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『海王×海王妃(因縁編)④』

前半部分ですが、加筆修正しています。

「……」

「……」


 目覚めた時、頭が重たくて身体が熱くだるかった。


 完全に熱を出したと気付いた時、海王が額を私の額に合わせてくる。


「熱が上がったな」

「……早く寝たのに」


 早かろうが遅かろうが、元からの体調の悪さもあって、完全に体調を崩してしまった。


「いや、化粧で誤魔化せば何とか」

「凪国を舐めるな」


 そんな程度じゃバレる--と海王は身も蓋も無い事を言った。


「とにかく寝ろ」

「王妃として、それは」


 会議に出席せずとも、王妃としてやらなくてはならない仕事は沢山あるだろう。


「大勢の前で倒れられた方が大変だ」

「……」


 きっぱりと言い捨てられ、私は項垂れた。確かに、海王の言うとおりである。


「良い子にしていたら、ご褒美をやるから」


 まるで小さな子どもに言い聞かせるかの様な言葉に、私は頬を膨らませた。しかし、ある意味これはチャンスではないか?と囁くもう一神の私の声に耳を傾ける。


「ご褒美」

「ああ。何か欲しいものでもあるか?」

「涼雪様の写真」


 主に、熊狩り時の写真で。


「却下」

「なぜっ?!」

「涼雪は被写体禁止法の対象だからな」

「いや、何ですかそれは」


 被写体禁止法?

 その欲に塗れた法律は誰が作ったのか?たぶん、凪国宰相様を筆頭とした凪国上層部だろう。


「心が狭すぎだわ」

「大丈夫だ。海国にも同じ法律がある」

「あるのっ?!」

「素晴らしい法律はすぐに他国にも広まるからな」

「どこら辺が素晴らしいのっ?!」


 ロクデモナイ法律だ。

 いや、プライバシーとか、そういう写真とかをとられたくない相手を守るのには有効な法律だが、どうしてだろう?こうも欲望というか、色々な物が滲み出ている気がするのは。


「なら、何も欲しくないです」

「どうしてそうなる」


 涼雪様の写真が手に入らないなら--。


「凪国王宮の下女達や下級の者達にとって、涼雪様の絵姿を手に入れられるかどうかで立ち位置が変わってくるんですっ!」

「涼雪は凪国王妃かっ?!」


 涼雪様は宰相夫神であって、王妃では無い。


 それは海王も知っていると言うのに、彼は何を言っているのだろうか?


「海王、貴方ちょっと疲れているんじゃない? 仕事続きだし」

「仕事よりも疲れた」

「そうね。自国から遠く離れた場所に居るものね」


 すると、なんだかとっても微妙な顔をされた。何故だ?


「……」

「……」

「……」

「……海王?」

「カルア」

「はい?」

「カルアだ」


 カルア--うん、まあ、うん。


 海王の名を呼ぶことが許されているのは、本当に少ない。海国上層部も許されてはいるが、彼等はその名を呼ぼうとはしない。『後宮』の男妃達にはその名を明かされてすらいない。


 だから、呼べるのはもう私ぐらいだ。


「……カルア」


 そう呼ぶと、彼はとても嬉しそうな顔をした。


「もっと」

「もっとって……カルア」


 彼は私の手をそっと取ると、それを頬に当てる。驚くほどしっとりとした滑らかで艶と張りに満ちた肌は触れているだけでとても心地が良かった。極上の絹の様な手触りである。


「カルアは……」

「良いな、やっぱり」

「ん?」

「名前を呼ばれるの」


 そう言って笑った顔は、広い花畑の花が一気に満開になった様に艶やかで美しかった。けれど、何故か私には子どもみたいな笑みに見えた。


「……とりあえず、頑張って熱を下げるわ」

「ああ。最終日は宴もあるからな」


 お疲れ様会こと、海国の使者達の為に開かれる宴。そこには、凪国国王と王妹、そして上層部の方々の他、貴族達も出席すると言う。もちろん、全ての貴族が来るととんでもない数になるから、その中でも上位、または功績のある者達となるのだが。


「……」


 そこで、私は気付いてしまった。


 絶対に、彼等も来る--と。


 私の子を奪った男など、地位と身分だけはやたらと高い貴族に婿入りしている。今回の宴にだって参加する筈だ。


「……病欠するか?」

「--しない」


 一瞬心が迷ったが、それは最終手段--いや、禁じ手だ。そもそも、私がこの国に体調不良の身体を押して来たのは何故だ?海王を狙う女性達から庇う盾となる為だ。


 なのに、私が休めばこれ幸いと女性達は一気に攻め入ってくるだろう。宴なんて、結婚相手を見付ける『お見合いの場、又は親同士が勝手に縁組み決定の場』でもあるのだから。

 しかも一番近づけてはならないのが、あの男に関係する相手。あの男の妻の--。


 ダメだ。


 絶対にそれはだけはダメだ。


 相手--というか、相手の周囲が最悪過ぎる。


「カルア」

「ん?」

「わ、私、頑張って『動く肉盾』になるからっ」


 必死な顔で言い募れば、海王は美しい白い繊手(片手)で顔を覆った。


「……」

「カルア?」

「もっと他の言い方……いや、その前に俺は妻にそんな役目を与える男と思われているのか?」

「いや、私が此処に来た理由ってそれだし」


 海王が、両手で顔を覆った。





「海王陛下も苦労なされてますね」


 ふわりと微笑んだ笑顔に、私は思わず見とれてしまう。

 凪国宰相夫神--涼雪様。

 美女や美少女と言った感じではないが、涼やかな目鼻立ちの顔立ちは優しさを感じさせ、全身から滲み出る穏やかな雰囲気はとても温かかった。実際、その内面もとても優しくて穏やかで--慈愛と慈悲に満ちていた。


 だから、元から彼女に憧れる下女や下級の者達は多かったのだが。

 宰相夫神となった今も、相変わらず柔らかな立ち振る舞いと内面は変わらず、彼女を慕う者達は多かった。


 まあ、勿論宰相夫神であらせられる涼雪様に嫉妬し、愚かなことを考える者達も居るが、そういう輩はどこにでも居るものだ--沢山。


 実害が及ばない限りは、気にしないようにするのが利口である。


「どうしたの?」

「い、いえ、なんでもっ」


 ぼぅ~と考え込んだ私を心配した涼雪様が声を掛けて下さる。

 うん、そんなロクデモナイ神達の事なんて忘れよう--いや、今は考えるものか。


 というか、今の私はとても幸せだった。


 だって、涼雪様がここに居るのだから。


 そう--本来であれば、ここに居る筈の無い涼雪様。

 というのも、私にとって憧れでもある涼雪様が、何とも光栄な事に、私が熱を出した事を心配して、こうして見舞いにまで来てくれたのだ。


「はい、栄養満点の熊肉のスープよ」


 しかも、今朝狩りとったばかりの熊の肉まで持参してくれた。あと、熊の胆という超高級漢方だかも持ってきてくれた。


 海国から同行した女官が。


「熊っ!! 熊の胆?! あれ、もの凄く高いんですっ! しかも、五つもっ!」


 その総額を告げられて、ぶっ飛んだ。

 使って下さいと言われたが、そんな事は絶対に出来ない。


「熊の毛皮の方はまだ乾燥が完了していなくて」

「涼雪様……大変な毛皮造りまで私のために」


 思わず胸がキュンとした。

 流石は涼雪様。

 熊を狩る事では凪国では彼女の右に出る者は居ないだろう。


 以前、凪国国王陛下だって。


「熊を狩る腕に関しては、涼雪が一番ですね」


 と、言われていたし。


 あと、とても料理が上手だ。

 熊肉はきちんと処理しないととても獣臭いし固いが、これは良い匂いがして、しかもトロトロで美味しい。


「あと、熊の肉を食べると、夜の生活も頑張れるって言うから」

「そうなんですか~~……はい?」


 なんか今、穏やかでほんわかする憧れの相手からとんでもない発言が聞こえてきた気がした。


「食べて下さいね」

「え、いや、あの」

「食べて下さいね?」


 なんか無言の威圧というものを感じてしまった。そんな事がある筈が無いのに。


「あと、これは熊の血で作ったワインです」

「……」

「海王陛下に差し上げようとしたら、一度も視線を合わせて貰えず受け取りを拒否されたんです。ワインはお嫌いなんでしょうか?」

「……いえ、ワインは……」


 一応、酒類の類いは全て飲む海王。しかし、それだけは、それだけは--。


「ちょっと海王も体調が」

「まあ! それは気付きませんでした。では、蛇酒の方が良かったでしょうか?」


 それはそれで色々と--いや、その原料ももしかして涼雪様が集めたんですか?


「先日も、ついつい狩りに夢中で長く帰れずに居て--明睡様に泣かれてしまったんです」

「それは……大変でしたね」


 主に、凪国宰相様が。


 涼雪様にベタ惚れの宰相様。何故か一部を除くとそうは見えないらしいが--たぶん、やっかみとか嫉妬とかそういうもので--宰相様は深く涼雪様を愛されている。


「実は、今回もついさっき帰ってきて、そのまま紅玉さんの所に来させて頂いて」

「そうなんですか~~……へ?」


 今、なんて?


 あ、いやでも、そういえば涼雪様は私達海国の使者団を歓迎してくれた上層部皆様の所には居なかった気が。


 私の中で、「え? 夫君よりも先に私の所に来てくれたんですか?! 嬉しいですっ!」と感激するより「殺、殺られるっ! 絶対に殺られてしまうっ」という気持ちが強かった。


 感動感激よりも、命の危機が迫っていた。


「あ、あの」

「はい?」

「な、凪国宰相様の、所に」



 その時、近づいてくる足音に気付いた。


 遅かった--そう思ったのと同時に、部屋の扉がノックされた。


「申し訳ありません、王妃様。是非とも面会したいと言う方が」

「すぐに通して下さいっ」


 部屋を守る門番の戸惑った言葉にそう返す。その2秒後には、扉は開かれてかの神物が立っていた。


「まあっ! 明睡様、どうなされたんですか?」

「いや何、妻が海国王妃様を見舞うと言うから、それなら共に見舞いにと思ってきたんだ。男一神で見舞うといらぬ誤解を招きかねないからな」


 それなら、両国の監視役を置けば良いだけだが、凪国宰相様はにっこりと笑って妻の問いに答えていった。


 寒い、寒すぎます宰相様っ!


 熱が逆に吸い取られて凍死してしまいますっ!!


「海国王妃様、体調を崩されたと聞いて心配しておりました」

「ご、ご心配ありがとうございます--その、宰相夫神からも素晴らしい贈り物を頂きまして」

「贈り物?」


 私は見た、聞いた。


 笑顔だけど笑っていないその笑顔を。


 「俺ですら贈り物なんて滅多に貰ってないのに、かぁ?」という迫力のある声を、心の中で。


「それはそれは--他国の王妃様を少しでも慰めるものであれば宜しいのですが」


 して、何を?


 と、目で聞かれたので。


「素晴らしいスープを一杯」


 途中まで食べていたそれを差し出した。


「……」

「……」


 宰相様は、その中に入っていたのが熊の肉だと気付いた。


「あと、この素晴らしい漢方も」


 熊の胆の詰まった瓶にも気付いた。うん、こうして見ると、なかなかなグロテスクな贈り物だ。


「海国の財政の足しにさせて頂きます」

「うん、いや、うん--なるのか?」


 確かに、足しにはならないだろう。いくら海国が凪国に劣っているとはいえ、仮にも大国。熊の胆数個が足しになる様な財政や財力ではない筈だし。


「あの、宰相様」

「ん?」

「その、会議は」


 私の問いに、宰相様は「あ」と声を上げる。しかし、すぐににっこりと笑われた。


「そっちは大丈夫だ。かなり前半で進んでいるからな。今日で八割方決まるだろう」


 それはかなり速いペースだ。速すぎるかもしれない。


「きっと、速く進めなければならない理由がおありなんでしょうね」

「……」


 それが誰のことを指しているのか--。


「そうですね、『後宮』を長く放置は出来ませんし」


 相変わらず『後宮』の男妃達を狙う者達は多い。そいつらの馬鹿さ加減は、王が不在と言うだけで暴走する様な輩も居ると言うし。


 それをギリギリの所で押し留めているのは、王の寵愛だ。王の寵愛深い者達に手を出して無事で済むわけが無い--そう、心身共に刻み込ませている。


 と、王の寵愛をより示す為には、この凪国への会議にも連れていけば良かったが、一応この凪国は私の祖国で後見役である。そこに、王妃以外の王の寵妃達を連れていくのは外聞が悪い--という事で今回は通したと言うが、まあ確かにそれは納得の理由だろう。


 自国より贈った王妃を蔑ろにした挙げ句、妾達を連れてくるなんてお前は何を考えているんだっ!!と下手すれば怒鳴られて戦争のきっかけになってもおかしくはない。

 凪国の方も『後宮』の真実は熟知しているし、別に男妃達を連れてきても何も言わないが、そうすると男妃達を狙う者達が面倒な動きをするので、そこは海国側にしっかりと話を合わせていると言う。


 そう--海国『後宮』は、そういう事情を知る他国の王や上層部の『気遣い』にも助けられて存在しているのである。


 あ~~、四妃達は元気だろうか?


「……海王が不憫だ」

「明睡様、泣かないで」


 我に返った時、何でか凪国宰相様が両手で顔を覆っていた。そんな宰相様を涼雪様は母の顔で慰め、抱き締めていた。


 母--はまずいと思う。

 宰相様と涼雪様は夫婦である。


「……とりあえず、かなりの速さで会議は進んでいるから、明日あたり小休止と言う事で一日休みになると思う。だから、この自由時間に」

「『後宮』の男妃達に何かお土産を買えますね」

「……」


 泣かれた。

 また泣かれた。


 美しい瞳からボロボロと涙を流す宰相様は、項垂れを通り越し、床に四つん這いになっていた。その後ろ姿がとても扇情的かつ官能的で、まるで襲ってくれと言わんばかりの色香が漂っていた。


 後ろ姿だけで他者の欲情を大いに煽るなんて、流石は凪国上層部の一神。


「明睡様、ファイトです」


 相変わらず、涼雪様が母の顔で子を応援する--だから、二神は夫婦だって。


「うちの陛下よりも不憫なのが居たっ」


 カッと目を見開き、宰相様が叫んだ。


 なんか、思い切り海王を侮辱された気がした。

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