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夢の勇者ナイトブレイカー  作者: 財油 雷矢


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第十五話 現実の悪夢(後編)

謙治けんじ君、こっち触ったかい?」


「いいえ、僕は何もしてませんが。」


 謙治の返事を聞くと、小鳥遊たかなしは端末の一つの前に座るとキーをたたき始める。

 地下の研究所にはすでに麗華れいかと謙治が待機しているのだが、現実世界ではリアライズができないため手も足も出ない状態である。

 小鳥遊の手の速度が徐々に上がっていく。しかし正確さはなく、慌てた手つきの為に何度も間違えて展開は遅々としている。

 二人はそんな小鳥遊を不思議そうに見ているが、不意に麗華はこの地下で何とか分かる機械の反応を目にした。


「あら…… これ、リアライザーよね。変ねえ、動いているわよ。」


「はい?」


 謙治が片手で別な端末のキーをいくつかたたく。


「あれ、誰も夢幻界むげんかいにいませんよ。ふ~ん、このデータはどうやらライトクルーザーですねえ。あ、実体化リアライズします。」


 謙治がそう言った瞬間、その方面の感覚が鈍いはずの小鳥遊にすら空気の変化が感じられた。いや、実際は空気の組成や温度、圧力などの物理的な変化ではない。空間全体にある種のエネルギーが広がった。


「くっ……」


 逆に敏感なせいで、殴られたような衝撃を感じその場に麗華が崩れ落ちた。


神楽崎かぐらざきさん!」


「麗華さん!」


 二人が倒れた少女に駆け寄る。彼女の様子と、感じたことのある感覚、それにいくつかの仮定を組み合わせ謙治は今の異常事態の原因がおぼろながらに理解できた。


「小鳥遊博士、これはいわばダイブ酔いというべきものでしょう。正規の手順をふまないで夢幻界むげんかいにダイブしたのと同じ現象です。強烈な精神エネルギーを短時間で受けたため、ショックを受けたのでしょう。

 基礎精神力が低かったために僕にはさほど影響がありませんが、神楽崎さんでこの様子ですとたちばなさんと大神おおがみ君が心配です。」


美咲みさきは大丈夫よ、きっと……」


 ダイブ酔いが少し醒めたのか、麗華がゆっくり身を起こす。不自然な格好で倒れたせいで乱れた服を整えると、そのときになって初めてそのことに気づいた男二人が慌てて目をそらす。


「あ……」


 恥ずかしさと思わずわいた怒りに複雑な表情を見せるが、状況が状況のため感情を抑えると椅子に座り直す。


「とりあえず緊急事態ね。現実世界に現れた夢魔。そして美咲が無理矢理こっちでブレイカーマシンをリアライズしたようね。

 ……何か心当たりある?」


「ええ……」


 小鳥遊がさっきまでいた端末の前に戻る。


「この度、新しく開発したシステム、ドリームフィールドです。

 簡単にいうと現実世界に夢幻界のエネルギーを引き込んで、こちらでもドリームティアを利用しようというものです。

 どうやら予想以上にエネルギーの濃度が高いようです。まるで……」


『神楽崎! 田島たじま! どっちでもいい、返事しろ!』


 小鳥遊の説明を遮るように、いきなり隼人の声が聞こえてきた。声は麗華と謙治のブレスレットから響いてくる。


「どうか…… したんですよね。」


『ああ…… いつまでこの状況が続くかどうか分からねえから、端的に言う。

 いいか……』



「ブレイカーマシン、リアライズ!

 チェンジ! フラッシュブレイカーッ!」


 美咲を中心に目に見えない力が広がった。それだけでは物理的効果の無いエネルギーなのだが、生物――というか、精神を持つものには力学的な力と感じられ体が反応するために擬似的に物理的効果を及ぼす。精神にも作用するため、個人差もあるが違和感から不快感、精神的な衝撃になることもある。

 反射的に腕を交差して防御する隼人。左腕の水晶が光を放ち、エネルギーの流れを眼前で分散させた。

 美咲のドリームティアから純白の光線がほとばしる。光が巨大ロボットを描き、それが実体のあるものに変化する。


「いっけーっ!」


 少女が拳を突き出すと巨大ロボット――フラッシュブレイカーも同じようにパンチを繰り出した。狙い違わずそれはスクラップ同様の炎上する戦闘機を粉砕した。残ったわずかの燃料にまで引火して空中で爆発する。

 闇夜に咲いた炎の花と、突如現れた夢幻界のエネルギーに夢魔むまが気づいた。悠々と空を飛んでいた夢魔が方向転換をする。

 不意に美咲がフラリとふらつくと、その場に座り込んだ。気絶まではしてないが疲労しているようだ。隼人が慌てて駆け寄った。


「おい、橘……」


「あ…… 隼人くん……

 夢魔が来るから離れた方がいいよ……」


「無理するな。俺も戦う……

 ブレイカーマシン、リアライズッ!」


 隼人の叫びにもドリームティアは沈黙したままだった。いや、ドリームティアが反応はしているのだが、リアライザーが作動するほどのエネルギーに達していないのだ。


「くそっ! どうなってるんだ!」


「じゃあ…… ボク行くよ。」


 美咲が軽く左手を振ると、フラッシュブレイカーが振り向いて彼女に手を伸ばした。手のひらに乗ると、ロボットは少女を自分の胸へと導く。

 ドリームティアのついた左手で装甲板に触れると、美咲は内部へと転送された。現実世界では夢幻界のように遠く離れた空間を跳躍することはできないようだ。

 コクピットまで移動した美咲は外部モニターで隼人を確認すると、直接ドリームティアに呼びかけた。


「隼人くんは博士のところに行ってて。ボクは夢魔を広いところにおびき寄せるから。」


「分かった…… 橘! 無理だけはするな。俺もすぐに行く!」


 その声が届いたかのかどうか、白の巨人は何も語らず走り去っていった。


「俺も急ごう…… 待てよ、さっきクリスタルを通して声を送れたな。もしかして……

 神楽崎! 田島! どっちでもいい、返事しろ!」



『……というわけだ。

 俺は今そっちに向かっている。俺のマシンをどうにか出せるようにしてくれ。』


「分かりました。やってみます。」


「いや、待ってくれ。今の状態では美咲さんしかリアライズができないはずです。」


『何だと!』


「とりあえずやれることだけはやりましょう。隼人君、急いでこっちに来てくれ。」


『分かった……』


 通信が途切れる。


「小鳥遊さん、どういうこと?」


「……ドリームフィールドシステムの実験の時に美咲さんのデータを採取しました。まずはそれを元に構築し、皆さんの精神パターンに当てはめていこうと思ったのですが……」


「思ったのですが?」


「ええ、さっき美咲さんがリアライズをかけたときに、無理矢理フィールドを形成したため…… システムが美咲さんのパターンにロックされたようです。」


「まずいわね…… 何かいい手は……」


 多少なりとも得られたデータから夢魔の戦力分析を終えた謙治が二人を振り返った。その顔に厳しいものが走る。


「……夢魔は二番目に現れた飛行型の夢魔の巨大強化型と推定されます。正直言ってクリスタルシューターとグラスブーメランだけでは荷が重いと思います。」


 過去にも空飛ぶ夢魔には手を焼かされてきた。飛行能力や強力な射撃能力を持つブレイカーマシンが少ないせいである。しかも美咲はその手の夢魔に散々やられてきた立派な経緯がある。


「まあ…… あの子のことだからそうそう遅れはとらないとは思うけど……」


「でも皆さんの予想通り、時間が経過すればするほど美咲さんの消耗は増加します。」


「で、小鳥遊さん。その口調は何か方法を思いついたものですわね。」


 口には出さないがその目には「早く教えて」と懇願の光が宿っている。隠す必要もないのだが、麗華はできるだけ自分のスタイルを崩したくなかった。それが美咲の心の支えの一つになるのなら。


「方法は二つ。フィールドシステムを調整し、もう一人出撃させること。」


「分かった。それは俺がやる。」


 予想通りのセリフを言ったのは、地下室に駆け込んできた隼人だった。しかしその言葉を否定するように小鳥遊は小さく首を振る。


「しかし、この方法は無理です。今の効率ではリアライズ可能なのはおそらく隼人君だけでしょう。」


「ならなおさら俺が……!」


「いえ、大神君。考えても下さい。ウルフブレイカーはフラッシュブレイカー以上に対空戦闘が苦手です。」


「それぐらい分かってる! でも…… 俺はジッとしているのは性に合わねえ。どうせ田島やおっさんの手伝いはできねえしな。」


「そんなことより、」


 交わされる議論は麗華の一言によって止められた。その整った柳眉にも苛立ちの色が見て取れる。


「何か考えがあるのでしたら早く動きませんこと? こうしている間にも美咲が苦戦しているのよ。」


 彼女の言葉に、三人はお互いに顔を見合わせる。その中で小鳥遊はかけていた眼鏡を直すと、真剣な表情で少年少女たちを見る。


「そうですね。やれることから始めるとしましょう。謙治君、君はスターローダーの修復を頼む。麗華さんに隼人君は夢幻界にダイブしてくれ。」


「スターローダーを?」


「ええ、もう一つの方法、私の考えが正しければ美咲さんにスターローダーを送れるはずです。」


 麗華と隼人が研究所の寝台に横たわる。


「のったぜ、そのアイデア。

 行くぞ、神楽崎!」


「ええ、いいわ。」


『ドリームダイブ!』



「クリスタルシューター!」


 フラッシュブレイカーの手の中に鋭角的なフォルムの銃が現れる。瞬間的に狙いをつけると、空を舞う夢魔に向かって続けざまに引き金を絞る。

 光線が何本も夢魔に突き刺さる。が、そう見えただけで相手にとっては蚊に刺されたほども感じていないようだ。コクピットの中で美咲がしょぼくれた顔をする。


「ふえぇぇぇ…… 効いてないよぉ……」


 お返しとばかりに夢魔が翼を羽ばたかせると、羽の何枚かがフラッシュブレイカーに襲いかかる。

 また何度か引き金を絞ると、シューターの光線は空中の羽を貫く。貫かれた羽はいきなり爆発し、閃光が美咲の視界を一瞬遮る。


(ひとつ、ふたつ…… いけない、ひとつ撃ち漏らした!)


 そのことを理解する前に、フラッシュブレイカーの装甲に羽が突き刺さった。直後、それが爆発する。爆風に吹き飛ばされそうになるが、何とかその場に踏みとどまる。

 美咲が戦闘場所に選んだのは自分の学校の校庭だった。確かに開けた場所ではあるが、激しく動き回れるほども広くない。しかし、ここくらいしか周囲への影響が少ないところを思いつかなかった。


「困ったなあ…… とにかく戦うしかないよね。グラスブーメラン!」


 フラッシュブレイカーの手の中に透明な刃が現れる。それを二つ組み合わせて「く」の字型の武器にする。それを上空の夢魔に投げつけようとして、不意に美咲は眩暈を感じた。バランスを崩してフラッシュブレイカーが膝をつく。


(まずい…… なんかすごい疲れている。でも…… やらなきゃ!)


「グラスブーメラン!」


 放たれた刃が空を裂く。一度夢魔を追い越して遥か高みに飛んでいくと、夢魔の背中に刃が迫る。が、グラスブーメランは夢魔の表面に薄く傷をつけただけで簡単に弾かれてしまう。


「う~ん…… 直接殴れたらなぁ……」


 言っている間にも夢魔の羽根がフラッシュブレイカーを襲う。校舎や自分に直接当たるものを集中的にたたきおとし、後は避けてはいるが、それでは美咲の疲労が溜まるばかりである。


「困ったなぁ…… どうやって倒そう?」


 少女が悩んでいる間にも夢魔の攻撃は無慈悲にも続くのであった。



「謙治君、修理状況は?」


「正直言って難しいです。が、やるだけやってみます。」


 画面の中のスターローダーはまだ赤い部分が目立つ。確かに謙治の手作業を加えた分、修復速度は上がっているが、それでも数分で何とかできるほどではない。


「麗華さん、隼人君、そっちの様子はどうなっていますか?」


『で、俺たちは何をすればいいんだ?』


「穴を探してください。」


『穴、ですって?』


「そうです。私の予想ですが、夢魔は飽くまでも夢幻界の存在です。現実世界に現れるためには何らかの手段を用いるはずです。

 詳しい説明は省きますが、夢魔が通過した『穴』がまだ存在するはずです。」


『無かったらどうするのよ!』


 麗華の切迫した声にも小鳥遊は冷静だった。


「あります。まだエネルギーの流れは続いています。先ほどから美咲さんがリアライズする度に反応が変化するところをみると、絶対存在します。

 人間の精神を通過させることはできませんが、無人で動くスターローダーなら夢魔同様に通過可能なはずです。」


『よし、だいたい事情は分かった。さっさとその穴とやらを見つけやる。』


『そうね、』


 夢幻界から聞こえてきた麗華の声には何となく楽しそうな響きが混じっている。


『急いであの子にでっかいプレゼントを送らないと、ね。

 で、小鳥遊さん。美咲の状況は?』


 彼女の質問に小鳥遊はすぐ隣の謙治に目を向ける。無言でキーを打つとディスプレイの一つにフラッシュブレイカーの現在の様子が表示される。全体的にダメージを受けているが戦闘能力に支障がでるほどでもない。気になる点があるとするならばパイロットの精神疲労が高まっていることであろう。あまり余計な時間はかけていられない。


「……というところです。」


『分かったわ謙治。そっちも急いでよ。』


「お任せください。」


 双方の声に遠く離れた所で一人戦う少女への想いと焦りが混じっていた。



「隼人……?」


 目を閉じて微動だにしない隼人に麗華が訝しげな視線を向ける。呼びかけても何も反応しない。


「隼人っ!」


 大きな声で呼ばれて初めて隼人が動きを見せる。しかしそれは麗華の予想していたものとは違って、憎々しげに舌打ちをするだけだった。


「ダメか……」


「隼人、どうしたの?」


「ここは広すぎて橘の気を拾えない。

 しょうがない。手分けして穴とやらを探すとするか。神楽崎、あのデカブツも呼んでおけ。」


「あんたに言われるのは癪だけど、その方がいいわね。

 カイザー、スクランブル!」


 すぐさま真紅のジェット機が高空から舞い降りてくる。空中でそれが変形すると鋼のドラゴンとなって着地する。


〈あらましは謙治様と小鳥遊博士にうかがっております。私もお手伝い致しますので早速参りましょう。〉


 必要なことを言うだけ言うと、すぐさま変形し直して夢幻界の空へと飛び去っていく。


「私たちも行くわよ。」


「おう。それよりできるだけ橘に呼びかけてみてくれ。」


「え? どういうこと?」


「気休めかも知れないが、やるだけやってみる価値がある。いくぞ!」


『ブレイカーマシン、リアライズ!』



「直接殴れないとやっぱり無理かなぁ……」


 夢魔に細かい手傷を負わせたものの、致命的なダメージを与えることはできない。いくつかの飛び道具があるとはいえ、フラッシュブレイカーは飽くまでも接近戦用の機体である。美咲の能力も格闘戦寄りなのでその傾向を上方修正している。


「う~ん…… やってみるか。」


 ひときしり考えた後、両手でグラスブーメランを構え、同時に上空の夢魔に投げつける。それらはまるで意志あるもののように空中で軌道を変えると、夢魔の右翼の根本に襲いかかる。狙い違わず同じ所にねらったブーメランはいつもよりも深い傷をつける。それでも夢魔は大した堪えた様子もなく、眼下のブレイカーマシンに羽根ミサイルの狙いを定める。


(タイミングがずれたら…… きっと痛いだろうなあ……)


 失敗した時の結果を考えて、思わずコクピットの中で顔をしかめる美咲。それでも夢魔から目を離さず、向こうの攻撃の前兆を見極めようと集中する。

 夢魔が翼を広げた。

 そこから羽根が放たれる前にフラッシュブレイカーがクリスタルシューターを抜いた。銃口から純白の光線が放たれる。

 光線は三度、夢魔の翼の付け根を傷つける。さすがの夢魔も翼に力が入らず、傾きながら高度を下げ、それでも落下しながら眼下の敵目掛けて羽根を打ち出した。

 美咲はそれを見ると膝を一瞬曲げて力をため、大きく跳躍した。重力に逆らって宙に舞うが夢魔に届くほどではない。

 次の瞬間、大地に突き刺さった羽根が閃光とともに爆風をあたりにまき散らした。フラッシュブレイカーはうまくその爆風に乗ると一気に高度を上げた。

 翼を傷つけられ高度を落とした夢魔と、爆風に乗り大きく飛んだブレイカーマシンが空中で交差する。すぐさま腕を伸ばすと夢魔の首に巻き付ける。


「よし、つかまえた!」


 器用に体勢を変えると、首を絞めながら夢魔の背に移動する。両膝で翼を押さえ込む。夢魔は苦しみながらもフラッシュブレイカーを乗せたまま必死に翼を動かして高度を上げていく。


(無理だよ。ボクは離さないからね。)


 状況が有利な方に変化したことが美咲の心にわずかな隙を生んだ。そしてその隙に夢魔の反撃が重なった。

 夢魔の背中の羽毛がいきなり逆立つ。それが至近距離で発射された。ブレイカーマシンの装甲に何本も突き刺さる。さっきまでの攻撃に使っていた羽根とは違い爆発しないものの、その衝撃はフラッシュブレイカーを振り落とすのに十分であった。


「うわぁぁぁぁぁっ!」


 この高さから落ちたら無事ではすまないだろう。しかし美咲の悲鳴は誰の耳にも届かない。

 たった一人を除いては。



『うわぁぁぁぁぁっ!』


「聞こえたっ! つかまえたぞっ!」


 ウルフブレイカーの中で気を研ぎ澄ましていた隼人が目を開いた。


「田島! スターブレイカーとやらは直ったのか!」


『いえ、もう少し時間を!』


(時間がねえ…… 他に使えるものは……

 そうだ!)


 刹那の時間で考えをまとめると、空間を越えて聞こえて来た少女の声に精神を集中させる。

 目では見えないが、心にだけ夢幻界に開いた穴が見える。そちらに向けドリームティアのついた腕を伸ばし、叫んだ。


「コメットフライヤー、リアライズッ!」


 人間形態のウルフブレイカーも同じポーズをとるとその前の空間がユラリ揺らめいた。その揺らぎの中から白い光が飛び出した。それは決まった形を持たぬまま、夢幻界の空を突き進む。


「行っけぇぇぇぇっ!」



「若…… 早くお戻り下さいませ……」


 老人が空間に開いた光る穴の前でたたずんでいる。顔には表情が浮かんでいないが、声には焦燥が混じっている。


「奴らも夢幻界に降りてきており……

 むぅっ!」


 老人のすぐ横を白い閃光が走った。光は空間の穴を通り抜けようとする。


「いかん! はぁっ!」


 老人が気合いの声をあげると、穴を塞ぐように障壁が現れる。光の勢いは強く、この障壁もいつまで保つか見当もつかない。


「若! 奴らの援軍ですぞ! 爺の力では防ぐことはできませぬ! なにとぞ……!」


『いかせてやれ。』


「な、何ですと!」


 返ってきた声には何かを期待するような響きが感じられる。


『このままでは面白くない。早くしろ。』


「は、はあ。」


 老人が紡ぎだした不可視の力を消す。抵抗するものを失った光は、空間の穴を通り現実世界へと跳んでいった。



(このままでは間に合わない…… か。)


 宙に同色のマントを身につけた黒衣の男が浮かんでいる。彼の目の前には夢魔と落下していく白いブレイカーマシンの姿が見える。


「しかたない……」


 マントの間から左腕を出すと、手の甲を上にしてまっすぐ正面にのばす。その手首には腕輪がはめられてある。その中央ではドリームティアに酷似した水晶が光っている。しかし色は漆黒。


「来たれっ……! いや、待て、」


 影の色のクリスタルが光を放とうとした瞬間、黒衣の若者の横をまばゆい光が通り過ぎた。それを見ると、男は嬉しそうに腕を元の位置に戻す。


「さて、これからどう動いてくれるのだ、フラッシュブレイカー……」



(このままじゃあ……!)


 落下するフラッシュブレイカー。地面まではもう距離がない。ひとしきり悲鳴をあげると、次には生き残る方法を模索する。


(片腕一本犠牲にすれば機体は保つかな。)


 それくらいの計算をしなければならないほどの高度がある。


「! 何か来る?」


 白い光が美咲目掛けて空を走る。

 それはフラッシュブレイカーの下に集まると実体化する。大きな翼、二つのローター、スターローダー用飛行ユニット、コメットフライヤーがフラッシュブレイカーを受け止めた。ツインローターが回転し、下部バーニアが火を噴くと落下速度がだんだんゆっくりになる。


「ふえ?」


 どうやら助かったらしいことは理解できたが、何が起きたかにまでは頭が回らない。コメットフライヤーがバーニアを一度大きくふかすと、落下速度がゼロになりその場でホバリングをする。その際の小さなショックが美咲を正気づかせた。


「えぇ~と、これぇ…… 確か……」


 一回しか、それもすぐに使うのを止めたせいでほとんど印象にないが、それでも空を飛ぶ為のマシンであることは用意に想像がつく。

 どうやら上空の夢魔はブレイカーマシンにダメージを与えられなかったことを知って、再び羽根をとばして攻撃してくる。


「当たらないよ!」


 コメットフライヤーが自分の思い通りに動くかどうかは考えてなかった。ごく自然に動くことを考えただけで、白い翼は美咲の思うがままに空を翔る。


「よ~し、今度はこっちから行くよっ!」


 フラッシュブレイカーを乗せたコメットフライヤーが夢魔に迫った。



「プログラムナンバー008、フラッシュブレイカー搭載モード…… と。こういう使い方も想定しておいて正解でした。」


「……それはいいのですが、スターローダーの修理は……」


「ええ、後は制御システムだけなのですが、これが厄介でして、何せ精密な部分ですから予想以上に修復に時間がかかります。せめて予備の部品みたいなものがあればすぐなんですが……」


 その会話を聞いていたのか、麗華からの通信が夢幻界から流れてくる。


『謙治?』


「どうかしましたか?」


『今の話聞いていたんだけど…… 予備の部品があればいいのよね。』


「そうですが…… 飽くまでもコンピュータ上のデータですから、そういうものが存在するわけではありません。」


『あるわよ、たぶん。』


 麗華の言葉に謙治は眼鏡の奥の目を丸くする。


『後は本人が承諾するかどうかだけなんだけど……』


《何を仰いますか、麗華様。》


「カイザー…… そうか! カイザージェットの基礎部分はスターローダーをコピーしたものです。それを使えば……

 いや、待って下さい。そんなことしたらカイザー、あなたは動けなくなる…… それどころかっ! 一歩間違えたら二度と……」


《私のことより、美咲様を手助けすることが先決でございます。》


 謙治の物言いとカイザーの覚悟を決めたような口調に言い出しっぺの麗華も口ごもる。


『待ってよ謙治。そんなに危険なの?』


「ええ。だいたいカイザーがカイザージェットに入り込んでいること自体、原理もよく分かっておりません。一度でも接続を切ればカイザーが戻れるかどうか、確率を計算することすらできません。」


『それって……』


《麗華様、私の計算ではフラッシュブレイカーで勝てる可能性は低いと言わざろうえません。しかしスターローダーさえあれば勝てます。今のままでは美咲様を失ってしまうことになりますが、私は戻れる可能性がございます。どうか麗華様、ご理解下さい。》


『分かったわ…… 謙治、お願い。急いでやってちょうだい。』



「まずいよぉ…… なんか…… 目がかすんできた……」


 こちらも空を飛べるようになったので一方的な展開にはならなかったが、コメットフライヤーの武装はスターローダーと合体しないと使えないので、攻撃力不足のままズルズル時間だけが過ぎていく。

 精神的疲労だけでなく、肉体的にも大分疲労してきている。あたりも騒がしくなってきた。たくさんの航空機が空に見え、車も何台も近くにいるのが感じられる。


「早くしないと……」


 焦りと疲労がつのるばかり。不意にまたさっきのめまいがきて、美咲はコメットフライヤーの上でバランスを崩す。そのすぐわきを夢魔の羽根が通り過ぎた。眼下で爆発の花が咲く。

 疲労のために集中力も落ちている。今も偶然よろけていなければ直撃を喰らっていただろう。


(負けるかもしれない……)


 そんな美咲の弱気を鋭い電子音が切り裂いた。外部――小鳥遊研究所からの通信が入ったのだ。


『美咲さん! お待たせして申し訳ありません。やっと準備ができました。スターローダーをんで下さい!』


「無理だよ…… もうそんなに元気がないよぉ……」


『我々を信じて下さい。修理も完璧です。大丈夫、必ず喚べます。』


「……うん。分かった。やるよ!」


 小鳥遊の言葉が美咲の心に失われた力をよみがえらせる。フラッシュブレイカーがスックと立ち上がった。軽く上を見上げる。その動きには何の迷いもない。その額から天を貫くように一筋の光があふれ出た。

 美咲の声が響く。


「スターローダー!」



 一瞬のタイムラグがあったものの、美咲の呼びかけに空の一部分が丸く輝く。そこから光の道が現れた。


「来たっ!」


 喜色満面の声を出すと、コメットフライヤーをそちらに向ける。美咲を追うように夢魔が背後に迫る。


「邪魔はさせないよ!」


 後ろを振り向くと、身体の前で両腕を交差し、振り下ろす。


「イルミネーション・ブレイクッ!」


 フラッシュブレイカーから光の三角形が放たれた。夢魔が直前で身をかわす。完全には避けきれず右翼の根本を破壊され、揚力を失った夢魔が落下する。

 それと同時に美咲を脱力感が襲うが、それ以上の別の力が身体の内から沸き上がってくる。再び美咲の声が夜空に響く。


「スターライト・イルミネーション!」


 フラッシュブレイカーが空中で手足を折り畳む。スターローダーも光の道の上で変形を開始する。白銀の巨人となったスターローダーの空いた胸部にフラッシュブレイカーが、背部にコメットフライヤーが合体する。

 巨大ロボットが空中でポーズをとった。


「流星合体、スターブレイカーッ!」


 空の一点で静止したまま眼下の夢魔に向かって構える。夢魔は傷ついた翼を再生させて再び飛び上がろうとしている。そこへまた小鳥遊からの通信が入った。


『美咲さん! 状況が若干変わりました。あと三十秒で夢魔を仕留めて下さい。それ以上は…… 隼人君の精神がちません。』


「隼人くんが…… 分かった。三十秒だね、やってみるよ。

 スピンカッターッ!」


 背部のコメットフライヤーのローターを二つとも外すと夢魔に投げつける。その縁に鋭い刃が現れるとわずかに浮き上がった夢魔を切り裂く。翼を失って夢魔がまた落下した。


(後二十秒!)


 スターローダーは一気に高度を上げると空中で静止し、両腕から二本の剣を引き抜く。それを柄で組み合わせて両刃の武器にした。両の刃先に燐光が灯る。ゆっくりとそれを回すと光の円を描く。剣を分離させ、それぞれを三度振るう。円の中に六本の直線を描く。

 その光の六芒星ヘキサグラムを両腕の前に保持したままスターブレイカーが急降下する。


(十、九、八……)


「空に眠る星影のひとかけら。今こそ戒めより解き放たれ我が元へ!」


 六芒星の光が強くなる。円の表面が水銀のように揺らめき輝くと、その奥から星くずが召喚された。


(間に合えっ!)


「スターダスト・シューティング・ブレイクッ!」


 まだ地面で暴れている夢魔が無数の光弾に貫かれる。力尽き、動きを止めた夢魔が光とともに消滅した。


(三、二、一……)


 地面スレスレで逆噴射をかけると、体勢を低くしたスターブレイカーがゆっくりと着陸する。


(ゼロ!)


 スターローダーとコメットフライヤーが夢の世界に戻っていく。宙に放り出されたフラッシュブレイカーがバランスを崩しつつもなんとか着地する。

 次の瞬間、たまっていた疲労が一気に美咲にのしかかってきて、ブレイカーマシンの維持すらできなくなってしまう。かき消すように白いロボットが消失し、寸前で機体から離れた美咲が背中から地面に落ちる。それほどの高さでなかったので痛みもダメージも大したことはない。しかし……


「ほえぇ?」


 どうやら現実世界でのリアライズは肉体的な疲労も起こさせるようだ。激しく運動した後のように身体が動こうとしない。おそらく翌日は筋肉痛に悩まされるだろう。


「う、動けない……」


 夢魔もブレイカーマシンもいなくなって、遠巻きに見ていた観衆や上空のヘリなどがおそるおそる近づいてくる。暗いからまだ発見されないだろうが、ロクに身動きがとれない以上、見つかるのも時間の問題である。


(マ、マズイかも……)


 さすがの美咲もことの重要さが身にしみてくる。ノロノロと亀のように遅い動きでどうにかこの場から離れようとするが、身体がいうことをきかない。


(ふえぇぇぇん、誰か助けてぇ。)


 内心の声が届いたのか、遠くからエンジンの音を響かせて車がやってくる。その黒塗りのリムジンはフェンスを突き破り、夢魔との戦闘でガタガタになった校庭をまっすぐ美咲目掛けて走ってくる。少女のそばで急停止すると、中から見知った二人が飛び出した。


「謙治、あんたは足の方を持って!」


「分かりました。」


 麗華と謙治が動けない美咲を荷物のようにリムジンに放り込む。


「急いで出して!」


「かしこまりました。」


 運転手が麗華の言葉に恭しく返事をすると校庭を突っ切るようにリムジンを走らせた。しばらく、いるかいないか分からない追っ手を振りきるようにとばしていたが、パトカーのサイレンもヘリのライトも見えないことを確認してスピードを落とさせる。


「研究所までお願い。」


 麗華が疲れたように言うと、リムジンが進路を変える。そのときになって事態の急展開についていけなかった美咲がやっとのことで口を開く。


「ええ…… と?」


「あ、橘さん、お疲れさまです。」


「頑張ったわね、美咲。」


 二人からねぎらいの言葉がかけられる。麗華に膝枕してもらっている美咲が身体を起こそうとするが、麗華が優しく肩をおさえた。


「いいから寝てなさい。」


「ねえ、隼人くんは?」


「あんたと同じ。研究所でヘロヘロになっているわよ。」


「大丈夫なの?」


 美咲の心配そうな声に麗華が苦笑を浮かべる。


「二人揃って同じこと言うのね。大丈夫よ、あんたの心配してたくらいだから。」


「そ、良かった……」


「何にしても街に大した被害が無くて……

 ちょっと、美咲?」


 呼びかけても返事がない。疲れ切った少女はすでに眠りの世界に入っていた。

 何か言いかける謙治を手で制すると眠る美咲の髪をそっと撫でる。その寝顔はさっきまで夢魔と戦っていたとは思えないほど安らかであった。


(長い夜が終わったわね。)


 麗華は一人呟いた。



 ガクッ。

 うつらうつらの最中に頭が落ちかけて一瞬で覚醒する。強烈な敵が隼人に襲いかかるが、鋼のような精神力ではねつけようとする。しかし度重なる疲労のせいでジリジリとおされていく。


「一般論ですがね、隼人君。睡眠を我慢するのは身体に負担がかかりますよ。」


「そんなこと分かっている。」


 不満そうな声でうなるが、その間も眠気を払おうと頭をブルブル振る。


「これまた一般論ですがね。麗華さんから美咲さんの無事を聞いたのですから、隼人君の心配事はないのではないですか?」


「それも分かっている。

 だがな、どうしても自分の目で確認しないと心底安心できねえ。それだけだ。」


 疲労で倒れそうになりながらも隼人は待っていた。結局、スターローダーを実体化した時点で精神力不足でウルフブレイカーが消滅。で、本来ならコメットフライヤーとスターローダーの維持すら不可能なはずなのだが、根性で一分近く保たせたとなると専門家の小鳥遊でも予想以上の出来事だった。


(想いのなせる技、なんでしょうねえ。)


 そんなことを考えていると不意に隼人が顔を上げた。遅れて小鳥遊の耳にも二人分の話し声と足音が聞こえてくる。


「ふぅ。寝てる子って意外と重いわねえ。」


「代わりますか?」


「いや、いいわ。どうせすぐそこだし。」


 麗華が美咲を背負い、謙治を連れて地下に降りてくる。半分腰を浮かせた隼人は、麗華の背中の少女の姿を認めると小さく安堵の息をつく。そしていきなり糸を切られた操り人形のように前に倒れた。

 バターンという音に意識がある三人、つまり麗華に謙治に小鳥遊が振り返る。隼人がうつ伏せに倒れていてピクリとも動かない。


「……大神君、どうしたのですか?」


 唐突なことでどう行動したらいいのか分からずに謙治は小鳥遊に救いを求めるような目を向ける。少し考えると、困ったように頬をかきながら口を開く。


「まあ…… 一人の少年のプライドと意地が具現化した、というところでしょうか。私も君たちには色々教えられます。」


「?」


「とりあえず手を貸してもらえますか。正しい姿勢と寝具が十分な睡眠に必要なものですので。」


 言いながら隼人を寝台の方に持ち上げようとする。慌てて謙治もその手伝いをするために駆け寄る。大柄な隼人を二人がかりでなんとか横たえると、その間に美咲をリビングに寝かしつけてきた麗華がお盆にコーヒーをのせて下りてくる。


「あの二人ほどじゃないけど、色々あって疲れたわ。」


「そうですね……

 それより今夜の成果ですが、美咲さんと隼人君のおかげでドリームフィールドシステムの効率を上げることが出来ました。

 あと、カイザーのことですが……」


 言いづらいのか、隣の謙治に視線を向ける。謙治も口ごもりそうになるが、自分の方が専門のため、渋々という感じに口を開く。


「カイザージェットの機能停止により、カイザーの意識というべきものが夢幻界へと霧散していました。『彼』からメッセージを受け取っています。」


 手近の端末を操作すると、いつもの礼儀正しいカイザーの声が聞こえてきた。


《麗華様、しばしのお別れであります。しかし、お困りの際はいつでもお呼び下さい。事象平原の彼方からでも馳せ参じますので。》


「そう……」


 軽く目を伏せ応える麗華。何となく心配そうに見つめる視線を感じて麗華は小さく首を振る。


「帰ってくる、って言ったんだから無事なのよ。私は信じているわ。」


 しんみりとした空気の中でコーヒーをすする音のみがわずかに聞こえる。不意に気づいたように小鳥遊が顔を上げた。


「ああ…… もうすぐ五時ですね。」


「えっ?」


 麗華と謙治が自分の時計に目を落とす。信じられないような物を見た顔をすると、二人揃って階段を駆け上がる。リビングに入り、美咲が寝ていることに気づいて別の部屋に駆け込み、カーテンを思い切り開いた。

 東の空が白々と明るくなって来ている。


(どーするのよ。今日も学校あるのよ。)


(そんなこと言われましても、僕だって同じですよ!)


 寝ている少女を起こさないように小声で怒鳴りあうが、どちらともなく力が抜けたようにその場に座り込む。


「数時間でも眠らないよりはマシよね。」


「そうですね……」


 ノロノロと眠る場所を求めるために麗華と謙治が立ち上がった。

 こうして小鳥遊研究所の本当に長い夜が終わったのであった。



「戻ったぞ。」


「若、あまり爺を心配させないでもらえますかな。」


「……向こうの世界はなかなかに面白い。」


「若……」


「それにそろそろ奴らにも強敵、というものを見せてやらないとな。」


「くれぐれもご自愛下さいませ。」


「ああ、分かっている、分かっているとも……」


 黒衣の男は「奴ら」との戦いのことを考えるだけで自分でも気づかぬ内に口元に笑みが浮かぶのであった。

 彼らにとっても一つの夜が終わる。




次回予告


小鳥遊「美咲さんも隼人君も昨晩の戦闘でボロボロです。まあ、臨時休校になったからまだマシですが。こんな時に夢魔が現れでもしたら大変です。

 おや、あの黒いマシンは……? 信じられないことですが、ブレイカーマシンと全く同じ反応です。しかも全くのオリジナル。麗華さん、謙治君、もしあれが味方でなければ…… 我々にとって最強の敵です。


 夢の勇者ナイトブレイカー第十六話

『第五のブレイカーマシン』


 良い子のみんな、夜更かしはいけないぞ。」 

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