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ティー・ブレイク!  作者: 汐良 雨
小さな恋の歌

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 キャバクラ FOX(フォックス)


「あんずでーす、よろしくお願いしまーす!」


 現れたのは、キャバクラには似つかわしくない美女だった。明るい金髪とブルーの瞳、日本人離れしたくっきりとした目元と透き通るような白い肌が、細かいシルバーの上品な光沢を放つ黒いロングドレスに映える。それでいて高飛車な雰囲気も無く、懐っこく相手の懐に入り込む。その日、その場にいた誰もが思った、この子は女王に足る器であると。


「今日体験入店なんです〜!キャバクラって初めてなのでワクワクしてます!」


 少女っぽい可愛らしさと、大人びた色気の同居した声で明るく挨拶をする。“あんず”こと、その日店にいた誰もを魅了した彼女こそ、肇の策で潜入をしているアンリである。


「あんずちゃんだっけ?あんまり綺麗だからびっくりしちゃったよ」

「え〜!?綺麗だなんて言って貰うの初めてです!内山さんのこと好きになっちゃいそう〜!」


 作戦通り内山の卓に配置されたアンリが、子猫のような仕草で内山との距離をぐいっと縮める。そのあまりの大胆さに、嬢との距離を適切に保つ良客と有名なはずの内山が思わず鼻の下を伸ばす。


「せっかくだから、あんずちゃんも飲みなよ。好きなの頼んで良いからね」

「えー!良いんですか!」


 作戦を聞いた瞬間のドン引きは何処へやら、元より人とお酒が好きなことも相まってすっかりとキャバ嬢を楽しんでいる。ノリノリである。


「もーう!内山さん!浮気はダメって言ってるじゃないですか!」


 キャッキャッと声をあげて喜ぶアンリと同じソファ、内山を挟んで反対側の席に、ぷくりと頬を膨らませながら“彼女”が座る。

 ふわふわとした大ぶりのカールがかかった、ピンクブラウンのラビットスタイルホーステール。幼く見える容姿と仕草に淡いピンク色のミニドレスがよく似合う、まるでフランス人形のような少女。


「何言ってるのさ、僕は君一筋だよ、"愛流"」


 そう言われて嬉しそうに内山の肩にもたれかかる彼女こそが、今日のターゲット、愛流である。幼い見た目とは裏腹に、清楚で上品な口調と立ち振る舞い。こりゃ人気なわけだ、とアンリは彼女を見つめる。


「?どうしました?」


 そんなアンリを愛流が不思議そうに見つめ返す。バサリと長く綺麗なカールのかかったまつ毛に囲まれた、大きな瞳と目が合う。思わず「可愛い」と声に出しそうになる。何を隠そう、アンリは可愛い女の子に弱いのだ。


「い、いや!こんな素敵な先輩とご一緒するなんて嬉しいなー……っと!」


 頬を赤らめて手をブンブンと振り回す。ガチ照れである。これではどちらが客かわからない。


「わあ!素敵な先輩だなんて!一緒に頑張りましょうね、あんずちゃん!」


 満面の笑みでそう返す愛流に、アンリが叫び悶えそうになるのを、口元を押さえてグッと堪える。美女2人のそんな微笑ましいやり取りの間に挟まれて、内山がご満悦だったのは言うまでも無い。


「さあ、二人とも好きな飲み物を頼んでね」

「じゃあ、私はいつもので良いので……、あんずちゃん何飲みますか?」


 メニュー表のハンドサイン。愛流が近くに居たボーイから流れるようにメニュー表を受け取り、それをアンリに手渡す。


「じゃあ、あたしは……」


 メニュー表をざっと見渡し、目当てのメニューがあることを確認する。


()()()()()()()を」


 あらかじめ決めておいた合言葉。作戦開始の合図である。



   ×     ×     ×



 武丸ビル


「テナントも総引き上げか、まごうことなき廃ビルだな」


 薄暗いビル内を進みながら、そう言ったのはファイである。壁や床がそこまで汚れていないことから察するに、割と最近までちゃんと手入れされていたのだろう。


「あの、本当に大丈夫なんスか?人の気配全然感じないんスけど……」


 まるで肝試しのようにレガリアのジャケットの裾を掴みながら玲司が言う。


「居るよ、五、六……十人……いや、弱々しいけどもう一人心拍音が聞こえる……。十一人ってところか」

「僕ら以外に魔力の強いのが数人、行方不明の魔捜ってのも居るんじゃないかな」


 当たり前のように会話をする肇とレガリア。人が居るのかと聞いただけのつもりが、具体的な人数や特徴まで返ってくる。埒外の返答に玲司が唖然と言った様子で口を開ける。と同時に、彼らと一緒に肝試しは楽しめないな、と場違いな感想を抱く。


「それが愛流って奴の獲物かはわからんがな。人数がわかったところでどうしようもない、どの辺りだ?」

「多分この先の突き当たりの部屋かな。魔力の感じからして、結界がある」

「何も無いところを守る必要はない、か」


 目的の場所に当たりがつき、ファイの歩調が上がる。目線は最奥の扉をまっすぐに見つめている。そこにあるのは、早く終わらせたいという焦燥でも、面倒ごとを目の前にした億劫さでもなく、そこにいる人を助けるという責任感である。

 玲司の中で、先程のレガリアの言葉が反芻される。


『なんだかんだ言いながら、結局は面倒見がいいんだよね』


 初めはただただぶっきらぼうなだけに見えた。しかしファイという人間を知れば知るほど、彼はただ人と関わることが不器用なだけなのだと知れる。無表情で無愛想な仮面の裏に隠れた、他人への真摯さと優しさの方が、きっと彼の本質なのだろう。それがわかっているから、レガリアもアンリも肇も彼についていくのだと、まっすぐに廊下を進むファイの後ろ姿を見ながら玲司は納得する。


「ここか?」


 突き当たりの扉。一見するとただの扉にしか見えない。が、


「うん、間違いないね。結界の魔力源はここだ」

「人の気配がするのもこの奥だな。どうする?ぶち破るか?」


 二人が言うにはこの奥が敵の本拠地らしい。


「どうだレガリア?入れそうか?」


 そう言ってファイは、扉をまじまじと眺めるレガリアに視線を移す。


「入るのは簡単だね、これはそういう結界じゃない」

「ほう、……というと?」

「簡単に言えば、警報装置ってところかな。触れたり通ったりすると結界の主にアラートが行く」

「さすがにそうなると違和感じゃ済まないか」


 ファイが大きくため息を吐き、手帳のページを捲る。


「それなんだけど……」


 と、二人の後ろで肇が申し訳なさそうに手を挙げる。振り返った二人の不思議そうな目が肇を刺す。


「もうコソコソ入る必要は無いんだよな……その……なんて言うか………」


 らしくない歯切れの悪さに、二人が感じたのは嫌な予感。


「もうバレてる」

 

 

   ×     ×     ×



キャバクラ・FOX


「愛流さーん、大丈夫ですか?」


 少し飲みすぎた、と引っ込んだ愛流を追う形で、グラスになみなみに入った水を持ったアンリがバックヤードに入る。


「あれ」


 そこにあったのは愛流のドレス。見渡せば、裏口の扉が少し開いている。


「あー、なるほど。そういうこと」


 アンリの口角が上がる。自分にはやはり潜入よりもこちらの方が向いている。

 ドレスのまま扉を蹴り開け外に飛び出す。腰近くまであるスリットからペチコートのレースと筋肉質な太ももが顔を出す。よし、動けるな、とドレスの可動範囲を確認して周囲を見回す。賑やかな歓楽街、その前方には見慣れたオブジェ。


「あれで良いか」


 走りながら魔法陣を展開する。目標地点を定め、視線を送ると、小さく呪文を詠唱する。


jump(ジャンプ)


 テレポート。歓楽街で呪文を詠唱したアンリの体は、次の瞬間、新宿のランドマークとも呼べる東城シネマの大怪獣、ドジラの頭の上に姿を現す。上空の強い風に吹かれ、煌びやかなドレスがはためいている。


「みーっけ」


 ガニ股でしゃがみ込み街を見下ろすアンリの視線の先には、夜の歌舞伎町でも一際輝く真っ白なワンピース。ニィ、と不敵な笑みを浮かべると、勢いよくドジラの頭を蹴り、ネオン煌めく街にダイブする。


「jump!」


 高らかに呪文を告げる。自由落下しながら上空で姿を消したアンリが次に聞いたのは、コツン、とピンヒールが地面と衝突する音だった。


「どこ行くんですかー?先輩?」


 恍惚の表情でそう言うアンリの目の前には、険しい目つきでアンリを睨みつける愛流の姿。


「そう、貴方も私の邪魔をするのね」

「なんの話ですか?先輩急に居なくなるから心配しましたよー?」

「あくまでシラを切る気ね、良いわ。邪魔するなら貴方にも消えてもらうだけですもの」


 そう言った愛流の足元から風が巻き上がる。小さな体を覆った竜巻の中にはゆらゆらと揺れる赤い光。レガリアと同じ、悪魔の赤い瞳。臨戦態勢である。


「あっ、ちょっとタンマ!えー、()()()()()()()!」


 緊迫した状況には不似合いな魔の抜けた声で、アンリが叫んだのはこれまた場違いなドリンクの名称。


「何のつもり?」


 愛流が眉間に皺を寄せ、より一層険しい表情をしたのは言うまでもない。


「事前に決めていたんだ。問題なしならピーチウーロンを頼むって。こんな楽しい展開、誰にも邪魔されたくないだろう?」

「なるほど、援軍を呼ばなかったことを後悔させてあげる」

 

 言い終わると同時に、愛流の周囲に展開された魔法陣から飛び出したのは植物の(つる)。槍のように鋭利な先端をアンリに向け、蛇のようにうねりながら突進したそれは、突如進行方向を百八十度変え、愛流の背後で鈍い音を鳴らす。


「馬鹿ね、これが追っているのは魔力そのものよ。その程度のテレポートで見失うとでも?」


 愛流の振り返った先には、蔓の束を、何故か手に持っていたフライパンで受け止めているアンリ。何故、と思わず突っ込みそうになる気持ちを抑え、愛流は二激目をくり出そうとする。

 

「ええええ!?何でフライパン!?!?」


 どうやら本人にもよくわかっていないらしい。慌ててフライパンを投げ捨てるアンリに向かって、再び愛流の放つ蔓が伸びる。


「あわわわわ、jump!!!」


 もはや叫びに近いアンリの声が響くと同時に、蔓が進行方向を上空へと変える。


「間抜けね、そのまま串刺しにおなり」


 蔓の進行方向、ネオンの明るさで星の見えない空に、シルエットがひとつ。


「jump」


 小さく呪文を唱える。蔓の進行方向は変わらない。無数の蔓が、アンリの胴体に向かってまっすぐ伸びる。絶体絶命、とも言えるその状況の中において、アンリの表情は不自然なほど余裕に満ちていた。


「そうそう、これこれ」


 ニヤリと笑うアンリの手元で、それは淡い月明かりを受けてギラリと鋭い輝きを放つ。

 アンリが掌に力を込めそれを握りなおす。カチャリ、と音を立て構えられた次の瞬間、響いたのは風切音。


「なっ……!?」


 上空に伸びていたはずの蔓が勢いを失いパラパラと地面に落ちる。愛流の見上げる視線の先、両断された蔓の隙間から見えたのは、アンリの手に握られた、禍々しくも美しい細長い刃物。


「まさか、現代の日本でそんなものにお目にかかれるなんてね」


 愛流の蔓は魔力で生成されたもの。それは通常の物理法則には縛られず、ただの刃物で、それも一振りで薙ぎ払える代物ではない。

 自分を狙って店にまで乗り込んで来るような相手だ、持っていても不自然はない。と、愛流は目の前の相手の妙に余裕のある表情に合点がいく。ただの怖いもの知らずじゃない。知っていて、尚且つ戦える力を持っている。だからここに居るのだと。


「妖刀ね、面白いじゃない」

「そんな良いもんじゃないさ、知り合いの悪魔が魔力を込めた、ただの強化刀だよ」

「それを古来は妖刀と呼んだのよ」

「へえ、先輩って、その見た目で結構おばあちゃんなのかな?」


 タンッ、とアンリのピンヒールが地面を蹴る。真っ直ぐに懐へと向かうアンリに、愛流が蔓で応戦する。

 叩き落とされることは承知の上。点でダメなら面で攻める。自身の魔力が届く目一杯の範囲まで蔓を広げ、弾幕のようにその先をアンリへと伸ばす。

 バチバチと視線が交差する。世界に二人だけしか居ないかのような緊迫感に高揚し、妖刀を握るアンリの手に力が入る。

 自分が通る道さえ作れれば良い。数発なら食らっても耐えられる、避けることはない。蔓を薙ぎ払い最短距離で愛流に近づく。

 眼前に迫ろうとする蔓に切先を向け、いざその中へと飛び込もうとした瞬間だった。


「Blake」


 静かで、それでいて落ち着いた少年の声。同時に、アンリの視界を地面からせり出した土の壁が遮る。


「はい、ストップ。一旦落ち着こうか」


 ビルの影からゆっくりと人影が近づく。月明かりに照らされた青白い髪と肌。ふわりと風に靡く前髪の隙間からは、青白い肌とは対照的な怪しい赤い瞳を覗かせる。その手元では、役目を終えた手帳のページが青い炎を出しながら塵となって消えていく。


「白髪……赤目……貴方がゲートキーパーね」

「だから……、クソッ、一体誰がそう呼び出したんだ」


 ギリリ、と周囲に聞こえそうなほど奥歯を噛み締め、行き場を土の壁に阻まれ止まった蔓を引っ込めながら、愛流が視線を声の主へと向ける。


「これからだったのにー!邪魔しないでよ!ファイ!」


 すっかり興が冷めてしまったらしいアンリが、不機嫌そうに地団駄を踏みながら言う。


「もともと戦闘は作戦外だ。わがまま言うな」

「で?ゲートキーパーさんが一体私に何の用かしら?」


 だからその呼び方は……、と頭を掻きながら、ファイは未だ臨戦体制で赤い瞳を光らせる愛流に向かって真っ直ぐに歩いていく。


「さて、交渉といこうか」

 


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