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囚われた天女

『このままでは本当に死んでしまう。こっちにおいで』

『五月蠅いな! もうどうでもいい!! どうせ生きていたって私はただの生き人形なんだ!それなら、どこだって関係ない!』



 それを知る者は果たして居るのだろうか。


 東方の島国で強い権勢を誇る神有家。

 その家が興るきっかけとなった出来事がある。


 神有の名の由来になったそれは、その名の通りという言葉がふさわしい。


 神が有るから、神が在るから。


 古き物語に羽衣を奪い美しき天女をこの世に止めた様に、彼もまた彼女を留めた。


 いにしえの古き神。

 あまりの醜さに返されてしまったとされる岩長姫のように、そのあまりに醜さに奉られることすら忘れ去られてしまった神。


『こちらにおいで』


 白き絶望が覆い被さる中で、彼女の優しさに触れた。


 その時より、数多の神々に愛された美しい神子は願う。


 神々さえ惑わす色香、魅了する美貌。

 浚われ奪われ多くの権力者達の間を行き来し、時の大王さえ虜にして寵后として愛でられたその存在は、彼女に出会った瞬間人形から人となった。


 自分が持つありとあらゆる物を使い、大王さえも傀儡とし。

 その少年は手に入れた。

 そうして堕とされた女神は、この世でも神の世でもない『庭』に枷をはめられ囲われ続ける。





 ――メ


 ヨバナイデ


 ――ヒメ


 あの子が私の名を呼ぶ。

 私をここに閉じ込めた、憎くて愛しい神子が。


 どこまでも続く青空の下には、どこまでも広がる花畑。

 大きな屋敷もあり、神子が作り出した式の世話役や侍女達も居る。


 何不自由ない暮らしを与えられながらも、手足にはめられた枷が現実を知らしめる。


 美しい世界。

 けれどここは現実の世界では無い。


 あの子が創った偽りの世界は私を捕らえる豪奢な檻。

 鉄格子がない代わりに、出口も無い。

 その扉を開けるのは、あの子ただ一人。


 だから私は生かされ続ける。

 あの子の為だけに。


 守るべき場所からも引き離されて。


 はらはらと、涙がこぼれ偽りの花や葉をぬらしていく。


 もともと私は、この世ではない冥府の神の一柱として生を受けた。

 迷える死者を導き、正しき輪廻の輪に向かうべく冥府の入り口へと誘う。


 神は人と交わるべきではないと言われながらも、それでも神々の中で、数少ない人と直接接する事のできる仕事を成してきた。


 だが、それも死者を導くという仕事での上。


 なのに、なぜ彼を、生者たる彼を助けてしまったのか。

 美しい神子だった。

 人間達を統べる大王の寵后たる神子は、男の性を持ちながらも、その美しさは性別、種族を超え、神々すらも彼を手に入れようと画策するほどだった。


 そうして行き着いた先は、一人の女神の暴走。

 彼を自分の元に引き入れようとした一人の女神の所行はあまりにも身勝手かつ傲慢で、ついつい彼へと手をさしのべてしまった。


『馬鹿だのう。人の執着はたかだか数十年。神ならば永遠じゃ』

『ああそうですか。良いですよね、あなたは。執着されなくて』

『そうじゃな。私に執着するものなどいない。ほほ、どうせなら私とそなたを足して二で割ったぐらいであればちょうどよかったのう』

『認めてどうすんだよ!! ってあんたといると本当に調子が狂う!』


 その結果がこうなるなど、誰が予想しただろう。


「ええ、誰も考えなかったでしょうね」


 言葉少なく、淡々と世話をする侍女達にはあり得ない。

 美しい声音を紡ぐ主は、この世界の創造主。


 その美しさは人ならざる域に入り、神すらも堕とす狡猾さと狂気を身のうちに潜ませ、強き霊力は希代の大巫女さえも敵わぬ。


 かの者が私の名を呼ぶ。

 呪で縛され、奪われた真名を舌の上で弄ぶように紡いでいく。


 たったその一言で、私の残された自由も消えゆく。


 答えてはならないのに。

 答えたくないのに。


 名を呼ばれ、返事をするように求められればそれに応えてしまう。


「私の愛しい神」


 その白い繊手が、私の髪を弄ぶ。


「久しぶりの逢瀬なのだから、応えて」


 酷く官能的で魅惑的な声がささやく。


 やめて、近寄るでない。


「逃がさないよ」


 人である筈の彼が伸ばす触手に絡め取られる。


『そうか。私もそなたのその様な顔を見れて本当に楽しい。これもそなたが生きていたからじゃのう』

『……っ!! どうせどこに居たって同じなんだよ! 生きてたって死んでたって何にも変わらない!』






「そういえば、大王があなたに気づいたようなんだ。たぶん、大巫女のババアだろうね、あなたの存在をチクッたのは」


 着物はすでに本来の役目を果たさず、人を受け入れ支配された痛みに泣く私に彼は告げる。


「あなたをこの国の国神とし、この国への繁栄をもたらしてもらおうと考えているみたい。 ううん、違うね。自分一人だけが神を独り占めしようとしている」


 神を手に入れる事で、富を、権力を、神の力を利用しようと企む。

 愚かな者達の愚かな願い。


「けど、君が冥府の神だと知れば、一体どうなるだろうね」

「好きにせい」

「うん、だからあなたの事は言わない。おのが権力の為に我が物にしようと企むあんな大王の好きにはさせない」

「それはそなたとて同じ事」


 皮肉げに告げれば、彼はきょとんとした後に楽しげに笑う。


「そう、私も同じだよ。あなたという神に恋し、この世に強引に堕とした」


『とにかくこの世界が嫌なんだよ!! 自由を奪われ、意志を奪われ、権力者達の間でモノのようにやりとりされる! しかもこっちが望まないのに勝手に人の所有権を巡って愚かに戦い殺し合う!! はっ! すばらしい殺人製造器だよ、私はっ!』

『男なのに寵后か』

『五月蠅い! 文句あるかっ』


 幾重にも張り巡らせた結界に捕え、この世界の虜囚とした。


「それぐらいしなければ、あなたは手に入らない」



 なぜ――。

 叫んだ。

 何度も。


 私はそこまで執着されるものなど何も持っていない。


 生まれつき醜い容姿はどんな神すらも忌避した。

 両親を持つ神でありながら、実の親にさえ疎まれ独りで生きてきた。

 そんな私を、望む相手など居ない。


 これは一時的な戯れだと思った。

 ただ、神の力が欲しいが為に。

 この醜さを弄ぶために。



 なのに、この神子は――。



「逃がさない」




 深く貫かれた体が悲鳴をあげる。

 神と人との交わりを強いる神子が狂喜に笑む。


 神子が本気だと知り、懇願に懇願を重ね。

 それでも聞き入れられず、支配される。


『そんなに人に所有されたくないのなら、そなたが大王にでもなれば良いのではないか? そなたにはそれだけの力があるから簡単だと思うが』

『……は?』

『おお、良い考えじゃ。そなたならば、きっと良い統治者となる』


「やめて」


 逃げられない。

 一生。


 神でありながら、この偽りの楽園に囚われた冥府の神の叫びは誰にも届かない。


『できるわけ……』

『できる。そなたは優しい子じゃからのう。自分を巡って争う者達に呆れながらも、その戦を愚かしいと言って結局は彼らの命もまた惜しむ。そして自らのせいでと嘆く優しい子』

『……っ』

『きっとそなたなら、大切なものを奪われる者達の気持ちが分かる。傷つき血を流し、痛みを覚えたそなたならば』


 そしてこの腹に宿す、男の子――。


『……生きていれば、変わるのか?』

『とりあえず、死んでしまうよりは変わる。それは生きているからじゃ。死ねばそこで成長とまり、転生するまで待たなければならない』

『……けれど、生きていたらあなたとは会えなくなるね。あなたは冥府の女神だから』

『私と会いたいと申すのか? この神子は本当に珍しい。だが、そなたが会いたいなら』



 それからまもなく、大王の寵后は罷り、代わりに一つの家が興る。

 その当主は大王の寵后にうり二つとも、本人だともまことひそかに囁かれ、次第にその噂も消える。



 だが、その家は多くの名家が時代の流れに消えゆく中、それでも権勢を誇り続ける家として後にその名をはせる。


 神有家――。


 神の有る家、神を有する家。


 時の大王すらも影から支配した初代当主の妻は、一柱の女神だったと言われる。




『やめっ! そなたは何をしようとしているか分かって――』

『分かっているよ。でも、こうでもしなければあなたは私のものにはなってくれない』

『当たり前じゃ! 私は』

『ふふ、まるで物語のようだね。こうして人間に拐かされた女神は羽衣を失いこの地に留められる。物語では最後に羽衣を見つけられて逃げられるけど、私はそこまで愚かじゃない。子を産ませただけで安心などしない』

『――っ!』

『ここは君の鳥籠だよ、ヒメ』



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