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ティー・ブレイク!  作者: 汐良 雨
イノセントワールド

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19

 あれから、事件の事後処理でみんな色々大変だったらしい。

 

 有羽とレガリアは鳳施設長の尋問で魔捜に缶詰だったみたい。なんでレガリアが?って思うけど、レガリアのせいで施設長がまともに話ができる状態じゃなかったから、責任を取れって連れてかれたって話。結局、レガリアの精神魔法と蓮介さんの透視魔法の合わせ技で、なんとか重要な情報だけは抜き出せたって、後でどっと疲れた様子の有羽から聞いた。


 ファイとアンリはずっとバーに居たみたい。途中で会いに行ったけど、入り口でアンリに「ファイが疲れて寝てるから」って言われて入れてはもらえなかった。入り口で「みんなで食べて」ってプリンを渡したら喜んでくれたから、食欲はあるのかな。お父さんも心配してたから、とりあえずは生きてるみたいで良かった。


 白亜には、あれから会ってない。渡り鳥だって自称してたから、またどこかの組織でスパイみたいなことやってんのかな。結局、白亜のことはよくわからないままだったけど、彼が居なかったら私は今も、鳳の下で実験動物をやっていた。一言、ありがとうとだけ言いたかったな。


 ゴンさんの遺体は、魔捜が引き取ってくれたみたい。櫂さんが墓をどうするか聞きに来てくれたから、迷宮(ラビリンス)の中に小さな墓を作って、お父さんと一緒に手を合わせた。もう、悪い人に利用されたりしないように、私がちゃんと見守ってるからね。


 私は……。私は、お父さんと二人で、ただの親子みたいに過ごした。ショッピングもしたし、水族館にも行った。映画館は、二人で話せる時間が減るのは勿体無いねって行かなかった。お父さんが見てみたいって言った映画があったから、今度一人で観に行こうと思う。

 三日間、お父さんとは色々な話をした。これから私がどうしたらいいか、人生相談にも付き合ってくれた。お父さんは探偵事務所に頼りなさいって言ってくれたけど、有羽が学園に通えるようになんとかするって言ってたって話したら、安心したように「好きな道を選びなさい」って笑ってた。

 最後は、ベッドの脇で、少しずつ言葉が少なくなるお父さんの手を握っていた。お父さんの手から力が抜けていくごとに、私はだんだんと強くお父さんの手を握り返してた。わかってたことだから、覚悟はしてたから、最後は笑顔のままで別れたかった。涙を堪えるように、お父さんの手を握る指先に力を込めた。


 最後の言葉は「幸せに生きてくれ」だった。独り言のように小さく呟いたその声は、祈りのようにも聞こえた。お父さんは、柔らかい笑顔のまま穏やかに眠りに落ちた。握った手は、もう握り返されることはなかった。


「おやすみ、お父さん。お疲れ様」


 不思議と、涙は溢れなかった。失った十年間を取り戻すように過ごした三日間が、別れを迎える喪失感以上の幸福だったからだろうか。本来成し得なかった別れを、やり直すことができたからだろうか。

 

 ふう、と息を吐き、立ち上がる。


「オリアス、居るんでしょう?」


 振り返りながらそう言うと、スウっとオリアスがその姿を現した。


「なんじゃ、気付いておったのかえ?」

「姿は見えなかったけど、魔力はずっとそばに居た気がしたから。霊体化して見てたんでしょ?」

「童とは言え、ハーフはやはり侮れんのぅ」


 オリアスはそう言って優しげな笑みを浮かべていた。こうして対峙すると、彼女が悪魔であることを忘れてしまいそうだった。


「払うよ、対価。待っててくれてありがとう」

「言ったじゃろう?この方が上質な対価を貰えそうじゃからと」


 そう言って、オリアスが私の体を抱きしめた。


「忘れるな、主は決して一人ではない」


 この世のものとは思えないほどに、優しくて温かい声だった。


「ほんっと、素直じゃないよね」

「悪魔じゃからのう。虚言と虚勢で人間を騙すのが我々の本質じゃ」

「はは、すっかり騙された。脅された、ってのが正しいのかな」


 周りを、黄金色の光が包み込む。キラキラと輝く光の玉の中で、オリアスが私の記憶に触れたのがわかった。


「これを、持っていくぞ。もう、悪夢に震える必要はない」

「そんなのでいいの?」

「今回の対価なら、これで充分じゃわい。ついでに、魔捜に恩も売れそうじゃからの」


 悪戯っぽい顔で、オリアスがにししと声に出して笑った。周囲を包み込んでいた光が、いつの間にか消えていた。


「じゃあの、ここに契約は成った」


 手の甲に刻まれていた五芒星が消えている。なんだか、ずっとそばに居た親友が居なくなったような、喪失感に似た寂しさを感じた。


「ねえ、オリアス」


 黙って去ろうとするオリアスを呼び止める。


「また、会えるかな?」

「……会えん方が良かろう。ヒトに似た姿をしてはおるが、妾は悪魔なんじゃ。ヒトと同じ価値観では生きられん。嬢ちゃんは、まだ引き返せる」

「まだ、普通の子供に戻れるって?」

「そう言っておる。普通に学校に行って、普通に友達を作って、普通にやりたいことを見つければ良い。その上で、それでも我々に関わりたいと思うのならば、有羽の嬢ちゃんやファイを頼れ。あやつらは、我々との距離感をよくわかっておる」

「そっか。……なら、今はとりあえずお別れだね」


 オリアスの瞳を見つめる。私の瞳を見つめ返して、オリアスが目元を細める。


「じゃあの。今回はそれなりに楽しかったぞい」


 言い終わる前に、オリアスの姿はまた見えなくなってしまった。ふわっと、周囲に温かい風が吹いた気がした。


「ありがとね」


 届いていたかどうかはわからない。呟いた言葉は、私以外には誰もいない室内に吸い込まれていく。ずっと、見守るようにそばにあったオリアスの魔力も、もう感じない。


「会えない方がいいって、オリアスは言ったけど……」


 また、会えたらいいな。心からそう思う。


 


   ×     ×     ×



bar sábado ファイの寝室


 

「随分と優しいんだな」


 まだ薄暗い部屋の中、ベッドに横たわりながら、嫌味っぽい口調でファイが言う。


「憎まれ口を叩けるくらいには回復したようで良かったわい」


 ベッドの傍に立ってファイを見下ろしながら、オリアスは不敵な笑みを浮かべている。


「で?わざわざ杏花との顛末を報告しに来るほど君も暇じゃないだろう。本題は何だ」

「契約と対価には釣り合いが大切なんじゃ。今回妾は働きの割に貰いすぎておるからのぅ。釣りを返しに来た」


 そう言いながら、オリアスがファイの体に触れる。オリアスの指先から、光をまとった魔力がファイの体へと流れ込む。


「少しは楽になったかえ?」


 グー、パーと手を動かす。朧げだった指先の感覚がはっきりと感じられた。

 

「ああ、助かった。……多分、そろそろアンリが起きてくる。気付かれる前に帰った方がいい」

「過保護なのは相変わらずじゃの」

「あいつも、そう育てられたんだ。僕らじゃどうしようもない」

「おー怖。番犬というより狂犬じゃのぅ」


 オリアスはそう言うと、クックッと喉を鳴らすように笑う。


「じゃあの、主にはまた近いうちに会うと思うがの」

「それは予言か?」

「予感じゃよ」

「ならまだ覆せるな」


 天井を見つめたまま、独り言のようにそう返すファイの言葉に、オリアスが振り返る。


「前にも言ったが、主は妾の予言を覆しておるんじゃ。占いと未来を司る、このオリアスの予言を」


 そう言いながらファイを見つめるオリアスの姿は、ゾッとするほどに美しかった。


「あの日、ファウスト家の壊滅とともに、主は死んでおるはずじゃった。主自身が、未来は変えられるという生き証人なんじゃよ。妾の予言を覆しておきながら、しょうもないことで簡単に死なれては困る」

「それが、君が僕に肩入れする理由か?」

「それだけじゃないがの」


 ふふん、と鼻を鳴らしながら、オリアスがシフォン素材の柔らかそうなワンピースを翻す。オリアスが何かを言いかけた瞬間、廊下からパタパタと騒がしい足音が聞こえてきた。


「まずい、狂犬がお目覚めじゃ。話の続きはまた今度聞かせてやるわい」

「いいよ、聞かなくて」


 慌てて窓から去るオリアスの背中を見送った直後、ダンッと大きな音を立てて寝室の扉が開く。


「曲者!」


 そう叫ぶアンリの手には、フライパン。まるで武器のようにフライパンを構えて、あたりをキョロキョロと見回している。


「あれ、ファイ一人?」

「何なんだ急に。大声出さないでくれ、頭に響く」

「なんだか話し声が聞こえた気がしたんだけど」

「気のせいだろ。僕も今目覚めたところだ」


 ふーんと口では言いながら、アンリはまだ周囲を訝しんでいる様子である。


「それより、そろそろ杏花が来る頃じゃないか?」


 ファイに言われて、アンリがスマホの画面を確認する。


「そっか、もうあれから3日かぁ」


 オリアスの話だと、対価の支払いは終わっているらしい。すぐではなくとも、杏花の性格上今日か明日中には来るだろうなと、ファイはぼんやりと考える。


「あ、そうだ」


 アンリがポンっと手を叩きながらファイの方を振り返る。


「杏花がプリン買ってきてくれてたんだ!みんなで食べてって。目覚めたばっかならお腹減ってるよね?」

「そう言って、朝食の準備サボりたいだけなんじゃないか?」

「それもあるけどさぁ……」


 そう言いながら、ファイの顔を覗き込む。顔色はかなり良くなっているようで、アンリは安堵の息を漏らす。


「紅茶淹れておくから、歩けるようになったら降りてきて。アールグレイでいいよね」

「お前はいつもそれだな。……ミルクも温めておいてくれ」

「了解」


 ビシッと敬礼のポーズをとって、くるりと身を翻す。嵐のようにやってきた彼女は、来た時と同じ賑やかな足音を立てて階下へと降りていく。


 上半身を起こして全身の感触を確かめる。三日眠っていたせいで少し体力は落ちているように感じるが、オリアスにもらった魔力のおかげもあって、体は随分楽になっていた。あと半日もすれば完全回復といったところだろう。

 地面の感触を確かめるようにゆっくりと両足を降ろし、立ち上がる。まだほんの少しだけ重い体を引きずりながら部屋を出ると、ふわりと華やかな柑橘の香りが鼻腔に広がる。

 時刻は午前五時を過ぎたばかり。もうすぐ、夜が明ける。

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