狼と魔女
「きりきり歩け!」
手首をきつく縛られ、そこから伸びた紐を引っ張られ女が転びそうになる。
女は、体勢を立て直し、夜の森を無言で歩き出した。
夜の森と言っても雲一つ無い空に浮かぶ満月のおかげで明るく、森を横切る街道のおかげで難なく歩けた。
女の周囲には、男が五人。
女の前に二人が横に並び、左右には一人ずつ、そして後ろに一人だ。
いずれの男も胸と腰によく磨かれた鎧を付けており、腰に下げた剣には、獅子を連想させる紋章が刻まれていた。
彼らは、騎士だったが、口元から頬までびっしりと生えもみあげとの境界線が無くなったヒゲとぼさぼさの髪、そして脂肪の付いた腹や手足の所為で山賊にしか見えなかった。
女を繋いだ紐は、左前方の男の右手に握られていた。
女は、シーノといい、黒いとんがり帽子に黒のローブといった、いかにも魔女の正装ともいえる恰好をしていた。
そして、帽子からは、シーノの銀の髪が上質な絹のように腰まで垂れている。
シーノの髪は、月明かりを反射して輝き、風が吹く度に踊るように棚引いていた。
どこか遠くで狼が遠吠えをする。狼の群れだろうか。
遠吠えは、しばらくの間、途切れること無く連続で響いた。
遠吠えが終わると前方から一際強い風が吹いた。
シーノの着たローブが体に張り付き、その輪郭を浮かび上がらせる。
長く細い足、くびれた腰、そして満月を思わせるような豊満な胸が浮かび上がる。
シーノの左右にいる二人の男は、思わずシーノを凝視した。
一方の男は、胸や腰や足を見てにやにやと下卑た笑みを浮かべたが、もう一人の男は、シーノの顔を見てぞっとした。
シーノは、病弱さすら思わせる真っ白な肌に切れ長の目、筋の通った鼻に真っ赤な薄い唇をしており、彼らが捕まえた時には、生気や気力といった生物としてあるべ物の存在が全く感じられず、死体か人形ではないのかと思わせた程だ。
だが今、シーノは、口元を大きく歪めて、声を立てずに笑っていたのだ。
魔女裁判に掛けられ、おそらく処刑されるという人間が笑っていたのだ。
「何笑っていやがる」
男は、恐怖を感じたが、無駄に高く積み上がったプライドを刺激され声を張り上げた。
他の四人の男もシーノの顔見る。
そして、最初の男と同様の反応を見せた。
シーノは、それでもにやにやと彼らの顔を見ているだけだった。
「この野郎」
彼らの中で一番喧嘩っ早く一番体格の良い男が、野太い声を発し、シーノを殴ろうと拳を突き出した。
拳がシーノの顔に当たる直前にその間を大きな黒い影が横切る。
男が腕を振り切っても拳がシーノに届くことは無く、不思議そうに男は自分の腕を見た。
肘から先が無かった。
それを見たとたんに男に気を失いそうな程の痛みが走った。
彼らは、シーノの前を通り過ぎた影を目で追う。
影の正体は、銀の毛を持つ狼だった。
しかし、ただの狼ではない。
立ち上がれば彼らの身長をも越しそうな大きな狼で口には、腕を咥えていた。
彼らは、戦慄しながらも反射的に剣の柄に手を掛ける。
「剣は、抜けない」
シーノが彼らの前で初めて声を発した。
その声は、冷たく低くゆっくりとした声で腕を失いパニックになろうとしている男の耳にも恐ろしいほどにはっきりと届いた。
その声が響いたとたんに、彼らの剣は、鞘と同化したように抜けなくなった。
鞘に完全に収まった剣も、半分ほど抜いた剣も同様にいくら力を込めても動かなくなった。
彼らは、動揺しながらも森の影から二匹目、三匹目と次々に狼が現れるのを見た。
「ハハハハハハハハハ」
シーノが、声を上げて笑った。
その声を聞いたとたんに彼らの戦意は全くもって失われ、代わりに恐怖で心が満たされていった。
彼らは、言葉にならない言葉を発しながら逃げ出そうとする。
しかし、一歩足を踏み出した瞬間にその足に狼達が襲い掛かった。
「ハハハハハハハハハハ」
シーノは、笑いつづける。
狼達は、彼らの四肢を次々にか噛み千切る。
「ハハハハハハハハハハ」
瞬く間に四肢は全て千切れ、鎧も噛み千切られた。
「ハハハハハハハハハハ」
狼は、ゆっくりと彼らの首に噛みついた。
「ハハハハハハハハハハ」
シーノは、彼らが殺される様をずっと声を上げて笑いながら見ていたが、彼らが死ぬと息も絶え絶えになりながら、声を上げるのをやめた。
しかし、今度は、彼らが狼達に食われていくのをにやにやと喜劇でも見るかのように眺めていた。
いつの間にか空には雲が増え、月を覆い隠そうとしていた。
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