Nanami route
まだ真新しい制服を着て、気分を落ち着けてから学校へ向った。まずは担任に会い、家でのことを謝り、さんざん怒られてから開放された。追試の時期も決まったが、早急に行うため、土日二週間で、計四日で行うと言われた。
おばさんが帰るのを見送り、教室に行こうとするが、足が重かった。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
きいなは俺の気配をかぎつけて屋上に来た。気が重い――奇異な目に晒されることは、誰だって苦手に違いない。
「授業始まっちゃうよ」
そうだね。
「始まるぞー」
「パンツ見えているぞー」
きいなは両手で隠して、顔を真っ赤にして、僕の顔を叩いた。
「志木のエッチ!」
そうだね。
きいなはバタバタと音をたてて走っていった。
「おっ、有名人じゃん」
ぱん。音と同時に甘い香りが漂った。
きいなの豊満な体と違い、その女はスレンダーで怖いほど足が細かった。転べば、枯れ木のような音をたてて折れそうだ。
口を尖らせると、ピンク色のガム風船が膨らみ、パンと割れた。甘い香りが再び漂う。ガム風船の空気が、彼女の肺を通ったと考えると、少しエロティックな気分になった。
「ずっと家出していたんだろ? やるじゃん。どこ行っていたの?」
「別世界」
「……不思議ちゃん?」
「なんでそうなる」
「幽霊が見える子とかいるでしょ。そういう系?」
「ちげーよ。「幽霊見える私……注目されている」っていうアホの子じゃない!」
女はけらけら笑い、金髪に染めた髪を揺らした。
「覚えている? クラスメートのナナミよ」
「ごめん。覚えてない。志木だ」
「そうね。志木君がいるときは黒髪だったから」
手で払うと、密かに香水の匂いが漂った。
「なんで金髪にしたの?」
「彼氏がさ。ヤンキー系だから、彼女にもそうして欲しいってさ。おかげで両親には泣かれましたとさ」
「へえ、でも前がどうだったか覚えていないなぁ」
ナナミは携帯端末を取り出すと、昔の写真を見せてくれた。中学生の頃の写真で、他の友達と一緒に写っている。黒髪で平凡に見えるが、美しさは際立っていた。
「あー、なんとなく覚えているよ」
「そう? 今度からは覚えていてね」
ナナミは携帯端末を俺に向けた。
「番号交換しない?」
「彼氏いるんでしょ?」
「関係ないよ。そんなの」
いいのかなー。そんなに緩くて。
俺たちは番号を交換して、授業のチャイムがなっても話を続けた。他愛の無い話で、何を話したかさえも覚えていないが、面白かったのは覚えている。
「彼氏はどんなひとなの?」
「えーとね。これだ」
メールに添付されて、ナナミの彼氏の写真が送られた。中学生の頃の写真で、ナナミの軟らかさとは違い、いかつい印象の男だった。
「いかつー」
「でしょ。怖が……」
その後、何が起きたか分からなかった。気付いたら痛みが全身に走り、ナナミが大声を上げて、男を止めていた。さっき見た、彼氏だ。
「てめえ。人の女に何してやがる!」
頭を直接蹴られたようで、手で触ると痛みが走った。
「やめてよ! 大丈夫?」
「大丈夫じゃない。いてーよ。頭蹴りやがったな」
「ナナミ。浮気するのかテメエ!」
男が手を上げて、ナナミを殴ろうとした。
俺はやられたままでおとなしくする人間ではない、ふらふらになりながら立ち上がると、ナナミの彼氏に体当たりした。
「てめえ、この」
反撃もここまでだった。体を返されると、上に乗られ拳で何度も痛めつけられた。
「志木。どーしたの!」
「殴られた」
気付くと、きいなが俺の目の前にいた。
「立てん」
「酷い傷」
ゆっくりと体を起こすと、泣き声を聞こえた。
「あれは……ナナミちゃんだ。どうしたんだろ」
「俺が彼女と話していたら、ナナミの彼氏がいきなり襲ってきたんだ。酷い目にあったよ」
「ヒビキ君か。彼、すっごい悪だって噂だよ。ナナミちゃんも可哀想、別れたくても別れられないらしいよ」
「すっごい悪ね」きいなの喋り方がすこし可笑しかった。「気の小さい野郎って印象しかないけどな」
俺が保健室へ行こうとすると、きいなとナナミが一緒について来た。
「またベッドの上か」
「志木……しっ」きいなが唇の前で指を立てた。学校では入院したことは秘密にしている。
「ごめんね。志木君」ナナミが俯いていった。多分――泣いている。
「ナナミが謝ることじゃないさ」
それから授業のチャイムが鳴った。
ナナミは前の授業をさぼったが、今度はきいなと一緒に出て行った。
俺は携帯端末を取り、ナナミから送られた写真を見た。
ヒビキ――中学生の頃の写真があった。
「キャンディ・ポップ」手の平に玩具の銃が握られた。
この男なら、
殺しても、
後悔はしない。
方法があった。怒っていたこともあった。
俺はヒビキを殺して、架空世界へと飛びだった。
気付くと、俺の家――俺の部屋だった。
架空世界へ行けば、時系列は同じはずだから、学校をサボっていることになるのだろう。どういう理由か分からないが、俺は風邪でも引いたのかもしれない。
それは寒いからだった――体を起こして、自分の体を見ると裸だった。
「裸?」
扉が開かれた。おばさんは会社のはずだ。
「えっ?」
そこには黒髪で真っ裸のナナミがいた。
「お風呂、ありがとう。気持ちよかったよ」
真っ裸のまま、ベッドに座ると、綺麗な背中を俺に向けた。
「どうしたの? 志木も体を洗ったほうがいいよ?」
事後かー!
なんてこった。過去を少しだけ自由に変えられるが、まさかナナミを彼女にする世界になっているとは、しかも事後。
何故、事後。
「どうしたの。あれ? また元気に」
「ふろ入ってきまーす!」
俺は理性が飛ぶ前に、部屋から出て行った。
キャラクター紹介。
ナナミ:現実の世界では、入学当初から志木が気になっていたが、誘われるがままにヒビキの彼女となる。金髪なのは、ヒビキの影響であるが、架空世界では黒髪である。スレンダーな体で、所属部は陸上部の短距離、志木の影響で『サンド・ボーラー』という能力を操る。