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海国宰相×海国文官②

 お勤め終了を宣言した翌日。

 私は頭の中でやるべき事を組み立てていく。


「とりあえず、退職届けを提出してと」


 別に宰相様とのセフレ関係を終了しただけで退職までするなんて馬鹿らしい、と思う者達も居るかも知れない。

 しかし、やはり昔の女が同じ職場に居るのは好ましくないだろう。

 普通に考えたって、同じ職場に旦那の元セフレが居れば、妻にとっては絶対に良い気はしない。

 自分達の関係は内緒にはしているが、それでも知っている者達は知っている。


「退職届けは準備していたから、仕事前に事務長に提出して――と」


 一応一ヶ月前に退職の意向を伝えるのが決まりだが、宰相様の結婚までには余裕で間に合うだろう。

 そもそも地位ある人の結婚には時間がかかるから、その方が来るまでには私の存在を余裕で消しきる事が出来る。


「問題は次の仕事ね」


 とりあえず、今住んでいる王都からは引っ越すつもりだ。

 少しでも遠くに行く。

 それは宰相様の新しい奥様の為であり、自分の為だ。


「やっぱり……好きな相手が別の女性と一緒に居るのは……ね」


 逃げると言われてもいい。

 それでも、この体を焦がす様な嫉妬に呑まれる前に逃げ出すべきなのだ。


 でなければ、私は……。





「シケた面してるな」


 食堂で昼食を取っていた私が顔を上げると、食事の載ったトレイを手に二人の男性が横に立っていた。


「ああ、副事務長様に侍従長様」


 副事務長様は短髪と鋭い眼差しが凛々しい精悍な軍人系タイプの二十歳過ぎの美男子で、侍従長様はふわふわの巻き毛と大きな瞳の十代後半の可愛い系美少年だった。


 二人とも宰相様の友人で、精霊且つ綺麗系の宰相様と並べば破壊力は三倍。

 以前三人並んで公式の場に出たせいで、男女問わず多くの民達を卒倒させた事件は記憶に新しい。


 だがそれ以上に恐かったのは、卒倒している民達を余所にさっさと自分のスピーチを終わらせて去っていった国王様だ。

 完全に我関せず状態。

 まあ、あの時は王妃様が体調を崩されていたのもあったが、それでもあまりにも酷い。

 しかし民達からはツンツンツンデレと取られたらしく、人気は更に鰻登り。


 やっぱり美形って徳ですね。


「シケた面がイヤなら、別のテーブルで食べて下さい」


 しかし副事務長様は私の前に、侍従長様は私の隣に陣取る。

 しかも私は壁側に座って居たので、絶対に逃がさないぞという意思がビシバシ感じられた。


 もともと二人は仲が良く、大抵暇な時間は一緒に居るので、実は出来ているのかという噂がある。


 けれどそういう事は全くないのを、私は知っている。

 というのも、特別な相手が居ないからこそ、宰相様と付き合っているのだから。


 そう――実は、この二人も宰相様のセフレ。

 但し、副事務長様は宰相様を抱く方で、侍従長様は宰相様に抱かれる方だ。


 ノーマルな宰相様だが、男妾として飼われていた時に使用された強力な媚薬の後遺症が残っているらしく、定期的に男が欲しくなるらしい。


 その発作は二種類あり、女として男に抱かれるタイプと、男として男を抱くタイプの両方が交互に来るのである。


 既に製造停止となって久しい凶悪媚薬の一つ――『悪魔の蜜』。

 一度使えば、死ぬまで依存症となるそれ。

 『中和』の力を持つ神によって治療されたが、それでも完全ではなく一定の周期で発作は起きる。

 それほどに、媚薬は強力だったのだ。

 

 それを知り、特定の相手が居ない副事務長と侍従長が宰相様の相手をしているのである。

 しかし実は、それが同じ媚薬の犠牲者同士の発作対処協定による物である事を知るのは、王夫妻と上層部、そして後宮の妃妾達に宰相様のセフレだった私ぐらいだろう。

 つまり、それぞれが発作を起こした時の対処相手として、宰相様達三人は協定を結んでいるのである。


 因みに、私がセフレになる前からの協定で、姫将軍はもちろんこの事を知っていた。

 なので当時それを知らなかった私は、二人の事を知るや否や思った。


 あれ?私いらないんじゃない?


 しかしそれを口に出した途端、宰相様が切れた。

 約束を、契約を破るのかと怒鳴られて。

 しかも当時は、まだセフレ関係になってからの月日も浅く、当然ながら激しいそれに寝込んでしまった。


 けれどそれもあって、私と副事務長様、侍従長様は仲良くなったのだ。

 それは、その仕打ちを知った副事務長様と侍従長様が宰相様を説教された後に、宰相様が暫く私に近付かないように見張ってくれた事が発端だった。

 

 『嫌なら嫌と言え』

 『あいつ、ああ見えて子供っぽいところがあるからさ』


 しかも実家で寝込んでいた間、私の弟妹達の面倒まで見てくれて、頭が下がる思いだった。

 そうして気付けば仲良くなっていた。


 普通はセフレ同士で仲良くなんて有り得ない。

 それこそ相手の寵愛を争って啀み合ってもおかしくないが……たぶんあれだと思う。


 吊り橋効果。

 危機的状況では仲良くなりやすい。

 副事務長様と侍従長様は、ある程度割り切って宰相様との関係を楽しんでいる節があるが、私の場合は違う。


 宰相様を助けたくて、これ以上堕ちて欲しくなくて、私の方から強引に契約した関係だ。

 心の何処かでは不安だったのだろう。

 けれど、こんな特殊な関係を他の人に相談なんて出来ない。

 そもそも宰相様に憧れている者達は多いし、ヘタに話せば、それこそセフレでも良いからと大勢の者達が宰相様の所に詰めかけるかも知れない。


 だから、副事務長様達と仲良くなれた事で、私は少しだけ気が楽になった。

 といっても、二人からすれば迷惑かもしれないが。


 けれど、それでも私は二人の好意に縋ってしまう。

 もしかしたら、二人が居てくれたから、私は狂わずにすんだのかもしれない。

 宰相様との関係が一時的なものである事、そしていつか来る別れに怯えながらも正気でいられるのかもしれない。


 そう――私は宰相様だけでなく二人の事も利用しているのだ。

 最悪な悪女である。


 でも、それももう終わり。

 宰相様と別れれば、二人を利用する事も無くなる。


 そうしたら、今度は本当の意味で仲良くなれるだろうか?


 例え、私が文官を辞めたとしても。


 私は二人を交互に見る。

 自分が文官を辞めて王宮を離れたら、こうしてご飯を一緒に食べる事も無くなるだろう。


 公式面では上司部下だが、仲良くなってからはプライベートではご飯も一緒に食べたりするし、買い物とかにも付き合ってもらったりするほど密接な関係を築いている。


 と、もし私が宰相様の事を慕っているのを知る者がいれば、別の男と買い物に行くのに繭を顰めるかも知れない。

 しかし宰相様とはセフレ関係で結ばれる事なんて絶対に無い。


 それに、こうして別の男性と遊びに行くことは、宰相様にとっても気が楽になる筈だ。

 それだけ、私がこの関係を軽く考えているとして。


 その方が、別れる時にも別れやすい。

 罪悪感など、一欠片も宰相様が抱かないように。


 全ては私の我が儘だったから。


 しかし、それももう終わり。


 何時の間にか食事の手を止めていた私は、そっと差し出されたお皿に顔を上げた。


「副事務長様」

「お前、これ好きだっただろ」


 それはライチだった。

 王宮に勤め始めた頃に食堂で出されて以来、私の大好物となった。


「ほれ、食え」

「じゃあ、僕のも」


 侍従長様も差し出してくる。

 おかげで、私のトレイにはライチが山積みになった。


「って、こんなに食べると太ります」

「むしろ太れ。痩せすぎだ」

「うん、太った方がいいよ」


 それは私に対して挑戦だろうか?


 一週間前の体重測定で三キロも太ったんだぞ。


 ちくしょう、良い体してるからって酷すぎる!


 私は二人の体をガン見する。

 鍛えられた素晴らしい肉体美を誇る副事務長様。

 服の上からでは分りにくいが、脱いだらその野生の獣の様なすらりとした体付きに、鼻血を流して倒れる者達は多い。

 また、侍従長様も、そのほっそりとした男とは思えない白い裸体の眩しさに悩殺される者達は多く、二人が歩いた後の道はそれこそ屍累々。

 おかげで二人を捜す時はとても役に立つ。

 屍を辿っていけば良いのだから。


「お前、変なこと考えてるだろ」

「いえ、なんにもぎゅう」


 口の中にむいたライチを押し込まれた。


「そんなにいっぺんに食べたら味わえないよ」

「一気食いが美味しいんだろ」


 何処かずれてる侍従長様の言葉に、副事務長様がニヤリと不敵に笑う。


「え~、一個ずつの方が美味しいのに」


 と、皿に載っていたライチを一つ掴むと、ペロリと出した赤い舌の上に載せて口に含む侍従長様。

 噛みしめた瞬間、口の端からツツ~と垂れていく果汁。

 その一つ一つの動作全てが淫猥でイヤらしい。


 そんな、そんな食べ方なんて。


「負けました」


 ペタリと私はテーブルの上で土下座した。


「え? ちょっ、何がっ?!」


 私にはそんな色っぽい食べ方は出来ません。

 というか、あれを習得出来たら、別の神生が開けるかも知れませんが。


 それこそ、男達を侍らしてウッハウハ。


 と、そこで私は考えた。

 仕事を辞めるとなれば、当然別の職に就かなければならない。

 しかし私が出来る事と言えば限りはある。

 読み書きが出来るから、今の所は何処かで事務職に就こうかとは思っているが。

 王宮に勤めていたという事で箔が付くかも知れないし。


 それにもし最悪の場合でも、宰相様とのセフレ関係で鍛えられたこの寝技で!!


「なんかまた変なこと考えてるだろ」

「いえいえ、何にも考えてません」

「でもまだ眉間に皺寄ってるよ」


 心配そうな侍従長様の可憐な色香に、副侍従長様の後方から鼻血の噴水が上がった。

 そのまま天井を見れば、鼻血で描かれたハートが見え、私は椅子ごと後退った。

 あれか?イルカのバブルリング的なものか?

 しかしあれと違って、なんか呪われそうな感がばっちり漂っている。


「そういえばさっきの子供の話じゃないが」


 まだ子供の件を引き摺っているのか。


「実はああ言ったのも、面白い話を聞いたからなんだ」

「そうですか」


 一刻も早くこの場から抜け出す為に、私はライチを口に放り込んでいく。


「うちの上司――事務長から、お前の退職願を受け取ったって」


 私はライチに伸ばした手を止めた。


「な? すんげぇ面白い話だろ?」

「面白くないです何にも」


 私は残ったライチを哀しげに見つめながら退却の準備をするが、ガシッと横に居た侍従長様に捕まった。


「なんかあったのか?」

「何にもありません。ナンニモアリマセン」

「思い切り動揺してるが」

「あれか? もしかして子供が出来ちゃったとか」


 ニヤリと笑う副事務長様に、私は有り得るわけもないと鼻で笑う。

 完全に避妊しているのに出来るわけがないだろう。

 女性とする時に問題になるのは、子供が出来るという事である。

 はっきりいってセフレとの間に出来たら大問題だから、そこには特に注意した。

 おかげで何度か危ない時もあったが、こうして無事に失敗せずにこれた。


 というか、もし失敗していたら、今回の件ではかなりややこしい事になっただろう。

 それこそ、堕ろせと言われたかもしれない。

 宰相様でなくても、周囲から。


 そこで、ふと私は思い出した。


 いつだったか酷く酔っ払った宰相様の相手をした時、避妊を忘れて事に及ばれかけた事があった。

 その時に思い切り抵抗すると、宰相様が苛立たしげに言われたのだ。


 『面倒臭い』


 って。


 そう、女である私とする場合は、子供が出来ないようにしなければならないから手間がかかるのだ。

 だから、めんどくさいのだ。

 そう言われたのは、一度や二度では無い。

 避妊を忘れる度に拒む私に、宰相様は呟かれた。


 面倒臭い。

 面倒臭い。

 面倒臭い――。


 面倒臭な女――それが私。


 それは、私の中に微かにあった淡い思いを完全に打ち砕いた。

 愛した姫将軍様でもない。

 協定関係と信頼関係で結ばれた、副事務長様や侍従長様とも違う。

 途中から、勝手に割り込んできた邪魔者。


 別に私なんて、居ても居なくても良かったのに。

 既に副事務長様や侍従長様という、欲望の発散相手が居たのに。


 強引に割って入ってきた、邪魔者。

 中途半端に事態を引っかき回した厄介者。


 わざわざ宰相様の手を煩わせる馬鹿な女。


 せめて男なら良かった。

 そうすれば、面倒臭くなくて済む。


 そう――女であるから、厄介なのだ。

 それに子供以外にも問題がある。

 それは一度月の障りが訪れたら、相手が出来ないのだ。


 もちろん、それでも良いという相手も居るだろうが、宰相様は月の障りが訪れた私を相手にはしない。


 そして、その度に呟くのだ。


 腹が立つ――と。

 

 男だったら良かったのに。

 子供が出来る危険性もないし、月の障りに阻まれる事もないのだから。


「って、あれ? もしかして本当?」


 黙ってしまった私に副事務長様が乾いた笑いをこぼす。


「お前な……」

「い、いや、軽い冗談だったんだけど」


 侍従長様が愛らしい顔とは裏腹にキツイ視線を向ければ、副事務長様が慌て出す。

 その様子に私はハッとした。

 このままでは子供が出来たという流れになってしまう。

 そんな事は事実無根なのだから、さっさと否定しなければ。


「いや、子供なんて出来てません。そもそも相手は居ませんし」


 その言葉に二人が反論しようとして止める。

 この事実を知っているのはごく一部の者達だけ。

 昼時で混雑している食堂で話すには、部外者が余りにも多すぎた。


 というか、子供か。

 私に似たらあんまり可愛くなくて、将来結婚で苦労させてしまいそう。


 それに比べれば、前と隣に座る二人の方が――。


「私が産むより、侍従長様や副事務長様が産んだ方が良いかも」


 ブホッと吹き出す二人を余所に、私は残っていたお茶を飲み干す。


「産めてたまるか!」

「無理だよそんなのっ」

「ビジュアル的に問題はないと思います」


 むしろ可愛くて綺麗な子供が産まれて周囲は喜ぶだろう。


「ビジュって」

「ええ、美呪有留的に」


 今、変な誤変換しなかった?という二人の眼差しを静かに受け流し、私は立ち上がった。

 受け止めない、受け流す。

 これが大事である。

 流す神生万々歳。

 そう、話しているうちに、羨ましいぜ!こんちくしょう!!なんて、思ってはいない。

 しかし二人は、大戦中では海王の側で多くの敵を屠った猛者。


「逃がすか」

「前に同じ」


 ガシッと掴まれ、捕獲された。


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