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王×王妃⑦(シリアス物) 【完結】

これで、河国国王夫妻の物語は終わりとなります。


今回は、王サイドのお話と、その後のお話です。

視点が色々と変わるのでご注意を。

 フォルティナが死んだ。

 彼女の大好きな白い花の咲く季節に、ひっそりと。

 河国王妃の葬儀は、彼女の遺言により王妃としてはあまりにも慎ましいものだった。


 葬送の鐘が鳴り響く中、王妃を慕っていた者達の泣き声が響く。

 上層部も居た、下働きの者達も居た。

 官吏の中にも、武官の中にも、貴族の中にも、慕っている者達は多く居た。

 民達も、きっと彼女の為に泣いている。


 フォルティナが駆け抜けた神生の結果に、耐えられなくなった俺の瞳から涙が零れた。


 思い出せば、一人の男と女としての付合いより、王と王妃としての時間の方が長かっただろう。


 不甲斐ない夫。

 妻一人幸せに出来なかった駄目夫。


 側室達やその背後の者達の暴走を止められず、側室との間に出来た息子達やフォルティナとの間に生まれた娘も失ってしまった。


 残されたのは二人の息子達。

 憎い側室達の血を引きながらも、それでも息子として接することが出来たのは、妻や娘の御陰だった。

 愛する事は出来ない。

 けれど、大切に育もう。

 二人の息子のどちらかが王になり、残された方が王を補佐する。

 自分とは違う王になれば良い。

 賢君と謳われた俺だが、賢君は一種類しか居ないわけではない。

 国を思い、民を思い、上層部や官吏、軍部と協力して国のために働き、更なる発展と栄華をもたらす。

 それでいて、妻と子を守りきれる王になれるように。

 俺は、息子達を鍛えた。

 知識も、政治手腕も、神力の使い方も、全てを与えた。


 まるで自分の命を削るように、息子達に、妻が与えられなかった分まで与え、引き出した。


 そうして五百年余。

 息子達は共に十七を数える年齢となり、王位を継ぐに相応しい才能と実力を兼ねそろえるようになった。

 自分達で見つけた多くの側近に加え、俺と共に建国に尽力した上層部の心も掴んだ息子達はとても頼もしく思えた。


 また、この国もようやく安定し、すぐに何か事が起きる可能性は少ないだろう。

 一番最高のままで、継ぐに相応しい息子達に渡す。


 それはたぶん、どの国にとっても最大の願いであり、望みだろう。


 息子達が成果を出し、一つずつ認められていくのを見る度に思う。

 もう、これで大丈夫。

 きっと、この国を俺達以上によりよいものにしてくれる。

 けれど、出来るならば二十歳ぐらいまでは頑張ってやりたかった。

 せめて、心から愛する者がその側に寄り添うまでは。


「もう十分ですよ、父様」


 それは、新月の夜の事だった。

 月の無い夜、中庭の四阿に居た俺の前に、すっかり一人前の男の顔をした息子達が現れた。


「大丈夫ですよ、俺達は」


 息子達の顔を見て、気付いた。

 全て分かっているのだと。


 ずっと隠し続けてきた。

 知っているのは、上層部達だけで、他は誰も知らない。

 限られた残り時間が分かってすぐに動き出した。

 少しずつ、少しずつ上層部に仕事を引き継がせ、息子達に王の仕事をさせていった。


 息子達は聡い。

 知らなくても良い事まで知ってしまうほどに。


「あなたが俺達を愛せない事は分かっていました」


 息子の言葉は、予想していたものであって驚く事はしなかった。


「俺達の母親の所行を考えれば、当然の事です」

「でも、貴方は愛せなくても、俺達を大切に育ててくれました」


 愛せなくても、大切に育てる。

 それが、せめてもの償いだった。

 この世に生み出し、母を奪い、愛せない事への。


「それに寂しく思った事はないですから」

「常に誰か彼かは気にかけてくれた」


 息子達が嬉しそうに笑うのが見えた。

 不思議だった。

 新月で、周囲に灯りもないのに、それでも息子達の顔がよく見える。


「それに、俺達には実の母以上の存在が居ましたからね」

「フォルティナお母様、そしてフォレンティーナという姉も」

「そして父様も居た」


 父様――。


「そう、俺達にとっては、やはり貴方は父だ」


 だから――と、息子達が笑う。

 この国を継いでもいいと思ったと。


「頑張りましたよ。少しでも早く王位を継げるように」

「それでは、俺はいらない国王みたいだな」

「ええ、父様はいりません。もう、この国には」


 息子の言葉に、少しだけ寂しさを覚える自分に驚いた。


「そうか――」

「だから、後は余生を好きに使って下さい、父様」

「……」

「この国で待つのも良し。別の場所に行くのも良し」

「いつか生まれ変わるフォルティナお母様と出会える事を祈ってます」


 そうしたら、二人で一緒に来て下さいねと笑う息子達に、俺は堪えきれずに笑い出した。


「ああ、そうだな」

「そうですよ」

「どちらが先に愛しい相手と出会えるか競争ですね」


 風が、四阿から見える花をゆらす。


「俺達が、フォレンティーナの生まれ変わりに会えるのが先か、それとも父様が母様に会えるのが先か」

「え?」


 フォレンティーナ?


 ……まさか。


「お前達の愛する相手は」

「ええ」

「これだけは、母様を恨みました」


 にっこりと、二人揃って笑う。


「まさか」

「姉弟で生まれてくるなんて」


 確かに、生まれ変わりでもしなければ結ばれない。


「といっても、フォレンティーナが死んで嬉しいなんて事はありませんからね」

「たとえ血のつながりのある姉弟でも、結ばれる方法は色々とありますし」


 そう、色々と。

 その笑みに、やはり親子なのだと悟る。

 もしフォルティナが生きていれば、今頃卒倒していただろう。

 フォレンティーナも、絶対に食われていたに違いない。


「――いっそ、フォレンティーナだけ十二王家に生まれればいいのに」

「父様?!」

「俺達に死ねと?!」

「それで結ばれれば、愛は本物だ」

「勝手に人の愛を測らないで下さい!」


 神々にとっての神たる存在が、天帝陛下と十二王家である。

 そこに喧嘩を売り見事愛を勝ち取れれば、きっと何事にも打ち勝てる。


「父様もこの数百年で性格が悪くなりましたね」

「本当だよ」

「ハッ! これぐらいで狼狽えていたら凪国国王と渡り合えないぞ」

「いや、長いものには巻かれます」

「あの方とだけは戦いたくありません」

「ああ、それが正しい選択だ」


 強い者には絶対服従。

 それが全て正しいとは限らないが、相手があの凪国国王に関してはそれを薦める。

 特に、凪国王妃が居ない今は。


「……そろそろ、戻れ。明日も早い」


 少しずつ強くなってきた風に、咲き誇る花の揺れも大きくなる。

 色とりどりの花弁が空を舞う。


 まるで、新たなる旅路を祝福するように。


「――父様」

「ん?」

「また会いましょう」

「きっとです」


 息子達がそう言うと、二人そろって頭を下げる。

 長くて数十秒。

 けれど、永遠の時にも感じられた。

 それでもいつかは終わりが来る。


 息子達は分かっている。


 皆に見守られながらというのは性に合わない父の気性を。

 そして、上層部もまた気付いているだろう。

 今まで、ずっと共に国のために働いてきた。

 大戦からの付合いの仲間達であり、盟友達の言葉が蘇る。


 またな――。


 ああ、またな。


「では」

「また」


 立ち去ろうとする息子達に、俺は最後の言葉をかける。


「式には呼んでくれ。妻と一緒に参加する」


 その言葉に、息子達は一瞬顔を見合わせたが、すぐに笑顔を見せた。


 喜んで――。


 息子達の足音が聞こえなくなり、一人残った四阿から空舞う花弁を見上げる。

 息子達に言いたいことはまだあった。

 体に気をつけてだとか、良い王になれとか、幸せになれとか。


 けれど、考えて考えて、一番相応しいと思ったのは、再会の言葉。


 そう……俺なりに、この国を愛していた。

 大戦の中で立上がり、勝ち取り、天帝陛下達から与えられたこの国をよりよいものにする為に、戦い続けた。


 全ては、帰るべき場所を守る為に。

 あの大戦で、住むべき場所、帰るべき故郷を無くした者達はあまりにも多い。

 妻もその一人だった。


 凪国の国王が愛する妻の為に平和な国を作ろうとしたように、俺もまた愛する妻と生まれてくる子供が幸せに居きられる国を作りたかった。


 そうして、走りつづけた。

 でも、それももう終わる。


 震える指先を見る。

 神と言えど、酷使し続けた体は人間と同じように衰弱し、酷くなれば死ぬ。

 神は不老であっても不死ではない。

 そう、神でも、死ぬのだ。


 殆ど休み無く働いた体が、限界を訴える。

 けれど、もう出来る事は全て行った。

 十二王家にも、連絡した。


 息子達の王位就任をこの目で見れなかったのは残念だが、きっと良い王になるだろう。

 もっと自分を大切にしろと言われるかもしれないが、俺にはこんな生き方しか出来なかった。


 息子の為には生きれない。

 でも、息子達が今後生きる為に、少しでも良い未来を作る為には生きられる。


 そうして生きた五百年は、驚くほどあっという間に過ぎた。


「なのに、父と認めるのか……」


 娘を失い、妻を失った。

 それでも、生き続けた五百年。


 今まで必死に堪えていた物が流れ出す。

 最初は少しずつ、次第に流れを増して。


 サラサラと流れる命の砂が、終わりに向けて流れていく。


 誰にも見せない。

 誰にも見送らせない。


 彼らには先を見て欲しいから。


 またな――。

 また会いましょう。


 盟友達の声が、息子達の声が聞こえる。


 花弁の舞う向こうに、人影が見えた。


「……フォルティナ……フォレンティーナ?」


 娘の手を引き、笑う妻の姿が見えた。

 体が勝手に動き、弾かれるように走り出す。

 腕を伸ばし、咲き誇る花畑の中で妻と娘を抱き締める。





 待ってたよ――約束の場所で。






 朝日が昇る。

 その四阿に、彼らは集まっていた。


「父様……」


 長椅子にもたれかかるように座り、だらりと降ろされたままの父の手をそっと取る。

 命の炎が完全に消えた手は冷たかった。


 けれど、その顔は何処までも幸せそうに笑っていた。


 父の周りに散らばる白い花弁に、誰もが気付いた。


 迎えに来たのだと。


 王妃が、王女が愛した白い花。

 その花弁の中で眠るように逝った河国国王に、その場に居た王子二人と彼らの側近達、そして王と長きに渡って苦楽をともにした上層部は一斉に頭を下げたのだった。



 河国国王の亡骸は、その白い花弁に埋もれるようにして棺に収められたという。












 沢山の白い花弁が、青空に舞う。

 その美しさに、病院の中庭からそれを見上げた患者や看護師から歓声あがった。

 彼女達を除いては。


「あ」

「あ、じゃない! どうするのよ香奈っ!」

「わ、わざとじゃない」

「ってか、どうしてそれで柚ポンを殴るのよぉ!!」


 ぎゃあぎゃあと喚く友人に、香奈は花弁の無くなった花束を見た。

 確かに今のは自分が悪かった。


「ば~か」

「煩い柚緋!」

「ってか、私の好きな花だったのにぃっ」


 涙声の美鈴に、重樹がぽりぽりと頬をかく。


「あ~~、そんなに欲しいなら、後でもう一度買うから」

「え?」


 その花束を美鈴にくれたのは、重樹だった。

 怪我をした美鈴のお見舞として持って来たのだ。

 丁度病院の中庭を散歩していた時に渡された花束は、美鈴が一番大好きな花だった。


 物心ついた時には既に気に入っていた白い花。

 なのに、同じく見舞いに来ていた香奈が、からかってきた柚緋の頭をその花束で叩いたのだ。

 結果、花束は茎だけとなった。

 更に不幸なことに、花弁は風に舞い飛んでってしまう始末。


 本気で泣きたくなった美鈴だったが、重樹がもう一度くれるという約束にようやく笑顔を見せた。


「それより、もうすぐ検査だろ、お前」


 柚緋の指摘に、美鈴がハッと腕時計を見る。


「そうだった。でも」

「今日は何の用時もないから、俺と香奈は夕方まで居る。重樹もだろ?」

「あ、ああ」

「って事だ。言ってこい。香奈、お前もついてけ」

「え?」

「花束をダメにしたんだ。美鈴に馬車馬の様にこき使われてこい」

「あ、それいいかも」


 逃げようとした香奈を捕まえ、美鈴はにっこり笑って病棟へと向かった。

 また、風が強くなってきた事もあって、他の患者達も次々と病棟へと戻り、柚緋と重樹の二人が中庭に留まり続ける事になった。


「遅かったな」

「え?」

「どうせ、どうでも良い事をウジウジと考えていたんだろう? はっ、小心な所は全く変わらないな――ルドラスカ」

「……」

「それに、美鈴が怪我した時のお前の切れっぷりも見物だった……そんなに失う事は怖いか? フォルティナを」

「……なら、お前ならどうする?」


 そう言って柚緋を見つめた相手の顔からは、重樹が綺麗に消え、代わりに神であり、河国国王として生きたルドラスカが居た。


「ふん……河国か……お前がその国の王になったのもまた運命」


 柚緋が歌うように口にする。

 それに、重樹の肉体を持ったルドラスカがくつりと口の端を引き上げる。


「そうだな……河は、生と死の境界線。古来、人間界では河を渡る事で死の国に行くのだとした国もあった」

「そう、国によっては違うがな」


 それが、辻であったり、河原であったり、橋であったり。

 けれど、河もまた生と死の境界線を司る。


 つまり――それは、ルドラスカが死の関係者であるという事。

 いや、正確にはフォルティナこそが関係者であり、ルドラスカはそれを隠す為の幕である。


 逆にルドラスカは自分と同じ――いや、自分の。

 柚緋が笑い、ルドラスカが笑う。


 共に、死を愛し、死を守る事を決めた。


「俺の事より、自分の事をどうぞ。此度も中々に厳しそうですから」

「俺に意見するのか?」

「ええ、フォルティナ――いや、美鈴を守る為には。美鈴にとって死の女神は特別な存在。女神を守る為なら、どんな怪我さえ厭わない。だから」

「そう、守るしか無い。香奈を」

「ええ。けれど、俺など柚緋の足下にも及ばないから」


 強さも、頭の回転も。


「ふん、狸が」


 そう言って笑う柚緋にルドラスカは苦笑する。


「それにしても、全員が揃うなんて何千年ぶりか」

「そうだな。俺達の方と、香奈側の方。全員が揃うのは……あの時以来か」


 まだ、原初神達が居た頃、天界十三世界が『始まりの世界』だった頃。


「さて、今度はどうなるか」


 あの時のように失うか、それとも――。


「神のみぞ知る、か」

「そうだな」


 願うのは、愛した女の生。

 望むのは、愛した相手と一緒に生きる事。


「まあ、今回も色々と大変だという事だ」


 柚緋の言葉に、ルドラスカは空を見上げた。

 ヒラヒラと舞い落ちてきた花弁が、伸ばした掌へと収まる。


 フォルティナが愛した花。

 前世は沢山の柵に絡め取られた神生だった。


 けれど、今回は。


「分からないぞ? 柵なんぞいくらでも生まれる」

「それなら、全て断ち切る。今度こそ」


 神では無く人間として生まれ変わってきた。

 王と王妃ではなく、ただの一般市民として。

 もちろん、それで全てが上手くいくわけではない。


 沢山の努力が必要となるだろう。


 でも――。


 フォルティナの笑顔が、美鈴の笑顔に重なる。


 今度こそ――。


「幸せになれるといいな」


 柚緋の言葉を最後に、ルドラスカは再び意識を沈めていく。


 自分達が叶えられなかった願いを、重樹と美鈴が成就させてくれる事を願いながら――。




王×王妃(シリアス物) 【完結】

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