Game over
腕時計が十二月三十一日十五時十二分を告げている。
俺は木製の扉に体当たりして廊下に出て、階段へ向けて走った。
両腕の腱が切断されていたので、萎えた手の平からおもちゃの銃と『キャンディ・ポップ』が床に落ちて、後ろから追ってきた悪霊に砕かれた。
「武器も無く、悪霊に立ち向かえると思ったのか」
悪霊の声は、声がいくつも重なっているように聞こえた。その威力は強烈で、綺麗なハーモニーが窓ガラスを共振させて砕いた。
硝子が乱れ飛ぶなか、階段を昇りきり、屋上の扉を体当たりして開けた。
屋上は雨水が凍っていて、足をつけた途端に転んでしまった。
「憐れだな」悪霊は扉から屋上に出て、ふわりと宙に浮かび上がった。「はははっ……笑えるな」まったく面白そうではない、仕方なく笑ったようにつまらなそうだった。
「腐り果てた声だな。腐ったら、おとなしく土に帰るのが、自然の法則だぜ。知っているか? ほ・う・そ・く」俺は立ち上がった。「意味は次に会ったとき教えてやる!」
俺は逃げた。
「お前が『いま』死ぬのが自然の法則だろ」
「なら弟子を守るのは師匠の役目だね」
扉の中が光ると、屋上に雷のような光線が走り、屋上の際にあるフェンスまで吹き飛ばした。マフラーで口元を隠し、ブランド物のジーンズとくたびれたジャケットを着た女が、ポケットに手を突っ込んでいた。
「常盤木昼子だ。名刺いる?」
「女……誰だ?」
「いま、名乗ったっちゃ? 二回言わないと分からないの?」
師匠は油断すると、少し訛りが入る。
「昼子さん……」
「師匠と呼べ、志木」
少しいらっとしていた。
「はい、師匠……」俺は一呼吸した。「俺が自殺するまで抑えてください」
「はーあ、なるほど、まだ戦いは続いているのね」
「はい、そうです」
俺は師匠が壊したフェンスへ向けて走った。
後ろでは強レギオンと師匠が死線を交錯させている。
屋上の際で立ち止まると、数十メートル下に地面が広がっている。
やりかたは分かる。
やらなければいけないのも分かる。
「本当にこんなことしなければいけないのか」
不信が決断を曇らせた。
振り返ると、師匠は苦戦をしていないが――防戦だった。
人を殺せるのは人だ。悪魔を殺せるのは悪魔だ。神を殺せるのは神だ。
――だからというわけではなく、レギオンは不実体化が出来るので、攻撃できるまで守り一辺倒なだけだ。
「何をためらっている。早く死ねっちゃ」
「そうしたいのは、やまやまなんですが」
死ぬのは初めてなんで……。
「これ以上、抑えきれないぞ」
悪霊は師匠から逃げ出し、俺に向って飛んできた。
「お前は、私に殺されるべきだ」
「早く飛び降りろ。殺されたら絶対死だぞ!」
俺は唾を飲み、屋上から飛び降りた。
空と地面がひっくり返り、屋上から強レギオンが追ってくるのが見えた。
だが、突然、世界が真っ赤に染まった。
「これが大災厄……」
業火が痛覚の限界を超え、熱さで骨肉が悲鳴をあげ、魂まで焦げ付くようだった。
精神の限界をはるかに超えた、まさに地獄だった。
俺が幸運だったのは、焼け死ぬ前に自殺できたことだった。
眼を覚ました時、俺は精神病院に拘束されていた。
キャラクター紹介。
志木:父親より『過去改変想定能力』を受け継いだ。想定した過去を仮定することで、現実世界から架空世界へと旅立つことが出来る。現実→架空では時間のずれはないが、架空→現実の時は能力を使った時点まで戻る。