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ティー・ブレイク!  作者: 汐良 雨
小さな恋の歌

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8

 甘い。暖かくて、甘い。とろりと口内に広がるそれはあまりにも美味で、ごくりと喉を鳴らせば乾き切った身体にじんわりと広がる。もっと、もっとと舌を動かすうちに、白濁していた意識が覚醒していく。

 あれ、今何をしていたんだっけ。ハッと我に返り、瞼を上げれば星一つ見えない明るい夜空。息が触れるほどの距離に、柔らかくサラサラとした茶色い髪が揺れる。じきに、乾いた唇を塞ぐ暖かい物の正体に気がつく。


「おはよう」


 唇に甘く柔らかい余韻を残したまま離れたそれは、あまりにも優しい音色で言葉を紡ぐ。


「はじ……め……」

「はは、やっと名前呼んでくれた。今まで何度言っても神山さんだったのに」


 薄く開いた瞼の奥の大きな瞳が、魔力を凝縮した青い光を反射してきらきらと輝いている。


「どうして……?」

「約束したでしょ?今がその時ってことさ」


 そう言いながら肇がシャツのボタンを外す。骨張った華奢な体が露わになる。


「貧相ね、そんなんじゃ満足できないわ」

「そっか、ごめんね。足りなかったらさ、外にもう何人か居るから」

「さっきの人達、お友達?」

「友達……っていうか、腐れ縁かな」

「ふぅん……。何よ、綺麗な女友達居たんじゃない」

「ヤキモチかい?嬉しいね」

「もう!揶揄わないでよ!」

「はは、けど棗は違うさ。あれは綺麗だけど、女だと思ったことはない」

「それ、本人に言っちゃダメよ」

「大丈夫さ、そのくらいで崩れる関係じゃない」

「そう。けど、羨ましい」


 そう言った愛流の瞳は、ほんの少しの寂しさを纏っていた。無理やり口角を上げ、満面の笑みで肇に笑いかけると、くるりと踵を返し真後ろで見ていた少年に視線を移す。2人を覆っていた竜巻が、いつの間にか晴れていた。


「ねぇ、ゲートキーパーさん」


 愛流の視線の先にはファイ。一人、両足を大きく引き地面にしっかりと足をつけ立っていた。さっきまでと違うのは一つだけ、愛流の方へと伸びる左手の薬指に嵌められた、華奢なファイの体には似つかわしくない、ゴテゴテとした華美な装飾の施された大きな指輪。


「悪いが、そう呼ばれるのは好きじゃないんだ。名前で……ファイ、と呼んでくれ」

「そう、ごめんなさいね。ファイ、あなたとその指輪なら出来るんでしょう?」

「そのためにここに立っている」


 ファイが言い終わると同時に、バチバチと黒い光が指輪へと集まり、ファイの背後の空間が瞼をこじ開けるようにゆっくりと開く。そこにあるのは、一欠片の光も存在しない、純粋な闇。


「僕が繋げられる場所はそう多くない。魔界か、冥界か。好きな方を選べ、元居た場所に帰るか、僕に殺されるか」

「わかっているんでしょう。私のこの飢えは、あっちに帰ってどうこうなるものじゃない」

「だとしても、君の答えを聞いてから決めたい」

「そう。ならお願いするわ。冥界へ繋げて」


 了解した、と呟きながら瞼を閉じる。これが最善だ、これが唯一彼女を救える道だと、無理やり自分を納得させる。


「此は生きとし生けるものの住う場所、其は役目を終えた魂の行き着く場所、我はここに、両所を繋ぐ門を開く。顕現せよ」


 ギリギリと重い瞼を押し上げるように空間が円形に開く。その奥、漆黒の闇であったはずの場所からキラキラと金色の光の粒が舞い、現れたのは純白に黄金の装飾があしらわれた荘厳な扉。


開門(アペリ・ポルタム)


 開門の号令に応え、大きな扉は音も立てずにゆっくりと開く。扉の奥から冷たい風が溢れ出る。そこにあったのは、生命の気配がまるでしない、暗く、寂しい空間だった。

 扉が開ききるより先に、愛流がその奥へ向かって歩き出す。


「すまない」


 勢いを止めることなく隣を通り過ぎようとした愛流に、ファイがそう声をかける。

 

「どうしてあなたが謝るの?選んだのは私よ」

「こんな結果を選ばせてしまった」

「馬鹿ね。生きている限り、終わりは付き纏うものよ。むしろ長く生きすぎたくらい」


 眉尻を下げ、綺麗な歯並びの白い歯の見える柔らかい笑顔をファイに見せる。

 会釈は一瞬だった。愛流はそのまま真っ直ぐに門を潜り冥界の土を踏みしめる。肌を撫でるのは冷たく、どこか懐かしい空気。足を止め、深く息を吐く。別に現世が名残惜しくなったわけではない。立ち止まったのは、誰かが後ろから手を引いたから。

 振り返らずともわかる。愛流の腕に触れる細く冷たい指。そこから愛流の体へと流れ込む魔力は、先程甘く優しい口づけと共に流れ込んだものと同じ、彼女自身もよく知っているそれだった。

 弱々しい細腕には似つかわしくない強い力で、まるで碇のように愛流を繋ぎ止める。少年のボストン型のメガネの大きなレンズが、手を伸ばした先にある冥界の闇を反射する。


「行かせるかよ!愛流!」


 よく知っているはずなのに、聞いたことのない強い声。驚いて思わず振り返ると、レンズ越しの深いブルーの瞳と目が合った。そこには、しっかりと現世の地面を踏み締め、愛流の腕へと手を伸ばす肇が居た。


「離して、このままだと貴方も連れて行くことになるわ」

「僕としてはそんな終わりも悪くない。けど、今回は脅しとして使わせてもらうよ。このままこの道を選ぶなら、僕も一緒に行かせてもらう」


 肇の口角が上がる。その瞳にはほんの少しの迷いもない。


「馬鹿!……この、馬鹿!死にたがりもいい加減にしてよね!」

「別にただ死にたいわけじゃない。何度も言ってるだろう?君に殺されたいんだ」

「それが馬鹿だって言ってるのよ!このわからずや!」


 掴む手を振り払おうと勢いよく揺れる愛流の腕を、肇は一層強く握り返す。


「女性の腕はそんなに力任せに扱って良いものじゃないわ」

「アザが残ったら後で謝るさ。けど今は離せない」


 そう言ってグッと手のひらに力を込める。瞬間、二人の周囲を囲むように地面が発光する。


「へ?」


 何が起こったのかわからない愛流が足元に目線を落とすと、眩いほどの黄金の光が線を描くように浮かび上がり、魔法陣を展開する。

 そこに何か得体の知れないエネルギーが満ち始めていることを、その場にいた誰もが感じ取った。


「でかした、召喚陣だ!」


 そう言うと同時に、ファイが指輪を二人の方へと掲げる。唖然とする愛流をよそに、肇がファイの方を振り返り、ニヤリと口角を上げたまま叫ぶ。


「いけるんだな!?探偵!」

「誰に向かって言っている!」


 ファイの魔力を受け、指輪の周囲に暖かな光が集まる。その力に後押しされるように地面の光が魔法陣を描くスピードが上がる。


「パスはもう出来てる、名前をつけるんだ、肇!」


 肇が視線を愛流へと戻す。困惑気味の瞳と目が合う。彼女を安心させるように笑いかけると、掴んだまま離していなかった腕をぐいと引き寄せ、大きく息を吸う。


「来い!フィーネ!」


 肇の叫びに呼応して魔法陣から魔力が溢れる。視界がホワイトアウトするほどの強い光に思わず目を瞑った愛流が感じたのは、周囲から重力が消えたかのような浮遊感。

 コツン、と靴底が地面に触れる感覚と同時に、突然戻った重力に身体をよろめかせる。と、倒れかけた愛流の身体を正面に立つ薄く柔らかい身体が抱き留める。

 目を開けた愛流の瞳に映ったのは冥界の土ではなく、現世のコンクリートの上に立つ自分の足元と、自身の体を抱き留める肇の白いシャツだった。

 身を焦すような飢餓感が消えている。代わりに感じるのが自身に流れる魔力の変質。ああ、なるほど、そういうこと、と愛流が目線を地面に向けたまま小さく笑う。


「やあ、久しぶり」


 それまで一歩引いた場所で見ていたレガリアが声をかける。


「貴方のマスターだったのね。どうりで」

「どうりで?」

「貴方に似て甘ちゃんだと思っただけ」

「僕が甘ちゃんだって?」

「あら、違ったかしら?……だって」


 握られたままだった掌を開く。そこにあったのは、ローズクォーツに似たピンク色の二粒の結晶。


「狙っていたんでしょう、これを」

「賭けだったけどね。可能性は五分だった」


 愛流が手の上で転がる結晶の一つを肇に手渡す。それが何なのかいまいちわからないらしく、肇は不思議そうに眺めている。


「契約の結晶だ。まあ、借用書みたいなものだな。お互いの魔力を繋ぐための契約内容と術式が刻まれている」


 ファイが空間に開いたままのゲートを閉じながら補足する。


「だが、うまくいってよかった。他人同士のパスを繋ぐのは初めてだったからな」

「私も聞いたことないわ。まったく、力業にもほどがあるわよ。直前の経口での魔力供給がなかったら無理、それも貴方の入れ知恵かしら?」

「いや、知らないが?レガリアか?」

「僕も特には……。というか肇ちゃん、中でそんなに熱烈なことをしていたのかい?」


 ぎくりと肇が表情を歪め後ずさる。その様子にアンリがニマニマと心底楽しそうな笑顔を見せ、ファイとレガリアが示し合わせたかのように揃って意地の悪い笑顔を肇に向ける。


「わ……悪いかよ!!!お前がなんとか愛流たんの意識を引っ張り出せって言うから!!!僕も必死だったんだぞ!!!」


 顔を真っ赤にして言い返す肇の唇に、愛流が優しく人差し指を立てる。


「違うわ、肇。貴方が名前をつけてくれたでしょう?」


 愛流がニコッと可愛らしい笑みを向ける。その笑顔は、先程まであんなに暴れていた悪魔と同一人物だとはとても思えないほどに無邪気で子供っぽい。愛流のその様子に肇もすっかり毒気を抜かれたらしく、小さく息を吐きながら笑みをこぼす。


「うん、そうだったな。フィーネ」

「ええ、マスター」


 マスター、と呼ばれてむず痒そうにしている肇をよそに、愛流、改めフィーネは嬉しそうに肇の周りをぴょこぴこょこと飛び回っている。


「始まりと終わりか、良い名前だね」


 レガリアは二人の様子を眺めながらそう呟くと、一安心とでもいったようにタバコに火を付ける。


「どったの、ファイ?浮かない顔して」

「ん?いや、これで良かったのかなって」


 ファイは何かを考え込むように二人と指輪を交互に見つめている。


「まあ、君の指輪を通した擬似契約だからね。今後彼らの中立性は失われて、君側につかざるを得なくなる」

「やっぱりそうなるよな」


 レガリアに言われて、アンリはようやく合点がいったというようにポンっ、と手を打つ。その隣で、ファイがため息混じりに天を仰ぐ。


「後悔してるのかい?」

「いいや、彼女を救うにはこれが最善だった。けど……」

「けど?」


 レガリアが不思議そうにファイの顔を覗き込む。


「いや、僕の問題だ。あまり無茶は出来なくなるなって」


 はぐらかすように笑ってファイはそう言う。


「なんだ、良いことじゃないか」


 レガリアも深くは聞かない。今は、これでいい。


「お前ら、何をしてる。ビルに戻るんだろ?」


 話しているうちに随分と離れてしまっていたらしい肇が、遠くからファイ達へと声をかける。


「行こうか、玲司も待ってる」

「ああ、そうだな」


 激戦の跡はどこへやら。周囲に響くのは歓楽街の賑やかな声。路地から一歩踏み出せば、煌びやかなネオン輝くいつも通りの歌舞伎町の風景。来た時と変わった事といえば、肇の隣に満面の笑みを浮かべるフィーネが居ることくらい。彼女の笑顔を守った。今は、その成果があれば良い。

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