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ティー・ブレイク!  作者: 汐良 雨
イノセントワールド

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18

迷宮(ラビリンス)



「聞きそびれたとはいえ、心当たりくらいはあるんだろう?」


 そう切り出したのはファイだった。その場の全員の視線が、問われたレガリアに集まる。レガリアは一瞬目をパチパチと動かした後で、諦観したように乾いた笑いを漏らした。


「まあね。とはいえ、僕が確実に読み取れたのは彼が何らかの目的を持って起爆剤(ブースター)を完成させようとしていたという一点だけだ。そもそも彼が、何を成すために起爆剤(ブースター)を必要としていたのかの部分については推測するほか無いよ」


 困ったように笑顔を浮かべたままレガリアが言う。


「目的も何も、ただ強い兵隊を作りたかっただけじゃないの?」


 飄々と結論を避け続けるレガリアに、有羽が切り返す。


「悪魔でもない、ただ巻き込まれただけの子供は魔捜には殺せない。そんな子供達に起爆剤(ブースター)を与えて暴れさせるだけでも、魔捜に対する牽制としては充分なんじゃないかしら」

「君や櫂はそうかもしれないが、総和(しぐま)は違うだろう?」


 総和という名前に、有羽の表情が凍る。


「総和なら、たとえ相手が子供であっても悪魔に関わっている人間に容赦はしない。それは、君が一番よく知っているはずだ」


 有羽には言い返せるだけの言葉がなかった。総和、緋田総和。自身の父でもあり、警察庁内に魔術捜査課を設立した張本人でもある総和のことは、レガリアのいう通り自身が一番よくわかっていた。


「君や櫂がそれを変えようとしているのは知っている。事実、それを知ってる僕らは君の味方として動いてもいるが、それでも悪魔が持っている魔捜に対するイメージは総和の作った以前の魔捜のものだ。そんな悪魔たちが、牽制として子供を使うというのは考えにくい。ならば、目的はもっと先、子供を使った実験という面倒な手順をとってまで、起爆剤(ブースター)を作り上げて成したい何かがあると考えた方がいいだろう」


 そこまで言って、それまで流暢に話を続けていたレガリアが一瞬言葉に詰まる。視線が、ひと所に集まる。


「そいつは起爆剤(ブースター)を欲しているんだ。それは悪魔には必要無い。ならば彼らの後ろにいるのは人間だろう。一番しっくりくるのは、この国や、僕ら悪魔に対する復讐……。だとすれば僕は1人、それを実行する可能性のある人物を知っていることになる」


 レガリアの飄々とした笑みが崩れていた。怒りなのか、焦りなのか、はたまた悲しみなのか。それは周囲で見ていた人間たちにはわからなかった。


「そうか、君はヨハンの……」


 いつの間にか開いていた扉の向こうに、朔弥が立っていた。朔弥はレガリアの顔をまじまじと見つめた後で、懐かしそうに目を細める。


「随分と人間らしくなったんだな。姿も、考え方も」


 朔夜の視線が部屋の奥、ファイの方へと向けられる。


「君のおかげかな?」


 当のファイは趣旨を掴めずに首を傾げているが、その様子に朔夜の表情が柔らかくなる。


「ファイ、というそうだね。杏花に聞いたよ」

「今はファイで通してはいるが、僕の名は……」

「いいよ、知っているから。僕は、君の父上とも親交があった」


 ファイは一瞬大きく目を見開いた後で「そうか」と小さく呟いた。


「だからこそ、僕は知っている。君が僕に行ったのは治療ではないね?」


 ファイは黙っていた。黙ったまま、視線を朔弥から外す。


「……どういうこと?」


 沈黙を割いたのは杏花だった。


「君は、巻き戻したんだね?僕の身体を、僕が術式を失って昏睡する以前に」

「巻き戻した……。時間操作……ってこと?」


 黙ったままでいるファイの代わりに、レガリアが肯定の意味で首を縦に振る。


「術式は悪魔にとって魂そのものだ。それを失った悪魔を治癒するには、それしか方法がなかった」

「そして、巻き戻っただけの僕がこうして立っていられる時間には限りがある、違うかい?」

「……すまない、杏花には先に伝えるべきだった」


 杏花は口を開けたまま言葉を失っていた。


「…‥僕の、ファウストの時間操作は万能じゃない。巻き戻されたものは、時間が来れば元の形に戻る。……それでも僕は、君を父親に会わせるという依頼を叶えてやりたかった。……すまない」


 杏花の顔を見られないまま、ファイが深々と頭を下げる。


「……やめてよ。顔上げて」


 杏花の声は静かだった。


「たとえ知っていても、私はあんたに同じ事を頼んだ。私も、たとえそれが有限だとしても、もう一度お父さんに会いたかった」


 ファイがゆっくりと顔を上げる。杏花の、重たい前髪の奥の赤い瞳と目が合った。


「ありがとう」



 

   ×     ×     ×



 

???



 長い廊下にパタパタと足音が響く。櫂が辿り着くと、そこでは神経質そうな男が一人、虚空を見つめたままへたり込んでいた。


「こいつか?白亜の言っていた組織の長ってのは」

「みたいですね〜。顔写真も一応一致しますよ」


 蓮介が男の横で資料をヒラヒラと動かしながら言う。


(おおとり)仙花(せんか)。いかにも通名って感じの名前ですね。ホウセンカさんって」

「蓮介、無力化されているとはいえ相手は悪魔だぞ。もう少し緊張感を持て」

「はいはい。まあ、俺の透視(スキャン)でも彼のシナプスの動きは感じられませんし、暫くはこのままだと思いますよ」

「そうか。総員、確保」

「はっ!」


 二人の後ろから、数人の捜査官が飛び出して男の身柄を拘束する。


「確保したはいいものの、これ、取り調べできるのか?」

「さあ?……全く、レガリアさんは一体彼に何をしたんですかねぇ」




   ×     ×     ×



bar sábado 



 人気のない室内に、突如青白い光が充満する。光は徐々に魔法陣を描き出し、次の瞬間、その中心に複数人の人影が現れる。


「やーーーっと帰ってこられた〜!」


 人影の中心で、緊張感のかけらもない声でアンリが叫ぶ。


「何がやっと帰ってこられただ。元はと言えばお前が勝手に出ていって勝手に杏花の依頼を受けたのが発端だろう」

「ふんだ、プリン一個であんなに怒るファイが悪いんじゃないか」

「何?プリン?」


 先程までの緊張感は何処へやら、帰宅した瞬間いつも通りの彼らである。


「ここは、カフェか何かかな?」


 あたりをキョロキョロと見回しながら朔弥が問いかける。


「一応バーって名前ついてるけど、この人達の探偵事務所、みたいな?」


 杏花が説明を試みるも、彼女自身もいまいちよくわかっていないらしく、小首を傾げながらアンリの方を見る。


「まあ、そんな感じ……だよね?ファイ」

「なんで僕に聞くんだ。……けどまあ、大体合ってる。自己紹介が遅れてすまなかった。僕らは歌舞伎町で悪魔や魔術専門の探偵業をやっている。今回は、杏花の依頼を受けるという形で同行していた。以後、よろしく頼む」

「ああ、よろしく。…‥と言いたいところだけど、時間操作は魔力消費が激しい。君の総魔力量は大したものだが、それでも僕に残されている時間はそう多くないはずだ。…‥聞かせてくれないか?僕のタイムリミットについて」


 ふう、とファイが息を吐く。避けられない話題に、眉間の皺が深くなる。意を決したように顔を上げ、朔弥の顔をまっすぐに見つめる。


「3日。貴方が眠っていた時間は、10年以上の歳月だった。僕には、たった3日の猶予しか作ることができなかった」


 ファイの声色には悔しさが滲んでいた。その返答に、朔弥はホッとあたたかい息を漏らす。

 

「いいや、充分だよ」

「うん、思ってたよりも長かったね」


 杏花と朔弥が笑い合う。そこには、ほんの少しだけ寂しさが浮かんでいた。


「ならば、嬢ちゃんの対価はその後いただくとするかの」


 オリアスが杏花の前に立って笑顔を浮かべる。


「意外、待ってくれるんだ」

「その方が良い対価が期待できそうじゃからのぅ」

「そうだね、幸福な記憶だっけ。とびっきりのやつ用意しておくよ」

「楽しみにしておるぞい」


 ヒラヒラとスカートの裾を翻しながら、オリアスがその場を後にする。カララン、とドアベルが軽やかな音を鳴らした後で、レガリアが堪えきれずにクックッと笑い声を漏らす。


「何がおかしい?」

「いいや、彼女も変わっていないなぁと思って」


 怪訝な顔のファイに向かって、レガリアがいかにもおかしいと言った様子で頬を緩める。


「彼女が君から貰う対価はもう決めているみたいだよ。これから君が作る思い出は、全て君のものだ。……だから、安心して楽しんでおいで」


 レガリアの言葉の意味を理解して、杏花もまたおかしそうに笑う。

 

「悪魔って、不器用な人ばっかりなんだ」

「彼女は不器用というよりも、ただ素直じゃないだけじゃないかな」

「かもね。あんたもだけど」


 レガリアがキョトンとした顔をする。その顔を見て、杏花がクスりと笑った。


「じゃあ、私たちも行くね。……ありがとう、探偵さん」

「ああ。今は一分一秒でも惜しいだろう、さっさと行け。報酬は全部が落ち着いてからでいい」


 あんたも大概素直じゃないねと、そう言いかけた言葉を飲み込んだ。ファイの言う通り、今は残された父との時間を大切にしたかった。


「じゃあね!また3日後に!」

「みなさん、本当にお世話になりました。本当に、ありがとうございます」


 ドアベルの軽やかな余韻が消えるか消えないかという瞬間だった。ファイの全身から、フッと力が抜ける。


「えっ…ちょっ……!」


 有羽が慌てて伸ばした手を通り抜け、その小さな身体がポフっとレガリアの腕の中に収まる。


「無理もないね、十年も巻き戻したんだ」

「無茶しすぎだっての。いつ倒れるかってヒヤヒヤしたよ〜」


 レガリアの腕の中で、ファイはただ小さく荒い呼吸を繰り返している。


「ちょっと、大丈夫なの?」

「魔力切れだよ。ファイの体質なら、ちゃんと食べて二、三日寝れば回復するよ」

「魔力切れって……、ただの魔力切れでそんな事になるかしら……?」


 有羽の顔には明らかな動揺が浮かんでいた。人間である魔術師にとって、魔力切れは日常的に起こり得るものである。有羽自身も経験したことがないわけではないが、魔術が使えなくなる以外には、筋肉疲労に似た軽い倦怠感を感じる程度のものだ。魔力切れでここまでの状態になっている人間を見るのは初めてだった。


「知っているだろう?ファイの体が特殊だって。ファイはその身体に受けるあらゆる刺激や栄養を全て魔力に変換する。その影響で色素が薄く成長が遅い」

「それはまあ、知ってるけど……」

「全てが魔力に変わるということは、筋肉や神経も発達し辛いんだよ。だから、生きるのに必要なほとんどの機能を魔力で動かしているんだ」

「……!」


 よくよく考えればわかることだった。今まで、その考えに至らなかった自分を不思議に思うくらいだ。……もしかしたら、そう思わせないために自分にはこの姿を見せないようにしていたのかもしれない。


「……気に……するな、……いつもの事……だから」


 有羽の引き攣った顔を見て、ファイが微かに唇を動かしてそう言った。


「あ、ファイ起きた〜?パック飲める?」


 アンリの手には、いつの間にか赤黒い液体の詰まったパックが握られていた。


「食欲……ない……から……、輸血……しておい…て……く……」


 最後まで言い切らずに、ファイがスウスウと寝息を立てる。


「輸血かぁ〜、針刺すの難しいんだよね〜」

「いい加減慣れたらどうだい?」

「たまにはレガリアがやってもいいんだよ?」

 

 軽口を言い合う二人を見ながら、有羽はほんの少しの疎外感を感じていた。彼らにとっては、ファイが他人のために命を賭けることも、その後立っていられないほどの状態になることも、全て日常なのだと思い知った。自分だけが知らなかったという事実が、なんだか少しだけ寂しかった。


「ファイは、信頼している人間の前でしかこの姿を見せないんだ」


 有羽の心の内を見透かしたように、レガリアが笑いかける。


「ファイにとっての君は、もうただの庇護対象じゃないってことだよ」


 小さい頃から、ずっと隣に居た。ずっと追いつきたいと思っていた。対等な友人だと、そう思っているのは自分だけなんじゃないかと、その思いがずっと消えずにいた。ずっと胸の中を渦巻いていた不安が、レガリアの一言でちょっとだけ晴れた気がした。


「馬鹿ね」


 ファイの顔を覗き込みながら、小さく呟く。もう聞こえていないと思っていたが、その小さな耳がぴくりと少しだけ動いた気がした。

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