海影一員×生贄(妻を傷付けた者達に対する夫の復讐物)後編
警告)後半、残酷表現が強いです。嫌な方はUターンをお願いします。
山と海に囲まれた場所に、その村はあった。
村といっても、もう後少し人口があれば町にもなる大きさ。
その村の息子として産まれた。
都心部から離れた村は、山奥の吊り橋を除けば海路でしか他の町村に行くことが出来ない陸の孤島。
似たような村では過疎かが進み、幾つもの村が消えていった。
しかし、この村は富んでいた。
村長の家を始め、とくに富んだ幾つかの名家と呼ばれる家々は、豊かな財を示す広い邸宅を持つ。
外から来た者は言う。
有り得ない。
何故こんな山奥に。
この富は何処から。
人の欲望と言うのは限りがなく、何処までも深い。
それは、他者の命を犠牲にしても己の願いを叶えようとするまでに。
この村が出来たのは、今から数百年前。
戦で敗れた者達が隠れ済むようにして辿り着いた場所。
しかし、立地条件が災いして、あっという間に村は貧困に陥った。
海で生計を立てるにも、殆どにおいて荒れ果てており、まともに船さえ出せない。
けれど、時折凪いだ海で漁をすれば、そこには驚くほど豊かな海産資源があった。
畑は作れず、海で漁をするぐらいしか出来ない。
しかし、漁が出来るのは海が凪いだ時だけ。
当時の村長は海へと語りかけた。
生贄を捧げよう。
だから、この海の恵みを我らにもたらせ――と。
生贄に捧げられたのは、村一番の美少女だった。
美少女の体が波間に消えると共に、海は凪いだ。
そして沢山の海産資源に加え、真珠、珊瑚などの宝石も得る事が出来た。
それから十年ほどたった頃だ。
それまで穏やかだった海が、数ヶ月にも及び荒れ出した。
村長は迷わなかった。
新たな生贄を選び捧げると、海は再び凪ぎ、膨大な資源が村にもたらされた。
更に十年後。
その更に十年後――海が荒れ続ける度に生贄を捧げ、それによってもたらされた富。
十年ごとの生贄制度が確立した。
こうして村人達は味を占め、美しい少女達を捧げ続けた。
村に居なければ、外で攫ってきた。
そんな中、誰が初めに気付いたのだろう。
海の神と思っていたそれは、『魔性』と言われる化け物だという事を。
今も知るのは村長と数件の名家のみ。
しかし、相手が何だろうと関係ない。
富、富、富。
自分達に利益があるなら、それで構わなかった。
そうして数百年が経過しても、村は繁栄し続け生贄制度は存続した。
その村長の息子として産まれた私は、当然その制度の存続を求められた。
だが、何故その生贄が愛しい少女だったのだろう。
小さい頃、初めて見た瞬間から恋に落ちた。
自分はこの従姉妹と結婚するのだと思っていた。
なのに、従姉妹は産まれながら生贄になる事が運命づけられていた。
何故?何故?
他の少女なら誰でも良い。
けれど、従姉妹だけは駄目だ。
私の愛しい少女だけは許せない。
私の願いはささやかな物だった。
ただ、従姉妹を救い自分の妻にしたいだけ。
従姉妹と共に生きたいだけだった。
従姉妹の妹の様に、生贄制度自体を潰そうとは思わなかった。
生贄制度は村に必要だ。
自然条件の厳しいこの場所で村が存続していく為には、沢山の恵みが必要となる。
それを与えてくれる海の神。
感謝の印を捧げず牙を剥くなんて罰当たりな事は出来ない。
相手が『魔性』だろうと関係ない。
恵まれた環境の中で育ててくれた両親のように、私は愛しい従姉妹との子供を恵みの中で育てたかった。
なのに――。
『諦めろ、あの娘が一番この村で美しい』
それが激しく憤る私への曾祖母の言葉だった。
何故、別の少女では駄目なのだ?
他にも少女は沢山居る。
従姉妹ほど美しくなくても、代わりは沢山いるのだ。
しかし、従姉妹ほどの美しさでなければ駄目だと、村の長老共は言う。
私は諦められなかった。
それは、従姉妹の妹も同じだった。
可愛い妹。
姉を助けようとする妹。
お前だけが俺の味方だった。
そんな従姉妹の妹は、私の許嫁だった。
年々従姉妹に似ていく美しい少女にせめてもの慰みを覚えつつ、けれどやはりまがい物だと落胆した。
従姉妹はその様には笑わない。
従姉妹の声はその様ではない。
従姉妹はもっと美しい。
やはりまがい物はまがい物。
そんな時、私は気付いた。
姉妹ならばどうだろうと。
従姉妹に年々似ていく妹。
生贄となる姉とよく似ているならば、少しは神もお許し下さるだろう。
同じ血を引き、似た容姿。
従姉妹に比べるととんだじゃじゃ馬だが、前回の生贄は大人しい少女だったから、ここらで趣向を変えてみるのもいい。
もし駄目だったら、外から別の少女達を連れて来よう。
そして私は、まず従姉妹を口説き落とした。
最初は何度も拒みつつも、最後には受け入れてくれた愛しい少女。
死ぬのが、生贄になるのが恐かったと泣きじゃくり、本当は私のことが好きだった、許嫁となり全ての幸せを得る妹が腹立たしく憎かったと叫ぶ少女に、私は胸に強い痛みを覚えた。
何故もっと早くに少女を助け出さなかったのかと。
少女がこんなにも嘆き哀しみ、苦しみ続けたのは自分の行動が遅かったから。
そして、許嫁に対する怒りを覚えた。
生贄制度を潰すよりも、何故幸薄い姉の身代わりになろうとしなかったのか。
妹ならば、姉の幸せの為に身を捧げるべきなのだと。
とんだ役立たずだ。
けれど、最後にはしっかりと役に立って貰う。
そうして姉を助ける為と言葉巧みに騙し、私は許嫁を生贄として海に捧げた。
それから程なく、私は従姉妹を妻に迎えた。
結婚式は盛大に行われた。
生贄を捧げた後にもたらされた沢山の海産資源。
それを売ったお金で、妻を綺麗に飾り付けた。
喜ぶ妻に、私は自分の考えが正しかった事を悟った。
だが、生贄を捧げて数年目の事だ。
珍しく雨が降り続き長雨となった。
こんなに降るのは珍しいと思いながら、一時的なものだと考えた。
「暫く漁は休みか」
残念だが、暫く漁を休んでも十分なほどの財がある。
他の者達もそう思ったのだろう。
しばらくは子作りにでも励むか。
まだ妻との間には子が居ない。
これまで忙しかった分、たっぷりと可愛がってやろう。
そうして集会場から自宅への帰途についた私は、そこで有り得ないものを見た。
村長の自宅は、海に面した崖上に場所にある。
その為、家路から海が綺麗に見渡せた。
「あ……」
何かに呼ばれた様な気がして海を見た時、私の目にそれは映った。
「……ま、まさか」
海の上に立っていた。
元、許嫁が。
鳴り響いた雷鳴に意識が逸れた私が、再び海に視線を戻した時には、誰も居なくなっていた。
あれは何だったのか。
だが、嫌な予感がする。
急に妻のことが心配になり家に戻ると、怯え泣き喚く妻の姿があった。
女中達ですら手が付けられず、皆オロオロとしているばかりだった。
「貴方、貴方、妹が、あの子がっ!」
どうやら、あいつは妻のもとにも現れたらしい。
怨霊だろうか。
いや、そんな筈は無い。
今頃は神の御許で懸命に仕えている筈だ。
だが、もし万が一、私達を恨んで化けて出て来たとしたら、とんだ逆恨みだ。
妻をこんなにも怖がらせたあいつを許さない。
この村の長として、私は断固戦う。
そう、断固――。
*
「全く、本当にびっくりしたんだからな」
キョトンとする妻の頬を両手で挟み、コツンと額を付ける。
すると後ろからクスクスと笑う声が聞こえた。
「俺がやると、おかしいですか」
「いや、すまない」
「なんていうか、うん」
朱詩様の側近である玲珠と柳。
今回の仕事のチームの一員である。
この他に、もう一人海影所属の同僚が居る。
影仲間は、少し離れた所から下を見下ろしていた。
ここは、山の頂。
すぐ側には、大きく地滑りした跡がある。
いや、正確には大規模な山体崩壊をさせたのだ。
風の神にも協力を願い、集中豪雨を起こさせたところで、大量の水を操り事を為した。
山の形状すら大きく崩す程のそれは、何もかも飲込みながら海まで到達した。
何もかも。
何もかも、飲込んで。
「まあ、これで門は完全に埋まったね」
影仲間が言う。
此処は元は聖地だった。
そして二つの門が存在した。
山と海に、古代猛威を振るった『魔性』を封じ込めた、門が。
しかし、長年生贄を捧げ続けたせいで、その門の封印が解かれ始めた。
最初は海。
新しい『魔性』がそこで生贄を食らい続けた事で、生贄となった少女達の怨念により封印が緩んだ。
今度は山。
丁度村のすぐ側に、門があった。
それも殆ど開きかけていた。
普通ならば、村人達を避難させて封印作業は行われる。
間違っても、巻き添えにはしない。
しかし、何百年にもわたって行われつつけた生贄の儀により、村はおろか村人達自体が『魔性』の一部と変貌していった。
そう――この、山にある、全てのものが。
村人達を一人でも残せば、門は完全に閉まりきらない。
直ぐに決断は出された。
少しでも影響の少ない者達は助け出す。
しかし、子供を生贄に奪われた者達は伸ばされた手を振り払った。
自分達も同罪だと。
子を最後まで守りきれなかった罪を、ここであがなうと言って笑った。
そして、村は山滑りによって埋まった。
地中深く、門と共に。
「でも、お前も本当に性格が悪いよ」
「確かに」
「だな」
クスクスと笑う、凪国王宮でも名高い男の娘三人組に俺は顔をしかめた。
性格が悪いのはお互い様。
これでも、我慢した方だというのに。
本当は、一人ずつ切り刻みたかった。
動けないようにして、その手足を切り落とし首を飛ばし。
とくに、妻の元許嫁は念入りと苦しめて。
まあでも、生き埋めにしてやったからこれで我慢するしかない。
それに、生き埋めは本当に苦しい。
一瞬で息の根が止まらぬように、空間を作ってやった。
数日は生き延びることの出来る、空間を。
じわじわと、苦しめば良い。
じわじわと。
じわじわと。
死への恐怖を味わえば良いのだ。
「本当に、性格が悪い」
「これでも、我慢した」
罪をあがなうと言った者達は、冥府へと旅立つのが見えた。
彼らだけは苦しまずに死ねるようにしてやった。
それがせめてもの、自分達からの手向けの花。
けれど、生贄の儀を率先して続けた者達は、死後も長らく此処に留まり続けるだろう。
そう――生贄にされた者達の恨みが消えるまで、彼らは此処に縛り付けられる。
その作業の少し前だった。
俺の妻が居なくなったのは。
妻に見せてやりたくて、此処に連れて来た。
妻を裏切り、生贄として捧げた、この村の末路を。
なのに、少し目を離した際に居なくなった。
妻は海の上で遊んでいた。
海面の上をクスクスと笑いながら歩き、踊っていた。
風の神に教えられ、すぐに迎えに行っても笑い続けていた。
そして妻は、夫の腕の中で村の終焉を見守った。
「これで終わりだ。お前を苦しめるものは全て消えた」
「……」
「さあ、帰ろう」
振り返る事なく立ち去ったそこは、長きに渡って人々から忘れ去られた場所となるのだが、そんな事はどうでも良かった。
数百年に及び富み続けた村。
しかし今、その名残は何処にも無い。