塗籠の辻
スマホのマップアプリを頼りに、目的の店に向かう。
事の発端は、たまたま開いていたアプリの中に、掲載されていた広告を目にしたことがきっかけだった。それはお気に入りでよく利用するスポーツショップの二号店が開店するというもので、迷わず広告をタップした。
プロの格闘家である自分にとって、これは見逃せない大ニュースだった。
住所は地元だったので、帰省がてら覗いてみることにした。
新幹線で約二時間、午前中には最寄りの駅に着いた。日帰りできる距離ではあるが、三日ほど地元に滞在することにする。
運悪く実家はリフォームの真っ最中だとかで、近くのホテルに宿泊することにした。
長く帰っていなかった地元は、少しずつ都市開発が進み、子供の頃より利便性が良くなっていた。
(まるで浦島太郎の気分だ……)
そんなことを思いながら、駅近くのビジネスホテルにチェックインした。
部屋に荷物を置いて、最低限の貴重品だけを持って、目的のスポーツショップに出かける。
二号店があるのは、火山岩と傾斜地が生んだ高低差と起伏に富んだダイナミックな地形が特徴の街だ。
スマホの画面に表示された、マップアプリと周囲の建物を見比べながら街中を進む。地元だからと甘く見ていた。
道はしっかりと舗装され、古民家風の店がいくつも賑わっていた。何年も訪れていなかった街は、美しく様変わりしていた。
(随分入り組んだところにあるんだな……)
坂を上ったり、下ったり、右へ左へと複雑に入り組んだ道をマップを頼りに進んでいく。
(これ帰れるかな……)
駅近だと高を括っていたが、店に行くだけなのに随分時間がかかる。
「はあ〜〜〜。疲れた……」
いくらプロの格闘家とはいえ、こんなに急降下のある街を歩き回れば疲れは出てくる。「まだ着かないのか」と、不満に思いながらマップを見ると、細い路地に左折するよう促している。
「こっちか……」
荒い息を吐いて、一歩、路地へと踏み出した。
薄暗い路地を進んでいくと、気づけば辺りは霧に包まれていた。一気に視界が悪くなり「ちっ」と舌打ちをした。
地形的によく霧が発生しやすい地域だ。本当に運が悪い。
何かに躓きながらも一歩一歩進んでいく。
すると、やがて路地を抜け、開けた通りに出た。
「あ!」
目の前に目的の店が現れた。
「何だ、ちゃんと目的地に着いた……。裏道ばっか通しやがって……」
忌々しげにスマホの画面を見た。帰りはちゃんと案内しろよ、とロクに画面を確認せずにアプリを閉じて、ポケットにスマホを仕舞った。
「祝開店」の花輪が店の入り口に沢山並んでいる。これを見ると「新しい店が出来たんだ」と思う。
その横を通り過ぎ、自動ドアから店内に入る。
「ん?」
入店した直後違和感を覚えた。
オープンしたばかりだというのに、店には人が誰もいないのだ。
「え……? 人気店の二号店なのに?」
不思議に思いつつも、店内を見て回る。
店はあまり広くないが、客はおろか店員も見当たらない。
店中を歩き回っていると、レジのカウンターを発見した。そこには、無愛想な中年の男が新聞を広げている。
小太りで白髪が混じった髪は、手入れがされていないようでボサボサだ。
(態度悪……)
そんな不満を抱き、目当ての商品が陳列された棚を素通りして、その店員の前まで行く。
「格闘競技用のグローブはどこですか?」
「あ?」
新聞から顔を上げた店員は、心底不機嫌そうに俺を見た。
「さあ、知らんね」
「はあ!?」
素っ気なく返され思わず大きな声を出した。
「あんた店員だろ!? なんで商品の場所分かんないんだよ!!」
「この店にはそういうもんは置いてないよ」
「ここはスポーツショップだろ!? つーかそこにあるじゃねえか!!」
「ああ……、あんたにはそう見えてるのか」
「は? 意味分かんねえこと言ってんじゃねえぞ!! 店長を出せ!!」
「店長? ここの主のことなら俺だよ」
「お前が店長だと!? ふざけんな!! 俺は客だぞ!! それが客に対する態度かよ!!」
「あんたは俺の客じゃないんでね」
「んだとおッ!? もう許さねえ!! こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって!! 本社にクレーム入れてやる!! テメエはクビだ!!」
俺は渾身の脅しをかけて、店を飛び出した。
一人、店に取り残された店長は、客の暴言など気にもとめずに新聞のページを捲った。
「本社にクレームねえ……。言えればいいねえ……」
誰もいない店内で、店長は一人呟いた。
*
店を出た俺は、霧の中を怒りに任せて早足で進んだ。もと来た道など覚えていなかったが、衝動に任せてズンズンと進む。
開けた広場らしき場所までやってくると、そこでスマホを取り出して、スポーツショップ本社の電話にかけた。
「おい!! 二号店の店長あいつをクビにしろ!! 客に対する態度がなってないぞ!!」
「申し訳ございません……。二号店というのは……?」
「だからあんたんとこのスポーツショップの二号店でよ!! 今月オープンしただろ!! そこの店長の態度がなってないからクビにしろって言ってんだよ!!」
「………お客さま。失礼ですが、本当に二号店なんですか?」
「当たり前だ!!」
「当店の二号店はまだ開店しておりませんが……」
「ハァッ!?」
驚きのあまり、声が出なくなった。
そんなはずはないと、もと来た道を戻る。坂道を駆け上がるが、霧が深く視界が悪い。いくら足を動かしても、自分が先に進んでいるのかどうかが分からない。
ガツンと何かに躓いて、その場に倒れ込んだ。
「うがッ!!」
顔面から地面に叩きつけられ、痛みに悶絶する。
立ち上がるために地面に手をついた時に、ジャリッとした感触が伝わった。「え?」と地面をなでると、舗装された道ではなく、土が剥き出しの地面になっていた。
「どういうことだ?」
霧がカーテンのように左右に割れた。視界が開けて辺りが見渡せるようになったが、その光景は俺を絶望に叩きつけた。
「森?」
辺りは木々や雑草が生い茂る、どこかの森の中に変化していた。
(おかしい。さっきまで普通の街中にいたはずなに)
わけが分からず、助けを呼ぼうとスマホを取り出した。
「圏外!?」
無慈悲にもアンテナマークにはバツ印がついていた。
「ここは、どこなんだよーーーッ!!」
一人、知らぬ森の中で絶叫するしか出来なかった。
*
「へえ……、プロの格闘家だったのか。あの兄ちゃん……」
店長は、新聞に掲載されている。記事を見てひとりごちた。
記事には、先ほどのプロ格闘家の顔写真が載っていて、店長を睨んでいた。
「そんなに睨んだって、そこからは出られんよ」
店長、いや男がいるのはスポーツショップではない。今は、廃虚と化した廃寺の仏像の足元でだらしなく座っている。
「恨むなら、人に恨み買うようなことをした、お前さん自身を恨むんだな」
鼻で笑いながら、新聞のページを一枚めくる。
「おっと、お次はこいつか」
新聞の中には、ブレザー姿の女子高生。文章は記事ではなく、女子高生がこれまでの人生で何をしてきたかが、事細かに書かれていた。
ここは、この世に居てはならないものを呼び込む場所。
『塗籠の辻』




