表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/58

『海王×海王妃(因縁編)②』

 最近、頭が重い。

 それは寝不足のせいという事は分かっていた。

 近頃、よく昔の夢を見る。

 あの悪夢のような過去を、何度も何度も繰り返す。

 夫もそんな私の不調に気付いているのだろう。

 今までは、政務の時間は私を後宮の四妃に預ける事が多かったのに、その時間すらも同行を求められるようになった。

 そんな夫の行動に、いつもは口煩い宰相も何も言わず、他の官吏達には逆に気遣われる始末。


 というのも、日に日に私の顔色は悪くなっているようで、逆に王妃を休ませるようにと王に非難が集中した。

 しかし、それも数日もすれば消えた。

 それは王の執務室に滞在するようになって七日目の事だ。

 夜眠れずにうとうとしていた私は、襲い掛かった悪夢に悲鳴をあげながら飛び起きた。

 丁度そこには、王に書類を届けに来た宰相や他の上層部が居て、私の様子に皆一様に驚いていたのを覚えている。

 思えば、それが彼らの態度を大幅に軟化させたのだろう。


 そうして、私が王の執務室に居ることが普通になって暫く経った頃、凪国からの使者がやって来た。

 今年は二年に一度、凪国と海国での会議が行われる年で、今回は凪国がその開催場所となっている。

 およそ一週間滞在し、同盟関係及び二国間での取り決めの確認、新たな決め事を行う。

 それは共に建国して以来、変わらず行われてきた。

 唯一の例外は、数百年前の事件である。

 あの事件で凪国は王妹を得て、代わりに王妃を失った。

 その事実に、幾つかの国々がその影響を受けたと聞くが、当時は王妃を失う元凶となった事件でこの炎水界自体が大きく揺れた。

 特に凪国の被害は凄まじかった。

 けれど、それでもたった数百年で国を以前の水準まで立て直した凪国は、やはり凄かった。


 私にとっても凪国は祖国であり、本当に誇らしく思うと同時に、何も出来なかった事に心苦しさを覚えていた。

 当時は海国もそれだけの余裕はなかったとはいえ、一度も帰郷していないという事実が重くのし掛る。


 凪国は一体どのように変わっただろう。

 そんな風に懐かしく思う心は、日に日に強くなっていった。

 だからだろうか。

 あんな夢を見たのは。


 凪国を恋しく思う気持ちは本当。

 でも、同時にあの国にはあの人が居る。

 いや、正確にはあの人達が。


 私を、傷付け、捨てた男達が。


 もしかしたら、中々凪国に足が向かなかったのは、それも理由だったのかも知れない。

 深い恐れが、私の帰郷を阻む。


 なのに――。


「王妃、無理をするな」

「大丈夫」


 今、私は凪国の地を踏み王宮へとやってきた。

 今までは二年に一度の会議も夫だけが参加していたというのに、今年に限って私も参加する事になった理由はただ一つ。


 夫に新しい縁談話が舞い込んできたからだ。


 そもそもの始まりは、私と夫の間に子供が居なかった事だ。

 後宮の妾妃達は全員男だから問題外だし、かといって正妃は子供が産めない石女。

 ただ私の場合は、もともと供を産むことを求められて王妃になったわけではないから、別に産めなくても問題なかった。

 しかし、野心ある者達からすれば、子供が居ないという事は格好の獲物でしかない。

 もし自分の縁者の娘が世継ぎを産めれば、側室でも国母に、いや正妃を引きずり下ろす事が出来る。

 もちろん、今までにも色々と縁談は来ていたが、夫は男色家を通すことで全て乗り切ってきた。

 だが、今回ばかりは相手が悪かった。

 男色家だろうと王として世継ぎを生む義務はあると言って引かず、また嫁いで数百年になる正妃とも何とかやっていけている事に目を付けた挙げ句、子供を得る為と割り切って新しい妃を迎えろと言ってきたのだ。

 もちろん、男色家だから男妃達と楽しむ事には文句をつけず、子供が出来たら好きな男妃達を側に侍らせても構わないとおかしな寛大さを強調したほどだった。


 確かに海王の強い力を受け継ぐ子供は必要だろう。

 それは、海国を支える為にも、出来る限り多い方が良い。

 しかし、問題はそれを言い出した相手だった。


 いかにも海国の未来を憂いながら、我が物顔で他国にその触手を伸ばし、更には子供の産めない女を海国に王妃として送り出した凪国上層部への批判を行う厚顔無恥達。

 だが、独自に培った人脈は侮れず、下手に手出しをする事も難しい。


 凪王からの書状にも書かれていた。


 今回の会議は向こうにとっても好機。

 王を一人で来させた場合、向こうはあらゆる手段を用いて王をたらし込もうとするだろうと。

 たとえ王が相手にせずとも、何かと理由をつけ、王が娘を娶らざるを得ないようにするに違いないと。

 凪国側としても、向こうを確実に罪にする為の罪状はまだ揃っておらず、会議までに全ての準備を整えることは難しい。

 また王一人であれば、世話係だなんだと直接送り込んでくる事も考えられる。

 それを防ぐには、王妃が王と寝食を共にする事であると。


 確かに、王妃とまぐわっている所に、普通に割り込んでこれる女性は中々居ないだろう。

 居たとしても、王妃に恥をかかせたとして何とでも叩き出すことは出来る。


 しかし、王は男色家という事になっているから、王妃と共にいる事は逆に女性でも大丈夫だという事にならないだろうか。

 その点を指摘すれば、宰相からそこはどうとでもなると言われた。

 ようは、例え肉体関係が無くとも、他国では割り切る夫婦は賞賛されこそすれ非難される事はないのだと言って。


 そんなわけで、海国上層部とも話し合い、私も着いていく事になった。

 もちろん、連れて行くべきではないという反対も沢山あがった。


 そう――その貴族の名を聞いた瞬間、私も言葉を失った。

 けれど、もしその貴族の娘が海王の新たな妃になれば、それこそ最後である。

 今の私では、平然と海国王宮に留まることは出来ない。


 そんな王の新たな妃候補は


 あの人の


 私の子を殺してまであの人が得た妻の、妹だった


 今まで、あの人に会いたくなくて、凪国にも帰りたくても帰れなかった。

 それほど会いたくなかったのだ。

 もちろん、今回凪国に行けば、必ずあの人とも接触する事になるだろう。

 娘の父親に加え、義兄であるあの人もかなりこの話には熱心だというから。

 その嫁ぎ候補たる男の正妻である私に接触してこないなんてわけがない。


 私の過去については、上層部は熟知しており、後宮の妾妃達も同様だった。

 特に四妃に至っては自分達も着いていくと騒ぎ、上層部とやりあったぐらいだ。

 しかし、後宮に居る妾妃達に関しては、一歩でも後宮から出れば彼らを狙う者達の手が伸びるとして上層部に反対された。

 ならば王妃を凪国に連れていかせないと四妃達を筆頭に騒ぎが起きたが、それが通るわけでもなく、逆に王がその娘を娶らなければならない状況に陥った方がまずいと説得される事となった。


 もちろん、私の側には、宰相が選んでくれた腹心の侍女達が常に側に居る事となっている。

 王妃は一人では無いと上層部は言ってくれた。

 もちろん、行かないという選択肢だってある。

 けれど、行かなければもっと悪い事態になるだろう。


 私の中に、夫と別れてこの国を立ち去るという選択肢も浮かんだりした。

 もともと子供の産めない女が正妃でいる事自体が異質なのだ。

 だが、すぐに思い直した。

 確かに子供の産める相手は必要だろうが、それがあの人の妻の妹である必要はない。

 

 そう――子供が産めて、なおかつ夫が此処の底から愛し尊敬しあえる相手の方が誰だって良いだろう。

 なおかつ、後宮の妾妃達の事も受け入れてくれて、上層部とも仲が良くて。


 そうだ。

 そういう相手と夫が結ばれる為にも、今ここで私が頑張らないと。

 それに、あの人の妻の妹姫は凪王曰く、「海王の好みとは対極に位置しますので、是非とも結ばれないで欲しいです」と言われ、阻止を求められているから、遠慮無く邪魔しようと思う。


 そうして訪れた凪国は、私が住んでいた時よりも繁栄しているようだった。

 王宮も、私の居た時とは構造も違っており、迷子になりかけたほどだ。


 それでも変わらなかったのは、陛下や上層部、そして昔の同僚達の笑顔だった。

 あの日、私が王妃として旅立つ時も、こうして揃って見送ってくれた。

 違うのは、そこに王妃様が居ないのと、王妹様がいる事。


「アナタ、カジュしってる?」

「玉暎様?」


 凪王様によく似た、儚くも美しい清楚な美貌に蠱惑的な肢体、同性すらも魅了する色香を漂わせた絶世の美姫――玉暎様に問われ、私は首を傾げた。


 カジュ――それは、王妃様の事だ。

 王妃様は、王妹様を大切にされていたという。

 王と生き別れ、数奇な運命の下に愛妾として実の兄の元に侍る事になった王妹様。

 呪われた運命から、自分を解き放ったのが王妃様であり、今もなお心の底から慕っている。


 そう、慕いすぎて。


「ウフフ、コレデかじゅの下着のコノミばっちり」

「え?」


 じゅるるると妖艶な唇から零れる透明な液体は、絶対に涎だと悟った。

 近年小姑との付合い方に悩む嫁は多いと言うが、凪国王家は別の意味で危機的状況に陥っているらしい。


「ああ、あれは気にしなくていいので」

「ニイサマ、シットいけない」

「黙れ。果竪は私の妃です」

「ペチャパイ、たくさん」

「んなっ?! 私の妹でありながら、兄に別の女を薦めるなんてどういう根性をしているんですかっ」

「にいさま、ズットかじゅとイッショ。ワタシ、すこし。だから、いる」

「駄目です。果竪と一緒に居るのは私です」


 そうしてバチバチと火花を散らす兄妹に、私は思わず笑ってしまった。

 こんな風に愛されている王妃様が羨ま――うん、羨ましい。


 少し戸惑ってしまったのは、ちょっと怖いとか思ったわけではない、うん。

 すると、隣に居た夫が何事かを考え出す。


「海王、どうしました?」

「いや、ただ萩波と果竪の仲がとても良かったのを思い出した」

「ええ、私と果竪は仲が良いのです。そう、私達こそ炎水界の理想のカップル!! 見習ってくれても構いませんよ」


 その瞬間、側に居た両国それぞれの側近達からの凄まじい何かを感知してしまった。


 ただ共通するのは、「死んでも見習うな」という強い思い。


「そうか、見習ってみる」

「待て! 海国を潰す気かっ」

「王妃様に逃げられてもいいのかっ!」

「うちの王妃様はこの国のいたいけで子羊の様な果竪后様とは違い、物事ははっきりと伝えられる方だ!」

「そうだ! また死んで下さいと言われたいのかっ」

「今度こそ捨てられるぞっ」


 一斉に騒ぎ出す側近達が王を囲み、私は一人ぽつんと立ち尽くす。

 だが、私って孤独――という事に思い至る以前に、思う事はただ一つ。


 あれ?私けなされてる?


 王を捨てるだとか、王をどつくだとか、王を蹴飛ばすとか。

 確かにやってきたけど!!

 けど、それは全て夫が悪いんだ。


 私にだって言い分はあるが、口を挟めるような雰囲気ではなかった。


「それで、まずはどのようにすればいいんだ?」

「道具が必要です。特に、手枷足枷に檻は重要ですよ」

「それに鞭も必要ですの」


 うっとりと囁く明燐様に、オロオロとされているのは夫君であられる蓮璋様。

 宰相様である明睡様や他の側近の方々が慌てて凪王を止めに駆け寄るが、無理なのは分かり切っていた。

 ああ見えて、凪王様が一番強いから。

 凪国上層部の皆様は、津国上層部と並んで炎水界でも実力者揃いだというのに。


「海王、束縛、拘束とは愛の別名です。どれだけ気持ち良く縛り付けるかが、今後の結婚生活を円滑に進める為の重要な要因となるのですよ」

「んなわけないだろうぉぉぉっ!」

「黙りなさい、この虐められ大好き被虐ドM姫」


 明睡様が壊れた。

 眼前で繰り広げられる、炎水界でも十指に入る実力者達のとっくみあい。

 いわば、世界を代表する実力者達の極めて低レベルな争いだが、それもすぐに決着がつく。


 明睡様を投げ飛ばし、その体を笑顔で踏みつける凪王様。


「ふ、私に勝とうなど十億年早いのですよ」


 が、一番の問題は、そんな凪王に対して尊敬の念を浮かべている夫。

 そんな彼から距離を置き、安全な場所まで離れてホッと溜息をついた時だった。


「っ――?!」


 まさか。

 息を呑み、極限まで目を見開く。

 一気に喉がからからになり、カタカタと小刻みに体が震える。


 遠くに、見えた、のは。


「どうした?」


 何時の間にか側に居た夫が、私の肩を掴んでいた。

 まるで、向こうに見えた存在との間に壁となるように、私の前に立ってキョトンとしている。


 体が確かめろと叫ぶ。

 背の高い夫の体が隠す、悪夢を。

 夫を押し退け、そこにいる相手を。

 けれど、心が、拒む。

 見てはならないと。


 夫は何かに気付いたのかもしれない。


「大丈夫だ」


 私を抱き上げ、滞在する部屋に向かう中、夫はずっとそう言い続けてくれた。

 

 そしてほどなく、私はまた自己嫌悪に陥る事になる。

 というのも、あの人を見たショックで、私は高熱を出して伏せってしまったからだ。


 これでは、何の為に来たのか分からず、熱で朦朧とする意識の中、私の瞳からは絶え間なく涙が流れ落ち続けた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ