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冥姫~美鈴の母のお話~

 鈍感な霊感――。


 重樹が今まで出会った者達の中でそれに当てはまるのは、香奈ぐらいだろう。

 しかし、重樹は人生二人目の相手に出会ってしまった。

 いや、年季の入り方ではむしろその二人目こそが第一人者。


「あ、これが私のお母さんだから」


 そう言って憎からず思い合う仲となった美鈴に紹介された彼女の両親。

 父親はあの大島家本家の出身という事から、その霊感の強さは重樹すらも冷や汗を流すほどだった。

 だが問題は母親の方だ。

 彼女もまた霊感はあった――人並みには。

 条件が揃えば見えるし、そうでなければ見えない。

 そんなごく平凡な女性――と思った重樹は程なく自分の思い違いを知る事になる。


 それは、重樹の学校の学園祭に美鈴と美鈴の母が遊びに来た時だった。

 美鈴の母がトイレを借りた。

 学園祭という事で、トイレも大混雑。

 しかし、その中で一つだけ空いているトイレがあった。


 だが、そこは――。


「美鈴、そこのトイレが空いてるわよ」


 母の言葉に美鈴が躊躇した。

 そこのトイレからは重苦しい不気味な圧迫感が漂っていた。

 それに、これだけ混んでいるのに誰もそこを使わないなんてあり得ない。


「使わないの?」


 のんきな母。

 前々から思っていたが、のんきもここまで来ると大物だ。


 なのに母は、娘の思いも個室からの圧迫感にも気づく事なく扉をノックした。


 次の瞬間、美鈴ははっきりとそれを見た。

 返事の代わりに、ドアの隙間から黒い髪の毛の束が大量に出てきたのを。


 美鈴は心の中で絶叫した。


(いっやあぁぁぁぁぁぁぁあっ!)


 心なしか、周囲から漂う怯えの空気。

 きっとここに居る者達全員が気づいて居るのだろう。


 だが、美鈴の母だけはそれに気づかない。


「誰か入っているみたいね」


 お母さん?!


 見えたんですか?見えたんですよね?!


 にも関わらず、その反応って何?!


 普通に中に居る誰かが出てくるのを待つ母の姿に、美鈴は出るものも引っ込んだ。


 しかし、中に居るのは人じゃないんだから、いつまで待っても出てくるわけがない。

 母は少し苛々した状態で再度扉を叩き、そして開けた。


「あら、誰も居なかったみたい」

「お母さん?!」


 そして母はトイレに入って普通に用を足しました――。



 ……という話を美鈴から聞いた重樹は何も言えなかった。



 更に、こんな事もあった。


 重樹には親が居ない。

 だから学校から帰る先は、重樹が所属する組織が借り上げた誰も居ないマンションの一室。

 長期の休みになると一日中そこに居る事に重樹は苦痛を感じていた。

 特に、人の温かさを知った後は。


 それを知った美鈴の母は、夏休みが始まると一つの旅行を企画した。

 美鈴からは毎年農作業でどこにも連れて行ってくれないくせにと文句を言われたが、娘からの訴えを無視した彼女はそこに重樹も加えてしまった。


 そうして二泊三日の温泉旅行に出かけた先で――


「なんか、同じ所をぐるぐる通ってない?」


 最初に気づいたのは――というか、声を上げたのはやっぱり美鈴だった。

 美鈴の父は気づいていても言わないし、重樹も言われるまで黙っていた。

 不用意に口にすれば美鈴が怖がるからだ。


 たぶんそれは美鈴の父も同じだろう。

 下手な霊能者よりよほど強い霊感の持ち主である彼は、悪意ある霊が裸足で逃げ出すほどの人物である。


と、そこにまたノーテンキな声が響いた。


「こんな夜中に仮装行列かしら?」


 重樹は見た。

 向こうに見える狐のお面を被った集団を――いや、あれは正真正銘の狐だしっ!

 美鈴に至っては恐怖で重樹にしがみついていた。

 役得役得――なんていう問題じゃない。


 その様子から、思い切りこちらを敵認定している狐集団。

 凄まじい目つきで睨み付け、今にも襲いかかろうとしている。


 もしかしたらどこかの社か祠でも壊されたのだろう。

 しかしその恨みをこちらに向けるのは止めて欲しい。


「どこかで撮影でもしているのかしら?」


 あくまでもあれが人間だと思っている美鈴母。

 気付けいい加減に!!


 その時、車がガクンと大きく揺れてエンジンが止まった。

 それが、狐達のものだと気づいた時には、車は奴らに取り囲まれていた。


「し、重樹」

「大丈夫だ」


 元は神だったのだろうが、今では魔に身を落とした狐達。

 そうなれば、彼らは駆逐対象となる――人間からも、神々からも。

 魔に身を落としたとしてもすぐに駆逐される事はない。

 しかし、度重なる説得にも応じず、ただ無差別に命を貪る存在となった時、その命令は下される。


 だから、奴らも重樹の駆逐対象となる。


 先に動いたのは、美鈴の父だった。

 それを重樹は押し留める。


「俺が」

「いや、娘の側に居てくれ」


 シリアスな雰囲気が漂う――のをぶち壊すノーテンキな声が響いた。


「すいません、そこに居ると轢いてしまうのでどけて貰えませんか?」


 ご丁寧に窓まで開けて、美鈴の母が狐達に声をかけている。

 こんな時に窓を開けるなんてどんなバカだ!!

 と、心の中で叫ぶ重樹とは裏腹に、美鈴の父は一瞬驚いたもののすぐにやれやれと溜め息をついていた。


 だがそんな場合ではない。

 窓があるから奴らは入ってこれなかったのだ。

これでは自ら受け入れてしまったようなもので――。


「すいません、どいて下さい~」


 再度訴えるが、狐達はどかない。

 当然だ――。


「鎮、どうしよう?この人達どいてくれないわ」

「大丈夫だよ、舞歌」


 にこりと笑った美鈴の父がすっと狐達を見る。

 途端に、狐達がざっと退く。

 その隙をついて目にもとまらぬ速さでキーをまわし、エンジンをかける。

 ドゥルルルとエンジンがかかる音がし、アクセルが踏まれる。


 そうしてあっという間に、その場所から脱出した車。

 気づけば街の中を走っていた。


 あまりにも鮮やかすぎる手際に、重樹は美鈴を抱き締めたまま呆然とした。

 流石は、大島家の――。


 自分とは違いすぎる――経験も力量も。


 だが、そう感じ入る重樹の耳はまた聞き取ってしまった。


「にしても、狐のお面を被る仮装行列って珍しいわね」


 最後まであれが人外のものだと気づいて居ない美鈴の母の……ノーテンキすぎる声を。



 鈍感な霊感。

 それは、香奈よりも美鈴の母を指す言葉だろう。


 そんな美鈴の母は、実は組織でも有名な《鈍霊少女》と呼ばれていた事を重樹が知るのは、もう少し後の事である。


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