『海王×海王妃(因縁編)⑩』
あの忌まわしき一件の翌日から、男達が私に接触を図ろうとしてきた。もちろん、直接会えるわけはないから、手紙やら何やらを色々な手段で届けようとしてきた。
明燐様は凪国上層部の一神としてお忙しいので常に一緒には居られない。その隙を突いて、男達の意を受けた者が接触を図ろうとしてきたが。
「何か用ですか?」
「この部屋に居る最も高貴な方にお渡ししたき物がありまして」
「そうですか」
にっこりと笑うのは、十二王家筆頭星家の長姫様。彼女はにっこりと笑って手を差し出した。男は当然ながら訝かしげな表情をするが。
「最も高貴な方でしょう? 十二王家筆頭星家の姫である私を差し置いて誰が高貴だと言うのでしょうか?」
その言葉に、男は笑おうとした。しかし、笑わなくて良かった。星家の姫君がちらりと見せたそれは、星家の紋章入りの水晶だった。普段は普通の水晶だけど、星家の血筋の者が手にする事で、その水晶に紋章が浮かび上がる特殊な代物だった。
だから、星家の血筋でなければ、それは単なる水晶にしかならない。
男が驚愕する中、星家の姫君は彼の鼻先で扉を閉めた。
「全く、油断も隙も無い」
「あ、あの」
「あ、気にしなくて良いですよ」
そう言うと、星家の姫君はてきぱきと動いてお茶の用意をしてしまった。
「明燐さんから、自分が側に居られ無い時にお願いしますって来てるんで」
後に聞いた所、明燐様は恐れ多いと青ざめたものの、星家の姫君が強引に承諾させたのだと言う。すなわち、私の世話を。
「まあ、紅玉様はとてもお綺麗ですものね」
「--はい?」
「ですから、とてもお綺麗ですよ」
上手く聞き取れなくて聞き返せば、意味不明な事を姫君は言われた。お綺麗?誰が?
「海国国王様も気が気ではないですね。奥様が此程お綺麗なら」
そうして再び意味の分からない事を言われた私は、呆然としたまま「そ、そうですか?」と聞き返してしまった。
「ええ、凄くお綺麗です」
姫君の笑顔に、私は遂に凍り付いてしまった。
そしてそんな風に私が不甲斐ない間も、やっぱり星家の姫君は私と接触を図ろうとする男達を退けてくれた。思えば、星家の姫君はこの時、何かに気付いていたのかもしれない。いや、もしかしたら全てをご存じだったのかもしれない。
ただ、私だけがそれを知らなかった。
「……」
「どうしました?」
私がぼんやりと窓の外を眺めていると、星家の姫君が声をかけてきた。
「いえ、何も」
「海国が恋してですか? --こちらでは色々とありましたしね、恐い思いもされて」
恐い思い--そう、沢山した。
と、私は星家の姫君の方を振り返り、それを視界に入れた。姫君は腕に大きな花瓶を持っていた。その花瓶に生けられた薔薇の花の下--トゲのついた茎の部分を見て、私は思い出す。
「あ、あ--」
「え?」
「あ、蔦--」
私は、何故忘れていたのだろう?
そう、忘れていた、今の今まで。
男に襲われそうになる前の事を。
凪国王都で、起きた事件を。
幾つもの大きく太い蔦が、民達に襲いかかった事を。
「蔦? あ」
星家の姫君が花瓶をテーブルの上に置き、私に駆け寄ってくる。
「ごめんなさい、思い出させてしまいましたね」
「い、いえ、それより、王都の民達は」
「全員無事ですよ。攫われた民達もあの後急いで取り戻しましたから」
「そ、そう、なんですか? ああ、良かった」
無事と言う言葉に、私はその場に崩れ落ちた。
「私、どうして、今までその事に思い至らなかったんだろう」
「それは仕方ないですよ! だって、凄く恐い目にあったんですよ?!」
「でも、私は仮にも王妃で、民を」
「それでも、王妃だって恐い目に遭えば恐ろしく思ったり、恐怖で頭が一杯になったりします!」
「っ……私」
「もし他の誰かが何か言ったら、私が言い返します! だから大丈夫ですっ」
星家の姫君にそう言われ、私は思わず目を瞬かせた。
「王だって王妃だって、王侯貴族だって完璧じゃないんです。良いじゃ無いですか、完璧じゃなくても。忘れていた? でも今思い出したら、凄く民を心配したじゃないですか」
「でも」
「むしろ、紅玉様が一杯一杯になって倒れた方が困ります! そしたら、凪国の民は海国の民に怒られちゃうんですよ?」
「え?」
「だって、自国の王妃様が他国の事で倒れたなんてなったら当然じゃないですか」
そう言って、頬を膨らませる星家の姫君に私は思わず頷いてしまった。
「だから、凪国の民が怒られないように、身体を休めましょう。蔦に襲われた民達も大丈夫ですよ。確かにまだ無事が確認出来ていなければ心配ですけど、もう救出されましたもん」
だから大丈夫--優しく宥めてくれる星家の姫君の声に、私は自分のふがいなさを痛感しつつも、その優しさに泣きながら頷くのだった。
その後、同じように明燐様から「凪国の民はしぶといのです! だから問題ありませんわっ」と力強い言葉を貰った。そして、逆に慰められてしまった。
「私は此処に居ます。ですから、ゆっくり休んで下さいね」
星家の姫君の言葉に、私は小さく頷いた。
明後日の早朝には海国に向けて出立する。
それは本来の出発予定日よりも一週間も遅い。だが、それも仕方の無いこと。王都での蔦襲撃騒動によって攫われた民達の救出、傷ついた民達の治癒と壊れた物の修復で数日会議が中断したからだ。その間、私はずっとこの部屋で過ごしてきた。そしてその間、夫は一度も私の所に戻って来なかった。
最終日の宴も体調不良と言う事で、私は欠席することが決まっているという。
海王は仕事だと聞いた。
けれど、あの一件以来、一度も顔を見せてくれない海王に私は言いようのない不安を覚えていた。いくらこちらの意思ではなかったとしても、襲われて……いや、もしかしたら私が武官を殺したと気付いてしまったのかもしれない。
子殺しだけではなく、彼の大切な国民を傷つけた汚れた女に愛想を尽かしたのかもしれない。
そもそも、最初から自分達は釣り合いの取れない夫婦だった。かたや、海国の偉大なる健国王で、かたや、凪国王宮の下働きだった。
そんな女が、そもそも王妃になるなど間違いだったのだ。
確かに海王の正妃には色々な条件があったけれど--。
でも、他にも探せばきっと『後宮』の成り立ちを理解し、『後宮』の男妃達を大切にしてくれる女性が居たはずだ。多くは無くても、きっともっと時間をかけて探せば、地位も身分もあり、強力な後見も持った理解ある姫君が居たはずだ。
こんな風に、海国の民を惑わす事も傷つける事もなく、きっと海王の隣に立って海国を立派に率いた筈だ。
私は寝台の上で呻いた。
苦しくて、苦しくて。
息をするのも辛かった。
「紅玉様、どうしました?」
「……水を」
私は水と、あと頭痛薬を頼んだ。
「水はあるけど、頭痛薬は……」
「すいません、頭がとても痛くて」
「わ、分かりました。ちょっと取ってきますね。あ、誰も来ないとは思いますけど、誰か来ても中に入れないで下さいね」
そう言うと、星家の姫君は部屋を出て行った。
私は申し訳なく思いながら、ゆっくりと寝台から出る。
その時だった。
ガラスが割れる音と共に、何かが部屋に転がり込んでくる。それは、石に縛り付けられた紙だった。
「これ、は」
それを拾い上げ、縛り付けられた紙をほどく。それは手紙だった。
中を見て、思わず悲鳴を上げそうになった。
今すぐ、指定された場所に来い。
でなければ、秘密を--。
名前は書かれていない。けれど、この筆跡は見覚えがあった。
私となかなか接触出来ず、向こうがしびれを切らしたのだ。しかも、海国に帰られてしまったら、彼等は手出しが出来なくなる。
私は手紙を握りしめると、星家の姫君が出て行った扉へと手をかけた。
指定された場所は、私が滞在している場所からは少し距離があった。勿論、見張りや警備の武官達が居るので、彼等の監視を潜り抜ける必要があった。
しかし、それがなかなか骨の折れる作業だった。
これで一介の下働きや文官なら普通に出歩いていても問題無いが、既に私は他国の王妃だ。他国の王妃がうろちょろと外を一神で歩いていれば、そりゃあ大騒ぎになる。
だから、必死に隠れながら進んで行く。
けれど、何度か見付かりそうになりながらも何とか進めていく内に、もしかして隠密の才能が私にあるのでは?とも思った。後で考えると、そんな才能は全く無いという事が分かるのだけれど、そんな風に現実逃避でもしていないと、叫び出しそうだった。
「早くしないと、私が居ない事がバレてしまうよね」
そういえば、偽装工作も何もして来なかった事を思い出す。しかし、既に此処から滞在する宮までは距離がありすぎて、今更戻っても手遅れだ。
「それに、今更もう戻れない」
戻っても手遅れ。でも、そもそも戻る事は出来ない。
あのまま何もせずにあの場所に留まり続ければ、向こうはあの時の事を声高に吹聴しただろう。ただ、私は彼等にあって何をするのだろうと思う。
彼等にあの時の事を言わせないように?
それとも、口封じ?
口封じの為に、彼等の望みを全て叶える?
それが、海国に被害を与えるものだとしたら?
私はどうする?
自分の身を守る為に、私はそれらを受け入れるのだろうか?
「ここ--」
ようやく辿り着いた場所は、当然ながら神気が無かった。けれど、目的の相手は居た。
「ようやく来たか」
「……」
覚悟は全然出来ていなかった。けれど、逃げる事は許されない。だから私は、相手の前に立つ。かつて愛し、子まで為した仲の相手を。
「私に、何の用?」
そういった私に、男は笑う。そういえば、彼の他の男達は何処に行ったのだろうか?彼等も一緒だと思ったのに。
「お前はさ」
男が一歩近づく。それに反応し、私の足が勝手に一歩後ろに下がった。
「お前は本当に、疫病神だよな?」
「え?」
疫病神?
「昔の女が他国の、大国の王妃になって、これでようやくツキも巡ってきたと思ったら、とんだ疫病神だ。ちくしょう! お前のせいで全て失った! お前のせいだ、お前のっ! こうなった、お前も道連れにしてやるっ」
「なっ--」
男が私に掴み掛かろうとしてくる。片手には、血にぬれたナイフが握られていた。
「元々、あの時にお前も死んでいた筈なんだ! それが図々しくも生き延びて、そのせいで全てが狂ったんだよ! さっさと、ガキと一緒に死んでいれば--」
「あ--」
地面に引き倒されて、ナイフを振り上げられる。けれど、私が激しく抵抗した事でナイフが男の手から飛んだ。すると、男が私の首を締め付けてくる。
「そもそもお前と出会った事が俺にとっての地獄の始まりだったんだよ! なんでとっとと死んで無かったんだよ! てめぇなんて生きてちゃいけないんだよ! とっとと死ねよ!」
どうして--ここまで言われなければならないのだろうか。
どうして、そんな風に憎まれなければならないのだろうか。
憎みたかったのは、私の方なのに。
「こ…ども」
「あ?」
「こど……も……」
なら、どうして子供を作る様な事を私としたのか?
息も絶え絶えにそう問えば
「失敗したからだよ」
男は、彼はそう言った。
「本当なら遊ぶだけ遊んでさよならする筈が、失敗しちまっただけだ。まあ、どうせ産まれてきたってロクな大神にならない様なガキなんて、さっさと死んで良かったんじゃねえの?」
そうか……。
私は、だらりと抵抗しようとした手を下ろした。
結局、私には見る目が無かったのだ。こんな神を選んで、愛して、そしてこの神との子が欲しいと思って。
この神だけではない。
それまでに出会った神達も、私は見る目が無かったのだ。
だから、私は。
意識が薄れていく。
男の指が生み出す圧迫感ももう感じない。
ああ、最後に--。
会いたいと思ったのは誰だろうか。
「イデェっ!」
男--彼の叫び声と共に、私の首を絞める力が緩んだ。反射的に大きく息を吸い込んだ私は、強い力で身体を抱き起こされた。
「ぁ--」
声が出ない。けれど、私を抱き起こした相手に思わず目を丸くして凝視してしまった。
海王--。
「現行犯だな」
「あ?」
彼は地面に座り込んだまま、海王を睨み付けた。海王の美貌の前には殆どの者達が見惚れて動けなくなると言うのに。
それだけで、もう彼は正常な精神をしていないのだと思い知る。
「他国の王妃の首を絞めての殺害未遂、しかも暴言の限りを尽くす。証神も居るから言い逃れは出来ない」
「--俺をはめたのか」
「はめた? 勝手に動いたのはそちらだろう? しかも、大神しくするならまだしも、見苦しくも私の妻をおびき寄せ暴行を加えようとするなど許される事では無い」
ビリビリと空気が震える。私に向けられた怒りではない筈なのに、その空気を震わす怒気に私の身体が震えた。
「おびき寄せる? 確かにおびき寄せたけれど、来るか来ないかはそっちの自由だ。来たと言うのなら、後ろ暗い所があったからだろう? 例えば」
男の顔が醜く歪んだ。
私は--。
「彼の言うとおりです! 私、海王の大切な民を殺」
「死んでない」
「……え?」
淡々と告げられた言葉に、私はキョトンとしてしまった。
「何だと?」
彼も、訝かしげに聞き返した。
「だから死んでない。そもそも、最初から死んでなかった--紅玉が殴った時には。あいつが死んだのは毒だ」
「え?」
「針で刺した後があった。紅玉は殴っただけだろう?」
「え、あ」
確かに殴った。
でも、殴ったって。
「どうして、殴ったって……分かったの?」
「場を見れば大体分かる」
海王は、淡々と告げた。--そういうものだろうか。
「因みに俺なら殴るだけじゃなくて蹴りもいれて不能にする」
「ど、どこに--ううん、言わなくて良いから」
その場所を口にしようとした海王の口を慌てて塞いだ。
「はっ!この女が殴った後に毒針で刺したのかもしれないだろ? 高貴な女性には、男に穢される前に自害する用の道具があるって言うしな」
「紅玉にはそんなものは持たせていない。それに、既に証拠となる物はしっかり回収しているからな」
彼がギリギリと歯を鳴らす。
「紅玉は殺していない。例え、殺したとしても、力無き女性を力ずくで襲う男の方が悪い。我が国なら正当防衛が成立する」
「殺してもか?」
「嫌がる女性に殺されてもおかしくない事をする方が、問題だろう?」
海王はくすりと嘲笑う様に笑った。
「殺される覚悟も無くそんな事をしたら馬鹿だし、そもそもそういう事をする方が愚かだ。神の妻である女性を無理矢理襲う馬鹿など、我が国の国民では無い」
まあ--と、海王が言った。
「最も、その武官の前に殴り殺されてしかるべき馬鹿は……俺も含めて、俺達の中にもゴロゴロと居るけどな」
海王の呟きは小さくて聞き取れなかった。
「は……鬼畜は、テメェの方だろうが」
「……」
「分かった、分かったぞ、お前、自分の女を囮に使っただろう?」
囮--。
「俺を取り逃がして、その囮として自分の女を使った! そうだよな、でなきゃいくら呼び出したと言っても、此処までこの女が来るなんて無理だった筈だ! てめぇが命じでもしなきゃっ」
「そうだな」
海王の言葉に、私はグッと唇を噛み締めたる
囮に使われた--それは、むしろ喜ぶべき事なのだ。私の様な無能で役立たずな存在が役に立てる事なんて限られているのだから。
「お前の本性をしっかりと紅玉に分からせて、紅玉の罪悪感を消したかったからな」
「なん、だと?」
「俺はずっと思っていた。お前みたいな--お前らみたいな最悪野郎どもが何故のうのうと生きていて、紅玉が過去の傷に苦しんでいなきゃならないかと。紅玉ばかりが、お前らに付けられた傷に苦しんでいる。子を失った事を悲しんでいる。いや、子の事は別だな」
海王は私をしっかりと抱き締め、彼に告げた。
「お前には子の事を悲しむ権利すら無い」
「--それがどうした。俺が望んだガキじゃねえ。その女が勝手に作ったんだ」
「そうだ。お前が望んだ子供じゃない。そしてお前は別の女を選んだ。その女は紅玉よりもずっと色々な物を持っていた。当時の紅玉が敵う相手じゃなかった。にも関わらず、どうして子供を殺した? 紅玉が何と言おうと子を認めずに済む方法はあった筈なのに」
「そんなもん--」
彼がニタリと笑う。
「疑わしき物は罰せよという言葉があるだろう?」
海王が静かに溜息をついた。
「そうか--なら、現行犯のお前は確実に罰しないとな」
「くっ!」
「一つだけ言おう。お前は色々と間違ったが、最も間違ったのは紅玉の子を殺した事だ。どうせ捨てるなら子供を身籠もったままそこに放置すれば良かったんだ。そうすれば--」
「そうすれば、見逃してくれたとでも?」
「そうと言ったら?」
海王はにっこりと笑う。
「そしたらテメぇは別の男の子を孕んだ女を妻にしたって事だな。それとも養子にでもしたのか?」
「まさか! 紅玉の子を余所にやる馬鹿がどこに居る」
「海王……」
私が、海王を呼ぶと、彼はようやく私を見た。そして、また男--彼へと視線を向ける。
「良くも、俺の子を殺してくれたな」
俺の子。
海王とは血の繋がらない子だった。
なのに、海王は……死んだ子を自分の子だと言う。
「どう、して」
「どうして……そう、どうして。俺も思っていた。どうして、紅玉の死んだ子の父親があいつだったのか。いや、血が繋がっているだけで、その子の父親に俺がなったって良かった筈だ。違う、貴様は父親なんかじゃない、紅玉の子は全て俺が父親だ」
「頭ワイてんのかっ?! 死んだガキの」
「死んだ子だろうが、俺の子だ。お前が父親だなんて絶対に認めない。誰も認めない」
海王の宣言に、私は泣いていた。
嬉しかった。
ここまで、亡くなった子の存在を悲しんでくれる『男』の神が居た事に。凪国上層部の方々も悲しんではくれたけれど、でも、それとは違った。
彼等とは違う、異性という立場で私の子を惜しんでくれた。
「狂ってる」
「貴様ほどではないさ。いや、俺を狂わせたとすれば、それはお前達だ。特にお前が俺の子を殺したんだからな」
海王は強い口調で告げた。
「これで年貢の納め時だな。お前の仲間達は既に失脚し、お前が頼りにしていた婚家もお前を見限った。まあ、見限る以前に自分の所に火が付いたらそんな事を言っている暇はないだろうけど」
そう言って、ニタリと笑う海王に、私は薄ら寒い物を感じた。
「くっ……こんな、短い時間で」
「短い、か--」
「そうだ! たった、数日で」
「正確には、初日からだが」
海王はクスクスと笑う。
「お前にはいずれ失脚して丸裸になって貰おうと思っていた。ただ、いつにするかが問題だった。俺に決めさせたのは、初日だ。紅玉に関して腹に一物どころか幾つも抱え込んでいるのが丸わかりだから、さっさと仕留める事にした。だがそれが正解だった。いや、もっと早くに潰せば良かった」
私を抱き締める海王の腕に、力が入る。
「その前に、俺が八つ裂きにしてやれば良かった」
全てが凍てつく様な声で海王は告げた。
「そもそも、俺をここまで怒らせたのはお前が初めてだよ。俺もここまで怒りを覚える事が出来るとは思わなかった」
「く、そっ」
「観念するんだな。どうせもう、逃げる場所は無い。だから」
そこで言葉を止め、驚愕に目を見開く海王を私は見ていた。一体何をどうしてそんなに驚いているのだろうか?
ただ、私は海王の腕の中で。
ゴポリと血を吐いた。
「あ……れ?」
私の胸から生える緑のトゲ。
いや、それは私の背後の地面から突き出て私を貫いていた。
それが、凪国王都で民達を襲った蔦と同じ物であると気付いた時には、私の意識は薄れていった。
「っ! 結界があった筈だぞ!」
「何事も絶対なんて無いってなっ!」
彼が叫び、それに応じて私の身体を貫く蔦が激しく動く。その度に、血が吹き出た。
そして私の意識は、閉じていった。