『海王×海王妃(因縁編)⑫』【完結】
目を覚ました時、海王の顔が一番最初に見えた。
彼は泣いていた、娘の言ったように。
「海--カルア」
「紅玉……」
カルアに抱き締められた私は、娘を抱き締めた時と同じように抱き締め返した。
「カルア」
「紅玉、無事で良かった……大丈夫だって言われたけど心配した」
「大丈夫? 言われた?」
それは、医師にだろうか?
しかし、カルアは首を横に振った。
「俺達の子だよ」
「え?」
俺達の--?
「『紅燕』か」
「--っ?!」
「紅玉が目覚める少し前、その子が嬉しそうに名前を教えてくれた……ずっと、気が狂いそうになる俺の側に居てくれたんだ」
カルアは教えてくれた。
私が意識を失った後、あの男を殺そうとした事。けれど、小さな手に止められた事。私によく似た少女だった事。
身体が透けた少女は魂だけの存在だと知って驚いたが、私に似ていた事で、カルアは本能的に私が失った子だと分かったのだと言う。
そういえば、紅燕はよく見れば私に似た所があった気がする。どうしてだろう?今まで、その事に気がつかなかったのは。
「男は捕縛した。今は凪国の地下牢に居る。後は処罰を待つ身だが……」
「……」
「殺してしまおうと思った。でも、紅燕が泣きながら止めるんだ。ああ、その時は名前が無かったんだな。名前を聞いても答えてはくれなかった」
名前を付ける前に亡くなってしまった子。だから、名前を名乗れなかったのだろう。
「紅玉の傷は深くて、その日が峠だと言われた。気が狂った方が楽なぐらいだった。何度呼びかけても駄目で……そうしたら紅燕が来たんだ」
気付けば、部屋の隅に居た。
小さな少女は、寝台の上に乗ると、カルアの頭を小さな手で撫でていたという。
「大丈夫、大丈夫--そう、紅玉と同じ口調だったな」
「そ、そう、だったの?」
「ああ、同じだ」
カルアはそう言うと、何処か悲しげに笑った。
「紅玉が目を冷める前に居なくなってしまったけど」
「うん」
「最後に、お父さんって呼んでくれた」
「--うん」
「また、会えるよって」
「……うん」
カルアの言葉に、私も口を開いた。
「私は、お母さんって呼ばれた」
「……きっと、ずっと側に居たんだろうな」
「ええ。私が少しずつ元気になっていって嬉しい。でも、寂しい気持ちもあったみたい」
「……」
「自分が忘れられると思ったみたい」
「確かに、そう思っても仕方が無い。でも、俺が証神だ。紅玉は、紅燕の事を絶対に忘れなかった」
「……そう、だね」
「可愛い子だった」
カルアが紅燕の事を可愛いと言う。
「世界一可愛くて、綺麗な子だった」
「カルア」
「あんな子の父親になれる俺は、世界一の幸せ者だ」
「っ--」
「あの子は俺達の子だ。誰にも渡さない。あの子の父親は俺だ」
「カルア--」
紅燕は嬉しいと言っていた。
新しい父親に、自分の子だと言って貰えて。
私も嬉しい。
大切な娘を、血の繋がりが無くても自分の子だと言い切ってくれる、夫が。
「で、また会えると言った」
「うん」
「だから会う為に頑張るか」
「うん--て、はい?」
頑張る?
「今度は血の繋がりのある娘として産まれて欲しい。息子でも良いけど」
「いや、あの、私子供が産めないって言った」
よね?
と言う前に、カルアはにっこりと笑った。
「為せば成る、何事も。確かに子を流産した時に身体を壊して子供が産めなくなったと聞いた。けれど、絶対では無いと聞いている」
「いや、でも」
「そもそも、宝くじだって買わないと当たらない」
「いやいやいや」
「という事で、頑張ろう」
「何を?!」
両手を握られ、それはそれは麗しい笑みで宣言された。というか、死にかけて目覚めたばかりの妻に夫が言う台詞か?
「まあ、どうしても駄目だとしても俺は構わない」
「いや、あの」
「きっと、紅燕なら優しい両親の下に産まれるだろう。けれど、出来れば俺は今度こそ紅燕を守ってやりたいと思っている。まあ有り得ないとは思うが、もし紅燕が生まれ変わって孤児になってしまったら、すぐにでも引き取りたいと思うぐらいには親子になりたいと思っている」
「カルア……ありがとう」
それだけ愛してくれれば、娘も本望だろう。
「まあ--父親が美神過ぎて娘がグレなきゃ良いけど」
「娘の方が可愛いだろう?」
「……」
「何で黙るんだ?」
「鏡を見てからもう一度言って」
カルアは素直に手鏡で自分の顔を見た。
「紅燕と紅玉の方が可愛くて綺麗だ」
「……」
黙ってしまった私に、カルアがなんやかんやと声をかけるが私は返事をしなかった。
そんなこんなで、とにかく私は目覚めた。
私は一週間も意識不明だったらしく、凪国の方々は私の目覚めを本当に喜んで下さった。そして、海国にも私が意識不明だった事が伝わっていたらしく、大騒ぎになっていたという。
特に、『後宮』の四妃達--貴妃に至っては相手を自分の手で八つ裂きにすると暴れ、淑妃と徳妃が慌てて押さえつけていたという。賢妃はと言うと、いつもの様におっとりと微笑んでいるだけで役に立たなかったとか。
海国の上層部の方は、宰相が押さえつけてくれたらしく、ギリギリの所で踏みとどまってくれたというが……。
「ごめんなさい」
私は海国に帰国後、迷惑をかけた皆に頭を下げた。
そして--
「ここは見晴らしが良いですね」
「そうね。ここなら、あの子も寂しく無いわ」
海国『後宮』の奥にある、私個神の庭園。そこにあるお気に入りの大樹の根元に、紅燕の墓を建てた。
ずっとお墓が無い状態だったけれど、これでようやく。
「素敵な名前ですね」
侍女の楓々と紅藍が、娘の名を褒めてくれた。二神の顔は、心からその名前が素敵だと思っているのが分かるような笑みを浮かべていた。
「また会えるって言われたの」
「きっと会えますよ」
王妃様の子ですもの--と紅藍は笑う。
「そうですね、王妃様の子なら根性も並では無いでしょうから」
楓々も柔らかく微笑んだ。
「そうだね」
「そういえば知ってますか?」
「え?」
私はそれを聞いて、目を丸くした。
「どうした? 紅玉」
「……あの」
私は、楓々達から聞いた内容を口にした。
「--ああ、だって当然だろう?」
それは本来なら有り得ない事だ。
けれど、カルアはそれをいとも簡単に行ってしまった。
後に、私は奇跡を起こしてカルアとの子を育む事となる。その時産まれた子を、カルアは第二子としてお披露目した。
第一子は紅燕--
「知ってます?」
「ええ、陛下のなんとお優しい事」
「血の繋がらぬ子も、我が子とは」
「陛下の広いお心には感服ですわ」
「けれど、それだけ愛された王妃様が羨ましい」
「産まれてはこれなかったけれど、紅燕姫もきっと喜ばれているでしょうね」
紅燕は海国国王の第一子--第一王女として、戸籍にその名が刻まれる事となる
「だって、紅燕は俺の子だって言っただろう?」
「カルア……って、カルアの第一人称って俺だっけ?」
「こっちが素なんだ」
待っている
いつまでも
だから、早くおいで
私達は待っているから--
これで完結です。皆様、長い間付き合って下さりありがとうございました。おまけでもう一話くっつけようと思います。