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Beyond Good and Evil

 六月十一日。

 腐って蠅にたかられる前に風呂の恩恵に浴することができた。

 太陽が落ちるまで夢の世界に沈み、起きて着替えるのも筋肉痛で辛かった。

 しばらくの間、樹海は見たくなかった。


 師匠から何度も言われた。

 Candy popは超能力――おそらくアイギスと呼ばれるもの、九十九式は咒術おこない、二つの道程を持つ能力が殺し合うのを避けるため、九十九式の最低限の能力である『極反応』というのを会得した。極めれば銃弾を斬ることもできるが、志木は初歩的な不意打ちに反応するまでしか会得できなくて情けなかった。

 師匠でも最初は能力が相克して大変だったと言っていたので、初歩で十分と諭された。


 それに――。


 この一週間、師匠は仕事終わりに今日の成果を見にきて苦笑いをしながら、

「まあ、人には不向きなものもあるからさ」と言って慰めてくれた。

 今までで一番覚えが悪い弟子のようだった。


 だが、一週間の努力は結実した。


 一週間部屋に置きっぱなしだった携帯電話が鳴った。

「どこでなにしてたの?」

 携帯電話からナナミの声がした。目覚ましだと思って出たから、びっくりして言葉が出なかった。

「樹海で猫と……」

 志木の頭の中に、悪夢の一週間が去来した。

 夕霧と馬鹿になるまで鍛えあったのを思い出した。


 しばらくの――。

「本当?」

「うん、本当。というか、どうしてここにいるの分かったの?」

「外にいるから」

 志木が寝室の窓を開けると、ナナミが道路で手を振った。帰った時にカーテンを開けておいたので、帰宅に気付いたようだ。


 玄関の扉を開けると、ナナミが抱きついてきた。

「もう逃がさないぞ」

 胸の感触と鹿のようにしなやかな肉体が触れるのが恥ずかしかった。


「離せ。暑苦しい」

「嫌だよ。放っておくと勝手にどっかへ行っちゃうじゃん。この前だって一か月行方不明だったし」


 現実世界のきいなは志木が精神病院に入院しているのを知っていた。

 架空世界のナナミが知らないのは、いったいどういう意味なんだろうか。


 異変は突然起きた。

「ひ」

 風呂の天井を伝う水滴が落ちたようなかすかな音が鳴った。

「ひ」

 志木は辺りを見渡しながら、ナナミの抱擁を振りほどいた。


「そんな邪険にしなくても」

「しっ、少し静かに」

 志木の九十九式が警鐘を鳴らしている。


「ひ」

 声のするほうに振り向くと、礫が左目めがけて飛んできた。

 絶技九十九式の極反応が、礫を片手で受け止めた。


 礫が飛んできた方向へ礫を投げ返すと、悲鳴があがった。


 それは、醜かった。

 腹は膨らみ、毛髪は乱れ、眼から正気が失せている。

 両目の上から角が伸びて、大きなできもののように禍々しかった。

 なによりも不気味だったのが口から火を吐き赤々としていることだった。


「ヒッ……」

 それは涎を垂らし、舌なめずりをしながら走ってきた。


 ナナミに向かってきたそれを、九十九式の極反応が逃さなかった。

 ぐにゃりとした感触が脚に残った。

 気付いた頃には蹴りをしていた。

 それは路面に転がりのた打ち回る。


「なんだこれは……」

 鬼なのはなんとなくわかったが、

 夕霧や葵などの猫又と比べて、

 悪が表出しているのが恐ろしかった。


「きゃあ!」

 ナナミが叫んで抱き着いてきた。

 それは後ろにもいた。

 今度は五人だ。


 それぞれ飛びかかってきたが、遅い。

 九十九式が踊りをするようにすべて避けて、掌底と肘をつかって叩き伏せた。

 身体の固い部分で殴っていても、殴った衝撃で痛かった。


 それらは腹を押さえて苦しんでいる。

「ナナミ、走れ。真っ直ぐに振り返るな」

「でも」

「いいから、怪我をさせたくないんだ」

 本当なら怪我どころで済まないかもしれない。


「うん。わかった。警察呼んでくるから待っていて」

 走り出すと速い、さすがの陸上部だ。


 武器がほしくて、すぐに思いついたのが包丁だった。

 玄関の扉をあけて、閉めたが、それが間に挟まりながらも追ってきた。

 扉を蹴りつけると悲鳴を上げ、口の中から火花が飛び散った。


 扉にさらに圧力が加わった。

 残りのそれが体当たりしているのだろう。

 扉の攻防を諦めて、廊下を走って、消火器を掴んだ。


 振り返ると、扉をあけて五人のそれが向かってきた。

 消火器のピンを外し、それへ目掛けて発射した。

 視界が真っ白になり、苦痛の声をそれは出していた。


 白い煙が視界をゼロにしたため、中身のなくなった消火器を手に持ちながら台所へ向かった。

 扉を開けて台所に出ると、空気の流れを感じ取ったそれの足音が響いた。

 包丁を捜し、みつけて構えると、すぐ後ろに迫っていた。


 獣の臭いと、目に留まらぬ速さで台所跳ね回り、隣の居間に移って、庭の扉が粉砕した。

 それは足蹴にされていた。

「まったく、こんなやつらが出てくるなんて、この世もすえだよ」

 人型に変身した夕霧が腕を組んで笑っていた。


「助かった。ありがとう、夕霧」

 夕霧と過ごした樹海の一週間でだいぶ親しくなっていた。

「感謝するのは早いよ」

「どういうこと」俺は庭へ飛び降りた。いま気づいたが、家の中で土足だった。


「こいつらは無財餓鬼の炬口鬼こくきだよ。一切の食事ができない可哀想なやつらだ。だけど、こいつらが普通に歩き回るなんてまず無いよ。おめでとうございます、志木は鬼族の誰かにロックオンされたみたいだよ」

「それって」

「ひめぐらいのやつかもしれない。架空世界の違和感に気付いたんだね」


 俺、終了のお知らせ。


「炬口鬼に苦戦するようなら、この先荷が重いよね。と言うわけで、僕が志木の護衛をすることにしたんだけど」

「したんだけど?」

「僕が勝手に決めた。いいでしょ?」

 師匠の許可えてないのかよ。


「別にいいけど」

 実際、こんなのがいっぱい来たら身が持たない。

「決まり! わぁい、面白いことがいっぱい起きそう」

 目も眩むほどの美少年がぴょんぴょんと跳ね回り、何度か炬口鬼を踏んだ。


「さて、こいつらどうしようかな」

「殺すのか?」

「……ひめなら九十九式の縁切りをつかって浄化するんだけどね」


「縁切りって……」

「九十九式の技の一つだよ。縁を切ることによって解放させてあげるんだよ。この場合だと、飢餓感だね。しかるべくしてこの姿になっているからよくないけど、これも何かの縁だからって、ひめは縁切りをするんだよね」くすくすと夕霧は笑った。

「俺には」

「できないよ。しかたないか、食っちゃお。久しぶりのなま肉だぁ」


 耳を疑った次の瞬間に、吐き気を催す光景が目の前で繰り広げられた。

 猫又の姿に戻った夕霧は炬口鬼を一飲みにしてうまそうにげっぷをした。

 それを五回続けて行った。


 俺は誤解していた。

 綺麗な姿をしているから善ではない、猫又も裏の世界の住人なのだ。


「ああ、不味かった。でも、五人も食うと力が溜まるなぁ」

 無邪気に夕霧は微笑んだ。

「僕が怖い?」

「ああ、怖い」

「それが普通の反応だね。その感覚大事にしたほうがいいよ」


 パトカーのサイレンが遠くから聞こえる。

 逃げたナナミが読んだのだろう。

 庭の惨状と、家の惨状をみて、どういった言い訳が通用するか見当がつかなかった。

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