王×王妃
「あの方は本気ですよ」
美しい衣を身に纏った妖艶な側室が言う。
「そうそう、絶対にぞっこんだよ」
煌びやかな衣を身に纏った側室が言う。
「こんな事は初めてだな」
落ち着いた衣を身に纏った理知的な美貌の側室が言う。
「ですから、どうか陛下の思いを受け入れて下さい」
四人の中で最も長らくあいつの側に居た清楚な側室の艶麗な微笑みに、私はつられる様に頷き。
「かけてたまるかぁぁぁ!」
「うわっ! 王妃が乱心したよ!」
「王妃様! そっちは窓だ! ここは五階だ死ぬぞ!」
「すぐに窓の下に衛兵をっ」
「離せ詐欺集団!」
天界十三世界が一つ――炎水界。
炎と水を司る国々が存在する中、水の第六位に位置する海国後宮にその悲鳴が木霊した。
*
一時間後、仕事で身動きの取れなかった奴がようやく駆け付けた。
「来たな、詐欺男」
「誰が詐欺男だよ」
他国の王の例に違わず、妖艶な美女と見紛う如き美貌。
聡明で文武両道、水の第六位に位置する国を繁栄させる政治手腕。
顔に似合わぬ狡猾で腹黒い策士家だが、その悲惨な過去の経験から弱気者達を保護する賢君。
海国国王――。
建国当時は誰がその花嫁になるかで騒がれたものだ。
しかし――誰が想像するだろう。
この目の前の佳人が毎日入り浸る、後宮に数多咲き誇る花が、全て男だと。
そう――海国後宮の花の全ては、美少年、美青年で構成されている。
つまり、先程私にふざけた事を抜かしていたあの四人も男。
しかもあの四人は、後宮に百名存在する男の愛妾達のトップに君臨する四妃。
後宮のボスだといっていい。
え?私?
私はただの通りすがりの。
「で、私の后は何をそんなにご立腹なんだ?」
「誰が后かこのやろう!」
くそっ!余計な事を言いやがって。
そうよ、私は后よ。
それもこの男の正妃、つまりあの四妃の上に君臨させられている。
因みに、男好きの王の后ならもちろん男と思われるかもしれない。
しかし私はれっきとした女だ。
そう――今年二十一になるピチピチの女なんだよ!
地味な平凡顔だけど!
おかげで、逆に美形揃いの後宮で浮く浮く。
しかも見かけより年増に見えるらしく、同い年の王と並べば姉女房と噂される始末。
死ね、美形!
クタバレ、この詐欺男!!
そのまま飛びかかろうとしたら、部屋の奥で優雅に笑って見守っていたあの四妃が私を捕獲した。
「王妃様、なんという事を」
美しい衣を身に纏った妖艶な側室は賢妃。
「諦めなよぉ」
煌びやかな衣を身に纏った側室は徳妃。
「そうそう、諦めが肝心」
落ち着いた衣を身に纏った理知的な美貌の側室は淑妃。
「他の三人の言うとおり、ですから、どうか陛下の思いを受け入れて下さい」
再び一番ふざけた事を抜かす清楚な側室は貴妃。
因みに、貴妃、淑妃、徳妃、賢妃は地位名で、正妃のすぐ下に位置する四夫人に当たる。
通常ならば、それだけ王の寵愛が高いという事だろう。
ただ普通なら、そういう位は妃の家格や後見人の力など様々なものが関与するが、ここの後宮の場合は妃が全て男という事もあって、寵愛の差によるらしい。
と、知りたくもない事を知る私は此処に来てから既に五年目になる。
すなわち、詐欺に遭ってから五年目だ。
「ちくしょぉぉぉぉっ! 詐欺男に騙されたあぁぁっ」
「だから、私は何もしてない」
一本に纏めた長い髪を背中で揺らしながら近付く詐欺男から私は逃げる。
捕まったが最後、最悪な目に遭わされる。
「それに来たのはお前の方からだろ」
「それは陛下のせいだぁぁっ」
陛下――といっても、それは目の前にいる詐欺男ではない。
結婚前までに私が仕えていた炎水界でも一、二を争う大国――凪国の王様の方だった。
*
こう見えても私は、この国に嫁ぐ五年前までは、水の第一位に位置する凪国で下働きをしていた。
頼るべき身内もない孤児だったが、そんな苦難にも負けず、私は、凪国王宮に一生を捧げる覚悟だった。
当然結婚する気は全くなかった。
というのも、今まで側に居た男達が最悪な相手ばかりだったからだ。
最初は親同士が決めた婚約者は私が孤児になった途端に別の女性と婚約した。
次の彼氏は所謂暴力彼氏、その次の彼は所謂貢がせ君、その次の彼は遊び人で、最後の彼氏はどこぞの貴族の姫に見初められて私を捨てた。
しかも当時私は妊娠していたのに、相手の男の暴行によって子は流れ、再び妊娠する確率も低いという。
暫くふさぎ込んだ私は、もう二度と恋愛する気はなかった。
そんなある日、私は王に呼ばれて言われたのだ。
「三食昼寝付きのお仕事があります」
呈示されたのは、海国の王妃という仕事。
いや、それは姫の役目だろうと突っ込めば、陛下は哀しげに言われたのだ。
「実はそこの王は男色でしてね~」
賢君だが、建国後に開いた後宮に沢山の美少年、美青年の妃妾達を侍らす好色男好き。
特に四妃という飛び抜けた美男子達を寵愛しているとか。
「跡継は養子をという事に決まったのですが、せめて正妃だけでも女をと国民が言いまして」
いいじゃん男で。
跡継を養子にするなら正妃も男でいいじゃん。
しかももう男はイヤだと言ってるじゃん。
「他の女性は」
「以前何度か試しましたが、全て失敗しました。そもそも考えて下さい。どこの世界に最初から男の妃がわんさかいる相手に嫁ぐ女性がいますか。しかも、完璧に飾り物の妃にされると分かっているんですよ。それに、自分がほっとかれてる間、女よりも見目麗しい男達を夫が寵愛する事実に普通は耐えられませんよ」
何でも以前に何度か壮絶なる争いというか、女性の妃が男性の妃達を刃物で切りつけたとかあったらしい。
なので、それにうんざりした王宮側が女性を妃にするというのを諦めたらしい。
だが、せめて正妃だけはとお願いしたとか。
「他には居ないんですか。官吏の女性とか、女官とか」
「割り切ってくれる相手は既に伴侶や恋人が至り、仕事に一生身を捧げるらしいです。なので友好国のうちに良いのが居ないかと言われました」
つまり、夫の男好きを認め、男の妃達と仲良く付合い、まあもし可能だったら子供も産めたらいいけど、たぶん養子になるからその子を愛情深く育てられる女性が欲しいと。
「で、うちの女性達を審査したところ」
「勝手に審査しないで下さい」
「貴方が最適だという事でした」
「……」
最適ってなんだと問い詰めれば、陛下はにこやかに言った。
「だって、そんな若い身空でもう二度と男なんていらない。結婚なんてしないっていうのは貴方ぐらいですから。つまり、夫が誰を寵愛しようとも割り切れるでしょう」
確かに、出来る、かもしれない。
「それに子供も養子ではありますが、手に入りますし、何よりも三食昼寝付きです」
むしろそちらに惹かれる。
子供と三食昼寝付き。
「まあ、タダ飯ぐらいがイヤなら働く事も可能でしょう。向こうの王宮は王の嗜好ゆえに女性の働き手が少ないですからねぇ」
「なるほど」
「という事でどうです?」
男は嫌いだ。
というか、恋愛事はもううんざり。
「わ、わか、りました」
男好きならたぶんこっちに来る事はないだろう。
いや、そもそも来て欲しくないし、こんな地味女の元にくる筈もない。
なので私は三食昼寝付きと養子を手に入れたウハウハ生活を送れるだろう。
と、思って海国に来た筈なのに――。
やはりうまい話には裏があった。
最初は順調だった。
王宮からは大歓迎され、諦観していた国民達には頑張れとエールを送られた。
形だけの婚儀を行い、その後引き合わされた後宮の妃達はみんな良い方達で、目の上のたんこぶともなりかねない正妃の私をこれまた歓迎してくれた。
おかげで今までずっと、後宮の妃妾達とは仲の良い友好関係を築き上げている。
その中で王への好感度も、最初は上昇傾向だった。
というのも、元々後宮入りしている男の妃妾達は、その美貌ゆえに性奴隷として身を落とさせられた者達、また望みもしない愛妾として囲われていた過去を持つ者達が殆どだった。
しかし本人達は居たってノーマル。
女性とお付き合いしたいし、普通に家庭も持ちたい。
けれど、彼らを狙う周囲の者達はそれを許さず、隙あらば拉致監禁を企み中。
そんな彼らを一時的に保護する為に、王は後宮にその手の被害を受けた者達、また更に被害を受けそうな者達を入れているのだと妃妾達から聞かされた。
因みに、建国以前から寝食を共にする上層部は男性女性問わずにその事を知っているが、それ以外の王宮勤めの者達には隠しているという。
もしバレたら、妃妾達が後宮入りしてもなお諦められない者達が煩くなるからだ。
と、そんな王も過去に愛妾として長年囲われた悲惨な経験を持っているらしい。
しかも王を巡って何度も争いが起き、『傾国の美姫』という称号まで押し付けられたとか。
そんな過去を持つからこそ、見捨てられなかったのだと上層部や妃妾達は私に教えてくれた。
因みに王も完全にノーマルらしいが、今まで後宮入りしてきた女性達は完全に権力目当てで食指が動く事もなく、また妃妾達の事を片付けてからと決めた為に探しに行く事もしない。
つまり、男好きは完全なる誤解というより、性的被害にあった妃妾達を守る為にわざと流した誤情報だったと知り、純粋に尊敬した。
しかし、王が異性に手を出さなかったのは好みの相手が居なかったからだけであり、もし向こうからやってきた場合はどうなるか――。
その事に対して、誰も考えて居なかったのは誰が悪いというわけでもない。
悪いわけではない、けど!!
「どうしてそれが私なのよぉぉっ!」
「諦めてくれ」
寝台に押倒される私に笑顔を見せる王は、たぶん幸せそうなのだろう。
しかし私は幸せではない。
飾りものの妃だというから来たのだ。
王は男好きで女性には興味がないというから来たのだ。
まあ、王がノーマルと分かった時には、全ての妃妾達がそれぞれの望む相手と結ばれ、更に王が想い人を見つけるまでの女除けぐらいならなってやるかと思った。
そう――想い人を見つけるまでの女除けになら、なってもいいと決意した。
「けど、私に食指を動かすなんて聞いてなぁぁぁぃっ!」
というより、実は王が凪国に来た際に私に一目惚れし、それを知った妃妾達が凪国国王様に私を欲しいと嘆願状を出した結果、傷付けられた挙げ句に全てを仕事に捧げようとした若い下働きを不憫に思って私を笑顔で差し出した事も聞いていない。
そんな私が全てを知るのは、最後の妃妾が愛する女性と共に後宮を去る日のことだった。