表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/58

海国と湖国~愛する相手の為に~(前書きを必ずお読み下さい!!!)

注意)以前、ここの注意書きにて名前を出させて頂いた読者様の「饕餮様」ですが、この度ウルマック様と名前を変更されたとの事なので、以降はウルマック様で統一させて頂きます。



このお話を読むにあたり、注意事項があります。


1)湖国関係者のキャラは、読者様であるウルマック様が考えてくれたキャラと設定を使用させて頂いています


2)この番外編は、読者様であるウルマック様が書いて下さる予定の「大根と王妃シリーズ二次創作」の番外編として、大雪が書かせて頂いたものです


3)ウルマック様からは湖国キャラの使用の許可を頂いております。また、今後は、湖国キャラ以外にも、ウルマック様から使用許可を頂いたキャラ達も大根と王妃本編や別の番外編、こちらの名も無きでも出して行きたいと思います。


これらの注意事項を読んだ上で、読む読まないの判断をお願いします。

また読んだ後の文句は受け付けられませんのでご注意を。

 炎水界に存在する数多の国々の中でも水の第七位に位置する、『武を奉ずる尚武の地』――湖国。

 全ての湖の管理者であるかの国は、他の国と大幅に違う面がある。

 それは、他国に比べて確保出来た貴族の数が極端に少なかった事から、貴族制を廃止し三権分立と議院制を導入した結果、国民の力が他の国に比べて格段に強いというものだった。

 ゆえに、最終的な決断こそ国王や上層部にあるものの、他の制度に関してはかなりの部分で民が国政に関われるシステムとなっている。

 だが、湖国の素晴らしいところは、誰の力が強かろうとも、国民達と王を含めた上層部が良好関係のもと一丸となって協力し、他の大国に負けぬ栄華と繁栄を国にもたらしている事だろう。


 そんな湖国に、一人の美しい王妃が居る。

 他者を萎縮させる様な強い覇気を持ったキツメの美貌。

 大戦時代もその武術でもって湖国国王を守り、今は湖国が有するその地域随一の機動力を誇る飛竜騎隊の長として黒竜を駆るその姿から、「黒竜妃」とも呼ばれる彼女。

 炎水界でも、1,2を争う武闘派の彼女は、湖国の女性達から「お姉様」と呼ばれ慕われ、男性達からは恋敵として見られていた。

 というのも、湖国王妃はレズ、という事で有名だったからだ。


 そんな湖国王妃は深く悩んでいた。


「なあ、夫が変態的趣味を持った場合、お前ならどうする」

「離婚する」


 茶飲み友達である海国王妃はあっさりと言い放った。


「そうか……」


 その後、湖国王妃は何も言わずただ無言でお茶を飲み干す。

 そんな友人に、海国王妃はしばし考えた。


(なんかあったのかなぁ?)


 まさか、自分のその一言が後にとんだ事態を引き起こすなんて、これっぽっちも考えなかった。




 遠くから凄まじい砂煙が上がり、雄叫びが空に木霊する。

 近付いてはなりませんよ――と、四妃に守られながらも海国王妃は近付いてくるそれにピョンピョンと飛び跳ねて確認する。

 凄まじいドリフトで近付いてきたのは、湖国国王。

 相変わらず麗しい、葡萄色の髪と瞳を持つ、すべての男を跪かせる女王様タイプの男の娘の瞳に光るものにいち早く気付いたのは、もちろん海国王妃。

 涙を流しながら、素晴らしい回転で最後のコーナリングを回りきり、四妃の前までやってきた。


「紅玉ちゃんっ! 俺は」


 その途端、何時もは穏やかな貴妃がスパァァンと上官のビンタを湖王へと食らわした。

 仮にも王という言葉は、きっと貴妃には通じない。


「誰が王妃の名前を呼んで良いと言いましたか、この変態がっ」

「ぬぉ?! いつも女装して男妃を楽しんでいるお前には言われたくないわっ」


 実は貴妃と湖王は犬猿の仲だと言うのを知る者達は少ない。

 知っているのは、互いの国の上層部や海国後宮の妃達、それに同盟国の中でも数カ国の王と上層部ぐらいだろう。


 どちらも直視すれば昇天ものの美女――いや、美青年だが、何故か性格的に合わないらしい。

 といっても、有事の時には割り切って協力し合うし、また互いに背後を任せるほどの信頼はしているのだが、普段はとことん気があわない。


「この暴力妃!」

「黙れこの変態国王! 王妃にこれ以上近付くな! 殺すぞっ」


 どんどん言葉が男に戻っている貴妃から距離を取りつつ、湖王に挨拶する。


「こんにちわ、湖王様」

「ああ、やっぱり優しいな紅」


 その瞬間、腹部に貴妃の膝蹴りが綺麗に入ったのを海国王妃――紅玉はしっかりと見た。


「クタバレ」

「おおっ! 貴妃の氷の笑みが出たぞ!」

「すげえ! うちの海王でさえ百年に一度出るか出ないかなのにっ」

「会う度に出せるそのパチスロなら玉垂れ流しの秘訣は何かっ」


 他の三妃も完全に口調が男に戻っている。


「っていうか、死ぬか? マジ死ぬか?」

「や、やめ、俺を虐めていいのは妻だけぐふぅぅぅっ」


 その贅肉のない腹部にゴスっと一撃を入れられ、湖王は倒れた。


「さあ、王妃様、この後は庭園に参りましょう。池の蓮が見頃になっております」

「え、あの、湖王が」

「王妃様、あれは湖王ではございません。ただの変態でございます。というか、他国の王が別の国の王宮、しかも後宮にいる筈がありません。つまり幻覚なのですよ、あそこには何もいません」


 すらすらと言い切る貴妃が激しく怖い。


「一体何の騒ぎだ?」

「あ、海王」


 お付きの武官達を引き連れ、向こうからやってくる海王はきっと騒ぎに気付いたのだろう。


「貴妃、この騒ぎはなんだ?」

「何もございません、全てはいつも通りです」


 顔は笑顔のまま口元を扇で隠し、視線そのままで池に湖王を蹴り入れる所行は一見して優雅だが――。


「湖王様がぁっ」

「王妃様、あれはただの石ころですよ」


 変態から石ころにされた湖王。

 というか、神という基本認識からも転がり落ちてしまった。


「そうか、石ころか」

「いやいやいや! 信じないで!」


 それは信じたら駄目だ。


「そうだ、この親友の危機に動じないなんて酷い男だな」

「……何時の間に来た」


 普通にやりとりする海王だが、その視線に感情はない。


「さっき来た。ほら、二年に一度の同盟国間での会議。宰相も来たんだぞ~」

「ああ、会った。相変わらず幸薄そうな顔をしていたな。奥さんにも相手にされていないとか」

「のぉぉぉ! 海王ってば何時のまにドSになっちゃってんの! ははぁ~、奥さんの為か? 奥さんの為に虐められるの大好きなドMから」

「もう一度沈め」


 湖王の頭を池に押し付ける夫に紅玉は絶叫した。

 湖王も水を操るとはいえ、死ぬ。

 絶対に死ぬ。


 ジタバタと暴れた湖王が勢いよく水中から顔を上げた。


「殺す気か?!」

「当たり前だ。殺す気でやっている」

「ちょっ! 海王、お願いだから他国の王抹殺とかやめて下さい!」

「しかし王妃。この男を生かしておく事で私の不快指数が激上がりする気がして」

「そういえば、王妃様を名前で呼んでいましたよこの変態」


 貴妃の告げ口。

 海王のオーラが青から黒に輝いた。

 なのに、髪の毛は金髪になりそうな勢いだ。


「ひぃぃぃいっ」

「死ね、マジで渡れ」

「ふふ、俺は負けない。妻の為にも」


 決めポーズを取る湖王。

 しかしそのポーズが激しい悩殺ポーズであるのは何故だろう。

 他の男がやっても何にも面白くないのに、湖王だと色気が十割増しだ。


「凄い……羨ましい」

「女豹ポーズも俺は出来るね!」

「沙門、貴様とは一度決着をつけたいと思っていた」


 湖王の本名を呼び、かちゃっと剣を抜く海王。


「海王、俺の名前を可愛らしく愛らしい声で呼んでいいのは摩利だけだ」

「なら殺意に満ちた声で呼ぼう」

「ならオーケー」

「いいの?! それでいいの?!」

「海王ならね。因みに、凪国の萩波っちは俺の事を呼ぶ時はゴミでも見る様な目付きで、津国の暎駿なんて変態呼ばわりさ~」


 自虐的な事を言いながら笑う湖王に傷心の欠片も見受けられない。

 これは演技なのか。


「あれが湖国の国王とは世も末ですね」


 貴妃が溜息をつけば、徳妃が爆笑する。


「あはははは! でも、あれでも優秀な国王陛下様だよ~。国民の力が強い湖国でも、上手に民達の代表と信頼関係を結び、民達からも慕われてるしさ~」

「民達にとっては敬愛する存在ナンバーツーだそうです」

「え? じゃあ一位は?」

「湖国王妃様です」

「あ~、摩利姉様か」


 紅玉が摩利の事を思い出せば、確かに民達の彼女を見る目は尊敬の念に染まっていた。

 但し、男性達に関しては焦燥感と嫉妬に塗れていたが。

 尊敬しているが、同時に嫉妬もしている。

 その二つの心に苛まれながらも、それでも王妃を尊敬する、そんな複雑な思い。



「で、宰相を放っておいてなんでお前は此処に居る」

「だから会議」

「後宮で会議するとでも思ってるのか? あぁ?!」


 いつもは穏やかな海王が切れた。

 それもその筈。

 ここには湖王に会わせたくない愛しい妻が居るのだ。

 この男と関わって変態毒を受けたらどうする、いや、その前にこの男の目の前に出したくない。

 何処までも独占欲の強い海王だった。


「いや、海王。私は大丈夫だよ。それに後宮ったって男しか居ないし」


 紅玉は地雷を踏んだ。


「紅玉ちゃんそれは違うぞ! 男だって男に襲われる事はある! いや、むしろ美しければ性別なんて関係ない!」

「そうだぞ王妃! 男にとって大切なのは美しいかどうかだけだ!」

「世の中には男をいたぶる方が大好きっていう変態も多いんだから! いや、大半だって!」

「そう、女性よりも美しい男を凌辱するのが大好きな男も居る」

「あの国、来艶とかいう馬鹿が支配していた国もそうだったな」

「あそこの後宮の寵姫は全て男だったらしい」


 海王に湖王、そして四妃達の本気の叫びに戦きつつ、それでも何かがひっかかる。


「なら、私は余計に大丈夫だわ」

「なんでだっ!」

「男じゃないし、美しくもないから」


 せめて美しければ襲われるかもしれないが、男でもなければ美しくも無い自分は完全に安全である。


「そんな事はないぞ王妃! 私は常に王妃に欲情しているっ」


 その時、時が止まった。

 全ての時が、かちんこちんに凍り付く。


「……海王の馬鹿あぁぁぁっ!」

「ぐはぁっ」

「わざと殴られてあげるなんて、海王はなんて妻思いなんだ! 俺もよく摩利には殴られて」

「貴方のせいでしょうが! 消えてしまいなさい!」


 貴妃によって二度目の蹴りを食らい、湖王の体は池へと飛んでいった。







 場所は代わり、海国謁見の間にその面々は揃っていた。


「本当にすまない」


 疲れ果てている集団の筆頭は、湖国宰相――玉兎。

 『氷華』と呼ばれる美しい美女――の様な容姿はしているが、実は男の彼がぺこぺこと頭を下げる。

 その度に揺れる翡翠色の長い髪が、光に反射しキラキラと輝く。


 雪花石膏にも似た白い肌が今はほんのりと淡く色づき、その瞳には涙が浮かんでいた。

 確かに泣きたい気分だろう。


 他の数人の上層部や、彼らの子飼いの側近、そしてお付きの武官達に至ってはシクシクと泣いていた。

 確かに泣きたいだろう。

 ああ、湖国民代表の数人に至っては部屋の隅で四つん這いになっていた。


「心中お察ししよう。手の施しようがないとして」

「海王っ!」


 紅玉が嗜めるのも間に合わず、わっと湖国の一団が泣き崩れる。

 民達代表者達に至っては、これさえなければ文句のつけようのない王なのにと床を叩いている。

 その姿は余にも哀れだった。


「こんなにも彼らを傷付けるとは酷い男だな、お前も」

「違うぞ海王、彼らはこの俺の妻を思う健気な姿に感動を」

「するわけあるかぁぁぁあ!」


 玉兎のボディブローが湖王の腹部に決まった。

 流石は宰相閣下。

 見た目こそ蠱惑的な美女でも、その威力は男のそれ。


「というか、どこの世界に会議で訪れた他国の後宮に真っ先に行く馬鹿がいるんだよ!」

「ここに居る!」


 二度目のボディブローが繰り出されたが、湖王はその鍛えられた腹筋にて押留める。

 美しい美貌には、笑顔すら浮かんでいた。


「ふっ、俺に二度目はぐほぉ!」


 後ろからの海王の一撃は防げなかった。


「次やったら本気で殺す」

「海王、それよりも次回の湖国側での会議で同じ事をするべきです。湖国後宮に入り、湖国王妃とお茶会をするのはどうでしょう」

「いっやぁぁぁ! 他の、他の後宮の女はどれだけたぶらかしても連れて行ってもいいけど摩利だけはだめぇぇぇぇっ」


 現在湖国後宮には、自国他国から権力欲に取り憑かれた女達や、縁者達によって強引に送り込まれた女達が数十人居る。

 その中の一割は強引に入れられた者達であり、湖国上層部は彼女達の解放に向けて尽力しているが、その他は全て王の寵愛を得ようと日々策略を張り巡らし、女達の戦いを繰り広げている。

 出来れば、そういう救いようのない女性達から選んで欲しい。


「むしろ全員連れて行け! 強引に後宮入りさせられた女達以外はっ」


 そしたら綺麗さっぱりすっきりである。


「湖王! あんた何言ってるんだよっ」


 玉兎が切れる。

 確かに他国の王に自分の後宮の女を献上するという話はあるが、仮にも相手は水の第六位の海国。

 かの国から要求があるならまだしも、いや、あったとしても色々と問題がある

 いや、その前に男色家と名高い――といっても、そう仕向けているだけだが――王に女性を送る馬鹿が何処に居る。

 そんな事をすれば後宮の男妃達は危険に晒されるし、何よりも王妃一人を寵愛する海王が切れる。


 それか、海王妃を大切にする海国側と戦が起きてしまう。


「なら、お前が引き取るか?」

「いやです」


 玉兎は丁重にお断りした。

 自分は赤鴉一人で十分なのだから。


 赤鴉――禍津神として、周囲の蔑みと暴力の中で酷い神生を歩まされた少女。

 その後、久那斗という『神工枷』となり、自分達『完未』の為に生きてくれた少女を玉兎は苦労の末に手に入れた。

 一目見た瞬間から、赤鴉を手元に囲う為にあらゆる手段を尽くし、強引に妻にした。

 赤鴉だけでいい、他の女などいらない。

 沢山の妻を娶るのが認められている国もあるかもしれないが、玉兎はそれを拒否する。

 妻を沢山持つ事でのメリット以前の問題で、赤鴉しか必要の無い自分の所に嫁いでも相手の女性が迷惑だ。

 それどころか、もし愛されない事で他の女が赤鴉を害そうものなら、きっと玉兎はその女を殺す。

 より残酷に、より苦しめて。


 それぐらいなら、他の女などいらない。

 いや、最初から必要ない。

 だから王から一時的とはいえ、後宮の妃を下賜されるなどまっぴらだった。

 お気に入りの家臣に女を下賜するという制度が、現実にあろうとも。


「という事なんだ」


 湖王はやれやれと言った感じで首をふる。


「だから、一人ぐらいいらない?」

「うちの王妃の前で言う事か、それは」


 海国宰相がピリピリとその美貌から火花を散らせる。


「別にあげたところで、海王は相手にしないだろ」

「それでも何が起こるか分からないからな。そんな危険分子はいらない」


 海王を余所にさっさと告げる海国宰相に、湖王は苦笑した。


「あ~あ、フラれちゃった」


 その笑顔に、向こうも本気で言っていたわけではないと紅玉は悟る。

 まあ、あの湖王が本気で自分の厄介事を他者に押し付けるわけもないが。

 ああいう男は、自分の厄介事は自分で解決する事に全力を注ぐ。

 見れば、湖国の一団もそれぞれ疲れた様に苦笑していた。


「で、なんだって王宮に着くやいなや、私の王妃の元に行った?」

「もちろんご機嫌伺い! 沢山お土産持って来たんだよ~」

「持って帰れ」

「選んだのはうちの奥さんだから」

「そうか、なら受け取ろう」


 男からの贈物は死んでも受け取らせないのがモットー。

 海王の妻への愛のなせるわざだった。


「むぅ~、俺も紅玉ちゃんに贈物したいんだけど」

「いらん、そして王妃の名を呼ぶな」

「湖王様、どうもありがとうございます。王妃様にも私から御礼を言っていたとお伝え下さい」

「やっぱり紅玉ちゃんは可愛いね~」

「だから、私の妻の名を、呼ぶなと言っている」


 海王の体から、ざわざわと黒い邪気が放出されるのが全員の目に映った。


「けど、今日は摩利姉様は来られなかったんですね」

「……」


 地雷だった。

 摩利の名を出した瞬間、その場に体育座りをして床に字を書く湖王に海国側がどん引きする。


「ふふ、摩利、そう、摩利……ふふふふふ、二人っきり、せっかく」

「あの~、何かありました?」

「聞いてくれる?! 紅玉ちゃん! ってか、最初から紅玉ちゃんと二人でお話する気だったけど」

「そうか、二人っきりで、最初から、ふ~ん」


 白い指を重ね合わせ、パキパキと指を鳴らす海王の艶麗な笑顔が黒く染まる。


「そう、二人で」


 そこに火に油を注ぐ湖王に、玉兎が慌てて口を塞ぎにかかる。


「この私を前にして、人の妻と二人っきりか」

「だって、摩利と紅玉ちゃんは友達だし」

「友達は他にもいるだろう。果竪后や芙蓉后など、他にも」


 他にも、の所を特に強調する海王。


「無理無理~。あの萩波っちと暎駿っちが会わしてくれるわけないじゃん」

「それは貴様のせいだろう」


 大根と旦那のどっちが好き?


 そう聞いた湖王の質問に、果竪が本気で答えてしまったのが始まりだった。


「………………………えっと、もちろん、萩波だよ」


 長すぎる間がもたらすものはただ一つ。

 当然、凪国の上層部は切れた。

 湖国は平謝り。

 上層部に加え、民達代表者達も自分の王に非があるとして土下座した。


 王も怖かったが、何よりも特に王に近しい彼らがもたらした恐怖は今も湖国に語り継がれている。


 侍女長の明燐は無表情で鞭の調整をし、筆頭書記官の朱詩は黒すぎる笑顔を浮かべ、『海影』の長の茨戯は持っていた扇を握り潰した。


 そして明睡に至っては、虫けらでも見る様な視線を向け、その他上層部達もそれはそれは氷の微笑みを浮かべる始末。


 よく生きて帰れたと、後にその場に居た湖国一同は泣いたのだった。


「お前、の、せい、で!」


 ぎりぎりと王の首を絞める玉兎に湖王は笑顔で反論した。


「あははは、果竪ちゃんとのスキンシップだよ、コミュニケーションと言う名の」


「どこがだ! そして津国も怒らせやがって!」


 あの後、今度は津国も怒らせた湖王。

 わざとか、と本気で詰め寄ったのは湖国上層部の記憶にも新しかった。


「ちくしょう! うちの国を潰す気かっ!」

「苦労しているんだな」


 玉兎に同情するのは海王だけでなかった。

 他の海国上層部も一様に同情する。


 王としては最高なのに。

 賢君の一人として名を馳せ、大国とも対等に渡り合い国を守りきるその姿には、国民達すらも魅了する。


 なのに、この性格。


「紅玉ちゃん、なんかみんなが酷い視線を向けてくるんだけど」

「え~と、きゃっ!」

「うん、紅玉ちゃんだけだよ、ここでの俺の味方は」

「殺す」


 妻に抱きつく害虫の駆除に海王は剣を抜いた。


「ふふ、俺を倒せるかな?」


 そうして自らも剣を抜く湖王。

 両者が対峙する姿に、その場に居た者達の殆どが過去を思い出す。

 それは、大戦中に二人の王に付き従った者達の記憶。


 現在天界十三世界にて王や上層部となっている者達の大半は、大戦中に現天帝と十二王家の下に集い、付き従った者達だ。

 中でも、この炎水界の王や上層部の多くは、十二王家の一つ――炎水家当主夫妻の下に従軍していた。

 普段は各々に指揮する自分の軍を纏めて各地に散り、それでも定期的に従軍する炎水家当主の下に赴いた。


 そこで情報交換を始めとした各軍の交流が行われてきたのだ。

 中でも、名物に近かったのは、各軍の長達や幹部達の間での模擬試合。

 自分達の武を磨き、鼓舞し、ただ強いものと戦いたいという純粋な欲求を満たすためのものであり、辛い大戦の中での一種の余興でもあった。


 特に湖王は海王と良く模擬試合で対戦相手となりその雌雄を争っていた。

 凪王と津王がそうだったように。


「場所はどうする?」

「鍛錬場が」

「駄目!」


 紅玉が夫の腕にしがみつく。


「王妃」

「紅玉ちゃん」

「そんな危ない事したら駄目よ!」


 そこで初めて海国側も湖国側も気付く。

 紅玉は大戦中、軍に所属していなかった。

 そう――軍に所属しない、普通の少女であり、縁があって凪国王宮に勤める事になった女性。

 それ故に、海王と湖王がいつも模擬試合で戦っていた事を知らない。

 それを、完全に彼らは失念していた。

 それほど、大戦中互いの軍に居た者達にとっては普通な事であったから。

 また国民代表者達も何度か目にしている事もあり、いわばここで二人の戦いを見た事がなかったのは紅玉だけである。


「王妃……」

「紅玉ちゃん……」


 軍に所属していなかった紅玉が必死に止める姿に、二人は剣を降ろす。

 だが、それに気付かない紅玉は更に言い募った。


「戦いなら別のにしましょう!」

「は? 別の戦い?」

「そう、平和的に――」


 と言いつつも、すぐには考えが浮かばない。

 一体どんな戦いであればいいのか。

 紅玉は考えた。

 必死に必死に考えた。


 そして、思いつく。

 夫が怒るのは、湖王が自分に構い過ぎるから。

 ならば、代わりに摩利の事を持ち出してみれば。


「じゃあ、摩利姉様にキスされた回数で争いましょう、私は五百回」


 その瞬間、湖王は吐血した。


「ひぃぃぃっ! ちょっと王!」

「く、ぐぅぅう! し、初っ端から最終兵器なんてっ」

「紅玉、その戦いは私には無理だ。私は摩利には一度しかキスして貰ってない」


 顔に――。

 と続ける前に、湖王から凄まじい怨念が放出される。


「キス?」

「え? じゃあ、摩利姉様にハグしてもらった回数! 私は三千五百回」

「ぐわほぉぉぉぉお!」

「それでも私は十回ぐらいだな」


 湖王が血の涙を流す。


「十回だと?! 何気に二桁だと?! 俺でさえハグなどという神聖な行為は九回しかしてもらってないのに」

「じゃあ同じぐらいで同点という事で」

「違うぞ王妃」

「そうだ! 紅玉ちゃん! 九回と十回には深い隔たりがあるんだ! そう、九回は一桁だが、十回は二桁! そこにあるのは、決して超えられない壁なんだ!」

「あ~、それって二十九才と三十才の厚い壁みたいな」


「「そうだ!!」」


「けど、海国王妃様に比べればドングリの背比べ状態ですから」


 海国宰相の突っ込みが王達を貫く。


「ってか何?! 一体どうしてそんなハグされれてるのおお! しかもキスって何!」

「あ、でも果竪様の方が多いかも。三万五千九百二十五回程度でしたから」

「のおぉぉぉぉぉっ!」


 重火器で言えば、戦車すら一撃のロケットランチャーを百連発食らった後のように、ぷすぷすと焦げながら湖王が倒れた。


「酷い、俺だってキスなんて滅多に出来ないのに」

「この前は襲い掛かって思い切り避けられましたしね」


 冷たい玉兎の突っ込みに湖王はシクシクと泣いた。


「流石は私の王妃。湖王を一撃でノックアウトなんて」


 それって、余計に事態を悪くした気がする。

 しかし怪我とかしていないし、血も出てないからいいか。

 納得する紅玉だが、心の傷というところにまでは考えが及ばなかった。


 代わりに、先程湖王が言っていた言葉が思い出される。



「そういえば、さっき私と話がしたいとの事でしたが」

「うん、したい、摩利の事で」

「摩利姉様?」


 キョトンとする紅玉が玉兎達を見るが、彼らも首を傾げるばかりだった。

 というか、国を出発する前からシクシクと泣き、道中も泣き、ようやく海国王宮に辿り着いた瞬間、凄まじい速さで後宮へと走っていったしまったのだ。


「摩利が、摩利がっ」

「摩利姉様が?」

「あいつが酷い事を言うんだ!」


「どうせまたお前が何かしたんだろ。あいつの好みの女を寝取ったとか」

「うっさい! んな事するかっ!」


 湖王の正妃――摩利。

 湖王ほどではないが、それなりに美しく綺麗な美貌に加え、炎水界でも武闘派王妃として名高い彼女は、大戦中には『燈湖(湖国首都)の処女狼』と呼ばれていた灰色の狼神にして戦女神だった。

 勇ましくて気高く、慈愛と慈悲に溢れたよく出来た女性で、どうしてこの湖王と結婚したのかいまいち海王にはよく分からない。


 とりあえず、二人が結婚すると聞いた時には彼女に「神生を捨てるな」と止めてみた。

 まあ、その時にはそそれがバレて湖王と大げんかしたが。


 が、そんな彼女――摩利はレズだった。

 確かに戦女神というものは結婚せず処女神を貫く者達が多い反面、同性愛に走りやすい。

 つまり、女を相手にする。


 だから、湖王などお呼びではないのだ。

 いくら美女面していようと、生まれつき女として凌辱され続けてこようとも。


「それは出立前夜の事だった」

「心底どうでもいい過去話が始まったな」


 海王の突っ込みが入るが、湖王は気にせず話を続けて行く。


「その日、俺は仕事が早く終わり、珍しく夕方頃に妻の元を訪れた。が、そんな妻は後宮に巣くう女達の美女美少女ウォッチングに熱中していたんだ」


 それも、海国側は知っている。

 はっきりいってレズの摩利にとっては美しい女性達の集う後宮は天国同然。

 そこを訪れるだけで、いつも美しい女性達を見れるのだから――但し、彼女達は王の妻という事で決して手は付けないが。

 反対に、湖王は後宮の女達に対して激しい怒りを常に燃やしている。

 嫉妬……そんな言葉では片付かないほどの怒り。

 そもそも、後宮なんぞ開きたくも無かったし、別の女など欲しくも無かった。

 なのに、愛する女性からは結婚する前にレズだと宣言され、更には結婚後も後宮に入り浸られ女性達をウォッチングされている。


 もちろん、王の寵愛を受けたがっている女性達からすれば敵と認識されて近付く事も困難だが、無理矢理後宮入りさせられた女性達とは既に仲良くなり「お姉様」と呼ばれて慕われている。


 海王も見た。

 美しい美女美少女達に囲まれ、彼女達を侍らし「うふふ、可愛い子、あら貴方の胸は今日も素晴らしいわね」と椅子に座って足組みして微笑んでる摩利の姿を。


「そしてそこに加わろうとする赤鴉を玉兎が全力で止めて」


 泣きながら止めていた姿も思い出す。


「当たり前だ! 赤鴉は俺のもんだっ!」

「けど、最終的に赤鴉は摩利の所に行ったな」

「……」


 その場に崩れ落ちて泣き伏す玉兎。

 あの時、確かに玉兎は摩利に負けた。

 もちろんその夜はしっかりとお仕置きをしたが。


「その摩利がウォッチングしてて何かあったのか?」

「摩利は女達を見て呟いていた。『良い乳してるね、あの子。あっちの子はお尻の形がいいし感度も良さそう』って――ってか、尻なら俺は負けない!」

「尻?」


 キョトンとする紅玉を海王は引き寄せ抱き締める。

 愛する妻が毒されないように、しっかりと抱き込んで。


「更に『ああ、あの子のお尻も弾力がありそうだし、凄く触り心地が良くて感度も良い感じね』って――俺なんて中の感度まで良好だ!」


 湖王の頭に玉兎の踵落としがめり込んだ。


「中の感度って? どこの感度?」

「はははは、王妃は一体何を話しているんだ。いや、湖王の言ったのは温度だ、部屋の温度」

「温度?」


 あれ?そんな話してたっけと紅玉は首を何度も傾げた。


「何するんだ玉兎!」

「煩い! その口閉じろ!」

「何を言う! はっ! 言っとくが俺はお前にも勝つからな! 尻の使い方はっ」


 再び玉兎の裏拳が炸裂した。


「馬鹿ばっかり」


 海国宰相がそう断じる。

 が、特に、いや、馬鹿はただ一人だけだが。


「玉兎、何をそんなに怒る! はっ! まさかお前は俺よりも尻の感度と具合が良いというのか?! 尻の使い方が上手いというのか?! それは認めないぞ! この俺こそが最強だ! だから摩利は俺の尻を可愛がってくれればいいんだっ!」


 湖王が叫ぶ間ずっと紅玉は夫に耳を塞がれ続けた。

 同時に、海国側からの冷たい視線に湖国側の胃がキリキリと痛む。


 もう会議なんてどうでもいいから帰ってしまおうか。

 そんな誘惑にもかられた。


「というか、その後の摩利の言葉は全て女達を褒め称えるものばかりだった」


 そして何時の間にか話が戻っていた。


「この俺という完璧な夫が居ながら、愛する妻が別の女達を褒め称えるこの気持ちが海王には分かるか?!」

「わからない、そういう事は一度も無いから」


 そもそも、後宮に居るのは全て男達であるし。


「くそぉぉぉ! 摩利は酷すぎる! 他の女達の事ばかりウットリと語って……だから、俺は摩利を押倒した! この俺に気持ちを向ける為に!」

「体で言う事を聞かせるのか」

「違う! ボディートークだ!」


 どっちにしてもあまり変らない。


「そう、俺は今まで俺が培ってきた全てを摩利に叩込もうとした」

「お前を襲い、女として飼ってきたゲス共に学ばされた事をか」

「違う! 俺独自が生み出した方法だっ」


 海王は自分と同じ様な過去を持ち、それゆえに性技に長け、壮絶なる色香を放つようになった湖王を見る。


「なのに摩利は俺を拒否したんだっ」

「いつもの事でしょう」


 玉兎は暴露した――王の夜伽事情を。


「日夜いつもいつも逃げられていて」

「いつも逃げられてるのか、残念な男だ」

「違う! 俺の色香がまだ準備中なだけで」


 半ば忘れられている紅玉が一生懸命に夫の手を耳から外そうとするが、上手く行かない。


「なら諦めろ」

「嫌だね。今回こそ上手く行くと思ったんだ! 他の女の尻なんて一瞬にして興味を無くす秘策を俺は使ったんだからな!」

「何を」

「これを使った」


 そう言うと、湖王が取り出したのはくねくねと動く極太金属棒。

 いわゆる、大人の玩具である。


「これで俺の尻を攻めてくれと頼んだ! なのに、摩利は逃げた!」

「確かに逃げるだろうな、常識神だから」


 男にこれで責めてくれと言われて責めてくれるのは、凪国の明燐ぐらいだろう。

 あの女王様なら完璧に鞭で打ってくれる。


「その後は海国に出立する時にも見送りすら来てくれなかった」

「そうか、まあそういう失敗もあるさ」

「いつもなんだ! いつも、この玩具を使って頼んでいるのに!」

「お前、さっき今回の秘策って言っただろ」

「今回は男を欲情させる笑顔もつけた、過去に培った最高の笑顔をな」


 その昔、多くの男達を堕としてきた笑みの実力は今も続行中である。

 だが、一つ問題がある。


「摩利は女だから、男を堕とす笑みでは効果はないだろう」

「だからか?!」


 湖王は衝撃を受けた。

 一方、海王はこいつは馬鹿だと断じる。


 いや、そもそも最初に出会った時から馬鹿だった。


 もともと、自分と似たような過去を持つ男達は少なくなく、いや、美しければほぼ同じ過去を持っていた。


 湖王やそこに居る玉兎を始めとした湖国上層部の男性陣もそうだ。

 美しく生まれてきてしまったが故に、生まれてからずっと、女のように扱われ凌辱されてきた。

 時には加虐傾向のある男達に鞭や縄で弄ばれ、時には見世物のようにされ。

 その美貌ゆえに多くの男達、時には女達の劣情に晒され、散々性的虐待を受け続けてきた。

 中でも最も屈辱だったのは、彼らは常に女として扱われてきた事だ。

 男でありながら、女物の衣装を身につけさせられ、仕草や言葉使いも改められ、女として凌辱される。

 愛妾から性奴隷まで様々な立場に貶められ、多くの飼い主達に売り買いされ、時には新しく見初めた者が前の主と争ったり殺したりして所有権が幾つも移り変わっていった。


 その悪夢からようやく解放されても、現在でも定期的に男を受け入れなければ収まらず苦しむ者達も多く、湖王と玉兎などは特にその筆頭であり、海国にもそういう存在は少なからず居た。

 きっと、炎水界、いや天界十三世界全土を見ればもっともっと数は多いだろう。


 美しければ、強者に奪われる。

 強者に愛でられ、弄ばれ、ただの愛玩動物として飼われ続ける。

 男なのに正妻にされた者もいれば、愛妾にされた者もいる。

 それぐらいなら性奴隷の方がよっぽどマシだと狂いかけた者も居る。


 そういう者達が今、大戦を終え、その後の混乱時代を乗り越え、ようやく愛する者達と結ばれ始めた。

 けれど、それでも同性と寝る者達が後を絶たない。

 それは、任務だったり、愛するものを守る為だったり、単純に体が疼き苦しむがゆえにだったりと理由は様々。


 それは、大戦がもたらした負の遺産と同じく、女として飼われてきた男達にとっては今も悩む後遺症である。


 だが、と海王は湖王を見る。

 この男はそれでも必死に生きてきた。

 その悪夢の過去を振り払うように、必死に生きて、生きて。

 大戦中も戦い続けた。


 いつか来る自由という名の未来を待つのではなく、自らもぎ取るために。

 軍を率いて、炎水家当主夫妻に従軍し、戦い続けた。


 それは、玉兎や他の湖国メンバー達も同じ。

 国の建国後は、そこに居る国民代表者達も一丸となって働いた。


 その手腕、才能、神望、その他王として必要な全てを大戦の中で手に入れていた湖王。

 しかし、この男が同時に馬鹿だと海王は知っている。


 結婚して少しはマシになったかと思っても、次々とその期待を裏切られた。

 摩利はあんなにも素晴らしい女性なのに――レズだけど。


「まあ、謝ればいいだろう」


 とにかく、それしかないと海王は告げた。


「無理だ」

「なんでだ」

「だって、この玩具で責めてと伝えた時、摩利は俺に言った!」



『私、胸がたゆんたゆんに膨らんだ相手以外興味ないから』



「摩利の馬鹿あぁぁっ! いや、俺はやる! 摩利の為にも俺は胸を膨らませる!」



 無理だ。

 その場に居た全員が思った――耳を塞がれている紅玉以外は。


「諦めろ、湖王。夢は叶わないからこそ夢なんだ」

「馬鹿野郎! 夢は叶えてこその夢だ! 俺は負けないっ」

「で、結局うちの妻と何が話したかったんだ」

「いや、実は胸を膨らませる為の秘薬作りに必要な材料があるんだけど、その一つを紅玉ちゃんが栽培してる事を思い出して」


 こいつマジだ。

 全員がどん引きした――耳を塞がれている紅玉以外は。


というか、湖王の胸が膨らんだら一体かの国はどうなるのか。


「馬鹿! 何考えてるんだよっ!」

「馬鹿じゃないぞ! 赤鴉ちゃんだって素敵って言ってくれたし、薬が出来たら赤鴉ちゃんにもプレゼンとするんだからなっ」

「赤鴉の胸は俺が大きくする! お前の出る幕はないっ」

「何を言う! 赤鴉ちゃんのささやかすぎる小さな胸をいつまでたっても成長させられないお前などただの無能だっ」



 湖国宰相――玉兎。

 その絶世の『氷華』と名高い冷たい美貌だけでなく、その政治手腕を始めとした多くの才から湖王の懐刀としての呼び名も高い。

 また文武両道であり、その武術の腕前は湖国の将軍達にもひけをとらない程。


 その男を無能呼ばわりする湖王もまた鬼畜かもしれない。

 いや、失礼かもしれない。


「妻に尻を責めてくれと玩具を渡す変態に言われたくないわっ!」

「なんだと?! お前こそ、赤鴉ちゃんが嘆いてたぞ! 玉兎は凄く感じやすい受けの体なのに、気持ち良くさせようとすると怒るって! お前は鬼だ!」

「煩いその口縫うぞ!」


 女として飼われてきた男達は、その激しい凌辱から基本的に受けとなり、責められる事で快感を覚えるようになる。

 下手すると、二度と女性を抱けない体にされてしまうのだ。


 特に玉兎は湖王並に感度が良すぎてしまい、胸の頂に触れるだけで全身を電気が駆け巡ったように快楽の痙攣を起こす。

 それを赤鴉に見抜かれて以来、何度も責められかけ、事の大半はその攻防に費やされていた。


 というか、ただでさえ男のプライドをズタボロにされているのに、女性を抱けず男を欲しがり責められる事を望む体。

 それに絶望する者達はかなり多い。


 その最も有名な例では、凪国に住まう玲珠達の例がある。

 あの国――来艶とその父という馬鹿親子が治めていた国で、男色家だったその馬鹿親子と側近達に拉致監禁され寵姫として飼われてきた玲珠達は、来艶達が死に、祖国が滅ぼされ、凪国に渡ってからもその激しい凌辱で変えられた体に悩んでいた。


 すなわち、女性に全く反応せず、男、それも強い男に抱かれたいと勝手に反応する体に激しく絶望してきたのだ。


 だがその絶望度で言えば、海国側も湖国側も決して負けないだろう。


 幸いな事に、湖王と玉兎を含めた大半は、定期的に男を欲しがり抱かれたくなっても、女性をきちんと抱ける体を保つ事は出来ていた。

 しかし、責められれば途端にただの淫らな肉人形となる体に、どれほど涙を流してきた事か。

 海王も強引に女にさせられた性的虐待経験者として、その気持ちは分かる。



 が――。



「はっ! 言っとくが、妻の希望を叶えてやれない夫など失格だ」

「なんだと?!」


 湖王の言葉に玉兎がたじろぐ。


「責めたいという赤鴉ちゃんの希望を叩きつぶし、彼女が泣いているのにも気付かないお前など男じゃない!」

「くっ!」

「玉兎、男になれ! そしてこの玩具で赤鴉ちゃんに責められるんだ! 彼女に尻を差し出せ! それでこそ男だ!」

「――っ」


 あ、かなり揺らいだ。


「俺の、尻を」

「そうだ! それでこそ赤鴉ちゃんをメロメロにする栄光への第一歩となるんだ!」



 その時、紅玉がようやく海王の手を外し、その一言を耳にする。



「さあ! その尻を使って赤鴉ちゃんを」



 湖王の頭に投げつけられたのは、鈍器と言う名の椅子。

 白木造り。

 一種の芸術品たるそれを迷いなく湖王に投げつけた海王は、すかさず紅玉の体を回転させ自分の胸に顔を埋めさせる。


「は? へ?」


 そのまま、紅玉を抱きかかえる。


「妻が疲れたようだから、会議は午後に改めて」


 その言葉に、反論する者は一人も居なかったという。





 因みにその後、紅玉が摩利と話す機会があった時に彼女から聞いてしまった真実に長らく紅玉は申し訳なさを覚える。



「湖王には毎回玩具を使って責めてくれと変態的趣味を強要されるんだ。けど、離婚は、したくない、し、……だから、胸が膨らんだ相手しか相手にしたくないと告げてみた」

「……」



 言葉は慎重に。

 紅玉は言葉の持つ力を思い知ったのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ