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海国宰相×海国文官①

続き物となります

 付き合っている相手に縁談が来た。

 となれば当然やる事はただ一つ。


「今日をもってお勤めを終えさせて頂きます」


 その言葉に、隣に寝そべって私のばさばさの髪の毛を弄んでいた相手が、何故か固まった。


 それは、炎水界に数多ある国の一つ。

 海国の名宰相様とは思えない姿だったが、この世界では珍しい銀髪紫瞳の儚げな美貌が呆ける姿は、中々に色っぽかった。





 私と宰相様の関係は、俗に言うセフレ。

 愛人ですらない、夜のお供だけをするそれだが、普段はきちんと文官として働いている。


 有名なのは凪国や津国。

 と同様に、この国にも建国に尽力し、大戦ではまだ無名だった海王に付き従い、共に戦地を駆け巡った上層部と呼ばれる高官達が居る。

 宰相様はその時の一人で、大戦時代からずっと王を支えておられる偉大なる方だ。


 因みに私はただの一市民で、陛下達に出会ったのは王宮に勤めだしてから。


 そんな私の家は貧乏まっしぐら。

 幼い兄弟達を養うべく、十五歳になると同時に一番稼ぎの良い王宮で私は働き出した。

 もちろん最初は下働きとして入ったのだが、たまたま読み書きが出来た為に目を付けられ、人手不足の酷い文官に回された先で宰相様に出会った。


 それが全ての始まりだった。


 最初は仕事上の関係。

 本気鬼畜な宰相様の下でビシバシ扱かれた日々は、涙無しでは語れない。

 けれど得る物も多く、上層部の方々に加え、隣国から来た王妃様や後宮の妃妾の方々と知り合う機会も多くとても良くして下さった。


 因みに海国の後宮は、正妃を除けば美しい男の妃しか居ない場所だが、本来の後宮としての機能は皆無で、その美しさゆえに虐げられていた男達の駆け込み寺なものとなっていた。


 当の王様は正妃様にぞっこんであり、それは上層部と妃妾達、そして一部の者達にとっては周知の事実で私も知らされていた。


 宰相様も絶対に後宮入りレベルだと思ったが、それはある一件により必要ないと判断した。


 そう――笑いながら自分を襲ってきた者達を皆殺しにしたあの光景。


 見たくなかった、現実。

 精霊の様な儚げな美貌が血に濡れ、妖艶に輝く様に、私は気を失った。


 なのになんで好きになってしまったのだろう?


 そう――私の初恋は宰相様。

 きっかけは特になく、何時の間にか好きになってしまっていたという感じだったが、とにかくその時点で完全なドMに片足をつっこんだのは言うまでも無い。


 そんなわけで、気付けば初恋を抱いた私だが、それはすぐに壊れた。

 身分違いとか不相応とかという理由もある。

 けれど最大の原因は、宰相様には当時既に婚約者様が居たからだ。

 上層部の一人で、宰相様と共に王を支えていた――将軍の一人。


 この女性が少ない王宮勤めの中でも、一際美しく有能で王からの信頼も深い麗しの姫将軍。

 宰相様が精霊なら、相手は艶麗なる華。

 体付きはボボンッキュッボンという蠱惑的な曲線美で、戦う姿は蝶のように舞い蜂のように刺す華麗さ。


 時々宰相様の方がお姫さまに見えたが、そんなのは関係ない。

 とても良くお似合いの二人だとして、国民達からも祝福された関係だった。

 互いに想い合い、尊重し信頼し合う。


 その姿を見ていると、初恋の痛みを押し退けてでも祝福したいと思った。


 なのに――。


 五年前――その姫将軍様は、別の男性と結婚した。

 相手は、たまたまこの国に来た流浪の民で、平凡な容姿の男性だった。

 王宮に勤め、下級官吏として私の下についた事で、私とも親交が深かった男性。

 それこそ、休みの日には他の官吏達と一緒に家に呼ぶぐらいに仲も良かった。

 優しいけれど、地味で何処にでもいる様な相手だった。

 けれど姫将軍は出会って一目で恋し、宰相様との婚約を破棄してその男性と結婚してしまった。


 当然、周囲からは非難轟々になる――筈だったが、実際には殆ど非難は無く、むしろ祝福された結婚だった。


 それは、五年前の大規模な反乱にてその男性が姫将軍を庇って瀕死に陥った姿や、その際の姫将軍の胸を突かれる様な激しい哀しみを目の当たりにしたからだろう。


 更に反乱に巻き込まれた民達を身を挺して逃がした上、壊滅しかけた姫将軍の軍を救うべく単騎駆けした勇敢さには、民達だけでなく良心ある貴族達も心から称え賞賛した。


 それに加え、宰相様もまたその男性と姫将軍の仲を祝福した。

 命を賭けて姫将軍を守った男の偉業を称え、こういう男こそが姫将軍に相応しいと。

 もちろん全てが全て祝福したわけではないが、そこは名宰相と言われる手腕を際限なくふるって二人が結ばれるように尽力したのである。


 けれど私は知っていた。

 宰相様は、本当に姫将軍の事が好きだったのだと。


 なのに、姫将軍の事を愛していたがゆえに、宰相様はその身を引かれた。

 表では普段通り振る舞い、裏では気落ちした様に少しずつ荒れ出した生活。


 見ていられなかった。


 でも、私は何処かで喜んでいた。

 もともと姫将軍を恨むことなんて出来なかった。

 宰相の側に居たからこそ、姫将軍が罪悪感に支配され自分を律する姿を何度も隠れ見た。

 他の男の婚約者でありながら、別の男に心惹かれる自分を拒み苦しんでいた。


 宰相に何度も謝り、それでいて正々堂々と心変わりを告げた姫将軍。

 その潔く誠実な態度に、私は羨ましささえ覚えた。


 こういう方だからこそ、宰相様は愛されたのだろう。

 多くの女性を捧げられながら、姫将軍を選んだのだ。


 だからこそ、その哀しみは深い。


 深すぎて、生活が荒れるまでに。


 なのに喜んでしまった私。

 姫将軍と婚約破棄した事で、独り身となった宰相様。

 すぐに新たな相手が選ばれるだろう事は分っていた。


 けれど、それまでは少しでも夢を見たい。


 例え届かない相手だとしても……。


 そして、あの日、事件は起きた。



 たまたま明日提出の書類を出し忘れた私は、夜遅くに宰相様の私室を訪れた。

 本来ならこんな時間に訪れるべきではないが、すぐにでも捺印の必要な重要書類な為、無礼覚悟で訪れた。


 すると気配や物音があるのに開かない扉。

 怪訝に眉を顰めた私に呻き声のような物が聞こえて来たのはその時だった。


 まさか宰相様に何かあったのか?!


 近頃はお酒の量も増えてきたから。

 慌てて中に飛び込んだ私は、宰相様の姿に度肝を抜かれた。

 深酒していたのはいつもの事だった。

 酔っ払い、服が乱れているのも。

 けれど、その宰相様の上にのし掛る血走った目をした男達が居るなんて、思いもしなかった。


『ああ、お前も混ざるか?』


 くすくすと笑いながら、男達と絡み合う姿は酷く淫靡であり、背徳的なものさえ感じた。

 男達は私に気付かず、宰相様の体をひたすら貪っていた。

 外に出なければ、誰か助けを求めなければと思いながらも足は動かなかった。

 ただずるずると、何時の間にか閉まっていた背後の扉に寄りかかり座り込んでいた。


 そうして気付けば、そこには宰相様と私しか居なかった。


 血なまぐさい匂いに、ようやく寝台が真っ赤に染まっている事に気付いた。

 男達は何処に行ったのだろう。


 けれど、宰相様の気だるげな視線に私は息を呑んだ。


『用が無いならさっさと帰れ』


 そんな宰相様に私は何と言ったのだろう?


 ただ、次の瞬間怒りを露わにした宰相様が眼前に迫っていた。


『黙れ! お前に何が分る!』


 終わったばかりのゾクリとする程の色香を漂わせ、濃厚なる跡が刻まれた裸体がのしかかってきた。


『婚約者が他の男を好きになって捨てられた俺の気持ちの何が分る! しかも、その婚約者と別の男の幸せのために尽力しなければならなかった俺の、俺の気持ちがお前なんかにっ』


 頬にかかる水滴に目を見開く。

 宰相様は泣いていた。


『もうどうでも良い! この傷を癒してくれる相手が居るなら、なんだって良いんだっ!』


 叫ぶような悲鳴。


『疼くんだよ体がっ!』


 愛しい婚約者を失った苛立ち。

 けれど、それをぶつける事なんて出来ないから、それら全てを性欲に変換して処理していただけだと叫ぶ。


 それは、血生臭い戦いで気分が以上に高揚した者達が、花街に行って発散するのと同じ方法だった。


『抱かれてたのは、都合良く居た男達が抱く方が好きな奴らだったからだよ! 別に構わないさ。俺は海王と大戦で出会うまでは男妾だったんだからなっ!』


 実の父と兄に凌辱され強引に『女』にされた宰相様。

 その数年後には、その美しさを聞きつけた領主の妾として差し出されたが、それからは一年事に主が代わった。


 性別を超越した宰相様の美しさに惚れ込み、所有したいと願う者達が現れては次々と前の主を殺害して略奪していったからだ。


 大戦中には法律も何もない。

 美しく生まれついたが最後、強き者、権力を統べる者達に奪われるしかない――それが、世の決まりでもあった。


 宰相様だけではない。

 そんな哀しい被害者は、炎水界はおろか天界十三世界に溢れかえっている。

 だから宰相様だけが特別なのではない。


 酷い場合は、男の味が忘れられず、夫婦生活すらまともに築き上げられないという。

 これで割り切って男が好きだと認められたり、心から男の方が好きだというならまだ幸せだ。


 けれど、どう頑張ってもノーマルなら大変な事になる。

 宰相様は完全にノーマルの方だった。


 それどころか、自分をそういう目で見る者達に嫌悪感すら抱いていたほどだ。

 そして愛したのは姫将軍。


 なのに、宰相様は男達を相手にしていた。

 そこまで、追い詰められていたのだ。


 もはや相手が誰だろうと構わないぐらいに。


 それが哀しくて、悔しくて――。


 これ以上自分を傷付けて欲しくなくて、私は宰相様に縋り付いた。


 身分不相応なのは分っている。

 私なんて姫将軍の代わりにすらなれない。


 けれど、怒りをぶつける相手が欲しいなら、私がなる。


 そこに打算とか、少しでも宰相様と繋がれるなら、夢を見られるなら、とか思わなかったわけではない。


 しかし、これ以上宰相様に堕ちて欲しくはなかった。


 宰相様が新しく愛せる方が出来るまで、私は――。


――私がお相手するのでは駄目ですか?


 たとえ遊びでも良い。

 いや、ただの道具でも良い。


 それで、宰相様を救えるなら。


 そうして私は、その日より宰相様のお相手をする事になった。


 一番当て嵌まるのはセフレ。


 甘い言葉も愛情も必要ない。

 ただ体だけのそれ。


 期間は宰相様に愛する女性が出来るか、結婚が決まるまで。


 だから、宰相様が結婚するとなれば、セフレの私は去らなければならない。


「今日をもってお勤めを終えさせて頂きます」


 別れましょうでも、終わりにしましょうでもない。


 お勤め


 それが、私の立場だ。

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