗華「世の中三人は自分と同じ顔の人がいるみたいね。
でも女性は髪形一つ、化粧一つ、それこそ服装一つで変わってしまう。
だからよく見る人も、本当は別の誰かのそっくりさんかもしれない。
中身がまったく違ったとしても。
夢の勇者ナイトブレイカー第三十六話
『そっくりさんラプソディ(前編)』
夢の形は人それぞれ。でも本質は一つじゃないかしら」
法子は結構早い段階で気づいてました




