『海王×海王妃(因縁編)』番外 海王の日記③【完結】
某月某日
紅玉が倒れた。あいつらに気付いたからだろう。今だに紅玉への影響力が強い事が腹立たしい。だが、まだ直接手を下すわけには行かない。あいつらは色々な事に手を染めている。奴らと繋がる奴隷商神達や盗賊達、または各国に潜む奴隷の買い手を一網打尽にしないと、面倒なことになる。また買われ責め苛まれている奴隷とされた被害者達を一斉に救出しないとまずいだろう。助けそびれれば、奴らは貴重な商品又は自分の愛妾、妻を更に手が出せない場所へと連れて行ってしまうから。そういえば、どこかの国のなんとかという奴隷を多く抱えていた貴族が落雷で焼け死んだらしい。そういった輩にも天罰が下れば良いのだが。
某月某日
なんという事だ。あいつと俺の纏う香りが同じだと言う。愕然とすれば、諜報員から「陛下の香りは自前です!あいつのは神工的な香りです!!」と慰められた。というか、神工的だろうとなかろうと、同じ香り系統というのが問題なんだ。では何か?今まで俺と一緒に居た紅玉は、あいつを思い出していたという事か?まあそれは置いておくとして--萩波との会議の方は順調に進んだ。かなりの速さだが、まあ理由は分かるので黙っておく。
某月某日
向こうも色々と警戒しているようだ。それと、縁談相手との見合いが迫っているらしい。まあ、見合いなんぞする気はないが--それで相手の油断を誘えるならそれはそれで構わない。萩波には、何かあった時には紅玉だけは守って貰えるように頼んである。
某月某日
奴ら、『狭間の世界』でも色々ともめ事を起こしているようだ。なんと、星家の長姫と引き合わされた。彼女は、奴らの手の者にだいぶ煮え湯を飲まされたらしい。まあ、それ相応の報復も行っておられるが……向こうもまさか、彼女があの十二王家筆頭星家の長姫であるとは思わないだろう。で、その騒動で、『果竪』や小梅まで被害を受けたとか何とか。それは切れる、凪国の上層部も切れていたのはそれが理由か。そういえば萩波の笑顔も恐かった。
某月某日
明日は中休みだ。萩波からは少し息抜きをしろと言われた。気分転換に紅玉を外に連れ出すのも良いかもしれない。ただ、向こうは確実に仕掛けてくるだろう。萩波も性格が悪い。あいつ、紅玉を囮にしろと言っているのだ。まあ、向こうも紅玉に接触したくてジタバタしているからな。俺としても……今度こそ紅玉に離縁を申し出られても仕方が無い。ただ、紅玉を囮にするなら、俺は絶対にし損じない。さっさとけりを付けてやる。本当はもう少し時間をかけてやろうと思ったが、そんな事をしていれば被害がより広まる。部下達に申しつけたが、近々幾つかの奴隷の競りが行われるという。泉国に近い場所で行われる方は向こうに連絡をつけたし、浩国と津国にも声をかけてある。さて、どうなるか。
某月某日
さて、餌に食いついたらしい。見事に奴らは紅玉を罠にかけた。まあ、罠にかかったのは向こうだが。にしても、改造魔獣を持ち出してくるとは奴らもなかなかの肝っ玉の持ち主だ。そういえば、凪国の地方ではある禁じられた生け贄を使う儀式が行われるとの話があったが、その生け贄として今回魔獣に民を攫わせたらしい。にしても、わざと結界に穴を開けて奴らを招き寄せるとはなんともいやはや。まあ、紅玉の子を殺した男の妻の実家が、その儀式の主催者と繋がっているらしく、そこから切り崩す為とはいえ、かなりの賭けだ。下手すれば、儀式が行われてしまうというのに。
某月某日
本日二度目の日記だ。攫われた者達は無事に、儀式の場から取り戻した。まあ、途中で色々と邪魔が入り、儀式の場に生け贄達が運ばれる前に取り戻す筈だったが--あの野郎、「神は全てが上手くいくと思った時が一番油断するものです」と言いやがった。儀式の場に運ばれるまで、全てが予想通りだったという事だ。というか、どこまで末恐ろしい奴なのか。しかも、儀式は中断された結果、現れた古の魔獣は手の付けられない状態となった。それを、あの萩波は一撃で倒してしまった。本当に、あいつ自体が『化け物』だ。あれに敵うのは……果たして何神居る事やら。因みに、向こうだって馬鹿ではない。決して邪魔されないように色々と準備をして、儀式に臨んだのだ。しかし、俺も協力していたし、他の国にも協力を頼んで証拠集めはしておいた。そして、今回王が直々に乗り込み、本来は外から入れない筈の結界を潜り抜け、儀式を乱した事は奴らにとっては予想外の出来事だっただろう。
実際、奴らもまた色々な所に協力を依頼し、幾つかの後見を得ていたようだから。まあ、知恵比べで負けるつもりはこちらも毛頭無いが。
にしても、奴らのせいでこちらはとんだ騒ぎに巻き込まれたものだ。さっさと、紅玉の昔の男達も捕縛しよう。
某月某日
かなり早く事は進んでいる。ただ、これだけは言いたい。激しく、奴を殴りたい。紅玉の受けた傷は大きい。まあ、うちの国の武官にそもそも襲われた事自体が大きなショックだが……というか、あいつの同行は認めていなかった筈だが、どうやら隠れてついてきたらしい。本来着いてくる筈の武官は瀕死の状態で本国で見付かったらしい。現在治療中だ。それにしても、どこで擬態なんて学んだのか。能力を悪用する馬鹿は多いが、婦女子を襲う事に使う奴には容赦はしない。俺達だって術は使用しなかったのに--いや、違うだろ。とにかく、紅玉を襲った奴は許さないが……その武官はもう死体になっているから今更無理か。ただ、紅玉は自分が殺したと思っている。奴らがそう仕向けたからだ。だが、紅玉が殴った部分は致命傷にはなっていない。危うく、証拠となる遺体を燃やされかけたが、予めすり替えておいたので問題は無い。向こうも、徹底的に攻めてきている。だが、負けない。
某月某日
一斉捕縛が始まった。儀式の失敗はこちらには伝わっていない。相変わらず見事な仕事だな、萩波は。ただ、俺の国でも繋がりのある貴族が何神か居たので、そちらは紫魄に任せておいた。やつら、紅玉を売り渡すつもりだったらしい。
某月某日
神生最大の失態だ。あいつを逃した。一緒に捕縛したと思ったら、身代わりを置いて逃げていた。ふざけんな。いや、一番ふざけているのは萩波だ。「紅玉に接触してくると思います」と言い放ち、また囮にしろと言う。確かに紅玉が最も有効な餌になり得るが……悩んでいると、星家の長姫がぽんぽんと背中を叩いてきた。「私が側に居ますよ」と言ってくれた。ありがとう。でも、あいつを捕まえなければ被害は広がるし、それは紅玉にも良い影響を与えない。あいつらのせいで、紅玉は武官を殺してしまった事を悔やみ続けている。真実を言うなと萩波に言われた時には思わず殴りかかったが……分かってしまう。囮にするなら、それこそ迫真の演技が必要となる。紅玉の演技力は残念ながら低い。
某月某日
奴はまだ見付からない。紅玉の側に星家の長姫が居てくれる。ただ、紅玉の方は少しずつ落ち着いてきているようだ。実際はどうか知らないが……。あと、星家の長姫が、紅玉に接触を試みた者達を事細かに教えてくれた。もう捕まった者達の大半がそこに名を連ねていたが、星家の長姫にもかなり無礼を働いていたらしい。星家の長姫は確かに地味で……いや、慎ましくて存在感が薄いが、それでも彼女をしっかりと見れば分かるだろう。……今はとにかく紅玉の事だ。
某月某日
紅玉の所に行かないのは、真実を言いそうになるから。けれど、紅玉は俺が愛想を尽かしたと思っているらしい。そんな事は無い。萩波に愚痴れば、「夫婦は困難を乗り越えてこそ、より絆が深まるのです」とか言い放った。言っておくが、その困難の八割はお前が紅玉を囮にしろと言った事に由来するんだが……。
某月某日
暫く日記が書けなかった。ただ、色々な事があった。あの野郎は既に魔獣と同化していたらしい。まあ、あいつの妻は思いの外腹黒く、夫をただの道具としてしか見ていなかったという事か。あの改造魔獣は、あの妻の一族が操っていたものと思っていたが……その思い込みのせいで、危うく紅玉を失いかけた。気が狂いそうだった。ただ……たった一つだけ、良い事があった。紅玉の『子供』に会ったのだ。あの男との間の子供。けれど、紅玉によく似た子供は、絶望に飲まれそうになる俺を必死にこちらに食い止めてくれた。大丈夫だよと言ってくれた。後で目覚めた紅玉に聞くと、彼女をこちらの世界に引き戻してくれたという。
その子の名前は『紅燕』。とても良い名だ。そして誰がなんと言おうと、俺の娘だ。全てが終わった後、妻に頼まれて娘の墓を建てた。ここなら娘も寂しくないだろう。また産まれてきて欲しい。俺達の所が良いけど、それがダメならどこか愛情あふれる両親の下に産まれてきて欲しいと思う。
某月某日
妻の定期健診で、医師から驚くべき事を伝えられた。妻は再び妊娠出来る体に戻っているらしい。但し、確率は半分。けれど、ゼロから半分なんて最高ではないか。それに、妻との子どもが欲しいと励んではきたから嬉しくて……いや、落ち着け。なんだろう?急に怖くなってきた。もしかしたら、紅玉との子が夢ではなく本当に出来るかもしれない。その現実がすぐそこに見えている。それは嬉しいが、妻はどうだろう?一度子どもを失った。もし万が一妊娠しても、必ずしも無事に健康的に産まれてくるとは限らない。もしダメだったら……それに、紅玉の体にはどうしたって負担をかけてしまう。それに、俺の子どもを果たして欲しいのだろうか?今まで散々彼女を好き勝手にしてきた俺が言える言葉ではないが……。
某月某日
『紅燕』がにこにこと笑っていた。「お父さん」と呼んでくれた。夢だった。けれど、涙が出た。
某月某日
紅玉が妊娠した。嬉しい。紅玉も望んでの妊娠だった。あれから色々とあった。俺も死にかけたし、紅玉を沢山泣かせてしまった。泣いてくれるぐらいには好きでいてくれている事に感謝したい。
某月某日
あれから、『紅燕』の夢をよく見る。娘と妻の三神でのんびりと遊んでいるーー幸せだ。紅玉に聞くと、彼女も娘の夢をよく見るらしい。
某月某日
もうすぐ子どもが産まれてくる。今日の夢の妻はお腹が大きかった。『紅燕』がなんだか沢山の荷物
を抱えてきた。大きなリュックサックを背負っていた。どうしたのかと聞けば、妻に抱きつき、そのお腹に頬ずりしながら言った。「わたし、おひっこしするの。だからこんどは」とその後は聞き取れなかった。
某月某日
『紅燕』の聞き取れなかった言葉が分かった分かった。産まれた子どもを見て、俺と紅玉は笑いあった。可愛い可愛い娘。紅玉によく似た娘。そしてーー。
よろしくね、おとうさん、おかあさんーー
俺にとって二神目の娘。
今度は幸せになる為に産まれてきたのだーー。