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王×王妃⑥(シリアス物)

王妃編はこれで終了です。

次回は王様編が一話ぐらいですかね。

 何処で間違えてしまったのだろう?


 何を間違えてしまったのだろう?


 けれど、失った命はもはや戻らない


 残された道は、ただ、突き進むことだけ





 享年六歳。

 余りにも早すぎる娘の死だった。

 ただ、それでも大戦を経験してきた者達にとっては、それほど年齢に注目する者は居ない。


 赤ん坊も幼児もバタバタ死んでいった。

 それが、あの暗黒大戦。


 ただ死ぬだけならまだマシだった。

 食べる物がなく、子の肉を食らい、他の子へ食わせる為に間引いた地域もあった。


 普通に生きる事は無理でも、普通に死にたい。


 でも、それが難しかったのがあの暗黒時代。


 普通って何?


 美しければ意思を無視して奪われ、永遠に弄ばれる。

 醜ければ、長らく痛めつけられ虫けらのように虐殺される。


 命の尊さなど微塵も無く、民達はただ換えのきく道具でしかない。


 大切なものを奪われ、弄ばれ、ただ快楽の為に殺されていく。


 それに終止符を打ったのが、現天帝夫妻と十二王家。

 一番最初に蜂起したのがあの方々。

 そしてそれに呼応するように、各地で反乱と言う名の蜂起が幾つも始まった。


 その殆どが後に王と謳われる者達。

 彼らは現天帝軍と十二王家軍の指揮下に入り、それぞれが大戦終結に向けて戦い抜いた。


 そしてまた大量に死んだ。

 子供も大人も、男も女も、若者も老神も。


 ただ、未来を掴み残す為に。

 普通に生き、死ぬ事が出来る未来を得る為に。


 死んだ私の娘――フォレンティーナ。

 彼女が死んだのは、塔の中だった。


 それは、今は使われていない塔の一つで、王宮の片隅にあった。

 当時そこには娘の他に息子達も居た。

 三人で、密かにそこに通っていたのだ。


 何故?


 それは、私と夫への贈り物を作る為だ。

 ぎくしゃくとしながらも、少しずつ修復されていった関係。

 愛が無くなったわけではない。

 愛していた。

 誰よりも、愛していた。


 ただ、それでも最後に子供達を選んでしまうぐらいには。

 夫は強いから。

 でも、子供はまだ親の手を必要とする。


 神の子供と言うのは、実に弱く脆弱な存在だった。

 真っ白で、少し手を触れただけで解けゆく処女雪の如きそれは心だけでなく。


 強い神力、強い身体能力を持つ『完璧』に近い存在――それが『神』。

 創世の二神が初めて生み出した原初神が作り出した、最初の『モノ』。


 守ってあげなければならない。

 神はただでさえ子供が出来にくい。

 それもあり、子供達は神々にとっての宝とさえ言われ、慈しまれていた。


 けれどどんな血も年月と共に腐るように、その本能さえ腐り果てていった。


 いつだって犠牲になるのは、弱い者達。

 子供達も例に漏れず犠牲になっていった。


 大戦中はとくに。

 それを知っているからだったのか。

 私の母性は驚くほど強く、それは夫を二の次にするほどだった。


 でも、愛しているのだ。

 他の誰よりも。

 ただ、子供達と比べる事が出来ないだけで。


 愛してる。

 愛してる。


 でも、色々と間違ってしまったのが分っているから、酷い事をしたと分っているから、互いに心の奥底だけは隠し接してきた。


 そんな私達を間近で見て育った子供達。


 誰から聞いたのか――私達の結婚した日を祝うために、三人で贈り物を用意していた。

 塔はその秘密基地。


 せっせと毎日通い、その贈り物を作っていた子供達。

 それを知ったのは、塔が焼けた後だった。


「フォレンが!」

「ティーナ!!」


 塔に駆け付けた時、地獄の業火が塔を包んでいた。

 その前で泣き叫ぶ息子達が、上層部に押え付けられていた。


「まさか、そんな……」


 娘の名を叫ぶ息子達。

 勢いの強い炎に阻まれ、中に入れない上層部。

 その必死な形相に、娘がまだ中に残っているのを知った。


「フォレンティーナ……」


 塔から娘の遺体は最後まで見付からなかった。


 妾妃達が付けた火は、ただの火ではなかった。

 あの大戦時に頻繁に使用された『呪具』の一つが使用されていた。

 神を簡単に殺す事の出来る、呪われた道具。


 優しい娘。

 他者を思いやる事の出来る娘。


 娘は息子達を庇って死んだ。

 火に気付き、子供達はすぐに外に出ようとした。

 でも、扉は開かず窓も開かなかった。


 そんな中で、娘は何度も窓に体当たりし、息子達を外へと突き飛ばしたという。

 そうして自分も外に出ようとして、上からの落下物に巻き込まれて姿が見えなくなったのだと。


 目の前で、すぐに後を追い掛けてくると思っていた娘の姿が見えなくなっていくのを、息子達はどんな思いで見たのだろう。

 最初に駆け付けた上層部達も、どんな思いで。


 しかも、上層部が駆け付けた時には、妾妃達の雇った者達が邪魔をした。


 更に駆け付け絶叫した私に、それが起きた。

 全て始末したと思っていた筈の刺客が私の体を貫いたのだ。

 塔を燃やしたものとは別の、呪われた『呪具』が肉をえぐった。


 シンデシマエ!!


 妾妃達の止め処ない恨みと怒りが刃を通して、注がれた呪い。


 『呪具』――それは神を殺すもの。

 一度その刃にかかれば、助かっても消えない傷を体に残す。

 術でも決して消せない、傷を。


 私の場合は、それに加えて身を蝕む強力な呪いが残った。


 そして告げられた。

 呪いを遅らせる事は出来ても、解くことは出来ないと。

 それは、呪った者達が死んでも同じ。


 どんなに周囲が尽力しても、五十年保つかどうかだと。


 しかしそれで夫達が諦めるわけもなかった。


 殺せと、心ある者達も終には言った。


 妾妃達を殺せ。

 それに関わった全ての者達を処罰しろ。


 娘の死を突きつけても、一切の反省も見せなかった彼女達。

 ただあるのは、王の事ばかり。


 王、王、王。


 王に見て貰えるなら、愛される為ならばどんな手段だってとる。

 と同時に、王の正妃である私を傷付ける為なら、どんな事だってする。


 女として見て貰えず、長らく放置されたままの年月が彼女達を大きく歪めた。

 元からそうだったと言われても、きっと違う。


 たとえそうでも、ここまでの事をするからには、それだけの理由がある。

 愛しい相手に見て貰えず、実家からは王の寵愛を手に入れろとせっつかれ、憎い相手が王の側に居続ける。


 何の為に自分は此処に居るのか。

 本来その場所は自分の場所なのに。


 王を愛している。

 王のただ一人の存在になりたい。


 それは、王ともなれば、多くの女性達を侍らしても当然という教育が徹底されているにも関わらず彼女達が願った強い思い。


 王の子を産みたい。

 王の関心を手に入れたい。


 自分のため、実家の為、王に愛される為。


 妻になる事も母になることも許されず、ひたすら飼い殺しにされる日々。

 王は自分の心と体以外の全てを与えた。

 彼女達が望めば、予算内でそれらを叶えた。


 そしてそんな自分に愛想を尽かしたならば、そこから逃げる為の手段も用意していた。


 けれど彼女達はそれを選ばなかった。

 選ばず、残り続け、そして堕ちていった。


 開けてはならない狂気の箱を解き放ち、そこにあった全ての憎悪を憎い相手に叩付けて。


 娘は死んだ。

 私の愛しい娘。

 私達の愛しい子。


 娘の亡骸が無いまま、行われた冥府送りの儀。


 「声」なき娘は苦しみながら死んでいく中で一体何を思ったのだろうか。

 そして、体を焼き尽くす炎に悲鳴を上げただろうか。


 殺せ、殺せ、殺せ。


 我慢に我慢を重ね、耐え続け、一度は堕ちた心を必死にたぐり寄せて修復した上層部の心に一気に罅が入った。


 ただ一言。

 それで全てが終わる筈だった。


 妾妃達と今回の一件に関わった者達の、処刑宣告を。


 でも、私は言えなかった。


 見つけてしまった日記。

 「声」を出せない娘が、毎日書き続けていた秘密の「声」。


 そこには、まるで自分の死を予感したかのように書き連ねられていた。

 ある時から、それは未来日記になっていたのだ。


 ある筈だった未来。

 続くはずだった道。


 強引に断たれたけれど、娘は夢見ていた。

 いつかの先に待つものを。


『みんなでしあわせにくらせて、わたしはとてもしあわせ』


 流れゆく涙が、紙面の文字をにじませる。


 しあわせです。

 幸せです。

 幸せ――。


『まいにちがとてもしあわせなの』


 娘の笑顔が蘇る。


 そして最後のページを捲った時、そこに書かれていたものは――。


 それは憎悪と怒りを私に抑えさせ、一つの決断をさせた。


 妾妃達と今回の一件に関わった者達の永久幽閉。

 彼らは言った。


 お前など王に相応しくないのだと。

 お前が王妃でいる限り、この国に発展はないのだと。


 だから分らせてやったと。

 と同時に、腐った血が続くのを防いだのだと、彼らは笑い続けた。


 腐った血。

 腐った血が続く。


 娘の存在は彼らにとっては目の上のこぶだった。

 たとえ娘が寵妃になろうとも、正妃の生んだ子が優先される。

 だから、殺さなければ。

 だから、始末しなければ。


 彼らにとって娘は庇護するべきものではなく、ただの邪魔者。

 自分達の野望の邪魔になる、ただの障害物。

 娘と、王妃である私は、どこまでも厄介者でしかない。


 彼らは叫ぶ。

 腐った血を持ったものが国を継ぐのを阻止したと。

 尊い血こそが続かなければならないと。


 私が王妃でいる限り、この国に未来はないと。


 もはや言っている事は支離滅裂になりながらも、血走った目で泡を飛びしながら叫び続ける彼ら。


 私を王妃から引きずり下ろし、娘を殺し、自らの娘を後宮入りさせて権力を握る。

 今までの者達と比べれば、彼らは優秀だろう。


 娘を殺し、王妃の寿命を限りなく縮めさせたのだから。

 

 普段は厳しい警備が手薄になり、王妃に隙が出来るその一瞬を待って、待って、待ち続けて。


 報いた一矢。


 呪いは今も続き、私の命を食らい続ける。

 助かる方法はない。

 延命は出来ても、呪いから解放される手段はない。

 『終わり』の存在しないこの世界に、呪いを終わらせる手段はなかった。


 彼らは笑った。

 苦しいかと。

 そして自分達はもっと苦しかったと笑った。


 死ね、死ね、死ね。

 少しでも苦しんで死ね。


 この身を蝕む呪いは、私に壮絶な苦しみをもたらすだろう。


 だが、だからといって彼らの思い通りになる気はなかった。

 見せたのは、とびっきりの笑み。


「では、見ていなさい、生きて」


 大人になりたかった娘。

 幸せになりたかった娘。

 みんなで、みんなでなりたかった。


 そして――。


「生きながらえ、目の当たりにすればいい。自分達の予測が外れた事を」


 私が王妃でいる限り国は駄目になると言うならば、大いに悔しがればいいのだ。


 それが、私の復讐。

 娘を奪い、私の寿命を食らい続ける呪いへの。

 夫達との時間を奪った者達への。


 もうとっくに気付いていた。

 彼らは私が生きているだけでも駄目なのだと。

 王妃として妾妃を認めることが王への愛と言ったのは誰だったか。

 けれど、妾妃を認めても、何か起きればすぐに私への責めに変わった。


 結局は何をしても、私の存在は忌々しいものでしかない。


 しかし、それで泣きながら逃げるには少々心が強くなりすぎていた。

 いや、そもそもそんなに優しくはない。


 だから力を貸して。


 最後まで駆け抜けるから。

 彼らが悔しがる位に、生きるから。


 最後の最後まで、王妃として、母として、友として。


 呪いすらも生きる理由に変えて。


 そして造ろう――。


 途絶えると彼らが言い切った、この国の、未来を。





 コホっと出た咳に眉を顰める。

 混じる血が、命の終わりが近い事を告げる。


 あの日以来、酷使し続けてきた体はとうの昔に限界を超えていた。

 それでもなお頑張れたのは、単純な意地と子供達、そして夫達の為である。


 五十年前に彼らに下した判決。

 当時は夫達も大反対した。


 禍根を残さないように殺してしまえ。

 そんな声は大きかった。


 どうして許せるんだと、何度も言われた。


 許したわけではない。

 許しているなら、ここまでしない。


 許さない、絶対に。

 でも、だからといって感情のままに殺せば止まらなくなる。

 だから別の方法で復讐することにしたのだ。

 彼らが最後に縋るものを徹底的に叩きつぶす、その方法で。


 それが、この国を発展させる事。


 でもそれ以上に私がこの国を守り繁栄させていく事を望んだのは――。


 私は枕の下に置いていた日記帳を取り出す。

 そこに書かれていた文字をゆっくりとなぞった。


 実はもうあまり目も見えない。

 呪いでボロボロとなった体は、私から多くのものをうばった。


 だが、それでも過去に呪いで死んでいった者達に比べれば断然マシだった。


 周囲が必死に尽力してくれたおかげで、五十年も生き続けることが出来たのだから。

 でなければとっくの昔に冥府に旅立っていた。

 長年の過労もあって、私は呪いを増長させやすい体質になっていたから。


 休めと言われた事は数知れず。

 誰の目から見ても明らかすぎて、何度も何度も説得された。


 でも、これだけは譲れなかった。

 

 娘を失い、狂った様に泣き伏しこの世を呪った夫。

 それでも国を見捨てないでくれるのは、娘の思いを知ったから。


 民達の為ではなく、娘の為に。

 そして息子達の生きる世界を壊さないために。


 本当に、駄目駄目な統治者である。

 でも……それでも、ここまで頑張って来たのだから責めないで欲しい。


 夫も、上層部も。

 そしてそれを支えてくれた全ての者達を。


 彼らの思いを封じ、強要し、国を維持させ続けてきたのは全てこの私。

 だから元凶たる私が、休んでいる暇などない。

 

 駆け続けてきた。

 ずっと、ずっと休みなく。


 コホンと先程より大きな咳をする。

 ゴボリと大量の血を吐く。


 また、命の終わりが近付く。


 心残りは沢山あった。

 まだ七つの息子達の事。

 夫の事、友人達の事、国の事、民の事。


 もっともっと頑張りたかった。

 夫を支えたかった。

 息子達の成長を見たかった。

 娘が愛したこの国の繁栄を見たかった。


 たった五十年。

 それまでの間に色々あった。

 ありすぎて、全て覚えている事が難しいぐらいに。


 再び咳をする。


 仕事を全て上層部に引き継がせて床につくようになったのは、今から半月前の事。

 もう、これ以上粘れば引き継ぎも出来ないまま逝くと判断し、ようやく周囲の言葉を受け入れた。

 それから症状は急激に進み出した。


 毎日見舞いがあった。

 夫は毎日側に居た。


 朝は共に起き、食事を一緒にとり、仕事の帰りを待つ。


 今が貴方達の蜜月ね――。

 友人達の言葉に、こしょばゆいものを感じた。


 蜜月……そんなものは、結婚する前もしてからもなかった。


 ああ、そうか……。

 今が、それなのか。


 蜜月――別名子作り期間。

 もう子供達は居るから、二人だけの時間。


 でも、それももうすぐ終わる。


 近隣で起きた戦の収拾にかり出された夫は数日前に旅立った。


『すぐに戻ってくる』


 何度もそう言った夫を、私は笑顔で送り出した。


『帰ってきたら一緒に行きたい場所があるんだ』


 それを言い出すまでに何時間かかったのだろう。

 息子達にからかわれながら、ようやく口にした言葉に私は笑ってしまった。


 一緒に行こうね――


 叶わぬ約束であると互いに知りながら。

 それでも交わした約束。


 でも……。


 瞳を閉じれば、今にも見えるのは過去の思い出。

 大変で辛い事も多かったが、幸せなことばかりが思い出されていく。


 駆け抜けた時間。

 共に駆け抜けた者達。


 私は幸せだっただろうか?


 そう考え、私は笑った。


 そんな事、分かり切っているではないか。




 パタパタと走る音が聞こえ、ひょこりと顔を出したものに私は微笑んだ。


「ありがとう、迎えに来てくれたのね」


 あの時とは逆の光景に、私は堪えきれない笑みをこぼした。


 命の終わりの音が、すぐそこに迫っていた。




















『――ティナ、フォルティナ』

『ルドラスカ、お帰りなさい』

『ああ、ただいま。調子は良さそうだな』

『ええ。で、行くの?』

『と思っていたが……なんだかお前の方が行きたくて溜まらないって感じだな』

『当たり前よ。だって、こういうのは初めてだもの』

『はは、そうだな。なら、一緒に行こうか――俺の愛しい奥さん』





 何処までも――。










 国の繁栄に尽力した賢后――河国王妃フォルティナの逝去。

 それは、王宮に帰還した河国国王が、真っ先に妻の部屋に駆け付ける少し前のことだった。









 ○月○日

 おかあさんがすき。

 おとうさんがすき。

 おとうとたちがすき。

 じょうそうぶも、わたしをそだててくれたおじいちゃまとおばあちゃまも。

 そしてこのくにもだいすき。

 またこんどもこのくににうまれたい。

 おとうさんとおかあさんのこどもとして。

 おとうとたちもいて、みんなでくらすの。

 だから、うんでくれてありがとう。



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