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Let's practice

 六月三日。

 朝が来ても、架空世界は覚めることが無い。布団に染みついた二人の香り、音を立てて開く扉、湿度の高い廊下、冷め切ったキッチンはいつもと同じ通りだった。

 冷蔵庫を開け、白菜、長ネギ、ベーコン、生卵二つを取り、棚から乾燥ワカメを取った。白菜を洗い、千切りにして、皿に盛り付け、細く切って炒めたベーコンをその上に乗せた。乾燥ワカメをお湯で戻して、白菜の脇に盛りつけてサラダの完成。

 生卵は油を塗った小皿をレンジでチンして目玉焼きにして、長ネギは納豆に入れた。炊飯ジャーから熱々のご飯を茶碗によそうと、おばさんが目を覚ましてきた。


「おはよう」

 おばさんは髪の毛をプリンにして、枝毛だらけのボブカットだった。ワンピース姿の短パンで肌の露出は多いが、モテないオーラが後光のように差していた。いちばん近い人だからだろうか、おばさんは現実世界とはずいぶん違うようだった。

「あれ、朝食作ったの? 珍しいこともあるわね」

 志木は言葉に詰まった。現実世界では、日常だったからだ。

「たまには、楽させたいと思ってね」


「どうしたの? いつもと様子が違うけど?」

「たまには、親孝行をね」

「月並みな台詞だけど嬉しいわ」

 おばさんはずぼらな姿に似合わない笑顔を向けた。


 志木が家を出ると、たまたまきいなに出会った。

 ちらっと顔を見ると、そのまま真っ直ぐ歩き出した。

「おい、きいな」

 周りの視線が集まり、きいなが体をびくっと動かして、振り向いた。

「おはよう。無視するなよ」

「お、おはよう」

 きいなはぎこちなく言った。


「大丈夫? 私と話して」

「どうして」

「だって、志木が言ったんだよ。彼女でもないのに、親しげに話しかけんなって」

「いつ?」

「志木がナナミちゃんと付き合い始めてからだよ」


 この世界の俺も酷いことをするもんだ。

「ごめんな。あの時は、彼女が出来たばっかりで疑い掛けたくなかったんだよ」

「そうなの」きいなの顔に明るさがさした。「だったら、毎朝一緒に学校へ行ってもいい?」

「話しながら歩いたほうが楽しいだろ」

「そうだね。うん! 一緒に登校するのは中学校以来だね!」

 きいなは随分と嬉しそうにはしゃいだ。


 学校にいる間――志木は仮に殺したヒビキの事を聞いた。

 ヒビキの中学校の同級生を探し当て、消息を聞いてみたら、交通事故で死んでしまったようだ。運転手は飲酒運転で捕まり、ヒビキの家族は喪失の苦しみで別の街へ引っ越した。志木のキャンディ・ポップはいろんな人生を狂わした。


「だから、どうしたの?」昼子は外部に開放されている小学校の体育館で、夕霧と一緒にバスケットボールをして遊んでいた。志木も含めて三人以外は誰もいなかった。

「わかりきっていたことでしょ。ばかねぇ」 昼子は言葉とは裏腹に優しい表情をしていた。

「ばかねぇ」夕霧は昼子の真似をした。

「ですが、こんなに変わるとは思っていなくて」

 昼子は志木の元に瞬く間に駆け寄り、ポンと頭に手を乗せた。

「ふふっ、可愛いわねぇ。覚えたての罪悪感ってやつね」

 志木の顔が真っ赤になった。

「下ネタですか?」

「いいえ、大人の意見です」


 昼子はくすくす笑いながら、バスケットボールを志木にパスした。

 志木はぱっと受け取った。

「いま、どうやって取った?」

「えっ、来たからとっただけです」

「無意識に取ったのね。合格だわ」

「どういうことですか?」

「志木に私の九十九式を教えてあげるわ」

「つくもしき?」

「はんたーい」夕霧はぴょんぴょんと跳ね回り、志木に飛び蹴りした。

「なにすんじゃ!」

「ひめ、駄目だよ」夕霧は昼子に飛びつき、首に腕を回した。「ひめの九十九式は文化遺産ものだよ、こんな貧相で、貧弱で、こんにゃくみたいな顔をしたやつに教えちゃダメ!」

 志木はボロボロに言われて、逆に爽快な気分になった。


「大丈夫。護衛の為だけだから」

 夕霧をなだめると、志木と面と向かった。

「九十九式とは、九十九パーセントを無意識に任せる技術のことを言うわ。私たちの間では、こうして喋っている私を仮面ペルソナ、無意識の私のことを髄主ずいしゅ」と言うわ。一つの肉体に二つの人格を閉じ込め、超高速の動きを実現させた咒術おこないを九十九式というの」

「咒術?」

「日本由来の魔法のことを咒術っていうわ」

「ひとくくりに魔法だとダメなんですか?」

「それはね。真理への接続の違いなの」

「はあ……」よくわからない。

「ここにリンゴがあります。咒術はリンゴを丸かじりします。魔法はリンゴを切ってから食べます。咒術と魔法を一緒に行ったらどうなる?」

「無理じゃないですか? 危ないですよね」

「つまりそういうことだ」

「はあ……」余計わからん。

「まあ、ゆくゆくわかるさ」


「さて、九十九式なんだけど、人格の分離にははいろんな方法があるけど、手っ取り早いのは伝家の宝刀の薬だ」昼子は白い粉を取り出した。「麻薬ではないよ」

「そうにしかみえません」

「いいから飲めい!」

 志木は口をこじ開けられ(抵抗したら顎が外れそうだった)、薬を飲み込んでしまうと、粉っぽくて咳き込んでしまった。


「くくくっ、これで後は鍛錬を積むだけだ。五体満足で帰れると思うなよ?」

「修行の様子は省略だー」夕霧がにたっと笑った。

「やめてえええええ!」


 一週間後――志木はボロボロになって実家の前で発見された。

 あーあ、追試サボっちゃった。

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