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Once again

「そうだ……俺は架空世界で死んで……あまりにも痛くて」

 真紅の炎が瞼を炙るように蘇り、汗が全身を冷却させた。


「殺されたの?」

「いえ……その前に自殺しました。地獄の業火が俺の全身を覆って……」

「ふうん。ということは、PTSD《心的外傷》ね。志木は、予定通り自殺をしようとしたけど、その少し前に死に至るほどの怪我を負った。結果、現実世界で頭が狂った」

「……そういうことになりますね」


 師匠が天井を見上げ、美しい顎と喉仏を動かした。言葉を飲み込むようだった。

「私は死んだ?」

「見ていませんでした」

「ということは、どうやって大災厄が起きたのかも分からない?」

「はい――すみません」

 師匠は両目が細めて、俺の瞳を射抜く、独特の迫力があり、他人を怖じ気させるのに十分な眼力だ。

「仕方ないわね。でも、次は上手くやってよ」

「そうですね。一ヶ月を棒に振ったから頑張らないと

 俺は思わず手の力が篭ってしまった。

「あと、中間試験の追試もね」

「それは言わないでくださ……」


「ゴールデンウィークを棒に振った!」

 涙が出る……死にたい。

「そうね。でも、案外良かったかもよ」

 師匠はバナナの皮を半分まで剥くと、俺の口元まで持ってきてくれた。食べてみると熟していて、噛む前にどろっと崩れた。


「どういうことです?」

「私と会ったのが、ゴールデンウィーク前だったから良い嘘を思いついたのよ。志木は家出したってことになっているわ。不良がゴールデンウィークを使って家出をした……あってもおかしくないわ」

 師匠は俺が食ったバナナの半分を口に入れて、不味そうな顔をした。


「精神病院に入ったのを知られたら大変よ。まるで犯罪者を見るような眼をするからね」

「そんな、俺の友達はそんなことを」

「私は最愛の親友と殺しあったことがあるわ」師匠は溜息をついた。「状況が変われば、関係性は変わるわ。絶対的な物がないのは世界の必然ね」

 俺が黙ると、蛾が窓を叩いた。吸血鬼のような執拗なノックに誰も答えるものはいなかった。師匠が目線をそちらへ向けると、殺意に当てられて蛾はいなくなった。


「ただ、変わらないものも当然あるわ」

 師匠が後ろを向くと、廊下に続くと思われる扉から足音が響いた。

 きいなが扉を開けて、師匠と俺の顔を見つめた。


「きいな、久し振り。元気だった?」

 架空世界の記憶が無いが、半年振りのせいか懐かしいが、後悔の念が襲った。俺はきいなを仮とはいえ殺してしまったのだ。それは実現されていないとはいえ、殺人を思うことと同じだ。

「志木ぃ!」

 きいなが俺を見るなり、飛びついてきて豊満な胸に圧迫された。

「止めろ、きいな! くっつくな!」

「戻ったんだね。良かった。良かったよ!」

 きいなは眼に涙を溜めて、俺の頬に手を当てて、眼を真っ直ぐに見つめた。新しい制服はきいなの体に馴染み、少し見ない間に大人になってしまったように思えた。

 だが――そろそろ眼を見つめるのは止めて……。


「良かった」

「おい、待て」

 顔が近いって! 近い!

「おやおや、お熱いねえ。私は去るかい?」

「あっ、そういうつもりじゃ」

 だったら、どういうつもりだったんだよ。俺たちは幼馴染だぞ。

「だったら、どういうつもりだったのよ?」師匠が俺が思ったことと同じことを言った。「志木も意気地が無いなぁ。いまのタイミングはチューだぞ」

「え! あのっ! だからそういうつもりじゃないんです」

「どういうつもり?」

「えーそのー」きいなは顔を真っ赤にして、顔を髪で隠すように俯いた。

「まっ、それは置いておくけど」師匠は指をぱちんと鳴らす。「さっそく、ここを出る手続きをしよう。病院の方だってこの様子を見たら、すぐに退院を認めてくれるわよ」


 それから三日後に退院許可がおりて、おばさんが軽自動車で迎えに来てくれた。

「元気だった?」

「うん。ごめんね。おばさん」

 両親が死んでから、おばさんが親代わりだ。父親代わりでもなく、母親代わりでもなく、親代わりだ。言葉遊びのように聞こえるかもしれないが、そう言うことがおばさんに対する感謝の気持ちを表すような気がした。


「ショックだったわよ……でも、良かった。元通りだ」

 おばさんの髪は白髪染めを忘れていた。普段からきっちりする人だが、俺が入院したことで疲れが溜まったのかもしれない、重苦しいものが圧し掛かってきた。

 頬に軽くキスをされた。おばさんは海外で仕事をしていたときがあり、子供の時から頬にキスをする挨拶をしてきた。昔はそれが嬉しかったが、いまは恥ずかしかった。

「うん。戻ったよ」

「どうする。どこかでご飯を食べに行く?」

 おばさんはご飯を作るのが苦手だ。

「ううん。家で食べよう。久し振りにおばさんのご飯が食べたいよ」

 俺は本心からそれを言った。

キャラクター紹介。

きいな:志木の幼馴染。志木に密かに想いを寄せているが、志木以外にはバレバレである。豊満な体が邪魔をするのか、運動神経は悪く、頭もそれほど良くはない。

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