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夢の勇者ナイトブレイカー  作者: 財油 雷矢


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第三十一話 犬と少年

※閲覧注意:重い話です

「~~~~~~~っ」


 昼休み。隼人はやとは屋上の出入り口である建物の上で寝っ転がっていた。気温が下がってきているとはいえ、昼のこの時間は太陽の恵みが十分降り注いでいる。

 まだ予鈴まで時間もあるので、居眠りはともかく休むくらいはできるだろう。元々屋上からは死角になる場所で、上るためのはしごも小さくて危険な感じなので、ここに来る人はまずいない。

 もともと人付き合いの良くない隼人のことだ。こういう静かな場所は落ち着く。最近高くなってきた空を眺めていると、不意に声が聞こえてきた。


(ん~ 風が気持ちいいね~)


(やっぱサキは体温高いんだわ。あたしはちょっと涼しいくらいよ。)


「…………」


 思いっきり聞き覚えがあった。

 まぁここは死角だし、黙っていれば見つかることもあるまいと寝っ転がっていると、不意に頭上がかげった。

 反射的に顔を上げると、太陽を遮るように小柄な人影が空中に見えた。女生徒なのか短めのスカートがヒラヒラと舞い、ついでにその中身まで見えてしまう。


「……っ!!」


 顔が熱くなるのを感じながら慌てて身を起こすと、ちょうど人影が着地しただった。


「やっぱり隼人くんだ!」


 小柄な人影――美咲みさきが嬉しそうに振り返る。


「ちょっとぉ! いきなり跳ばないでよ。ビックリするでしょ。」


 おっかなびっくりでハシゴを登ってきた法子のりこが隼人を見つけてあーっ、と指さす。


大神おおがみ隼人! あんたなんでこんなとこにいるのよ!」


「どちらかというと俺のセリフのような気がするが……」


 自分の秘密の場所が発覚した寂しさに遠い目をする。おそらくここでのんびり休める日はもう無いかもしれない。


「……あれ? これお昼ご飯?」


 後で捨てようとまとめてあった牛乳パックとパンの袋を美咲が見つけた。事実なので曖昧あいまいながらうなずく。母親を早くに亡くし、長距離トラック運転手の父親もほとんど家に帰ってこない隼人の家。自分で弁当なんか作れるわけも無く、中学生の妹の和美かずみにも無理はさせられない。

 学食もあるが、それくらいなら調理パン一つと牛乳で済ませば多少午後の腹持ちが悪いが、ずっと安上がりである。


「こんな食事してたら身体壊しちゃうよ!」


「…………」


 そんなこと言われてもな、と口を濁しているとポンと美咲が手を叩く。


「いいこと思いついた♪ ね、明日もここにいる?」


「ん? ああ……」


 微妙に嫌な予感がするが、こうなった美咲は止められないのは今までの経験で分かっている。


「じゃ明日はパン買わなくていいからね。」


(隼人の感覚で)一人で騒ぐだけ騒ぐと、美咲がピョンと飛び降りる。


「わ、わぁっ! ちょっと! ここまで来るのも大変だったのに!」


 簡単に作られたハシゴは登るのも大変だけど、降りるのはもっと大変だったりする。しばらく降りようと頑張ってから法子はうつむいて肩を振るわす。


「知るか。」


 予鈴が聞こえてきたのか、法子を避けて飛び降りると、聞こえてくる罵声に振り返ることもなく、隼人は校内へと戻っていった。



 そして翌日。

 美咲の言ったことを忘れていた訳じゃないけど、いつもの習慣なのか牛乳と調理パン――今日は唐揚げパンだ――を買って屋上の定位置へ。よく考えると、ここにいたらまた美咲が襲撃してくるかもしれない。


(まぁ、そのときはそのときだ。)


 と、パンの袋を開こうとして、屋上の扉が開いて、軽快な足音が聞こえてきた。牛乳は言い訳できるが、さすがにパンは言い訳できないので、背中に隠す。


 パタパタパタパタ……


「あ、」


 困ったような声が下で止まった。


「ん~」


 悩みような声に変わった。


「よし、」


 何か決心するような声になったので、気になって上から覗き込もうとすると、すぐ間近に女の子の顔が見えた。


「わわわわわっ!」


 さすがに驚いたのか、必死に左腕をバタバタさせてバランスを取ろうとする美咲。彼女の運動神経なら手に何か持っていたところで、ハシゴを蹴って跳び上がるのはさほど難しくない。しかし途中で隼人が顔を出したためにバランスを崩したのだ。

 それでも右手の荷物から手を離せばいくらでもリカバリーできそうなのだが、傾けるのすら拒むかのように右手をこれまた必死に動かしている。


「美咲!」


 その状況を瞬時に判断して、隼人が手を伸ばす。美咲が左手を隼人に伸ばしたところで強引に掴んで一気に引っこ抜いた。体重が軽いのと、美咲も隼人の意図を察してくれたのが幸いした。

 力任せに引っ張ったので、勢い余って後頭部をぶつけてしまったが、美咲を抱きかかえるような感じでどうにか引き上げられた。


「……っ、大丈夫か?」


「あ…… うん。」


 どこか放心したように美咲が隼人の胸元から顔を上げる。触れたところからトクトク美咲の鼓動が早く打ってるのを感じた。


「ちょっとビックリしたよ…… あ、」


 身体全体を起こして、嬉しそうに笑顔を浮かべる。それまで後生大事に持っていた物――布に包まれた箱を隼人に見せる。

 よいしょ、と隼人の身体から降りると、いそいそと包みを解き始める。美咲がそちらに集中している間にパンを改めて隠す。

 包みから出てきたのは重箱だった。


「……ちょっと待て美咲。」


 昨日の会話から半分以上予想していたとはいえ、まさかこう来るとは思わなかった。


「どしたの?」


 首を傾げながら重箱のフタを開くと、色鮮やかなおかずが姿を現す。とても片手間で作ったような感じではない。それに気づいて、思わず口ごもる。


「その…… 早起きして作ったのか?」


 違う質問が口をついて出る。


「えっと…… あの…… うん。」


 どうやって誤魔化そうか考えたみたいだが、元々苦手なのか結局認めてしまう。よく見ると、美咲の目がちょっと赤い。


「そうか……

 じゃあ、その…… 食べるか。」


「ちょっと待ってね。」


 はい、と箸と小皿を手渡す。

 更にお重をずらすと、下からはおにぎりが現れる。


「……さっきから気になっていたんだが、」


「何?」


「いや…… 二人で食うには多くないか?」


「あ……」


 言われて初めて気づいたかのように重箱を見る美咲。美咲も見かけよりは食べる方ではあるが、それでも無理がありそうだ。


「…………」


「えっと、その、隼人くんファイト。」


「無理言うな。」


 残すのは心苦しいし、とはいえよほどの頑張りを見せてもこの量は辛い。


「はいは~い、そんなときにはこのあたしにお任せよ~!」


 いつから隠れていたのか知らないが、割り箸に紙皿まで準備していた法子が現れる。美咲と隼人の間にドンと割り込むと、丸メガネを光らせて隼人を睨む。


「大神隼人! サキちゃんのお弁当はあんたに独り占めさせないわよ!」


「だからいちいちフルネームで呼ぶな。」


 疲れたように返しながらも、量的にも精神的にもちょっと安心している自分がいる。二人きりだったら味が分かったかどうか自信がない。

 また法子が降りられなくなって騒いだ事を除いては、そこそこ平和に昼食が終わった。牛乳と唐揚げパンを残して。


 時間は飛んで放課後。

 どうにか隠し通したパンと牛乳をカバンに入れたまま隼人は帰路についていた。結構乱暴に扱ったためか半ば潰れてしまったが、食べられないほどではない。

 問題は昼頑張ったためか、どうも小腹も別腹も空く気配がない。夕方まで待てばどうにかなるだろうが、そうなると夕食に問題が出てくるだろう。


 わん!


 捨てるなんて以ての外だし、他人にあげられる状態でもない。


 わん!


「どうするか……」


 わん! わん!


「さっきからなんだ。」


 不機嫌そうに振り返ると雑種らしい子犬が隼人の後をついてきていた。


 くぅん?


 ちょっと甘えたように鳴く声に、ふと身近な少女のことを思い出してしまった。


(あいつは何となく子犬系だよな。)


 そんなことを思いながら、足を止めた時点ですでに「負け」であることを悟る。


「どうした? 何がしたいんだ?」


 その子犬の前にしゃがむ。当の子犬は何が楽しいのか、尻尾をパタパタ振ってつぶらな眼で隼人を見つめる。


「普通なら……」


 食べる物か、と見当を付けて、ふと食べ損ねた総菜パンの存在を思い出す。食べさせても特に問題は無いだろう、と唐揚げパンを子犬の前に置いてみる。

 子犬は喜んで尻尾を激しく振るが、そのまま隼人の顔を見てじっと待っている。


「…………」


 ぱたぱたぱた……


「あ~ 食っていいぞ。」


 わん!


 隼人がそう言うと、子犬はパンにかじりつく。しばらくロクに食べていなかったのか、あっという間に平らげる。


「牛乳もあるが…… なんか無いか?」


「じゃあこれ使って。」


「お、悪いな。」


 横から何かの蓋を差し出されたので、それを受け取って牛乳を注ぐ。それを子犬の前に置くと、ピチャピチャ舐め始める。


(……なんか見たことある蓋だな。)


「美味しそうに飲んでるね。」


「ああ…… って、美咲?!」


 いつの間にかに美咲が横にしゃがんでいた。そう言えば渡された蓋は昼食の重箱の物だ。


 ぱたぱたぱた……


「どうしたの、この子?」


「どうしたって……」


 一心不乱に牛乳を飲んでいる子犬。蓋の牛乳が無くなると、美咲がそこに注ぎ足す。


「あ、ゴメンね。もう無くなっちゃった。」


 牛乳パックを逆さまにしても一滴も出ないのを見て、ちょっと切なげに鳴くが、納得したのか座ってぱたぱた尻尾を振る。


「…………」


「賢い子だね。隼人くんの?」


「いや、」


 ただ懐かれただけだ、と説明すると美咲がふ~ん、と子犬の頭をでる。人を怖がらないのか、それとも人を見ているのか、全然嫌がる様子がない。


「ほら、隼人くんも撫でてあげて。」


「え?」


 美咲が手をどけると、子犬が期待に満ちたまなざしで隼人を見つめる。


 ぱたぱたぱた……


「…………」


 ぱたぱたぱたぱた……


「…………」


 子犬と、横で見ている美咲のプレッシャーに負けて恐る恐る手を伸ばす。柔らかい感触に心地よい温もり。


「…………」


「わ。」


 何となく、逆の手を美咲の頭に伸ばしていた。さわさわと髪の上を滑る感触がなんか気持ちいい。


「隼人くん?」


「あ、悪い。」


 慌てて両方から手を離すと、ちょっと美咲が残念そうな顔をする。子犬も心なしか寂しそうに見えた。


「……と、そうだな。そろそろ帰るか。」


 微妙に気まずくなったのか、誰とも無しに言って立ち上がると、ゴミをまとめてポケットに突っ込んでカバンを持ち直す。

 慌てて重箱の蓋を拾い上げると、歩き出した隼人の後を追う。何故か子犬も美咲と歩調を合わせて並んできた。


「そういやぁ、夕飯どうするの?」


 良かったら一緒に作るよ、と言外に言う美咲に首を振る。


「気持ちはありがたいが、今日は和美がなんか張り切っていてな。」


 と、妹の名前を出す。早くに母親を亡くし、父親は長距離トラックの運転手である大神家は最近妹の和美が料理を頑張っている。


「あ、あれ作るのかな?」


 和美の料理の師である美咲がちょっと嬉しそうに呟く。

 早くに、ってほどでは無い頃に両親を亡くし、残っている家族も放浪癖のある祖父だけという美咲はほとんど一人暮らしだ。研究所に行ったときにまとめて全員分の夕飯を作ることはあるが、やはり二日に一度は一人で夕飯を取っているはずだ。そんなことをふと思い出した。


「その…… なんだ。良かったら和美の成果を確かめに来ないか?」


「え? いいの?。それなら行くよ。」


 妹がいるとはいえ、年頃の少女がそんなに容易く男の家に行っていいんだろうか、と自分で誘っておきながら心配になる。


「お弁当箱も洗いたいから、一回ボク家帰ってから行くから!」


 善は急げとばかりにタッと走り去る美咲を見送る形になってしまった隼人。


「お前は行かなくていいのか?」


 わん!


 どういう返事をしたいのか分からないが、子犬はその場に留まって尻尾を振るだけだ。


「俺も帰るか……」


 隼人も帰路につくと、当たり前のように子犬もついてくる。

 何となく追い払うのは無理のような気がして、いずれ飽きるだろうとそのまま放っておくことにした。



「おかえりー、お兄ちゃん。」


「ただいま。」


 ショートボブに天使の輪を乗っけながら隼人の妹和美がパタパタ出迎える。


「今日は腕によりをかけて作るからね。」


 普段は手抜きなんだろうか? とふと疑問を憶えながらも生返事をして二階に上がる。カバンを置いて着替えをして、夕飯までの時間をどうしようか考える。今日は研究所に顔を出す用もないし、寺の鍛錬も今日は無しだったので急に暇になってしまった。ベッドにごろりと横になる。

 でもそれも美咲が来るまでだろう。美咲が来たらのんびり出来なくなるのは目に見えている。


(……せわしないことだ。)


 口の中で呟いたところで、どこかそれを楽しみにしている自分がいるのに気づいた。

 美咲の作るご飯を美味しい、と思う自分。確かに料理の腕はいい。しかしそれだけじゃない美味しさなのだ。

 美咲の笑顔を見ると落ち着く自分がいる。

 美咲の髪に触れたときに胸が弾む自分がいる。


(ヤバいな。)


 自分を誤魔化すのにも限界がある。

 間違いなく自分はあの少女に「仲間」以上の感情を抱いている。色々言い訳をしても、少女と触れあうたびにその気持ちが強くなってきている。


「美咲、か……」


(え? ボクがどうかしたの?)


「うわっ!」


 思わず起きあがろうとしたところで足にシーツが絡み、人には恥ずかしくて見せられないような格好で転げ落ちてしまう。


(隼人くん大丈夫?!)


「開けなくていい!」


 ノブが回ったのを見て素早く制止すると、身を起こして立ち上がる。何事もなかったかのようにシーツを戻すと、こっちからドアを開けた。


「来てたのか。」


 素っ気なく言おうとするが、さっきのことをつい意識してしまって、自分では何となくうまく言えてないような気がする。


「? あ、うん。さっきね。」


 一瞬不思議そうな顔をしたけど、気を取り直したように笑顔で答える。


「もうそろそろ夕飯だから、隼人くん呼びに来たの。和美ちゃん、今忙しいから。」


「……様子はどうだ?」


「えっとぉ……」


 そう聞かれてちょっと視線をそらす。


「不安なのか?」


「ちょっとだけ。」


 親指と人差し指で「ちょっと」を表現する。悲観するほどではないけど、楽観はできないかもしれない。


「あ、でも大丈夫だよ。ちゃんと味見するように言ったから。」


「…………」


 それはいかんだろ、と思った瞬間、下から悲鳴が聞こえてきた。


「和美?!」


「和美ちゃん?!」


 二人揃って慌てて階段を駆け下りると、何か焦げ臭い匂いが鼻をつく。


「ボクに任せて!」


 隼人の脇をすり抜けていった美咲の後を追って、隼人も台所に到着した。そこでは尻餅をついて茫然自失の和美と、煙を吹いた鍋をテキパキと片づけている美咲が見えた。


「和美、大丈夫か?」


 涙目の和美の前に膝をつくと、視線の高さを合わせる。


「おにい、ちゃん……?」


 ぼんやりした目に意志が戻ってくる。


「あ、その、あたし……」


「怪我は無いか?」


「えっと…… うん。」


「そうか。大事が無くて良かった。」


 たたみかけるように言って、和美が自分を責めないように落ち着かせる。


「大丈夫だよ和美ちゃん。ボクも最初はこうだったから。」


 すっかり焦げ付いた鍋を水につけ、ガス台周りを片づけた美咲も和美を優しく宥める。


「まぁ、こうなってしまったからには仕方がない。どこか食べに行くか?」


 作っていただろう料理はすでに食べられる状態ではない。材料もロクな物が残ってないはずだ。


「あ、ちょっと待って。簡単でいいならボク作っていいかな?」


 冷蔵庫を覗き込んで、次にジャーを開ける。


「うん、ご飯もたくさんあるし。」


 特にダメ、と言われる雰囲気でも無いようなので、空っぽに近い冷蔵庫から細々と残った材料を取り出すとフライパンを火にかける。


「結構簡単だから、よかったら憶えてね。」


 熱くなったフライパンに油をひいて挽肉を炒める。少し濃いめに醤油・塩こしょうで味を付けて、溶き卵とショウガを加えて、また炒めてそぼろ状にする。

 熱いご飯に混ぜて、皿に盛る。そして平行して作っていた野菜スープを器に注ぐ。

 後は冷蔵庫にあった漬け物とかを適当に出してどうにかこうにか食卓の格好がついた。


「うわ~」


「…………」


 さっきまで落ち込んでいたのも忘れて目を丸くする和美に、手際の良さにただただ感心する隼人。さ、食べよ、と笑顔で勧める美咲に素直に席に着く二人だった。



「あ、そうだ。」


(美咲曰く)簡単な夕飯を終え、食後にお茶を飲んでいると、不意に美咲が声を上げて台所に向かう。

 残ったご飯に、茹でて軽く日を通した挽肉と野菜。味付けは特にせず、まとめて丼に盛りつける。彼女には悪いが、そうも美味しそうに見えない。


「美咲おねえちゃん、それは?」


「あ、そっか。和美ちゃんは知らなかったんだね。いいもの見せてあげる。」


 そんな会話が聞こえたのかどうか不明だが、リビングで新聞を読んでいた隼人。二人が丼を手に外に出て行くのも、ちょっと疑問に思っただけで特に気にもとめない。

 と思ったら、すぐに二人分の足音がとたとた飛び込んできた。


「隼人くん隼人くん隼人くん!」


「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん!」


「一体なんだ……」


 半分腰を浮かしたところで、左右の手を掴まれて玄関まで引っ張られる。玄関どころか外まで引っ張られて慌てて靴をはく。


「だから何だ、一体…… お?」


 丼を前にした子犬が玄関先で尻尾を振っていた。間違いなく見覚えがある。


「食べたそうなんだけど、食べてくれないの……」


 和美と美咲が同じような顔でしょぼんとしている。隼人が来ると子犬は何かを期待するような目で見つめてくる。


「……その、食べていいぞ。」


 わん!


 一声鳴くと、子犬は丼に顔を突っ込んで食べ始める。よほどおなかが空いていたのだろう、瞬く間に丼を空っぽにしてしまった。

 良かった、と胸をなで下ろす二人の少女にどうも釈然としない。

 久しぶりにおなか一杯になって、しかもどこか安心したのか、眠たげな顔になる子犬。

 そういえばさっき見たテレビでは今日は冷え込むらしい。冬はまだ遠いとはいえ、結構な寒さになるかもしれないし、しかも雨の予報も出ていた気がする。

 事実、そんなに身体が丈夫じゃない和美が腕をさすったり美咲に寄りかかったりと、無意識に寒さを誤魔化すような仕草をしている。


「和美、先に断っておくが家じゃ飼えないからな。」


「え? あ、うん……」


 そう言われることは予想済みだったのだろう。和美は残念そうな顔を見せながらも何処か納得した顔をしている。別に隼人も意地悪で言っているのではなく、兄妹二人で住んでいる事もあるし、和美も大病を患って退院したばかりでそんなに無理が利くわけでもない。

 命を預かる、というのにはそれだけエネルギーが必要なのだ。


「うちも飼えないんだよね……」


 寂しそうに子犬の頭を撫でる美咲。彼女の所はまさに一人暮らしで、そんな余裕は全くない。


「でもまぁ目の前にいるのを見捨てるのも目覚め悪いしな。」


 その言葉が分かったのか、子犬が隼人を見上げる。


「あんまり期待するなよ。でも今日は冷えるみたいだからな。」


 言ったことがちょっと気恥ずかしかったのか、さっさと背を向けて家に戻る。和美にも風邪を引かないように家に戻るように言いながらも、自分が何となく甘くなっていることに気づいて嘆息。

 その後、夜も更けてきたし、和美にも言われたので美咲を家まで送る。子犬は大神家の玄関の隅を今宵の宿としてあてがわれるのであった。



「ふ~ん、それで今日はこっちなんだ。」


「……まぁな。」


 今日は屋上に向かう美咲をそのまま中庭へと連れて行く。なにか注目されていたような気もするが、もともと他人の視線を気にする性格じゃなかった、と自分に言い聞かせたのは五分ほど前の話だ。

 中庭の、それもあんまり人目に付かない所に昨日はなかったレジャーシートを敷いて、昨日よりは小さいお弁当箱が現れる。

 そして隼人の側にはあの子犬が鎮座している。朝から隼人の後をついてまわり、分かっているのか校内には入ってこなかったのだが、校門のところで寂しげに後ろ姿を見つめる目には妙に罪悪感を感じた。

 午前中、校門が見える席の隼人は、あの子犬が身動きせずに座っているのを延々と見るハメになる。

 そして昼休みになって、屋上に向かっている美咲を途中で捕まえて中庭に向かい、その途中校門に向かって手で呼ぶと、茶色い砲弾となって駆け寄ってきて今に至る。


「はい、隼人くん。」


 おにぎりを手渡されて頬張る。子犬もまたわざわざ別に作っておいた塩抜きのおにぎりを貰って食べている。


「ねぇねぇ、この子さ名前無いの?」


「……名前?」


 子犬を見下ろす。見られてると思って、子犬が顔を上げた。


「チビ。」


「え?」


「小さいからチビ。でもそれだけじゃつまらないからチビすけにしよう。」


 全然ひねりもない命名に、子犬が心なしか肩を落としたように見える。美咲も「それは……」と苦笑いのような表情を浮かべる。


「もらい手も探さないといけないからな。」


 ぼそ、と呟いた声に美咲と子犬――チビすけが顔を見合わせる。

 不意に降りた沈黙を誤魔化すかのように隼人は昼食を再開した。仕方なく、というわけではないが、一人と一匹も食事に戻る。

 やや神妙な空気の中で、昼休みは過ぎていくのであった。



 それから数日。研究所に顔を出したり、玄庵げんあんの元での「修行」の日々。行く先すべてにチビすけがついてくる。入ってはいけないところではちゃんと入らずに待っているし、待っている間もあまり目立たないように物陰に隠れている。

 誰かから食べ物を貰っても、隼人や隼人が認めた人間、それこそ美咲や和美とかが許可を出さない限り口を付けようともしない。人の言葉も理解できるようで、その上聞き分けも良い。これだけ手のかからない犬も珍しいだろう。

 今日も寺で散々身体を動かした後、心地よい疲労感に包まれながら家路につく。世界は赤く染まり、隼人とチビすけの足下から長い影が伸びる。


「なぁ、チビすけ。」


 わん?


「その、なんだ。お前さえ良かったら……」


 言いながら子犬相手に何言っているんだろうとか、相手が人間ならプロポーズだよなととか色々考えてしまって思わず足が止まる。特に後者は具体的なヴィジョンまで見えそうになって慌てて頭を振る。


「和美もお前を気に入っているようだしな。まぁ、俺はあんまり構ってやれないかもしれないが……」


 不意に言葉を切る。周囲に広がる異様な雰囲気に、チビすけも低くうなり声を上げる。

 それが何かの前兆だったかのように、世界に「それ」が現れた。


「ちっ…… お前は家に戻ってろ!」


 現れた「それ」に恐れをなして人々が逃げまどう。その流れに逆らってそれ――夢魔むまと呼ばれる存在に向かって走る隼人。

 子犬は人の流れの邪魔にならないように道路脇で身を潜めるが、人通りが少なくなると隼人を追って駆け出した。



「ブレイカーマシン……」


 周囲に人影が無いのを確認してから、自分の乗機を|リアライズ(現実化)させようとして、一瞬手が止まる。自分はいつから「正義の味方」をするようになったのだろう、と。最初は嫌がっていたはずなのに……


(考えるまでもないか。)


 今の自分があるのは、どう考えてもあの少女の存在があるからだ。人生にIFが無いのは分かっているが、それでも彼女に会わなかったら自分はどうなっていただろうか?


(少なくとも……)


「リアライズっ!!」


 正義の味方はやってない。

 裂帛の気合いと共に、隼人の左腕のブレスレットに埋め込まれた青いクリスタルが光を放つ。冷気が立ちこめ、周囲の空気が一瞬にして凝縮して巨大な氷塊に包まれる。

 氷の中から低いうなり声が聞こえてくると、一気に氷が砕けて青い狼型ロボが姿を現す。

 一声吠えると、四肢で大地を蹴って夢魔へと接近していった。



 現れた夢魔はタコを彷彿(ほうふつ(させる姿をしていた。

 壷のような物から無数の吸盤付きの足――それこそタコのような――を生やしている。足がゆらゆらうごめいて獲物を探しているのかもしれない。

 隼人がウルフブレイカーで到着したときにはすでに美咲のスターブレイカー、麗華れいかのグレートフレイムカイザー、謙治けんじのヘキサローディオンが夢魔を取り囲むように立っていた。


「遅いわよ。」


「夢魔に目立った動きは見られません。」


 麗華の皮肉と謙治の報告を聞きながら夢魔の動向を窺う。少しずつ距離を詰めてみるが反応はない。

 最初の頃から比べれば夢魔も大きくなり、その分色々な意味でパワーアップしている。隼人以外の三人は基本のブレイカーマシンにサポートマシンを合体させて大型のロボを単独で持っている。ウルフブレイカー単体の隼人は最近力不足を痛切に感じている。

 他と比べると確かに小型で、元々の性能から敏捷度には優れている。ただそれだけで、今回のように自分の数倍もある夢魔にどれだけ攻撃が通じることか……


「どうしよう?」


「……そうですね。相手の外見から想像すると、防御力は大して無いかもしれません。」


 美咲の呟きに謙治が応える。

 それでも鈍感で攻撃を受けてもあまり弱らないかも知れないし、更に足だけ叩いてもダメージは少ないかもしれない。本体はおそらく「壷」の中だろう。


「ということは、まず足を減らして、本体ってところね。」


「そうです。」


 麗華と謙治が大雑把に「作戦」を確認すると、隼人以外の三機がそれぞれの武器を構える。

 と、隼人はさっきからチリチリするような嫌な予感を感じていた。何がおかしい? 何が危険だ。

 夢魔を観察する。壷から生えた足。


 いや、ちょっと待て。あれは本当に壷か?


 何か違和感を感じる。

 壷というのは口があって、底があって……


「! 跳べっ!!」


 叫びながらウルフブレイカーを跳躍させる。反応が遅れた三機の足下が割れ、そこから無数の「足」が湧き出てきた。

それらはスターブレイカーらの足に絡み付くと、その動きを阻害する。


「この!」


 Gフレイムカイザーがドラグーンランサーで絡み付いた夢魔の足を斬り裂く。切断面が焼かれすぐに力を失うが、細々まとわりついてきてキリがない。美咲も謙治もどうにか夢魔の足を振り払おうとして……


「正面だ!」


 再び隼人の声が飛ぶ。

 壷の上から出ている足が溢れるように伸びると、次々に絡み付いてくる。足下に気を取られていて本格的な攻撃に対処が遅れてしまった。

 ウルフブレイカーを除く三機に夢魔の足が絡み付くと、その動きを封じていく。必死に逃れようともがくが、すでに全身に絡み付いて外せない。


「くそっ!」


 爪を展開して足に斬りかかるが、爪の届く範囲では足を避けながらになるので浅くしか斬りつけられない。しかもそれくらいではすぐに再生されてしまう。

 更に絡みつけようというのか、壷から更に足が伸びてくる。それに引きずられたように頭らしい所も出てきた。足同様にタコを思わせる頭|(正確には胴なのだが)にギョロリと目がついていて、まだ動けるウルフブレイカーを睨む。

 他の三機が身動きできないのを確認すると、残った足を次々と隼人に向ける。何本もの太い槍のように迫り来る足の隙間を縫って本体に接近しようとするが、なかなか近づかせてくれない。それこそ目の一つでも潰せば勝機が見えるかもしれないのだが。


「シェイプシフトッ!」


 一瞬の隙をついてウェアビーストに変形し、スピードで一気に肉薄しようとして、その眼前にいきなりスターブレイカーが現れた。


「隼人くん!」


 いや、夢魔がスターブレイカーを盾として隼人の目の前に突き出したのだ。一瞬判断に迷い、そしてその一瞬の隙が致命的だった。背後から迫っていた夢魔の足がウルフブレイカーにも絡み付く。一度動きを止められたら最後、他の三機同様に全身に絡みついてきて身動き一つできなくなる。

 そして全員を捕らえると、夢魔はギリギリとスターブレイカー達を締め上げ始めた。



 ギリギリと装甲がきしみ音を立てる。

 程度の差はあれ、ブレイカーマシンと感覚を共有しているので、その苦痛がパイロットの美咲たちにも伝わってくる。

 特に一人だけ機体が小さく、更に高速型なので装甲がさほど厚くないウルフブレイカーが真っ先に捻り潰されそうだ。


「くっ……」


 自分の身体を骨ごと締め上げられる苦痛に耐えながら、両腕に力を込めて夢魔の足を押し返そうとするが、まるで勝負にならない。

 苦しさに消えゆく意識の中、何かが聞こえてきた。


 わん! わん!


 最初幻聴かと思った。とてもこの場にそぐわない音、いや声。


 わん! わん! わん!


 しかしそれは幻ではない。圧迫されてかすむ視界で首を巡らす。すでに夢魔を恐れて避難して、人っ子一人見えない戦場に、小さな姿が見えた。


 わん! わん! わん!


 その小さな身体から想像できないほどの声で夢魔を威嚇するように吠える子犬。たとえ聞こえたとしても脅威には感じられないのだろう。目を向けることすらしない。

 それに業を煮やしたのか、低く一声唸ると夢魔の足を駆け上がっていく。


「や、めろ……」


 苦しい息の下、必死に子犬――チビすけを止めようとする隼人だが、そんなことはお構いなしにチビすけが夢魔の足の上を走る。

 タコの足を模していて吸盤があちこちにあるのと、締め上げている以外の足をだらしなく伸ばしていたので、子犬でも思ったよりも楽に登れるようだ。

 その間にも夢魔の締め付けは続く。Gフレイムカイザーやヘキサローディオンの翼はすでに折られ、少なからずダメージを受けている。隼人がすでに限界近いが、他の三機はもう少し余裕がある。しかし抜け出せる方法が無い以上、ジリ貧である。


 わん! わん! わん!


 隼人達の苦境を知っているのか、ことさらペースを上げる。最初から目指していたのか、少し上にあった足から、一気に目に向かって飛び降りた。

 球体をしているとはいえ、垂直の壁のような夢魔の目である。一瞬壁に張り付くが、すぐに重力に従って落ちていく。それでも表面が濡れているのと、しっかり爪を立てていたので、目に沿って滑り落ちていく。

 歯牙にもかからない小さい存在とはいえ、目を傷つけられて夢魔が初めて動揺を見せた。小刻みに動いてチビすけを振り落とそうとするが、ここぞとばかりに爪を立て、わずかとはいえ更に目に傷をつけていく。

 もうなりふり構わずに、空いた足を振り回すが、目にしがみついた子犬を直接叩くことは出来ずに、動いて振り落とそうとするだけだ。

 そのころになって、夢魔の異変に美咲たちも気づく。わずかに夢魔の拘束も弛むが、まだ脱出できるほどではない。

 夢魔が暴れる。さすがに爪を立ててしがみつくにも限界がある。身体が半分浮き、更に振り回されてついに力尽きたのかチビすけが夢魔から離れた。そこは何も支えがない空中。しかも振り回した夢魔の足が直撃さえしなかったものの、その小さな身体を引っかけて跳ね飛ばした。

 声も上げずに子犬が空を舞う。しかし放物線を描いて落下。地面で小さくはねたものの、そのまま横たわって身動き一つしなくなる。


「……! チビすけぇぇぇぇぇっ!!」


 隼人の叫び声にわずかに首をもたげて、隼人の方を見た。が、そのままカクンと首が落ちゆっくりと目を閉じる。


「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 夢魔が暴れたからだろうか、足を振り回したからだろうか、それとも心からわき上がる強い感情が力を与えたのか。気が付くと夢魔の戒めを振り切っていた。まだメチャクチャに振り回す足を無意識で避けながら何度も何度も爪を振るう。しかし、ウルフブレイカーの爪では夢魔に効果的なダメージを与えられない。


「大神君! ウルフブレイカーの尻尾をフリーザーランチャーに改造しておきました。それで夢魔に!」


 謙治の声を聞く余裕があったのか、ヒューマンモードになると、そのときの余剰パーツである尻尾部分がランチャーに変形する。

 それを構えて夢魔の足をかいくぐりながら肉薄。至近距離で全弾叩き込む。

 放たれた冷凍弾は夢魔を一部凍らせて、更に冷気のよる水蒸気の霧が夢魔の視界を遮る。


「ドラゴン・フレアっ!!」


 Gフレイムカイザーの胸から放たれた火球がスターブレイカーを捉えている足の根本を直撃する。それで力が緩んだ隙にスターブレイカーが脱出すると、腕から抜いたコズミックブレードでGフレイムカイザーとヘキサローディオンの戒めを斬り裂く。


「みんな離れて!

 ファランクス・デストロイヤーっ!!」


 ヘキサローディオンの一斉射撃が夢魔を後退させた。


「謙治! 行くわよ!」


「はい!」


 ドラグーンランサーとヘキサライフルを構えた二機が夢魔に攻撃を仕掛けようとするが、その前に背を向けたウルフブレイカーが立ちはだかる。


「悪ぃ……」


 小さく呟く隼人の声だが、そこにはどこか逆らいがたい気迫が感じられた。


「俺じゃ勝てないかもしれない。でもこいつだけは俺にやらせてくれ。」


「ムチャです!」


「何言ってるの!」


 謙治と麗華の制止の声にも小さく首を振るだけ。ゆっくりと夢魔に向かって歩くウルフブレイカーを止めるために手を伸ばそうとするが、スターブレイカーが二機の肩を引き留める。


「ボクからもお願い。今は隼人くんの好きにさせて。」


「悪いな、たちばな。」


ヘキサローディオンの一撃で吹っ飛んだ夢魔が体勢を立て直す。その夢魔に準備動作無しでウルフブレイカーが襲いかかった。速度で攪乱しながら戦うが、なにせ相手の手数が多い。しかもリーチの差が圧倒的で近づくことすらできない。何度倒されても、どんなに傷ついても前に進むのを止めない。


(自己満足とは分かっているが……)


 脳裏にチビすけとの数日がよみがえる。


(それでもこいつだけは!)


 何度も爪を振るうが、夢魔までは果てしなく遠い。しかしこのとき、自分の胸の中で何かが光を放っていることには気づかなかった。



 足を払われて再び転倒するウルフブレイカー。素早く立ち上がろうとする前に別の足が絡みつく。


「隼人くん!」


 隼人のピンチに飛び出す美咲だが、それよりも先に数本束ねた足がウルフブレイカーを叩き潰そうと振り上げられる。


「負けるかぁぁぁぁっ!!」


 振るわれた夢魔の足を掴むと同時に、胸部からのブリザードストームで押し戻そうとするが、夢魔の力の方が遥かに強い。一瞬だけ止めたものの、ウルフブレイカーを砕こうと夢魔の足が、


 ザシュッ。


 何かを力任せに斬り裂く音と共に、夢魔の足が力を失った。それを気にした風もなく次の攻撃をしようとする夢魔だが、空から無数に降ってきた羽根に牽制され動きが止まる。


(これは……)


 思い出そうとする前に、自分に絡みついていた夢魔の足がいくつものバラバラの破片となる。鋭利な刃物で斬られたような――いや、事実そうなのだろう――綺麗な断面を見せる破片は地面に落ちるよりも先に空気に溶けるように消えていく。


「手を出すな、と言ったつもりだが。」


 誰とも無しに言うと、律儀に返す声が聞こえてくる。


左様さよう。しかし、拙者らとしてはむざむざあるじ殿の危機を見過ごすわけにはいかないでござるよ。」


「主?」


 ウルフブレイカーが身を起こすと、夢魔との間に隼人を護るかの如くに三つの背中が見えた。隼人の問いには答えずに、歌うかのように語り出す。


「大地を震わさんばかりの怒りの心。ガツンと来たぜ、主。」


 体格のいいロボがさっき投擲した巨大八方手裏剣を背中に戻す。


「空をも超える気高き心。とても心地よいですわ、主様。」


 細身のロボが背中の翼を畳みながら言う。


「海よりも深き悲しみの心。そして……」


 反りのない刀を背中の鞘に収めながら三体目のロボが腕を組む。


「小さき者の内に秘めたる勇気、我が内に染みいりました。」


 隼人に背を向けたまま、ゆっくりと腕をほどく。


「無礼を承知で言わせて貰えば今の主殿はあまりにも脆弱。敵に向かうための翼も無ければ、敵を滅ぼすための爪も牙も届かぬ。」


「…………」


 言うことは腹立たしくはあるが、間違いないので返す言葉がない。


「我らは助太刀はいたしません。しかし、我らが身体をして主殿の、」


「翼に、」


「爪に、」


「牙になりましょう。さぁ、主殿!」


 ふと胸に手を当てると、そこにいつも入れていたカードの感触がない。やはりそういうことか。


「……いいだろう。よし、誰から行く?」


 隼人の言葉に細身の女性型ロボ――スカイハンターがはいは~い、と手を挙げる。


「じゃ、主様、アタシの力を使いたいなら『空将くうしょう合一ごういつ』って言ってね。」


「分かった。行くぞっ!

 空・将・合・一っ!!」


 残った二体――マリンハンターとランドハンターが夢魔にプレッシャーを与えている間にスカイハンターが翼を広げ、それを追うようにウルフブレイカーが跳ぶ。

 ウェアビーストに変形して両手を広げると、胴体を展開させたスカイハンターが上から覆い被さる。ウルフブレイカーが隙間を埋めることによって巨大な怪鳥へと姿を変える。


「天翔る空の将! 飛翔ひしょう変化へんげ、ウィングハンターっ!!」


 翼を大きく広げると、夢魔から離れて空中で一度停止する。


「アタシの必殺技は……」


 上空から一気に急降下。ウィングハンターの動きを見た二機が瞬時に間合いを開く。

 夢魔が足を伸ばしてウィングハンターを捉えようとするが、速度が違いすぎて掠りすらしない。

 夢魔の直前で一気に機体を引き起こすと同時に、無数の羽根手裏剣を放った。


「飛翔空裂斬っ!」


 引き起こしの際に乱れた空気の流れが大量のカマイタチを発生させ、同じくその流れに乗った羽根手裏剣との相乗効果で夢魔の周囲の空間が斬撃の嵐に見舞われた。

 その真っ直中にいた夢魔は頭だけは引っ込めたものの、あちこちに伸ばしていた足をズタズタに斬り裂かれる。

 再生能力があるとはいえ、全身の裂傷は容易く癒せるものではない。


「次は俺っちにやらせてくれ、主! 『陸将りくしょう合一』だ!」


「よしっ!」


 分離してスカイハンターとウルフブレイカーに戻ると、今度はビーストモードに変形。


「陸・将・合・一っ!」


 ビーストモードのウルフブレイカーを追うようにランドハンターが覆い被さる。同じく胴が開いて、強靱な手足が四肢となる。背中の巨大手裏剣が分離すると、八方に刃を展開し、更に少し膨らんだ中央部が変形すると獅子頭となり装着。


「疾走する陸の将! 獣爪じゅうそう変化、レオンハンターっ!!」


 巨大な獅子が吼える。その咆哮が低いものから一気に高くなり可聴域を超えた衝撃波となり夢魔に収束する。


「獅子吼陸震破っ!」


 高周波振動が夢魔を揺さぶる。その壷に微細なヒビが走る。


「でもなぁ、主よ。俺っちとしては……」


 ぐん、とレオンハンターが駆け出す。その意図に気づいて隼人もコントロールパネルに置いた手に力を込める。


「奇遇だな。俺もそっちの方が得意かもしれない。」


 不敵な笑みを浮かべると、二人の力がレオンハンターを一気に加速させる。


「はぁぁぁぁっ!!」


「どりゃあぁぁっ!!」


 苛烈な体当たりが壷を粉砕する。足の大部分を失った夢魔が這々の体でズルズル身体を這わせて海へと逃げていく。


「海か……」


「ならば拙者の出番でござるな。」


 いつの間にかにレオンハンターのそばで腕組みして立っていたマリンハンターがポツリと呟く。


「ああ…… 行くぞ!」


「応!」


 レオンハンターから分離をすると、またウェアビーストに変形する。

「「かいしょう・合・一っ!」」


 二人の声が重なると、マリンハンターが上下逆さまになると胴を展開する。両足がそのまま龍の首となる。胴の隙間にウルフブレイカーが合体すると、双頭の龍となった。


「静寂なる海の将! 龍牙りゅうが変化、ドラグハンターっ!」


 すぐさま夢魔を追って海に飛び込む。


「海で拙者と張り合おうとは笑止千万! 主殿、一気に参りますぞ。」


「ああ!」


周囲の水がドラグハンターを中心に渦を巻く。その渦は二つの龍の口に集中する。少しずつ遠くなる夢魔の後ろ姿を睨みつける。


「龍波海鳴撃っ!」


 二つの龍が同時に咆吼すると、喉の奥から解き放たれた激流が遠く逃げる夢魔の左右を突き抜ける。

 首をわずかに振ると、激流の幅が狭まり、その間にいた夢魔が抵抗するいとまも無く塵芥と化す。咆吼が収まると、大いなる海にまた静けさが戻った。



 ザクッ、ザクッ、ザクッ……


 少しイメージを膨らませれば、スコップは簡単にリアライズできた。戦いが終わって、目立たぬようにカードに戻ったハンターチーム。一足先にブレイカーマシンを降りていた美咲が子犬の亡骸を自分のバンダナでくるんで抱えていた。

 目だけで頷き合うと、隼人と美咲が無言で歩き出す。麗華と謙治も少し後をついてきた。

 言葉の無いまま学校まで歩き、ほんの数回だが一緒に昼食をとった中庭まで。そこでいつも隼人が背もたれ代わりに使っていた、そしていつもチビすけが二人を待っていた樹の根元を掘る。

十分な穴ができたところで、美咲がゆっくりとその中に子犬を横たえる。


「…………」


 一瞬ためらった後、土をかけていく。

 埋めた分だけ少し盛り上がった土を見つめた隼人が声で呟く。


「なんで…… なんでなんだろうな。」


「?」


「なんであいつはあんなにも俺に……」


「きっと、とても嬉しかったんだよ。」


 隼人の隣で目を潤ませている美咲が小さく口を動かす。


「隼人くんにとっては大した事じゃなかったのかも知れないけど、あの時のパンが、あの時の優しさが…… あの子にとってはとても嬉しかったんだと思う。

 ボクも…… なんとなく分かるよ。」


「そうか……」


 天を仰ぐ。夕日で赤くなった空がどこかまぶしく感じられる。


「あなた達に何があったかは知らないけど…… あの小さな勇者のおかげでみんな助かったわ。だから私は決して忘れない。」


「僕もです。」


「そうだな……」


 後ろの二人の言葉にも生返事しかできない。


「麗華ちゃん、謙治くん、行こう。」


「そうね。」


「そうですね。」


 そんな会話も聞こえずにただただ空を見ている。

 周囲に人の気配が無くなり、空も深い青に染まっても隼人は動こうとしなかった。

 空を一筋星が流れる。

 それに何かを感じたのか、隼人はやっと視線を足下に落とした。


「チビすけ…… ありがとう。」


 その一言は冷たい風にさらわれ空へと舞い上がっていく。そして隼人は樹に背中を向けると、ゆっくりと歩き始めたのであった。




老人「若の立場はもう取り返しのつかないところまでなってしまいました。

 若を救うにはこの方法しかございません。

 たとえ差し違えたとしても……!

 いや、儂もミサキ殿達とは戦えません。

 老い先短い儂でも、彼らの未来のいしずえになれれば……


 夢の勇者ナイトブレイカー第三十二話

『未来に託す願い』


 儂の夢はきっと見ること叶わないのであろうな」

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