『海王×海王妃(因縁編)⑧』(注意:内容が暗いです)
主人公が別の男性キャラに襲われるシーン(未遂ですが)があります。
主人公が相手を傷つけるシーンがあります。
展開が暗く、鬱です。
以上について、苦手な方はご注意下さいませ。
凄まじい爆音と共に、私の身体が地面に投げ出される。
「っ、あ--」
「くそっ」
私を捕らえていた青年がこちらに手を伸ばしてくる。
捕まったらダメだ--。
私は青年の手を打ち払うと、そのまま反対方向へと向けて走り出す。
カルア達は青年の後ろに居た筈だ。
そこに行くには、障害物となるものが多すぎた。
青年もそうだけど、沢山の瓦礫が積み重なり、砂埃で視界が悪くなっている。
「待てっ」
青年が私を追いかけてくるのが分かる。
それに捕まらないようにしながら、私は走り続けた。
けれど、地面に投げ出された時に、私も足を痛めていたようだ。
ズキンと走る度に足が痛む。
「っ、あ--」
足の痛みはどんどん酷くなり、私は地面に倒れた。
「待て! どこに居るっ!」
青年が近づいてくる。
少しでも彼から離れようと、私は必死に地面を爪でひっかいて前に進もうとした。
けれど、それはたいした進みにはならず、あっという間に追いつかれてしまう。
「見付けた」
「ひっ!」
手が伸ばされる。
けれど、その手は私を掴む事は無かった。
「が--」
青年の身体が、後ろへと吹っ飛んだ。
その隙を突くようにして、私の前に見覚えのある存在が現れる。
最初はカルアかと思った。
けれど、彼は。
「王妃様、お怪我はありませんかっ?!」
彼は私を抱えると、少しでも安全な場所へと言ってその場から走り去った。
「ここまで来れば、もう安心です」
そこは王宮とは反対に位置する場所だった。
彼の腕に抱えられながら、王宮がどんどん離れていくのを見ていたから分かる。最初は王宮に行くべきではないかと話したが、王宮にもあの植物が襲ってきているらしく、下手に戻ると危ないのだと言う。
彼--海国使者団の一神として、また護衛として来た彼が私を空き家らしき場所へと運び、そこでようやく下ろしてくれた。
「あ、ありがとう」
私がそう言ってお礼を言うと、彼はにっこりと笑った。
「王妃様にお褒め頂き光栄です。しかし、全ては私の為に行った事ですから」
「え?」
彼はそう言って、私の方に一歩進む。
「あの--」
ざわりと肌が粟立つ。
何故だろう?彼は私がよく知っている相手だ。
そして、危ない所を助けてもくれた。
王宮に行かずに、ここに連れてきてくれたのも--。
どうして、カルアの所に連れて行かなかったの?
私は、唐突に脳裏に浮かんだその言葉に、息をのんだ。
王宮は無理でも、カルア達は王都に居た。私はそれ程走れていないから、少し戻ればカルア達と合流出来た筈だ。だと言うのに、彼は逆方向へと私を連れていった。
どうして?
「あ、あの、カル--海王が心配しているわ。海王も王都に来てて、さっきまで一緒に居たの。だから、王宮は無理でも一刻も早く海王達と合流を」
した方が良い--と言おうとした私は、彼に抱き締められていた。
「その名を口にしないで下さい!」
「……え?」
呆然と彼を見上げれば、彼は柔らかく微笑んだ。
「貴方を、貴方を虐げている国王の名を呼ばないで下さい。ようやく、この時が来たと言うのに」
「虐げて--」
確かに、対外的には私は『名ばかりの王妃』、『王に疎まれている王妃』として有名だ。男ばかりに手を出す王に諦めつつ、それでもせめて正妃だけは女性をと、出来れば子どもも生まれれば良いなぁ~みたいな感じで国民達が期待しているが、その期待を裏切るように『王は王妃を冷遇している』と周囲に見せている。
真実を知る者達は、国内では海国上層部と『後宮』の男妃達、そして彼等の限られた関係者達ぐらいだ。
彼--私を抱き締めている彼は、位こそ低くは無いが、その中には入っては居ない。
「私は--ずっとこの気持ちをお伝えする時を夢見ていました。私は、貴方様をお慕いしております!」
「は……へ?」
お慕い?押したい?いや、確かに押し倒されそうにはなっているけれど--。
「あ、あの、どこか頭でもぶつけたんですか? もしや、さっきの爆発で」
頭を強打したのではないだろうか?すぐに手当てをしなければ。
「王妃様、もうご安心を! 今までの不遇な結婚生活を思えば、さぞやご心労が深かったと思います。ですが、もう貴方様を苦しめる者は居ませんっ」
「な、何を言っているの?!」
「ですから、もう『不遇の王妃』と呼ばれなくても良いという事です! そう、陛下は別の女性を娶るのです。だから、もう王妃様は自由なのですよ」
「ま、待って」
彼が何を言っているのか分からない。ただ、あの青年と同じ様な臭いを感じ、私は彼から身を離そうとした。
「離してっ!」
「陛下は別の女性を花嫁に迎えられる。そうすれば、王妃様はもう必要ありません。きっと、無残にうち捨てられる筈。ですが、ご安心下さい。私が、私が貴方様をお守りしますから」
「わ、私は自分の身ぐらい自分で守るっ!」
大事なのはそこでは無いけれど、どう考えてもこの彼に身を任せる気にはなれなかった。というか、王妃が別の男性に抱きつかれていたなんて知られたら、大問題になる。
「と、とにかく、落ち着いてっ! 確かに、陛下に新しい女性をという話はあるし、凪国の貴族が新しい女性を紹介しようとしている話はあるわ。でも、だからと言って、偉大なる海国国王陛下がすぐに今居る王妃をほっぽり出すなんて事は在るはずが無いじゃ無い」
本当に恋に狂ったら分からないが、カルアだけはそんな事はしないという確信が何故か私にはあった。
今まで、カルアと出会う前に、何度も男に捨てられてきた筈なのに、私はカルアを信頼している。その事実に改めて気付き、思わず口を手で覆った。
そうか……だから。
「王妃様は、なんて健気なんだ」
「いや、健気とは違」
「しかし、これではあまりにも王妃様が不憫です! そもそも、全く陛下に相手にされず、『後宮』でうち捨てられていると言うのに」
それは対外的には事実だけど、実際に言われると複雑な気持ちになる。
「王妃様、貴方様は騙されておいでなのです。いや、洗脳されていると言っても良い」
「な、何ですって?」
「国同士の為に利用された可哀想な娘--それが貴方様だ。そう、利用されるだけ利用されつくして、貴方様はゴミのように捨てられる。可哀想な女」
「……」
男が高らかに自分の考えを告げる。
まるでそれが真実だと、それだけが正しいのだと言う傲慢さを宿して。
そして、私が不幸だと決めつける。
「……ないで」
「どうか私を受け入れて下さい。私なら貴方様を幸せに出来るっ!」
「決めつけないでっ!」
私は叫び、彼を突き飛ばした。
まさか彼もそうされるとは思って居なかったのだろう。
愕然とした顔をこちらに向けてくる。
「私は、自分で選んだの! 確かに国同士の仲を取り持つ為に、私は嫁いだ。でも、私は--」
私は、カルアを。
「黙れ!」
その先を言う事は出来なかった。
彼が一気に距離を詰めてきて、私を床に押し倒す。
「やめっ!」
「黙れ! 貴方は私のものだっ! 私の、この私のものになれるんだ! どれ程この時を私が待ち続けたと思って居る!! 一介の庶民風情が、この私の相手を出来るんだ! 喜んで身体を差し出すべきだろうっ」
そう叫ぶ彼に、私は怒りで一杯になった。
と同時に、私は自分の男運の無さを改めて思い知る。
過去に付き合ってきた男達もそうだが、さっきの青年といい、これまで何人か居た男達といい……どうして、こうロクデモナイ者達ばかりなのだろう。
普通の、もっとこう……ごく普通の思いやりと優しさに溢れた好感の持てる紳士的男性が居ないのだろうか。
いつも私に声を掛けてくる男達は、こんなのばっかりだ。
もう呪われているとしか思えない。
そんな風に嘆いていると、彼は強引に私の服をはぎ取ろうとする。
「やめて、離して!」
「黙れ! この私のものになれる事を喜べ! はは、俺の、俺のものだっ」
「いやっ!」
「大丈夫、この俺が大切にしてやるから。なに、正妻は後々しっかりとした由緒正しき貴族の令嬢を娶らなければならないが、貴方の事はきちんとするから。別宅を用意する。だから、そこで私の子を産み育て、私を待っていてくれ」
私はゾッとした。
言っている内容もとんでもないが、この男は私に子どもを産ませようとしている。
いや、そもそも別の女性を娶る事を宣言した上で、私に愛神になれと言っている。
「妾に、するつもり?」
そう聞いた私は、更におぞましい答えを聞くことになった。
「妾など……俺達の関係はそういうものじゃない。ただ貴方は私の帰りを待っていてくれれば良いだけだ」
「それを、妾と言うじゃないっ」
「違う! 身分の差や血筋から結婚は出来ないが、私は貴方を愛している! それに結婚だけが全てでは無いだろう? 確かに、正妻とは血筋正しい世継ぎを作る為に身体を合わせなければならないが、それだけだ。私の心は全て貴方に捧げられている! ああ、ならば私も言わせてくれ!」
彼--いや、男が叫ぶ。
「どうして貴方は由緒正しい貴族の姫君ではなかったんだ?! 貴方が貴族の姫君なら、俺はこんな風にしなくても良いのにっ! 貴方が地位と身分、強い後見を持って居れば、こんな風にしなくても良かったのにっ!」
男は……余りにも身勝手過ぎた。
お前に地位も身分も、何も持って居ないから、結婚出来ない。悪いのはお前なのだと私を責め立てる。そして結婚は出来ないけれど、こうして生活を保障する自分は何と素晴らしい男なのだと彼は自分に酔いしれていた。
「死んでも、貴方みたいな神とは一緒に居たくは無いわっ!」
「もう遅いですよ。他の男の手がついた王妃など、すぐに放逐されますから」
そう言って、男は私の服を破り捨てようとする。それを必死に抵抗して男の手をひっかけば、頭をバシッと叩かれた。痛みと衝撃に視界に火花が走る。
それでも、私は叫んでいた。
「いやぁぁあっ! やめてって言ってるでしょうっ」
「大丈夫、恐くないですよ。ああ、陛下とはそういう事をしてないでしょうから、身体が慣れていないという所はどうしようもないですね。でも大丈夫。私は優しいですからね」
「離して! この変態っ」
そう叫んだ私は、強く頬を張られた。
「黙れ! このあばずれっ! この○×■$$#&」
もう、最後は何を言っているのか分からない。ただ、血走った目をぎらぎらと光らせて、男は私を自分のものにしようとする。
ああ、どうしてのこのこと此処まで連れてこられてしまったのだろうか。
「やだ、やだ、いやぁぁぁぁっ!」
叫んで、めちゃくちゃに暴れて。
でも、男の力は緩まない。
首をがぶりと噛まれた。
「ひっ!」
痛みに呻けば、ガバリと服の裾をまくり上げられる。それを必死に押し戻すが、男の力には敵わない。
「私の物になりなさい。後悔はさせませんから」
神によっては甘い囁きのそれも、私には腐臭を放つものにしか思えない。
「やだ、海王、海王--っ」
必死に、夫に助けを求める。
けれど、どこかで私は諦めていた。
助けを求めたって、そんなものが来る筈が無い。
助けなんて……今まで、何度も私は助けを求めた。
カルアに出会う前--もっともっとずっと昔から。
その度に、そんなものは来なかった。
助けが来ているなら、私は家族を失わなかった。
子どもを失わなかった。
何も失わずに、幸せに浸っていられた。
助けなんて、来ない。
なのに、私はどうしてカルアを呼んでいるのだろう。
五月蠅いと、また頬を張られた。
首に噛み付かれた。
愛していると言いながら、その口で私を罵倒する男。
「貴方が悪いのですよ」
全部お前が悪いのだと言う。
自分を惑わしたのはお前。
自分にこんな事をさせているのは、お前。
そう……いつだって、私が悪者だった。
私の言う事為す事全てが悪いと見なされた。
ならば、どうして私を共に連れて行ってくれなかったのだろう。
家族が死ぬ時、共に死なせてくれなかったのだろう。
「私が大切にしてあげますから」
大切にと囁く口。
けれど、その手は私を強引に自由にしようとする。
こんな男に、好き勝手にされるぐらいなら--と、舌を噛もうとした私に男は気付き、その口の中に布を押し込んできた。
「死なせませんよ」
「っ--」
「何が不満なんですか? ああ、こんな所で私と一つになる事ですか? ですが、まだ別宅の用意は調っていませんし、海国に帰るまでお預けなんて冗談ではない。それに、王妃を辞めるのには早いほうが良いでしょう?」
「っ--!」
男が、私の手を一纏めにして縛り上げる。
「ああ、睨む貴方も美しいですね。ふふ、私は悪食ではありませんが、貴方を手に入れられるなら喜んで悪食と呼ばれましょう」
何気に失礼な事を言う男。
けれど、そんな事はもうどうでも良い。
ただ、このままでは本当に『王妃の貞操』を穢されてしまう。
「さあ、何の心配もいりません。今こそ、私と」
そのまま、顔が迫る。
嫌だ、嫌だ、嫌だ--!!
完全に油断したのか、男の手が私の手首から離れる。その時、私の指先に何かが触れた。それを、私は必死に掴む。
もう、無我夢中だった。
冷静さなんて、全く無かった。
今までだって危険な目には遭っていたけれど、それは全て命の危険の方だ。なのに、こんな風に貞操の……身体を強引に好き勝手にされる、危険なんて。
おぞましさと恐ろしさに、私は完全におかしくなっていた。
布に吸い込まれながらも、絶叫をあげながら、私はそれを振り下ろす。
ガツンという音と共に、男の身体が倒れ込み私の胸に顔を埋める形で動かなくなった。
「……はぁ……はぁ……」
必死に男の下から這いずり出た私は、口に押し込められた布を取り出す。けれど、その布が赤く染まったのを見て、私は自分の手を見た。
手に、がっちりと握られている、赤く染まった固い塊を。
それは、警棒だった。
海国の武官が所持しているもので、普通の場合はこの警棒で相手を取り押さえる。なるべく相手を殺さないようにする為に、海国の法律で決まっていた。
それは、この男も持っているものだった。
たぶん、男を突き飛ばした時にでも、腰から外れて床に転がったのだろう。
とりやすいように、それは外れやすくもなっている。
それで男の頭を強打した。
男は、血にまみれている。
男の頭からは血が流れ続けている。
男は、ぴくりとも動かなかった。
「あ、あ、あ--」
今までだって、危険な目に遭ってきた。
誰かを守る為に、相手を傷つけた事だってあった。
今更だ。
もう、私の手なんてとっくに血にまみれている。
けれど、私の手はガタガタと震えている。
犯した罪の重さに、心が悲鳴を上げる。
血塗れなのに。
私の全てが罪深いのに。
なのに、私は怯えている。
相手を殺したかもしれない--という恐怖に、私は動けなくなっていた。
「あ、うぁ、あぁっ!」
私が、殺した。
私が。
私が。
確かに、相手に強引に襲われたとしても、殺してしまうなんて。
殺さない方法があったのではないか。
いくらパニックになっていたとしても、他に方法があったのではないだろうか。
いや、殺さなければこちらが殺されていたかもしれない。
そう思い、私は自分の醜さに反吐が出た。
何をどう言い訳しようとも、私が傷つけた。
私が、殺したかもしれない。
いや、私が、この手で。
恐い、恐い、恐い--!!
助けてっ!!
私は愚かにも、そう心の中で叫んでいた。自分の犯した罪から逃避しよう男から離れようとする。
私は、なんて醜くて愚かで、救いようのない女なのだろう--。
その時、ドンっと扉の方から音がした。
そして開け放たれた扉から、複数の足音が聞こえてくる。
「何をしている」
その声に、私は助かった--とは思えなかった。
なぜなら、部屋に入ってきたのは。
「ああ、これは、なんて事だ--」
今、最も会いたくなかった男達に、私は血にぬれた男の側で呆然とするしかなかった。