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当主×分家の娘(最後はアンハッピーエンド風)

 閉じ込められていたのは地下の座敷牢。

 そこから、あの人の部下である顔見知りの女性に助け出された私は、三日ぶりの外の空気に触れた。


 時間は夜。

 新月の夜は暗闇に包まれていたが、本邸に灯る光が闇夜を照らした。


「どうか、お急ぎ下さいませ」


 女性に促され、私は外へと連れ出される。

 あの人の命を受け、私を安全な場所に連れて行く事がこの人の役目。


 異変を感じたのは、そのすぐ後だった。


 本邸から上がる悲鳴に気づいた私は、手を引く女性を振り払い走り出した。

 本邸にはあの人がいる。


 身分違いだったが、末端の分家の娘である自分を妻にとまで言ってくれた人が。


 あの人とは別れるつもりだった。

 もう二度と、姿を現わさないつもりだった。


 女性に手を引かれ、向かう先の安全な場所からひっそりと居なくなる。

 それで、全ておしまい。


 けれど――それでも、心は望んだ。

 最後に、あの人の顔を見たいと。


 あの人の婚約者候補達によって座敷牢に入れられ、暗闇の中で過ごした三日間。

 食べるものも与えられず衰弱した体の何処にこんな力が残されていたのか。


 ただひたすら、あの人への思いを抱えて走る。


『どうぞ私と一緒に。全てが終わるまで、安全な場所でお待ちするようにとの事です』


 あの人が何をしようとしているのかは分からない。

 もしかしたら、婚約者候補の誰かと結婚するのかもしれない。


 有力な分家の娘と結婚し、地盤を固めるまで。

 となれば、私は愛人……。


『妾なら許してあげてもいいわよ。ただし、一生子の産めない体にしてやるっ!』


 あの人の事を思うなら、愛人でも良いかもしれない。

 けれど、もし子を産めば殺される。


 女達の醜く歪んだ笑みを思い出すだけで恐怖に体が震える。


 愛し合っているならどんな困難も超えていける――。


 けれど、愛だけではどうにもならない事だってある。

 それに、冷静に考えても、かろうじて末端にひっかかる程度の分家の娘が本家の子息に相応しいわけがない。


 だからあの人の前から消えよう。

 少しでもこの家の影響の及ばない場所に行き、そこで暮すのだ。


 あの人の子と共に――。


 下腹部をそっと撫で、宿って間もない命の鼓動を感じる。


 もう二度と会わない。

 もう二度と。


 でも、それでも求めて止まない心が、異変の起きた本邸に私を走らせる。


 あの人に、もしもの事があったら……。


 あの人は本邸に居ると聞いた。

 もし何かあったら自分は生きていけない。


 そうして本邸に足を踏み入れた時、私は見てしまった。


「ひぃっ!」


 玄関を目指して倒れた血塗れの男を。

 既に息絶えている事はすぐに分かった。


 あの人かとも思ったが、すぐに違うと気づく。


「あ、わ、若、様、若様!」


 幼い頃から呼び続けたあの人を呼びながら走り出す。

 本来末端の分家の私には本邸に入る資格はないが、今は緊急事態だ。


 お腹の子の事も頭によぎらなかったわけでもないが、この家の分家の者として見過ごす事は出来ない。

 しかも、既に一人死んでいるのだ。


 強い血の臭いに吐き気を覚えつつも私は必死に奥へと進んだ。


 一人、二人、三人。


 廊下を進めば、途中で力尽きた遺体と幾つも出会した。

 男も女も居た。

 老人も若者も。


「い、一体、何が」


 分家だけではない。

 本家も、居た。


 廊下を染める血に足をとられながらも、何とか壁伝いに歩き続けた。


「若、様……若様」


 そうして、最奥の部屋に辿り着いた時だった。


 絹を引き裂く女の悲鳴と共に、目の前の障子に血飛沫が飛んだ。

 ガタリと、障子が倒れる。

 その上には、女。



 長いぬばたまの黒髪が美しい――若様の婚約者候補筆頭――。


 自分こそが若様の奥方様になると信じ、またその家柄と美しさから周囲にも最有力候補と目されてきた。


 けれど……どうして、その、人、が……血塗れに……。




「ああ……――か」



 甘さも優しさもない、ただ冷たい氷の様な声が私の名を呼んだ瞬間、ぶるりと体が震えた。


 有り得ない。

 私は若様の事を心配してここまで来た。

 だから、その、若様の声を聞けば、喜び安堵する筈だった。


 なの、に。


 ぞわりと這い上がる恐怖に戸惑いを覚える。


 顔を上げるな。

 このまま此処から去れ。


 ドクドクと激しい鼓動と共に、冷や汗が流れ落ちる。


 逃げろ。

 逃げろ。

 逃げろ。


 私は何処かで分かっていたのかもしれない。


 この、異変が――。


 若様によって引き起こされたものだという事を。


 意を決して顔を上げた私の視界に、否定出来ない真実が映り込んだ。


「若、様」

「来てしまったのか……全く、あいつは何をしていたんだか」


 『夜華の君』と呼ばれる若様。

 しかし今、その全身を、纏う着物を血に染めて立つ若様は、普段とは比べ物にならないほど艶やかで、壮絶な色香を放っていた。


 血が若様のものではない事はすぐに分かった。

 若様の手に握られた日本刀が血に濡れて鈍く光る。


 確か数千万はする名刀で、数代前の当主が手に入れた後、刃を潰さずこの大広間に置かれていた。


 と、刀が鳴る音に我に返り視線を彷徨わせた瞬間、私は絶叫した。


 血、血、血。

 

 人、人、人。


 大広間には、沢山の人が倒れていた。

 皆血に塗れているばかりか、頭がない者、手足がない者まで居た。

 しかも――。


「お、大旦那、様……大、奥様」


 当主夫妻も居た。

 それに、当主の、息子夫婦――若様のご両親も。


「……あ、あ、あ」


 ずるずるとその場に座り込む。

 手が、服が血に塗れるのも気づかず、茫然とそれを見つめていた。


 肉塊となった、人達を。


「お兄さま、向こうは全て始末したわ」

「こっちもだよ――って、どうして――がいるんだよっ」


 焦った声に顔を上げれば、そこには若様の双子の妹弟が居た。


「――外に逃がしたのではなかったの? お兄さま」

「ああ。その筈だったが……仕方ない」

「まあ、どっちにしろいつかは分かる事だったけどねぇ」

「後のことは任せたよ」


 目の前でやりとりされている事が分からなかった。



 何が。

 何が。



「さあ、おいで……お前は私のものだよ」


 その時、何か叫んだ様な気がする。


 泣き叫び、抵抗し、嘘だと必死に全てを否定して……。

 そんな私に、若様が覆い被さり、粗末な着物をはぎ取られた。



 開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまった人間には罰が与えられる。



 ガシャンと壊れた心の音を聞いたのが、最後だった。






「あは、はは、あはは、ははは」





 そうして闇に沈んだ私は、目と耳と――心を閉じた。




 ただ、時々、少しだけ聞こえてくる。


「お兄さま、義姉様のご様子はどうですの?」

「この通りだよ」

「まあ――どうかお気を落とさずに。私達が至らなかったせいですわね」

「気にするな。どうせいつかはバレていた。それに、待つ事は慣れている……今までもずっと待ち続けていたんだ」

「腐った分家と本家を全てあぶり出し」

「全員抹殺する時を、だよね、兄様」

「これで暫く家の事で煩わされる事はなくなる。後は任せた」

「ええ、お兄さまはどうぞ義姉様のお側に」

「子供ももうすぐ産まれるしな。にしても、あの粛正の時には既に妊娠していたなんて、兄様は本当に抜け目ないね」

「それぐらいでないと当主なんて務まるか。それより妻を少し休ませたい。もう帰れ」

「「は~い」」



 嬉しそうな声が二つ、落ち着いた声が一つを聞きながら、私はまた闇へと落ちていく。




 後に、八大名家神有家の歴史を変えたと言われる大粛正。

 それを行った当主は、腐敗した神有家を立て直した名当主として長く歴史に名を刻むこととなる。


 そんな彼は大粛正後すぐに妻を娶る。


 大変な愛妻家としても名を馳せた彼がただ一人愛した少女は、末端の分家の娘。



 しかし、表舞台に立つことは終ぞなく、死ぬまで本邸の奥座敷で過ごしたという。


 それについては色々と説がある。


 夫の愛情が余りにも強すぎたからとか、娘が病弱だったとか。

 はたまた、娘の心が狂っていたとか。


 だが、当主と妻の間には五人もの子を残す事となる。

 優秀揃いの子の中で、次の当主になったのは満場一致にて後継者指名を受けた長男。


 あの大粛正の時に娘の腹に居た子だった。


 その長男によって、神有家は八大名家の頂点という地位を確立し、孫娘に至っては冥界の末皇子に嫁ぐ事になるが、それを狂った娘は見る事なく早々にこの世を去ることとなる。


気づいた方も居ると思いますが、香奈の曾祖父のお話です♪

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