第三十三話 雨に消えた少女
※閲覧注意:重い話です
上を見上げても暗く、今にも降り出しそうな空だった。
「泣き出しそうな空、ってやつか。」
だとしたら、雨は誰の涙なのだろうか?
ぽつ、ぽつ、と冷たい物が顔に当たる。
目を閉じる。思ったより冷たくない。これなら濡れても大したことあるまい。
と、不意に顔にかかる雨が遮られた。驚いて目を開くと小振りなピンク色の傘が差し出されていた。
無論、傘だけが勝手に移動するわけがない。その傘の先を追うと、小さな手が握りしめていて、その小さい手は小柄な少女へと続いていた。
ベンチに寝ころんでいたバロンが身を起こすと、その隣にすかさず少女が座る。
身長差か、やや上にかざした傘をバロンが掴むと、それを少女の方に傾けた。
「俺はともかく、お前に何かあるとハヤトがうるさいからな。」
どこか寂しげな笑み。
「……すか?」
「ん?」
「それだから、ですか?」
小柄な少女――和美がやや強張った声で言うと、バロンが小さく肩を竦める。
「別にカズミに兄弟がいなくても、身体が弱くなくても同じようにするだろうな。」
身を屈め、気持ち開いた隙間を狭めて少女に密着すると、自分もあまり濡れないよう――飽くまでも少女の気持ちの為に――傘の下に入る。
お互い口も開かず、時が過ぎる。雨が傘に当たる音だけが二人の間に満ちた。
「なぁ、」
しばらくしてバロンが口を開く。
「カズミは俺にどうして欲しいんだ?」
「あたしは、その……」
言葉を濁して、膝の上で拳をにぎにぎする。
「分かりません。
お兄ちゃんも美咲お姉ちゃんも何も言ってくれないからバロンさんに何があったか知りません。」
おそらく二人とも聞けるような雰囲気じゃないのだろう。
「だから…… どうしたらいいのか、どうしたいのか、あたしには分かりません。」
「そうか……
奇遇だな、俺も同じだ。」
「?」
それまで目を合わせようともしなかった和美が顔を上げてバロンを見つめる。秀麗な横顔がどこか疲れているように見えて、いや実際に疲れているようだ。
「俺は色んな物を失ってしまった。
……なぁ、カズミ。今の俺には何が残っている?」
質問の意味すら分からずに和美が視線をさまよわせる。それでも何か答えなきゃ、と一生懸命に考える。
兄なら、美咲お姉ちゃんなら、麗華さんなら…… と色んな人を想定して答えを探そうとするが見つからない。
グルグルと回った思考がスタート地点に戻って、一つだけ見つかったような気がする。
「あたし…… バロンさんの事は良く知りません。」
自分自身への問いかけのつもりだったのか、少女の答えを期待していなかったバロンだが、意を決したような和美の言葉に引き寄せられるように振り返る。けして強くはないが、真っ直ぐ見つめてくる視線から目をそらすことが出来ない。
しばらくそのままの状態が続き、雨の音さえも聞こえないほどの緊張感の末、やっとの事で和美が口を開く。
「でも、」
一瞬の躊躇を経て、言葉を続ける。
「あたしの知ってるバロンさんはここにいます。……あ、でも格好いいバロンさんはどこか行っちゃったようです。」
ちょっと真剣に言ってしまったのが恥ずかしくなったのか、照れたように後半は茶化してみた。
その様子がおかしかったのか、バロンがプッと吹き出す。対してカズミもむーとむくれるが、それでも笑ってくれたことが純粋に嬉しい。
「いや、困ったな。格好いい俺はどこに行ってしまったか。」
よほどツボに入ったのか、喉の奥でクククと笑いを堪えている。
「あの…… バロンさん?」
「ん? ……どうした?」
笑っていたバロンだが、和美が真剣な目をしていたので顔から笑みが消える。
『悲しいときは泣いておけ。そうすれば嬉しいときにはちゃんと笑える。』
誰かの真似をしているような、どこかぶっきらぼうな口調で言う和美。
「……昔ね、お母さんが亡くなったときにお兄ちゃんが言ってくれたの。」
和美の声音から、それがそんなに近い過去では無いことが伺える。となると和美も、そして隼人もほんの子供の頃だ。
小さい頃から身体が弱かった和美は色んなことを我慢しなきゃならないことを子供心に知っていたのだろう。母親が亡くなっても、隼人や父親に心配かけないようにと泣くのを堪えていたのが容易に想像できた。
「あたし、この言葉でとても救われました。だから…… 今、バロンさんにこの言葉を贈ります。」
「…………そうか。」
美咲のように何でも見通したような目ではない。でも折れず真っ直ぐ見つめてくる視線は何度逸らそうとしても決して諦めないのだろう。
「負けたよ。」
「……!」
和美の肩を抱き寄せ、小さい傘に二人で収まる。鼓動が跳ね上がり、雨で冷えていた身体が内側から熱くなってくる。
「えっと、あの……」
寒くなくなったはずなのに身体が震えてくる。そんな和美の心中を知ってか知らずか、バロンが少女の耳元に口を近づける。
「ありがとうな。」
ドキン、と小さな胸が大きく弾む。
そこで急に不安になった。今自分がしていることは「誰」の為なんだろうか?
バロンを元気付けようと思っていたはずなのに、どこか彼に気を使われている。バロンに肩を抱かれて喜んでいる自分がいる。
(あたし…… いやな子かも。)
自分のやっていることが計算高く見えてきた。彼を探して街を歩いていたのは本当に心配だったからなのか。
本当にそうなのか。
「……カズミ?」
違う意味で身体が震えてくる。
少女の異変に気付いて、バロンが肩に回した手を外す。ちゃんと不自然にならないようにゆっくり離れるのがバロン流の気遣いなのだろうか?
「カズミ!」
反応が薄いので、少し語気を強めて名前を呼ぶ。何度か呼びかけると、弱々しく和美が顔を上げる。
「バロンさん……」
潤んだ目に見つめられて、バロンも内心焦ってしまう。隼人に比べて女性慣れしているとはいえ、やはり泣かれるのは弱い。
自分が何をしたのだろうか、とらしくもなくオロオロするが、意を決して少女の頭に手を伸ばす。
「あ……」
雨で湿った髪をくしゃくしゃと撫でる。
最初は戸惑った顔をしていたが、徐々に落ちついて目を細めて気持ちよさそうな表情になる。
「落ちついたか?」
「あ…… はい。」
離れる手の感触が少し名残惜しいが、さっきまで吹き荒れていた胸の中の嵐が少し収まったような気がする。
「何があったか分からないが、いきなり泣くのは勘弁して欲しいな。」
ニヒルで、そして優しい笑顔に見つめられ、さっきまでの自分が急に恥ずかしくなる。
「ごめんなさい……」
謝りながらも少し分かったような気がする。なんでこんなに心が乱れるか。やっぱり自分はまだまだ弱いのだろう。戦う力を持ってるとかそういうのじゃなく、バロンも美咲も隼人も色んな物を乗り越えたからこそ「強い」のだろう。
「なぁ、カズミ。強さって何だと思う?」
そんな和美の心中を見透かしたようなバロンの問い。
「同じ強さには上下があるが、違う強さには上も下もない。俺はそう思う。」
元々答えを求めていなかったのだろう。バロンは淡々と述べる。
「うまく言えないが、カズミはミサキにはなれないし、ミサキもカズミにはなれない。
期待していたわけじゃないが…… カズミが来てくれて嬉しかった。」
「…………」
頬が熱くなる。
「カズミのおかげで俺も考えが決まった。悪いがミサキに伝言を頼めるか?」
決意の色が見て取れる瞳に思わず息を飲む。
「あのな……」
バロンの「伝言」を一言一句漏らさぬように聞く。短いセンテンスだったが、その重さがズッシリのし掛かってくる。
「じゃあ、頼んだぜ。」
ベンチから立ち上がるバロン。いつの間にかに雨は上がっていた。
「あの、麗華さん、謙治さん。ご相談よろしいでしょうか?」
研究所地下。前回の戦闘で破壊されたコメットフライヤーの修理をしている謙治に、それを何となく見ている麗華。その二人のところにバロンと別れて真っ直ぐ研究所にやってきた和美が声をかけた。
「大事な話…… みたいね。ちょっと待ってて。」
麗華が階上に行って、程なく戻ってくる。手にはカップの乗ったお盆。
「まずはココアでも落ちつきなさい。謙治はコーヒーでいいわね。」
「あ、すみません。」
しばらく3人でカップを傾ける。
甘いココアが雨で冷えた身体に染みわたる。
「で、私たちに相談、て何かしら?」
一息ついたところで麗華が口を開く。
大変そうな話ね、とちょっと嘆息。
「ええと…… 美咲お姉ちゃんの様子はどうですか?」
「美咲?」
前回の戦闘でバロンの「お爺さん」が夜空に散り、その事実をバロンに説明してからも美咲はいつもと同じに見えた。
「空元気ね。」
キッパリと言い放つ。
「大神君も橘さんが心配なのか、付かず離れずいるみたいですね。」
「そう、ですか……」
「…………
勝手な想像だけどいいかしら?
今の美咲と隼人の様子が気になる、ってことは、バロンが関わっているのかしら?」
「!」
声も出ないほど驚いて麗華の顔を見る。
「……素直なのも考え物ね。
まぁ、あんな深刻な顔して『その美しさの秘密はなんですか?』って聞くような性格でもないでしょうし。」
「…………」
半分戯けた麗華の言葉に、何故か真剣な表情を浮かべる和美。
「それも気になります……」
その目の中に「恋する乙女の光」が見え隠れしたような気がした。
「やっぱり神楽崎さんの美しさにも秘訣があるんですね。」
さすがです、と謙治がどこかズレた感想を述べる。ハッキリと美人だ、と言われて自ら振った話題ながら思わず頬が赤くなる。昔から自分の容貌に自信があり、美辞麗句は言われ慣れているはずなのだが、どうも(一応は)恋人の謙治に言われるのは弱い。きっと下心も裏もないからなんだろう、とは思うのだが……
こほん、と気を取り直すように咳払いをすると、麗華は改めて和美をジッと見つめる。
「ちょっと確認のために聞いておきたいのだけど、和美ちゃん、バロンのことどう思っているの?」
「バ、バロンさんですか……?」
素っ頓狂な声を上げてしどろもどろになる和美に麗華は微妙に頭痛を感じる。
「その、格好いい人かと……」
「……それ、間違っても隼人の前じゃ言わない方が賢明よ。」
ただでもバロンが和美に近づくのを面白く思ってない兄隼人。おそらくは和美がそういう気持ちを抱くかも知れない、というのを無意識に警戒していたのだろう。
これでバロンが大したことない男なら隼人もそうも敵視しないのだろうが、そうじゃないからこそ尚更兄バカっぷりが発揮されるのだろう。
「それは後回しでいいわ。で、和美ちゃん、相談というのは?」
下手につつくと面倒になりそうなので、話題を軌道修正する。
「あ、はい。実は……」
和美が話し終えると麗華はふーっ、と長めのため息をついた。謙治も同じように難しい顔をする。そんな二人の様子に和美は困ったようにうつむく。
「……私の意見を述べてもいいですかね?」
割り込んできた声に振り返ると、いつもの白衣姿の小鳥遊が佇んでいた。
「これでも一応は年長者なので、相談相手の選択肢に入れていただけるとありがたかったのですが。」
いやはや、と苦笑を交えながら椅子の一つを引き寄せる。
「立ち聞きしてしまったような形になってしまって申し訳ありませんが、それでも聞き流せる内容ではなかったので。」
さり気なく言ったつもりかどうかは不明だが、その内容に空気が重く沈む。
「おそらく皆さんが悩んでいるのは『何故』の部分かと思われます。」
「そうですね。」
小鳥遊の言葉を謙治が継ぐ。
「何故バロンは橘さんに戦いを挑んで来たのでしょうか? しかもブレイカーマシン同士で、と。」
「……ちょっと待って。」
何かが見えてきた。
麗華が眉をひそめて記憶を掘り返す。
思ったほどバロンとの接点は無かったような気がする。大抵は美咲や隼人の話の中で出て来るくらいだ。
「確かにフラッシュブレイカーとシャドウブレイカーの直接戦闘は行われていません。」
過去に麗華と謙治が組んで戦ったことがある。その時はシャドウブレイカーの能力が分からなかったのと、二人の未熟さもあり引き分けという形になったが、実質的には負けてしまった。
次にフラッシュブレイカーとの戦いを求めるバロンの前に隼人が立ちはだかった。この時は同時に美咲が戦っていた夢魔の流れ弾によってウルフブレイカーが大破。完全に破壊されそうになったところをシャドウブレイカーが救ったところに美咲が駆けつけ、なし崩し的にノーゲームとなった。
この一件でフラッシュブレイカーのパイロットが美咲であることを知ったために、隼人も交えた微妙な関係が始まったわけだが。
その関係は立ち位置にも影響し、味方でもないが、かといって夢魔側からも離れてしまった。唯一の味方は幼少の頃からの教育係でもあった老人だが、彼も前回の戦いで陰謀により亡き者にされた。
心情的にも立場的にも夢魔側には戻れないことは容易に想像できる。
「けじめ…… かしら。」
「かも知れませんね。」
麗華の脳裏に浮かんだ単語を呟くと、小鳥遊がそれを継ぐように同意する。
「私が見たところ、彼は色々拘りというかプライドがあるようですから、端から見ても面倒なルールが必要なのでしょう。」
私は嫌いじゃありませんがね、と付け加える。
「でも問題は……」
和美が複雑な表情を浮かべる。
バロンの戦いたいという気持ちもたぶん分かる。でも戦うとなると必ずどちらかが、または両方が傷つくことだろう。
「どうしても戦わないとダメなんですか?」
和美の呟きに麗華が首を振る。
「そうね。きっとバロンは戦わないと踏ん切りがつかないわね。ただ……」
「橘さん、ですね。」
そうね、と返して沈黙が降りる。
この四人が知っている美咲なら、おそらく「そんな」理由では戦わないだろう。
「戦って欲しいのか、戦って欲しくないのか、あたし…… 分からなくなってきました。」
「私の勘ですが、」
前置きをしてから小鳥遊が語り出す。その口調はどこか予言者じみていた。
「二人の戦いを我々は見守ることしかできないような気がします。」
空には暗い雲が立ちこめていた。
そんな薄暗い中、ビル街にローブをまとった人のような巨大な存在がいきなり現れた。ただ何もせずにふよふよ漂うだけだったが、ただそれだけで人々は恐怖に震え次々に逃げ出していく。
長針が一周する間も無く、ビル街から人の気配が無くなった。それでもその存在――夢魔は何かを待つかのように漂っていた。
その夢魔が何かに気づいて振り向こうとするよりも早く、白い影が拳を振り上げて躍りかかった。
その白い影――フラッシュブレイカーは夢魔を殴り倒すと、倒れた夢魔を足蹴にした上に踏みつける。
(荒れてるな……)
バロン付きの老人が前回の戦いで夜空に散った。それから表には出さないようにしていたようだが、麗華の指摘通り空元気で明るく振る舞っているだけだった。そんな少女が危うく見えたのか、隼人は付かず離れずなんとなくそばにいることにした。
そして夢魔が出現。現場に向かう途中、ずっと無口で考え込んでいた美咲。夢魔の姿を認めた瞬間、ブレイカーマシンを実体化させて殴りかかった、というわけだ。
「いいから落ち着け。」
同じく、ブレイカーマシンをリアライズさせた隼人は無言で夢魔を蹴り続けるフラッシュブレイカーの肩に手をかける。
「あ……」
自分のやっていることに気付いたのか、やや呆然として足を止める。
「何がお前らしいかはしらないが、」
フラッシュブレイカーを飛び越えるようにして、動き出した夢魔に浴びせ蹴りを喰らわせると、そのまま蹴り飛ばす。
「そうだ。」
その夢魔に追い打ちをかけるように空から漆黒の影が飛びかかった。
両手の甲のシャドウナイフを倍くらいに伸ばすと、シャドウブレイカーは急降下の勢いそのままに夢魔に突き刺した。そのまま夢魔を蹴るようにして離れると、ナイフを収納して手首のニードルシュートを両手揃えて放つ。無数の光線が夢魔に突き刺さり、僅かに痙攣したかと思うとその動きが止まる。
「俺たちの理想を押し付けるわけじゃないが、ミサキにはいつも『真っ直ぐ』戦って欲しい。」
「バロンくん……」
シャドウブレイカーが二人の前にゆっくりと降下してくる。
「てめぇ、何しに来やがった。」
ウルフブレイカーがフラッシュブレイカーを庇うように前に出る。夢魔が出たときよりも緊張した空気が流れる。が、バロンの声音は怖いくらいに静かだった。
「そんな言葉が出る、ってことはカズミには聞いてないんだな。」
「和美に何をした!」
いきなり妹の名が出てきてバロンに掴みかかりそうになる。が、悔しいことに彼がその手の暴挙に出ないことは分かっているので口だけで終わってしまう。
「その、悪いなハヤト。今日はお前とじゃないんだ。」
「そっか。うん、分かったよ。」
美咲はどこか分かっていたような口調でゆっくりとシャドウブレイカーに近づいていく。
「ちょっと待て、どういうことだ?!」
二人だけで分かっているような雰囲気に苛立ったように隼人が声を荒げる。無意識の内に何をしようとしているのか悟ったのかもしれない。
そんな隼人をよそに、二機の間の緊張が高まる。それをいきなり一条の熱戦が貫いた。
「止めなさい二人とも!」
麗華のフェニックスブレイカーが更に上空から威圧をかけるように全武装を眼下に向ける。麗華の出現に、ふと周囲を見渡すと謙治のサンダーブレイカーも敵はもういないはずなのに遠距離から武器を構えて狙いをつけていた。
「……二人が戦って何の意味があるの。」
質問半分、断定半分くらいの麗華の言葉に隼人が反応する。
「どういうことだ!」
殺気が感じられるくらいの声で隼人がバロンに飛びかかろうとするが、白い影がウルフブレイカーの前に割り込んできた。
「ゴメンね隼人くん。ボクも戦いたくはないけど……」
美咲の内側から闘志が膨れ上がる。
「戦わなくちゃダメみたい。」
「分かった。」
わずかな沈黙の後、ウルフブレイカーは宙返りしながらビーストフォームに変形して距離を開ける。
隼人のその態度に文句を言いかける麗華だが、何かあったらいつでも飛び出せるように力を溜めているのに気付いて、そのまま謙治と一緒に隼人のいるあたりまで下がる。
空は一層暗くなり、いつ降り出してもおかしくない。一瞬空を見上げたバロンはフラッシュブレイカーに視線を戻す。
「感謝する。」
それは誰に向けたのか分からないが、呟いた後にバロンは目を閉じて大きく深呼吸をする。呼吸を整えて、全てを断ち切るように叫んだ。
「行くぞっ!」
ニードルシュートをフラッシュブレイカーの足下目がけて撃って牽制している間に背中のジェットで宙に浮く。両方とも格闘戦を得意とする機体ではあるが、当然のことながら頭上を制するのは有利である。更に空を飛べないフラッシュブレイカーに対し、飛行できるシャドウブレイカーが地の利を生かさない理由はない。
前に隼人と戦ったときは高度をとらない内にウルフブレイカーに背部のジェットを狙われて地上戦に持ち込まれてしまった。同じ轍を踏まないように一気に上昇する。
(さて、ミサキならどうする……?)
もう余計なことは考えないようにしたのか、余計なことを考える暇がないのか、どこか高揚した気分の中、眼下の強敵の挙動に注目する。
「やっ!」
どこか気の抜けた声なのだが、両肩に手を当ててグラスブーメランを二枚取り出すと、フラッシュブレイカーはそれを投擲した。それらはシャドウブレイカーの目の前で交差すると、わずかに接触したのかいきなり軌道を変えて襲いかかってくる。
「面白い、しかしまだまだっ!」
風切り音に混じって聞こえた接触音を聞き分けて、逆に本来の軌道に機体をスライドさせる。シャドウブレイカーを掠めて飛び去るブーメラン。それが反転して戻ってくることを想定しておきながら、再びフラッシュブレイカーに視線を戻す。すでに美咲はクリスタルシューターを構えてバロンを狙っていた。
(速い!)
驚嘆と少しの恐怖が混じった呟きを口の中で噛みつぶしながら、銃口を見据えて射線を予想する。放たれた数条の光線はシャドウブレイカーを逸れて虚空に。
甘い、と思った瞬間、背中に衝撃が走る。不意を突かれたためにバランスを崩し落下しかけた。
飛行する透明なグラスブーメランにクリスタルシューターの光線を当てて乱反射させたのが当たったとは想像も出来なかった。
「えいっ!」
今度は棍を実体化させて、棒高跳びの要領で跳ぶ。体勢を崩したバロンに反応する余裕は無く、空中でフラッシュブレイカーに掴まれたシャドウブレイカーはそのまま二機もつれるように落下した。
「……ボクの勝ち。
ねぇ、もう止めよ。」
腕を極められて地面に押しつけられたシャドウブレイカーに対し、美咲は悲しいくらい静かな声でそう通告した。
一瞬心が折れそうになるバロンだが、最後に残ったプライドで無理矢理闘志をよみがえらせる。
「まだだっ!」
肘関節が壊れるのを覚悟で無理矢理美咲の拘束から脱出して上空に逃げる。予想通りというか、やっぱり右腕は使えなくなったようだ。シャドウブレイカーを通して伝わってくる痛みは戦闘での興奮で和らげる。というかもう痛みは感じていない。
「バロンくん……」
どこか悲しげに見上げるフラッシュブレイカー。バロンには言うべき言葉はほとんど残っていなかった。
「ミサキ、本気で来い。
……頼む。」
その言葉に何を感じ取ったのか、美咲は小さくコクン、と頷いた。
二機が上と下で同時に構えをとった。
「スターローダーっ!!」
「ルナティックグリフォンっ!!」
片方の空に光の道が描かれ、もう片方の空から漆黒の幻獣が姿を現す。
美咲の喚んだスターローダーとバロンの喚んだルナティックグリフォンがお互い交差するように空を横切ってから、それぞれの召還者への元へ向かう。
「スターライト・イルミネーション!」
光の道を駆けるスターローダーが美咲の言葉に変形を始める。車体のあちこちに分割線が走り、その姿を変えながら下部から光を吹き出してゆっくりと立ち上がる。胸部と頭部の無い巨人となったスターローダーにフラッシュブレイカーが飛び込んでいく。手足を折り畳み、その隙間を埋めると、新たな頭が現れ、目に光が灯る。
「流星合体、スターブレイカーっ!」
地上に降り立ったスターブレイカーとルナティックグリフォンの背に乗ったシャドウブレイカーの視線が交差する。位置関係はほとんど変わっていなかったが、双方ともに攻撃力が大幅に上がったために少しのミスが致命傷となるだろう。
しばらく睨み合いが続く。
そしてお互い覚悟が決まったのか、示し合わせたように同時に構えをとった。
「コズミックブレード!」
腕から射出した二振りの短刀を柄の部分で繋げて両刃の武器にする。
それを体の前に構えてゆっくりと回した。刃先が燐光を発し、虚空に円を描く。ブレードを分離させると空中の図形に刃を振るった。
再び燐光が線を描く。六本の線が円に加えられ、空間に六芒星が完成した。
剣を腕の中に戻すと両手を六芒星にかざすように突き出す。それに呼応するように図形が白い光を放ち始めた。
「空に眠る星影のひとかけら。今こそ戒めより解き放たれ我が元へ!」
円の表面が鏡面のように光り輝く。そして銀の水面にさざ波が起きた。
もう一言唱えれば無数の星くずが召喚されて何物も貫く光弾が放たれるのだが、美咲はこの期に及んでもまだ迷っていた。バロンに傷つけたくはないが、かといって下手に手加減しても自分が傷つくだけだ。それだけなら別に構わないのだが、自分が傷つくことは間接的にバロンも傷つけることになる。彼も本心から自分を倒そうと戦いを挑んだわけじゃないからだ。
全力の必殺技がぶつかれば相殺してどちらが勝つにせよ被害は最小限にできるはずだ。それでもバロンに向けて撃ちたくはない。
「敵」から目を逸らすのは危険なのは分かっているが、心の迷いを表すようにあちこちに視線をさまよわせてしまう。
(あれ?)
そのせいで美咲は「あること」に気付いてしまった。
ルナティックグリフォンと共に急上昇するシャドウブレイカー。腕の破損は無視できるほどではないが、必殺技一回くらいはどうとでもなるだろう。
遥か上空からスターブレイカーに狙いを定めるが、足下から何か躊躇うような気配が感じられた。
「そうか、お前も美咲を気に入っているんだったな。」
クエー……
不安げな声でルナティックグリフォンが返す。
「この一度だけだ。これさえ済めば、後はお前の好きにしていい。だから頼む。」
並々ならぬ決意を感じ取ったのか、ルナティックグリフォンはもう何も言わなかった。
「行くぞっ!」
必殺技を放つ体勢になっているスターブレイカー目がけて急降下をかける。速度が上がるにつれ、全身が漆黒のエネルギーフィールドに包まれていく。スピードが最高潮になると、それは一つの巨大な刃となって「敵」に突っ込んでいく。
「スターダスト・シューティング・ブレイクッ!!」
「スタンピード・グリフォン!!」
白銀の光弾と漆黒の刃が正面から衝突して、長い均衡を経てわずかに競り勝った美咲の必殺技が残った勢いでバロンを打ちのめす。
そんな光景が繰り広げられるはずだった。
「! スターダスト・シューティング・ブレイクっ!!」
「スタンピード・グリフォンっ!!」
必殺技を放つ前に美咲が僅かに動いたような気がした。何かの見間違いかと思って、自分に迫り来るだろう光弾に身構えるバロンだが、次の一瞬に様々な事が起きた。そして同じその一瞬で全てが終わった。
襲い来るはずの光弾が掠りもせずに自分の左側を通過していった。
光弾はバロンに倒されたはずの夢魔を貫く。今まで倒した夢魔は全て消滅していた。身体が残っていた、ということは倒し切れていなかったようだ。
「何っ?!」
全力で放った必殺技で今からではとても軌道を変えることはできない。そして同じく全力で必殺技を放った美咲も回避行動をとることすらできない。そして異変を察した隼人も飛び出そうとしたがすでに遅かった。
その瞬間、音は感じられなかったような気がする。
美咲が僅かに右に向きを変えていたのと、バロンが必死に、でもほんの少しだけ右に動いたために直撃だけは避けることができた。
しかし漆黒の刃はスターブレイカーの右胸部を大きく抉り、右腕を肩口あたりから切断した。
ゴトン、と腕が落ちて世界に音が戻った。
「く……はっ!」
コアでもあるフラッシュブレイカーまでも大きく被害を受け、マシンを通じて伝わってくる激痛とダメージに美咲が目を見開く。左手で肩のあたりを押さえるようにして、呼吸を整えようとする。
「美咲!」
「ミサキ!」
隼人とバロンがスターブレイカーに駆け寄りたいのだが、目の前の光景の衝撃に足がピクリとも動かない。ただ美咲の喘ぐような声だけが続く。
想像したことも無いような痛みの中、かすむ視界の中で自分がトドメを刺したはずの夢魔が身じろぎしているのに気づいた。
星くずで穴だらけになったはずの夢魔だが、胴中央に貫通していない部分があった。そこから深い「闇」の気配がした。それはつい最近感じた気配であった。
その不吉な…… いや、おそらくは全ての「負」が込められた「闇」。
「!」
思い出した。
それはバロンのお爺さんが言っていた「爆弾のような物」と同じ匂いがした。バロンのお爺さんが自分の命と引き替えにして遠く遠く空の彼方まで運んだのにその余波だけでも相当の威力だった。それが地上でもし爆発したら……
考えるよりも先に動き出してた。右半身のダメージが伝播したのか、失われた右腕を押さえながら右脚を引きずるようにして夢魔に歩いていく。
「美咲!」
やっと呆然状態から脱した隼人が美咲に駆け寄ろうとする。が、金縛りにあったように動けなくなる。
「来ちゃダメっ!!」
美咲の必死な声に身体が止まったわけじゃない。いきなりブレイカーマシンが意に反して動かなくなったのだ。
「どういうこと?!」
「一体何が?!」
麗華も謙治も同じように動けなくなっていた。
「ルナも、バロンくん連れて離れて!」
少女の言葉にルナティックグリフォンが背中にシャドウブレイカーを乗せたまま急上昇した。隼人達と違ってシャドウブレイカーは動けるようだが、自らの手で少女を傷つけてしまったショックで未だ動けずにされるがままになっていた。
「コントロールは不能になっているけどフェニックスブレイカーが墜落していない、ということはオートコントロールは作動している…… と。」
謙治は謙治で動けなくなった理由を調べていた。三機同時に動けなくなったということはマシンの不調と言うより、何らかの外的要因があったと考えるべきだろう。
「……おや?」
メインスクリーンの隅に見たこともないマークが点滅していた。ふと気になって検索をかけてみたらフラッシュブレイカーを示すマークらしい。
「謙治!」
傷ついた美咲を前に動けないことが歯痒い麗華の悲痛めいた叫びに脳をフル回転させる。その間にも夢魔の元に辿り着いたスターブレイカーが覆い被さるように倒れ込む。
「飽くまでも想像ですが、おそらくフラッシュブレイカーは僕達のマシンの上位機種なんだと思われます。だから橘さんが僕達に本気で『止まれ』と命じたら機能を止められるのかと思われます。」
「そんなっ! じゃあどうしたら……」
謙治が考えた通りなら、どれだけもがいても動くことはかなわないだろう。
「なら…… カイザー、スクランブルっ!」
轟、とジェットの音を響かせて、深紅の重戦闘機が飛来する。
「カイザー! そうか、サポートマシンならブレイカーマシンとしての束縛は無い。そういうことでしたら……
ロードチーム、エマージェンシー!」
謙治がロードコマンダーを操作すると、一回りほど小柄なマシンが六台サンダーブレイカーの周りに召還される。
同じく言うことを聞かないマシンを無理矢理にでも動かそうとしていた隼人が懐から三枚のカードを抜き出す。
「ハンターチーム!」
カードが光となってウルフブレイカーのコクピットを飛び出すと、それは三体の鎧武者のような姿となる。
「カイザーっ!」
〈皆まで仰らずとも結構でございます。〉
重戦闘機が赤光を放ち、巨大な鋼のドラゴンとなると落ち着いた口調で動けない麗華に頭を下げる。
――pipipopipopipo
言葉を語れないロードチームではあるが、謙治の意をくんですぐさま行動に入る。
「ランド、何をするか分かっているでござるな?」
「おう、ダンナの姫さんを引っ掴んでもどってくりゃいいんだろ?」
「……違う。」
やる気だけはあるマリンハンターとランドハンターだが「その瞬間」を隼人と一緒に見ていたスカイハンターだけは辛そうな声を出す。知の将を名乗るだけあって、状況を全て把握した上で美咲の行動を察したのだろう。
「マリン、ランド、封魔が陣の三、封鎖の陣いくわよ。」
「なんと……?! まさかそういうことでござるか?!」
「急いで!」
「どういうことだ?!」
隼人の疑問にも一刻を争うのか「後で」とだけ言ってハンターチームが風のように走る。夢魔とスターブレイカーの周りで正三角形の頂点の位置に三機が立つ。
「封魔が陣の三、」
マリンハンターの号令でハンターチームが複雑な印を組む。それぞれの機体から連なった文字みたいな物が湧き出て、スターブレイカーが被さっている夢魔の周囲を取り囲む。
「「「封鎖の陣!!」」」
ハンターチームの声が重なると、夢魔を取り囲んでいた文字が絡みつくように表面を覆った。
「助力を!」
マリンハンターの声にカイザーとロードチームもスターブレイカーを囲むように集まる。
〈ドラゴン・ロアーっ!!〉
――pipo!
火竜の咆吼が更に夢魔を縛り、ロードチーム六機が放った光級が夢魔とスターブレイカーの間に防護壁を張る。
そしてバロンのお爺さんが「爆弾みたいな物」と説明した「昏き閃光」の闇が炸裂した。
遠く離れた所で手も足も出せない隼人達からでも闇が圧力を持って迫ってくるように見えた。
陣を組んだハンターチームやカイザー、そしてロードチーム達はその圧力に対抗しているのだろう、苦しげに見えた。
そして中心にいるスターブレイカーは残った左手から光を放ち闇を相殺しようとしているようだった。
美咲の声は聞こえないが、手からの光が消えてないのでまだ意識は保っているようである。しかし直前のダメージが大きかった上に、消耗著しいことをしているのか、手の光が頼りなさげに明滅する。
「美咲!」
「橘さん!」
応援することしか出来ない麗華と謙治の声が美咲を支える。
「美咲!」
「ミサキ!」
隼人と、やっと虚脱状態から回復して降りてきたバロンの声が美咲を元気付ける。
「もう…… すこし……」
か細い声が聞こえて緊張の空気の中にわずかに安堵が流れるが、でも気は抜けない。
闇との拮抗状態が続くが、それでも闇の深さは人の力で容易に対抗できるものではなかった。
「いけない! ロードチームがもう限界です!」
――pipipi!
機体のあちこちで小爆発が起き、ロードチーム達がガクリと膝を折る。それでも防護壁を維持しようとするが、機能のほとんどが停止してしまう。
〈麗華様、申し訳ございません……〉
続いてカイザーも機体の限界を超え、咆吼が止まる。
「もうちょっとなのに……」
「くそぉっ!!」
「無念でござる……」
ハンターチームも力尽きる。
三重の拘束が消滅し「昏き閃光」から闇が一気に膨れ上がる。
「ダメェェェェェッ!」
美咲の絶叫と共に手の光が強くなった。それと同時に大きく抉られた右胸が内部から爆発する。それを引き金としてスターブレイカーの内側から闇を打ち払うように白い光が溢れ、世界を白く染め上げた。
「昏き閃光」の最後の余波が衝撃波となって空間を振るわせる。ガラスやコンクリートが砕け、降り注ぐ音だけが白い闇の中に響き、それが止まった刹那、世界に色が戻った。
スターブレイカーと夢魔がいたところは大きな瓦礫の山となっていた。カイザーもロードチームもハンターチームもエネルギーが尽きたところで近距離で衝撃波を受けて大破したまま夢の世界へと返還される。
いつの間にかにメインスクリーンに表示されたマークが消えて、コントロールが回復していた。つまりそれが意味することは……
「美咲!」
怖いくらいの沈黙の中、一番最初に動いたのはフェニックスブレイカーであった。瓦礫の山まで一気に飛ぶと、そのような作業に不向きな形態であるにも関わらず必死に瓦礫を取り除こうとする。
「美咲! 美咲っ!!」
何かに憑かれたように瓦礫を掘り起こす。あちこちにスターブレイカーの物と思われる金属製の破片が見え隠れして焦燥が加速していく。
そして瓦礫の中からスターブレイカーよりも一回り小さい金属製の腕が見えた。
「美咲っ!」
無理な作業であちこち傷つきながらもフェニックスブレイカーがその腕を引っ張り出そうとする。が、その感触はあまりにも軽かった。
「え……?」
引っ張り上げられたフラッシュブレイカーの腕は強い力で引きちぎられたように肘くらいまでしかなかった。その断面から潤滑油なのか、暗い色の液体がしたたり落ちる。
「み、さ、き……」
その金属の腕が少女の細い腕と重なり、そこに赤い色が見えたような気がした。
「…………」
心が考えることを拒絶する。
しかしジワジワと恐ろしい考えが麗華の中に染み込んできて……
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
頭を抱えて絶叫すると、そのまま気を失ってしまう。フェニックスブレイカーが墜落するが、地面に激突する前に我に返って駆けつけたサンダーブレイカーによって受け止められる。その手の中でフェニックスブレイカーが消滅し、憔悴して気を失った麗華が残された。
「てめぇ、ボサッとするな!」
動けるようになったウルフブレイカーが爆発の光景に呆然としているシャドウブレイカーを蹴り飛ばすと、ウェアビースト形態にシェイプシフトして瓦礫の山に取り付く。超高速で瓦礫を除去しながら後ろに向かって叫ぶ。
「早くしろ! ブレイカーマシンがまだ存在している限りは美咲が瓦礫に潰されることはない! まだ残っている内にこいつをどかすんだ!」
「わ、分かった!」
シャドウブレイカーも遅れて瓦礫を除去し始める。瓦礫の中にスターブレイカーと思われる金属質の破片が混じっているが、それらは少しずつ空気に解けるように消滅していく。
時間が無い。
破片が残っている、ということは意識があるのか、意識を失っていても自己防衛本能みたいな物が働いているのだろう。その辺の状況はともかく、少なくとも美咲がまだこの中にいることは確かだ。
ひたすら無言で――というか、口を開く手間すら惜しむ勢いで瓦礫を除去していく。
「「!」」
不意に美咲の気配が遠ざかっていくような気がした。
周囲に散らばっていた金属質の破片の消滅速度が一気に加速する。そして瓦礫の山が中から「何か」が消えたかのようにそのかさを減らす。
呼吸が止まる。鼓動の仕方を忘れたのか心臓が痛い。
隣を見ると、バロンも同じなのか一瞬ふるえたかと思うと、高さが減った瓦礫の山を凝視しているようだ。
が、すぐに瓦礫の除去へと戻る。
「らしくないぞ、ハヤト。俺は自分の目で見た事しか信じない。」
「……確かにそうだ。」
それから麗華をいつもの運転手に預けたサンダーブレイカーも加わって、コンクリートの塊をゆっくりと片付けていく。下手に乱暴に扱って、最悪一歩手前の状況を最悪にしたくないからだ。何を口走ってしまうか怖くて誰も口を開かない。
ぽつ、ぽつ、と瓦礫の表面に黒い点が描かれる。
「雨か……」
バロンが空を見上げて呟く。
雨はやがて勢いを増し、土砂降りとまではいかないがそれなりの強さとなって降り注ぐ。ブレイカーマシンに乗っているから感覚として雨は感じられるが、それで作業の効率が変わるわけではない。ただ濡れた瓦礫の影響や、もしまだ中にいるとしたら、と考えるとやはり鬱陶しく感じる。
――そして、結局のところ、瓦礫の下からは何も見つからなかった。サンダーブレイカーのセンサーを駆使しても、血痕の一つすら見つからない。
最悪の事態は避けられたようだが、となるといったい少女はどこへ……?
戦闘が終了したのに気づいてか、ビル街に少しずつ人が戻ってくる。これ以上いても何一つ得もないので三人ともブレイカーマシンを返還する。
謙治は美咲の事も気になるのだが、気を失ったまま目を覚まさない麗華のことを心配して、一足先に研究所に戻っていった。
「ハヤト、お前はどうする?」
「お前と同じだ。」
それだけ言葉を交わすと、お互い背中を向けて雨の街へと駆けていく。消えた少女を捜すために。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
路地で一人の少女が壁に手をかけてヨロヨロと歩いていた。
「あたま、いたい……」
空いた手をこめかみのあたりに押し当てて辛そうに顔をしかめる。冷たい雨が小柄な少女の身体を打ち据えるが、それよりももっと気になることがあるのか意に介してないようだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
苦しそうに喘ぐ少女。髪も服もずぶ濡れで、べったりと張り付いている。どこか焦点の定まらない視線で周囲を見渡す。不意にあることに気づいて驚きに目を見開くが、すぐに元の虚脱したような瞳に戻る。
「ここは…… どこ?」
呟いてから自分の発言に驚く。もう一つ思った疑問を口に出そうとして、自分が自分のことをどうやって呼んでいたのかが分からないことに気づいた。一般常識に照らし合わせて、自分に言い聞かせるようにどうにか疑問を口にしてみる。
「わたしは…… だれ、なの?」
そこまで呟いて、雨に冷えた身体が急に重荷になる。頭も身体も、そして心も痛くて意識を保っていられない。
ぬかるんだ地面に足を取られると、そのまま抵抗することもなく少女はその場に倒れ込んだ。バシャンと水音が立って泥まみれになってしまうが、すでに気を失った少女はそれを感じることもない。
冷たい雨が少女を打っていた。
少女「ボクは大きなものを失ってしまった。
それはとても大切なもの。
でもボクは振り返ってはいられない。
月光の下、冷たい刃が振り下ろされた。
夢の勇者ナイトブレイカー第三十四話
『月下斬刃』
なんで人は失って初めて夢の大きさを知るんだろ?」
勇者シリーズ定番の1号ロボ大破です
人が乗ってるロボで……と思いましたが、そういやぁマイトガインもそうだっけ、と。
でもマイトガイン、って大破までいかなくても結構負けてましたよね。
納豆の話でボロ負けしてましたっけ。




