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海月の浴槽  作者: ぴあす


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2/2

浅瀬

 今日の外は静かだった。青白い光が窓を染めている。

 布団が重い。何かを含んだように重くなっていた。

 水だ。


「おはよう、美月」


 布団の中には水に濡れた少女がいた。裸の体を私に寄せて眠っていたようだ。


「クラリス?」


 私の問いに少女は頷く。水槽に目をやると倒れて水を撒き散らしていた。

 彼女の体が透明に見えた。

 事実ではなく比喩だ。


「クラリス、私のお話聞いて出てきてくれたの?」


 しっとりと濡れた髪が私の服を濡らす。


「そうだ。君の命に危うさ感じた。私はそれを許すはできない」


 少し崩れた日本語でクラリスは話す。


(私から言葉を知ったのかな)


 私はもっと正しい日本語で話せばと軽く後悔をする。時計の秒針が音を立てて時を刻む。

 その音はだんだん速さを増しているように思えた。


 クラリスが布団から滑るように落ちた。ぐにゃんと違和感のある起き上がり方をする。

 浮き出た頚椎を横目で眺める。

 クラリスの体はまるで人形のようだ。

 人の歪みを微塵も見せなかった。


「今日は出かけないか?もうこの時間、いつも君はいない」


 今日私は学校を休んだ。昨日の彼奴の言葉が私の足を動かなくさせた。

 クラリスは不思議そうに私を眺める。


「今日はいいの。ここでずっと息をしていたい気分だから」


 濡れた布団から這い出る。クラリスは裸のまま、ぽかんとした表情で突っ立っている。


 ◇◇◇


「だから今日休んだんだ」


 クラリスは私の話を静かに聞いていた。ただ私を見つめる彼女の顔は石膏の彫像のように見える。


「君を殴るやつは、嫌いか」


 話し終えた私にクラリスは問う。回答の選択肢は一つしかないように思える。


「嫌い。殺したいくらい嫌いだよ」


 私の言葉にクラリスは答えない。波ひとつない海は私の言葉により波紋を作る。


「話、もっと君と話がしたい」


 彫像の顔に僅かな揺らぎが見える。雨の音は気付けば小さくなっていた。


 ◇◇◇


 クラリスとの話は常に少しの歪みが見えたが心に潤いを与える。


「君の話は、楽しい。明日も続けたい」


 今日は息がしやすい。久しぶりの会話に私は息も忘れかける。

 この時間が続けば、私とクラリスの気持ちが初めて通った。


「明日、か。ずうっとここにいたいな。学校なんて行きたくない」


 外の雨は一日中降り続いている。屋根をつく雨の音が聞こえた。心なしかさっきよりも雨足が強い。


「奴等のせいか?」


 クラリスが俯く私を覗き込む。作り物のような青い瞳が瑠璃のように見える。

 光を通さない深い青。


「それだけじゃないよ、私が悪いの。あの人たちを怒らせちゃったから」


暗い部屋の中に小さなランプを灯す。ぼんやりとした光が二人を照らす。外の雨は豪雨になった。時々外が眩い閃光に包まれる。


私は自分が沈むような感覚を感じた。深い深海に、ただ一人で。


「あの人たちは、私が大嫌いなの」


昨日同じものが目元を流れる。昨日と違って今日のは冷たい。

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