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『海王×海王妃(因縁編)⑥』

「到着」

「……」


 目が回って、なんだかもう何が何だか分からない。

 けれど、そこがどうやら凪国王宮関係である事は分かった。


 だって


「これは海王陛下」


 って言ってるし!!


「とりあえず--此処に置いてある商品全部」

「馬鹿でしょっ!」


 ツッコミと共に、カルアを蹴り倒す。


 国民の税金を何に使う気なんだお前はっ!!


 と、そこで私はそこが服屋である事に気付いた。

 いや、服屋というか、高級ブティック?


 品の良さそうな女性がくすくすと笑っている。年の頃は三十代後半だろうか?円熟した大人の色香が凄すぎる。あと、体つきも。服の上からでも分かる豊満な肢体は、きっと多くの男性達を虜にしていると思う。


「初めまして、海国王妃様。私はこのブティックのオーナーであり、凪国上層部--茨戯様の配下をしております」

「は、初めまして」


 茨戯様--うん、確かにそういう系統だ。

 茨戯様は、『海影』の長という立場でありながら、何故か凪国のファッションリーダーを務めている。


 え?ファッションリーダーは明燐様でないのかって?


 なんか、着る物全てが女王様スタイルになるので、凪国上層部に阻止されたらしい。


 因みに、普通は王妃とか国の中でも高位の女性がなる事が多いが、たぶん凪国王妃様が昔のままご健在だとしても、きっと同じく阻止されたと思う。


 大根の着ぐるみを全力で押していたし。


 あと、茨戯様は男女共通のファッションリーダーでもある。


「それで、ここの衣装全て」

「だから、ダメだって言ってるでしょ!」


 このままじゃ税金を無駄遣いされると思い、私は全力で止めた。


「まあ、王妃様。海王陛下であれば--ああ、大丈夫ですわ。ここは現在、お二神の貸し切りにしております。他には決して漏れませんので」


 にっこりと微笑みながら懸念事項を解消してくれるオーナーに、私はホッとした。

 確かに、このオーナーであればそういう所はきっとぬかりないと思う。だって、とても仕事の出来る女性という感じがするし、そういうセンサーがもの凄く反応してるし。


「ってか、いつの間に話を通してあったの?」

「凪国国王から勧められた。ここなら、気に入る物もあるだろうって」


 この雑誌にも書いてある--とカルアが懐から取り出した雑誌を開いて渡してくる。私はそれを受け取って目を通し。


「……炎水界における、高級ブティックベスト5入り」

「光栄にも今年の栄えある一位を勝ち取らせて頂きました」

「ってか、ここって超高級ブティックじゃない! しかも、オーダーメイドのっ」


 西洋、東洋、和洋関係無くどんな国の衣装でも作るオールマイティブティック。夜会用の服が多めだが、それ以外の普段着も作ると言う、が。


「どう考えても、王侯貴族の御用達店よねっ?!」

「凪国王宮の御用達の店だが」

「なんでそんなとこに案内するのよっ!」

「王妃様、案内したのは凪国国王陛下ですわ」


 オーナーの言葉に、私は心の中で凪国国王陛下を恨んだ。どうして、そんな所に案内するのか。


「買えないでしょう! 高すぎてっ」

「だから金は」

「税金、経費で落ちるかっ」

「安心しろ。これはポケットマネーだ」


 ポケットマネーで買い物をする国王。

 それもそれでどうかと思うが、その前にポケットというからには金額はそう多くは無いだろう。


「無理! だってここ、超高級店よっ! ってか、下男頭様と下女頭様への贈り物を見に来たのにどうして服屋に来てるのっ?! はっ! まさか、贈り物は服っ?!」

「ここは女性物のブティックです」


 オーナーの言葉に、私の脳裏に閃いた。


「下女頭様はまだ良いとして、下男頭様に女物を贈らせるつもりっ?! 確かに顔を考えるとこれ以上ないぐらいに似合うけど! でも、下男頭様は男よ! ドレス着せてどうすんのよっ」


 似合いすぎるけど、アウトだろう。


「俺がどうして余所の男に服を買わなきゃならないんだ」

「じゃあ、なんで」

「紅玉の服に決まってるだろ。その服じゃ目立つ」

「はぁ?」


 この服に着替えさせたのはそっちなのに。


「凪国王宮内での服に決まってるだろ。外に出たら、目立つ」

「なら、最初から普通の服に着替えた方が良かったんじゃ」

「それだと、妻に服を買って着せるという俺の楽しみがなくなる」

「……時間」

「あまり無いから、手早くな。で、そこからそこまでの服を」

「だから、そんなお金ないでしょう!」


 カルアにしがみつき、私は衣装を指差そうとする手を押さえつけた。


「ふふ、本当に楽しいご夫妻ですね」

「全然楽しくないです」

「王妃様、大丈夫ですわ。偉大なる海王陛下であれば、この店の服全てを買い取ったぐらいで痛くなる様な懐はしていませんもの」

「で、でも」

「それに、いくら税金とはいえ、王妃様の衣装代の予算からすれば」

「この前、ゼロ三つ削らせたものっ」

「……」


 オーナーは、カルアを見る。


「大丈夫だ、戻した」

「素晴らしいご判断です」

「なんですって?!」


 私が財務に直談判し、泣いて縋る財務長官を振り払って強引に押し通した予算案になんて事をっ!!


「予算が欲しくて財務に直談判する例は多々あるが、予算が余るから減らせと直談判する例は初めて見た」

「大丈夫ですわ。結構居ますから、そういう方」


 泉国王妃とか、津国王妃とか、その他幾つかの王妃を実際に挙げるオーナー。居るなら良いじゃないか。


「王妃様、そこまで心配されなくても、海国の財力であれば、この店の商品全てを買い取っても全く傷などつきませんから」

「いや、値段だけじゃなくてね。そもそも、沢山買っても着ないから」

「着た切り雀なんだ」

「ここで言わなくて良いからっ」


 別に着た切り雀では無い。

 ただ、幾つかの服を着回ししているだけであって。


「それに、どうか海王陛下を喜ばせてあげて下さいな」

「よ、喜ぶ?」

「殿方は、女性に自分の選んだ服を購入する事は一つの楽しみなんですよ」

「……そうなの?」

「そうだな。プロだと下着まで選ぶ」

「した--」

「もちろん、下着も揃えてあります。どうでしょう? この紐パンなど」


 それは、とてもアウトな下着だった。隠すという言葉の定義を問いたい。


「明燐様デザインのものです」

「ですよねっ?!」


 凄く納得出来た。

 というか、もはや下着とは何なのかと問い質したいレベルの代物だ。


「俺は紐パンは好まない。白いレースの清純派」

「やめて! それ以上言わないで! 海国の威厳とか尊厳とかなんか色々と大事な物が死滅しちゃうからっ!」


 慌ててカルアの口を閉じさせ、私はオーナーに振り返った。


「い、一番、地味なので」

「分かりました。清純派奥方風で行きましょう」

「……」


 オーナーの言葉はとても私を安心させてくれたが、カルアは不機嫌だった。


「清純派が良いんでしょう? まあ、私は清純派じゃないけど」

「大丈夫だ。明燐姫に比べれば、たいてい清純派に見える」


 カァァァンと、何かがカルアの側頭部にヒットした。


「壁に耳あり障子になんとやら--ですわね」


 転がった灰皿をオーナーは拾い上げると、窓の外へとそれを放り投げた。それを素早くキャッチした何かを見てしまった私は、「まさか……」と呟く。


 まあ、ここは凪国王都。

 凪国上層部の--宰相様の手の者が居てもおかしくはないが。


「海王、あとで宰相様に謝りに行こうね」

「なんで」


 なんだかもう一撃灰皿が来そうで、私は慌ててカルアの口を手で覆った。


「ああもうっ! で、なんでそんなに不機嫌なのっ?!」

「そんなの、不満だからだ」

「はぁ?」

「海王陛下はもっと王妃様の為に服を買いたいのですよ」

「買いたいって……」

「殿方に甘えるのも妻の役目ですわ」

「じゃあ、男妃達の服を買ったら?」


 そう言ったら、カルアが拗ねた。


「男妃達だって、『妻』でしょう!」

「海国王妃様、貴方様は全く男心が分かっていませんわ」


 やれやれと言った様子のオーナーに、「男心って……」と私は言うしかなかった。なんで怒るんだろうか。


 それから、地味とは言ったが、貴族の子女が身に纏う様な衣装を着せられてしまった。幸いなことは、装飾品は最低限で、刺繍なども派手ではないものだった事だろう。

 むしろ繊細で上品な刺繍の施されたそれは、一見すれば地味にも見えるが、見るものが見れば極上の代物だという事が分かるだろう。

 あと、動きやすさも計算されているので、裾と袖が長くても、意外に動きやすかった。


 私だって、綺麗な格好をしたくないわけではない。

 久しぶりの新品の衣装に鏡の前でくるくると回っていると。


「ああ、着替え終わったか」

「あ、海王--」


 武官の衣装とは違う、貴族の子息の衣装を身に纏った海王が部屋に入ってきた。


 何でだろう?


 地味目な服装な筈なのに、海王が身に纏うだけで上品で清楚な装いに早変わりしてしまうのは。


「どうした?」

「……海王は、どんな服でも着こなしちゃうんだね」

「それは紅玉の方だろう? --帰るか」


 ガシッと、また米俵の様に抱えられた。


「はっ?! お土産っ」

「今はネット注文の時代だ」

「あるけど! ダメでしょ!」


 というか、王都まで来たそもそもの意味がなくなってしまう。


「海王陛下」

「……分かってる」


 オーナーに諭されて、カルアは私を降ろした。


「代金だ」

「ありがとうございます」


 分厚い紙幣を取り出し、それをオーナーに渡す。ああ、この服一着分でどれぐらいの生活費となるのか。


「にしても……判断を誤ったか?」

「いえ、どちらにしても似たようなものですよ」


 なんだか、二神でぶつぶつと話し合っている。


「しかし、もっと地味なので」

「一般的な町娘風の服装を--しかし、もっと--」

「ああ、確かに」


 一体何なのか?

 こちらをチラチラと見つつ、そして溜息をつく二神。


「そもそも、部屋で」

「仕方ない。向こうから外に出てろと」

「まあ聞き及んでいますが」

「面倒だ」

「ふふ、魅力的な--」


 また、こちらを見て溜息をつく。

 けれど、オーナーはどこか楽しそうだった。


「さあ、今日はせっかくの中休み。楽しんできて下さいな。ああ、帰りは此処に立ち寄って下さいね。着替えもありますし」


 王宮内では、侍女と武官の衣装の方が目立たないからと言うオーナーに頷き、私とカルアは店を後にした。



「それで、何を買ったら良いかなぁ?」

「買わなくても、下女頭の写真でも送りつければ良かったのに」

「そんなんならもっと早くに--いや、言わなくていい」


 絶対、カルア、面倒だと思ってるっ!!


 一度良いよとは言ったものの、もう飽きてきてるよこの男。


「というか、下女頭様の写真なんて本神が居るんだから必要無いじゃんっ」

「馬鹿。仕事中に写真は必須だろ」

「はぁ?」


 机にでも飾るというのか?


「それか、下女頭にリボンをまいて--よし、リボンだ」

「待って。私に何をさせようと言うの?」

「だからリボンを」

「犯罪行為に手を染めさせないでっ!!」


 と、叫んだ時だった。


 遙か向こうの建物の影に、私はそれを見た。


「っ--」

「紅玉?」


 ふらりとバランスを崩しかけた私を、カルアは抱き留める。


「紅玉、どうした?」


 心配そうに、どこか焦った様子のカルアを余所に、私はもう一度建物の方を見た。


 居ない--


「……なんでも、ない。ちょっと、立ちくらみがしただけ」

「あれだけ騒いでたからな」

「そこかっ」


 カルアの言い草に突っ込めば、少しホッとした様子の夫の顔があった。


「--まあ、少し休むか?」

「……いい、それより早く買い物をしちゃおう」


 そう……あれは見間違い。それより、早く買い物を終えて帰った方が良い。



 そんな風に決意して歩き出したが--これは何だろう?



 確かに神手は多かった。

 あと、腕輪はしていても、こう隠しきれない魅力というか、色香というものがカルアから漂っているのも分かっていた。

 だから、カルアが多くの神達に囲まれ、誘われ、そして私がその輪の中から弾き出されたのもある意味当然の事だった。


 が--。


「あ、あのっ!」


 輪の外に放り出されたは良いが、下手に彷徨いたら絶対に怒られるけど、でも輪の中に入れずに佇む私にその相手は声を掛けてきた。


「なんでしょうか?」


 なんだか、顔を真っ赤にしている青年は、身なりの良い--良家の子息だろうか?


 大事に育てられた箱入り感があるが、とりあえず一目見て素直な子だなぁ~と思った。私より、少し年下ぐらいの青年だろうか。カルアともそう年は変わらないみたいだし。

 ただ、どこか達成感--じゃなくて、達観して老成している感じのカルアに比べると、まだまだ瑞々しく何処か青臭ささえ感じる。


 うん、こんな事を考えるなんて、私も年を取ったという事か。


「好きです! 付き合って下さいっ!」

「私に何か--」


 ……は?


「は、い?」

「ひ、一目惚れです! 結婚して下さい!」


 なんか、目の前の青年が壊れた。

 甘酸っぱい思春期の青年だけが持ち得る幼い雰囲気を漂わせながら、なんか呪文を唱えてくる。


「結婚して下さい!」

「頭大丈夫っ?!」


 と、頭の心配をしてしまった私は、慌てて自分の口を塞いだ。


「い、いや、あの、私は貴方と初対面ですし」

「一目惚れから始まる恋もありますっ! あ、生活には苦労させませんっ! こう見えても、僕の家は貴族ですし」

「いやいやいやっ! ってか、私神妻なんで無理です! 結婚してますからっ」


 結婚という所で、彼の動きが止まった。

 うん、まあ、告白した相手が神妻だなんて知ったら、そりゃあショックだろう。


「大丈夫、全て僕に任せて下さい」

「は、い?」

「貴方みたいな方を一神で彷徨かせるなんて、ロクデモない男の筈! 大丈夫、たとえどんな相手だって僕は勝利してみせますからっ」


 あのカルアに勝利?!


 いや、凪国国王陛下でもなきゃ無理だって。


「無理だと思います」

「やる前から諦めないで下さい!」


 良い事を言っているけど、実行させたらこの青年の命が潰えてしまう。


「というか、あの、もっと若くて綺麗な子が居るんで、神生を捨てるには早いですよ」


 とりあえず説得する事にした。

 というか、何か悪い物でも食べたんだろうか?


 あと、どこかに頭でもぶつけたんだろうか?


「僕は貴方が良いんですっ!」

「それが理解出来ません。むしろ、どこが良いんですか」


 と聞いたら、なんだか凄く長い呪文が始まった。


 なんというか……たぶん、もっと若い、恋に恋するぐらいの少女なら、こういう突然の告白劇にトキメキを感じたりするのだろう。


 ただ、私はそうするにはいささか年を取りすぎたし--というか、枯れてるから。

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