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冥姫~いつかの物語~(最後はアンハッピーエンド風)

冥姫に出てくる梓と理人の前世--『最初』の彼女と彼のお話です。ここから二神は追われ追いかけを続けていきます。他の仲間達も冥姫の彼女達です。

 それはもうどのくらい前の事だろう。

 行方不明になった【ヒメサマ】を探して多くの眷属神が世界に散っていく中、私を生み出した彼もまた【ヒメサマ】を探してその世界へと昇った。


 そこは【上】と呼ばれる世界。

 正式にはご大層な名前があるようだが、当時たいして興味もなかった。

 選民意識の強い偏屈揃いの腐りきった世界ーーそれがその世界に来てすぐに私が抱いた感想だった。


 確かに、最初の始まりはこの【上】で、ここを中心に色々なものが生み出されていった。

 私達が居た【下】の世界もしかり。


 けれど、だからといって【下】を「穢れている」とか「下賤」だとか馬鹿にするのはどうだろう。【上】で産まれた者達だけが特別で、【下】で産まれた者達はただ支配されるだけの存在。

 もちろん、全部が全部そうではないけれど、そういう考えを持った者達は確かに【上】に居て、【下】から来た者達を迫害する。


 お前達はここに来て良い輩ではない。


 彼も、彼に付き従う私達もその迫害の対象にさらされた。

 それでも、何とか今日まで生き延びられたのは、彼がある眷属神に出会ったからだ。

 この【上】で最も高貴な存在の一神として君臨し、なおかつ【至宝の宝】として誰からも大切に愛される存在。


 その存在の眷属神たる女神と彼が出会った時ーー私は感じた。


 悪い予感と言う物を。


 それは時を経て、現実のものとなった。



「成功か」


 何がきっかけだったのか……。

 いや、そんなものは分かり切っていた。


 【ヒメサマ】が見つかった。


 その報せに、多くの眷属神達はすぐさまそこに向かったという。ただ一神、私達の主である彼を除いて。


 彼がそこに行けなかったのは、世話になっていた女神を守る為に負った傷で動けなかったからだ。それでも、一週間もしない内に動けるようになって他の眷属神達と連絡を取ろうとした彼は、そこで他の眷属神達の誰とも連絡がつかない事に気づいたのだ。


 私達も彼の側に居て気づかなかった。


 あれほど強固に繋がっていた糸がぶっつりと切られた様な感覚に戸惑う彼。普通なら気づく筈なのに、全く気づかないうちに全てを終わらせられるその強大な力に気づいた時には、もう全てが遅かった。


 逃げなさいーー焦った声で彼は告げた。

 疲れて眠る私達を起こし、連れだそうとした彼の前を阻むように現れた彼女達。


 それは、この世界に来てから共に過ごしてきた存在。


 術で戒められ、出現した陣が放つ光に包まれる中で確かにそれを聞いた。


 ーー入れ替えろ


 美しく、けれど酷く歪で歪んだ妄執の声音。


 意識を取り戻した時、私は男から女になっていた。

 私だけではない。

 彼も、他の皆も。


 全員女の姿となりーー反対に彼女達は彼となった。



 戻して



 なぜ?よりも先に飛び出た金切り声の願いは、叶えられる事はなかった。






 高度な文明。

 高度な技術。


 高度な文化。


 そんなもの、クソくらえだ。


 荒ぶる足取りのまま、目の前の扉を蹴り開けた私に中に居た相手がゆっくりと顔を上げた。


「何か用?」

「なかったら来ないわよ!」


 匂い立つ程に妖艶な美貌を持つ相手は、書き物をしていた手を止めて筆を置いた。執務机には沢山の書類が積み上げられていたが、構わず私は直進して机を叩いた。


 振動で書類の塔が崩れてひらひらと舞っていく。


「あの方をどこにやったの!」

「あの方?」


 小首を傾げるだけで、腰が砕ける様な色香が漂う。男になっても本来の美貌は変わらず、むしろ男でありながら女性と見紛う美貌は新たな魅力すら生み出していた。


 当時は、彼が男となったという報せに【上】はちょっとした混乱に陥った。まあそうだろう。あの【至宝の宝】とも言える姫君の第一級に値する眷属神とその侍従に当たる女神達が男神へと変化したのだから。

 彼女達を花嫁に、妃にと望む者達は大いに嘆いたというーーまあ、そういった者達は全て男でも構わないとなったので、結局縁談の数は全く減っていないと言うが。


 だが、そんな事は別にどうだって良い。

 いや、良くない。


 というのも、女神達を男神に変えたのは女神達の美しさに嫉妬した自分達と言う事になっているのだから。


 そう、強引に、無理矢理、美しく清らかな女神達を害した極悪神ども。

 悪いのは全部こっちだ。


 冗談じゃない。


 真実は全くの逆だ。


 強引に自分達の性別を奪うようにして入れ替えたのは、その女神達である。

 こちらの意思を無視して発動させられた術で性別を変えられてから、もうどれほどの月日が経っただろうか。


 男を奪われ、女を押しつけられただけではない。


 主は男神となった眷属神に連れ攫われ、彼に仕えていた他の侍従達とも引き離された。そして私は、この目の前で楽しげに笑う【彼】に繋がれる事となった。


 私の、【性別】を強奪した、元彼女に。


 信じていたのに。

 信頼、していたのに。


 悪い予感がしても、嘘だと、ただの気のせいだと。


 なのに、裏切られた。


 唇を噛み締めた私に、彼の手が伸びた。


「唇を噛むのは止めて。傷を付けるのは許さない」

「煩いっ!」

「何をそんなにイライラしているの? 生理? なら嬉しい」

「んなわけあるかっ!」


 未だ初潮する来ていない体だ。というか、これで初潮が来たら本気で死にたくなる。


「なんだ、つまらない。君に似た子が欲しいのに」

「ふざっ」


 罵倒しようとした私の腕が掴まれ、そのまま引き寄せられる。机の上に乗りかかる形となった私の体は抵抗らしい抵抗も出来ず、彼の腕の中へと捕らえられた。


「それであの方は【ヒメサマ】? それとも、君の大切な【主様】?」


 それは、先程の件であると気づいた私が彼を見上げれば、クスクスと美しい笑い声が降ってきた。


「【ヒメサマ】は知らない。知っているのは、限られた者達だけだから。まあ、知っていても教える気はないけど。それに教えても、連れ出すのは無理だよ」

「なっ」

「あと、【主様】もね。我が君が奥深くに隠しちゃってるし。まあでもーー」


 彼が、私のあごを掴みグイッと強く引き寄せる。


「むしろこっちが聞きたいよ。いつの間に、連絡を取り合ってたの?」

「っ……」

「本当に凄いよ。僕達の知らない間に【主様】を見つけて、そして脱出する計画を練って……そう、決行日は明日だったんだって?」

「そ、それを、どこで」

「君の【主様】は吐かなかったよ。他の子達もね。でも、どこからでも情報なんてとれるんだよ……ま、今更どうでも良いか」


 どうでも良いと言われた事に腹を立てて睨み付けるが、彼はただ面白そうにこちらを見つめるだけだった。


「君達の負け。それでもあがきたいなら、また探してみればいい。出来るものならね」


 同じ失敗は繰り返さない我が君だから、たぶん二度目は無いだろうけどとの言葉に、頭に血が上った。


「彼を返して!! 私達を解放して!!」

「嫌だね」


 腹立たしさに私に絡みつく手をはがそうとするが、無理だった。そのまま、腕を掴まれて強引に引きずられていく。


「離し、離してっ」

「なんで? 自ら飛び込んできた獲物を離す馬鹿がどこにいるのさ。ずっとずっと逃げ回っていたのにね」


 そう……私は逃げていた。


「もう十分逃げただろ?」


 だからもう終わりという囁きに心の中で罵倒しながら、体は彼の寝室へと引きずり込まれていった。





「もう、耐えられないっ」


 まるで愛玩動物の様に、彼は私をいたぶる。

 腹部に手を当て、早く孕めと言う彼におぞましさを感じた。


 彼は私を孕ませる気だ。


 そんな事になれば、もう二度と男には戻れない。


 私は男だ。


 男なんだ。


 私を男に戻して!!



 辛くて、苦しくて。

 私は彼の住む宮から抜け出した。

 見つかれば酷い仕置きを受けるが、それでも我慢出来なかった。


 主に会いたい。

 共に産まれた仲間達に会いたい。


 誰か、誰か、誰か--。



 必死に呼んだ私は、気付けば見知らぬ場所に迷い込んでいた。


 そこは静けさに満ち、恐いまでの静寂があたりを支配していた。けれど、少し歩くとまるで霧が晴れたようにそれは現れた。


 宮--。


「……何、ここ」


 そう呟いた私は、ズキンと強い頭痛を覚えた。

 分からない、いや、覚えている。


 私はここを知っている筈だ。


 そう--


「--あ」


 そう、彼の仲間--彼と共に産まれた者が持つ宮だ。そいつに、私は仲間を一神奪われた。


 私はその子の名前を呼び、宮の敷地に侵入した。

 思えば、私はとうに狂っていたのかもしれない。


 ただ、誰かに会いたかった。


 共に産まれた誰かに会いたかった。


 この地獄から一緒に逃げ出したかった。



「……会いたかった」



 宮の敷地内にある小さな宮。

 小さいと言っても、それなりの広さはある。

 その宮の窓辺に、私は見覚えのある相手を見付けた。


 彼--いや、彼女となった相手は私にすぐに気付いた。


「ど、どうしてここに」

「会いたかったっ」


 緻密な装飾の施された格子は酷く美しかったが、それは鉄格子の代わりである事に気付いた。そう、宮の入り口にも大きな鍵がかけられている。


 私は今まであった事を話した。

 彼女も似たような目にあっていた。


 ただ、彼女は私と大きく違った。


「……このお腹の中にはね、あの神の子が居るの」



 だから、もうどこにも行けないのだと彼女は泣き笑いを浮かべる。

 腹部は美しい衣装に覆われていた。



「……っ」


 手足に填められた枷。

 そこから伸びる鎖。


 部屋の中は自由に行き来出来るけれど、外に出る事は出来ない。


「他の子もね……子が出来てないのは、私が知る限り貴方の他にはあと一神」

「……一神」


 そこで私は気付いてしまった。


「主様も--」



 それは絶望をもたらす言葉だった。



「私は、私達は行けない。でも、まだ子を身籠もっていない貴方なら、もしかしたら」



 そう言って、彼女は私にここから抜け出す方法を教えてくれた。彼女はそれを知ったから、此処に閉じ込められたのだと言う。それまでは宮の敷地内に居れば比較的自由に動けたと言う。


 けれど、それももう出来ない。


「いい? 絶対に、絶対に振り返ってはダメよ!」


 振り返れば、連れ戻される。


 だから、だから--。



 私は走った。


 一神では行けないと言う私を蹴り倒す勢いで走らせた彼女によって。



 イタ--



 下界に戻る為の入り口で、私はその声を聞いた。



 イタ、イタ、イタっ!!



 ぐにゃりと空間が歪み始める。

 寸での所で、その入り口に飛び込んだ私の耳にそれは聞こえてきた。



「待って! そっちは危ないわっ」


 私を此処に導いてくれた仲間の声だった。


「戻ってきて!」


 居場所の分からない仲間達の声も聞こえてくる。


「お願い、戻って来て。私達を見捨てるの?」


 主様の声が聞こえた。


 何度も振り返りそうになった。

 その度に、必死に自分を叱咤した。


 絶対に振り返ってはならないと言われた。


 振り返れば終わりだ。

 すぐそこまで気配が来ている。



「--」



 名前を呼ばれる。

 それは、私が恐くて恐くて、必死に逃げてきた相手の声だ。



「ニガサナイ」



 恐怖に怯えながら、私は必死に出口へと走り続けた。





 隠れ里というのがあった。

 それは、主様を生み出した存在が創って下さった場所だった。


 そこには、私のように『上の世界』から逃げ延びた者達が住んでいた。といっても、ごく少数。殆どの者達は『上の世界』で囚われたままだと言う。


 けれど、助け出す事は出来ない。


 隠れ里を出れば、確実に向こうに見つかってしまう。


 以前に外に出た者は、『上の世界』から降りてきた者達を見たという。彼等が直接降りてきているのではなく、その手の者達だと言う。


 彼等は探していた。


 彼等の手から逃れた者達を。


 まだ諦めていない。

 いや、諦める事なんてあるのだろうか?



 きっとこの世界の終わりまで、彼等は諦めないだろう。




 外に出てはダメよ--



 隠れ里に入る前に、そんな声が聞こえてきた。



 外に出てはダメ。



 なのに、私はどうしてここに居るのだろう。




「あぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」



 彼が泣いている。

 血塗れになった私の身体を抱いて。


 もう、首と胴体の離れた肉塊を抱き締めて。



 どうしてこうなったのだろう。



 ただ、ここに来るまでに色々とあった。

 そして、私はこの結末を後悔していないと言う事だ。



 周囲には、彼に害を為そうとした者達が居る。

 もう、物言わぬ身となっているが。


 彼は血にまみれていた。

 それでも美しかった。


「ど、どうじでぇ」


 そうだろう。

 私は逃げた。

 彼の下から逃げ続けた。



 なのに。



「貴方は、わだじをぎらっでにげたじゃない゛が」


 嫌う……そう……いや、今思えばそれとは違う感情からだった気がする。


 嫌うより恐い。

 理解出来ない。


 だって、私達は忌むべき存在だ。


 なのに。


 彼は私達を欲しいと言う。

 どんな手段を用いてでも引き留めたいと言う。



 忌むべき存在への言葉じゃない。

 忌むべき存在への行動じゃない。



「ああ゛っ! 私の--」



 恐いならそのままにしておけば良かった。

 近づかなければ良かった。



 ただ世界が壊れ終わると言う中で。

 いや、『終わり』を奪われた中で。


 最初は仲間達が心配だった。


 『上の世界』の崩壊。

 崩壊が始まる中、どこにも逃げ場なんて存在しない。



 ならばと、最後に気になる事を全てしようと思った。

 そんな中で、見付けてしまった。



 彼を。



 そして、やめておけば良いのに間に入って、こうなった。


 ただ、彼だけは守れた。


 守れた?



 馬鹿な事を。



 どうせ世界は滅ぶ。



「どうじて、わだじを」


 激しい慟哭。

 言葉が歪む。

 それでもなお美しい彼。


 彼は見ていた。

 いつの間にか、『私』を見ていた。



 だから私は伝えようと思った。



 私は、ね



 右も左も分からず、下手すれば主や仲間ともども行き倒れてもおかしくなかった。そんな私達に気まぐれでも手を差し伸べてくれた貴方達。



 貴方は馬鹿ですね



 そう言いながら、穢れた忌まわしき存在という私の手を掴んで引っ張ってくれた貴方



 何かにつけて側に居てくれた



 姉のようだった



 いつか誰かが貴方の隣に経つと聞いて、哀しく思った



 それぐらい--




 私は、強い力で引っ張られるのを感じた。闇へと落ちていく。



 その声は届いただろうか。






 本当はとっても





 貴方が大好きだったの







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