Candy Pop
私はおとなになって良くも悪くも変わったわ。たとえば……言葉にする前によく考えるようになったわ。意外と難しいわよ。考えれば考えるほど、人生はつまらなくなるからね。
「死んだ親父から連絡があった……か。それは、手紙?」
「違います。俺の――前までは親父の能力だったんですが、『Candy Pop』を使ってです」
「ふうん。能力を父親から受け継いだの」
私は珈琲を注文して(当然、お代は志木持ちだ)、目の前にあるステーキを噛み切りやすいように、ナイフとフォークを使って同じサイズに切った。
「はい。俺の能力は簡単に言うと……」
「待て。言うな」私の両目がきつくなり、志木の瞳を射抜いてしまった。ごめんね、志木、怖かったでしょ。私は年齢ほど老成していないから、とっさだとボロが出るのよ。「あのね、キミ……自分の能力を簡単に人に教えちゃ駄目だよ。特に、自分の力に自信が無い場合はね」
「はい、すみません」
「はい」私は気まずかったので、両手をぱちんと合わせた。「なら、こんどは考えてから言葉に出してね。言わなければいけないことと、秘密にしたいこと、きちんと整理整頓してから話をしましょうね」
「俺の親父は死ぬ前に、一週間前の俺に連絡をしてきました。電話でした。その時、久し振りに会ったから嬉しかったけど、本当にど肝を抜かれるようなことを言われまして」志木の眼は虚ろで、少しだけ赤くなっていた。「大晦日に、世界が滅亡すると」
「どうやって?」
「大災厄といわれるものでして、具体的にはどういうものか分かりません」
「聞かなかったの?」
「は……はい」
志木は失態を犯した表情を浮かべて、心の中で噛み締めているようだったね。
「……なら、お互いに気をつけましょう」
「えっ?」
「だって、どういうものが来るかわからないなら、対処のしようがないでしょ」
「方法はあります。でも、能力に関わるものなので……」
「ふうん。ならやればいいじゃない」
「ですが、俺には最低限身を守る術がないんです」
なるほど、それで誰かの弟子になって強くなりたいと――。いままでの話を聞いていると、裏の世界に知り合いはほとんどいなくて、たまたま出会った女が裏の世界の(元)住人だったというわけだ。
方法は分かるが、力がない。誰もがぶつかる問題だ。
「迷うな……」
志木は明るい顔になった。
「お願いします」
「キミ……。裏世界のことはどれだけ知っているの?」
「ほとんど知りません」
私は溜息をつきそうになったけど、何とか止めたよ。
「この街には法律はない――あるのは不文律の道徳よ。たとえば、意味もなく誰かを殺したら、当然制裁が行われるわ。ただ――それは誰がすると思う?」私は答えを聞かないで、先を進めた。「それはコミュニティよ。殺された人が属していたコミュニティが制裁を行う。ゲームとかだと、ギルドって言葉が近いわね。さて、キミが私の弟子になったらどうなるか……私の庇護に入るけど、何かがあったときに私しか守ってくれる人がいないわよ。これが、他の人の弟子になったら、人間関係は師匠の他に、師匠が入っているコミュニティにも属すことになるから、身の安全を守ることが出来るわ。私は引退しているからコミュニティに属していない、キミの安全を考えて師匠になるのを断っているの」
「はい、でも、俺には知り合いがいませんし」
「それは私が紹介してあげるわ。紹介するぐらいの人脈はあるからね」
「でも」
「そりゃあ、私は顔が良いからね。弟子になりたくなるのもわかるけど」
げっ、笑わないのかよ。本当の言い回しは、良いじゃなくて広いなんですよー。
「俺は両親が死んじゃって、寂しい思いをして生きてきました。だから……こう……わかるんです。悪い人とか。俺、今日初めて常盤木さんに会いましたが、なんとなく良い人だって思って」
なんとなくか……。
「分かるんです。善人は」
うっ……私の心が動いてしまった。
「……方法は?」
「はい?」
「どうやって対処するの?」
「えっ、でも」
「いいわよ。弟子にしてあげるわ。そんなにべた褒めされたら、受けないわけにはいかないでしょ。それに私は教師なの。子どもには弱いんだから。もー、せっかく引退したのに」
「あ、ありがとうございます。常盤木さん」
「いまから、師匠と呼びなさい」
「はい、師匠」
「で、対処方法は?」
「俺の能力は端的に言うと、予知能力です」
「へえ、良い能力ね」
「はい、さっきの銀行強盗には予知能力の応用で、不幸になる未来を弾丸としてつくり、相手に打ち込んで、幻視をさせました。ここで、ポイントなのは、俺に多少改変する自由があることです」
「改変……ってことは、実際の未来じゃない未来も見ることが出来るの?」
「はい、親父は架空世界っていっていましたが」
「ほうほう、あまり聞かない応用だね」
「で、対処方法ですが能力を使って架空世界へいき、その大災厄の原因を調査することです。ただし、架空世界へ行けるのは、撃たれた者一人だけなので、行くのは俺です」
「えーと、私は?」
せっかく師匠になったのに、私がいけないなら意味がないでしょ。
「大丈夫です。架空世界も現実世界に準拠するので、架空世界にも常盤木さんはいますから」
師匠って言えよ。
「実際の世界の破滅――つまり、大災厄が起きる前に、架空世界で原因を掴んで、さらにいっぱい修行を積めば対処できます」
「なるほど、それに原因が分かれば、私が大災厄を止めることが出来るかもしれないわね」
「そうですね。それなら楽でいいです」
志木は携帯電話を取り出して、幼馴染のきいなちゃんの子どもの頃の写真を出した。
「たとえば、この子をいないことにするとか――」
ん? いきなり物騒だな。
「今現在の時点から未来を帰るのもいいですが、そうなると広い視点から見ることは出来ません。だから、俺の身近な人物の存在を過去において消せば、まったく違う未来を見ることが出来ます。俺の人生において、この子がいないことは考えられませんし」
「過去改変をやってみたことは?」
「ありません。でも、架空世界で自殺すれば、いま――この時点に戻ることが出来るそうです。ただし、他人に殺されるのはまずいそうです。これは親父からの受け売りですが」
志木は苦しそうだった。
「いま、やってみます」
「……その子を仮に殺すのか?」
「はい。一度試しに、架空世界に行ってみたいと思っていたんです」
志木は『Candy pop』と呟き、手の平におもちゃの銃を出現させた。そして、携帯電話のきいなちゃんに銃口を突きつけた。
「常盤木さん、この後どうにかなるか分かりませんが、何かあったらお願いします」
「わかったわ」
志木は能力を使い、しばらくの間放心して……全身を震わせて倒れたわ。
†††
「そして、突然気が狂ったように叫びだして、あれから一ヶ月が経ちましたとさ」
「あれから一ヶ月。現在、五月二十八日十八時二十一分」
俺は愕然とした。一ヶ月無駄に浪費してしまったのだ。
「ついでにいうと、高校の中間試験も終わったみたいだよ。ご愁傷様」
俺は絶望した。