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ティー・ブレイク!  作者: 汐良 雨
イノセントワールド

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15

「杏花を、彼女の父親に会わせてやってほしい」


 白亜がファイの瞳をまっすぐに見つめてそう言った。


「僕は、君のことは人伝に聞いた以外のことしか知らない。けれど、君にならそれができるんじゃないかと考えている。だから、君をここに呼んだんだ」

「……彼女自身を活き餌にして、か?」


 白亜の言葉に、ファイは冷ややかな声でそう言った。彼の態度が冷たく見えるのはいつも通りだが、その言葉には、ただ《《冷たい》》だけでは表現できない何かがあった。


「生き餌、か」


 その語調から何かを感じ取った白亜が、そう呟いて天を仰ぐ。


「結果的にそうなった事は否定できないね。けど、はじめからそうだったわけじゃない事をきっと彼女はわかってる」


 杏花の胸を、白亜の言葉がちくりと刺す。


「僕は他人の命を賭けのテーブルに乗せる事はしない。他人の人生というのは、僕が背負うには些か重すぎるからね。魔捜から君たちに渡った起爆剤(ブースター)だけで、僕に辿り着くためのヒントとしては充分だっただろう。杏花が自ら君たちに接触したのは計画の外だった……が、まあ彼女の性格から、その行動を起こす可能性を考えなかったのは、確かに僕のミスかもしれない」


 淡々としながらも、その言葉には微かに怒気が含まれていた。杏花は黙ったまま視線を冷たい床へと向けている。


「とはいえ、彼女が君をここへ連れてきてくれた事で計画の軌道修正は完了した。杏花の存在を隠したまま、目的を彼女の保護に振り切って君たちに協力を仰いだ、櫂の判断に感謝だね」


 白亜が術式の映し出されたモニターに触れる。


「さっきも言ったように、これは杏花の父親の術式だ。君達にとっては、体の一部だという認識になるはず。“占いを司る悪魔”でも居れば、起爆剤(ブースター)から僕の所在を追うよりもずっと簡単なはずだ」

「なるほど、だからここに僕らを呼ぶことが勝利条件だったのか」


 ファイが背後を振り返る。視線の先にはオリアス。


「ここに彼女が居なかったらどうするつもりだったんだ?」

「君がいれば喚べるんだろう?」

「……簡単に言ってくれるな」


 さも当然のことのように話す白亜の答えに、ファイが目を細めて怪訝な顔をする。


「なるほどのう。話はだいたいわかったわい」


 二人の間を割るように、オリアスが部屋の中央に向かって歩みを進める。


「ふむ、間違いない、同胞の魔力じゃ」


 モニターに手を触れ、オリアスは郷愁とも憐憫とも取れる複雑な表情を浮かべる。


「酷いのう。これではこの術式の主も無事ではあるまい」

「……やっぱり、そうなんだな」


 白亜の声が震える。どこかそんな気がしていたものの、彼が健在である可能性を信じていたのだ。オリアスの言葉は、そんな白亜の希望を無慈悲に打ち砕くものだった。


「触れればわかる。これはただ術式を読み取ったり解析しただけのものではない。精神そのものをコンピュータという無機物に移してデータ化したものじゃ」

「……?そんなことが可能なのか?」


 疑問を呈したのはファイ。オリアスは視線をモニターに向けたまま淡々と説明を続ける。


「おそらくは、そういう術式なんじゃろう。精神を取り出すための縛りはいくつかあるんじゃろうが」

「縛り?」

「例えば、相手の心を折る、とかかのう」


 オリアスの言葉に、杏花がちいさく「あ」と声を漏らす。


「私、多分それ知ってる」


 その声に引き寄せられるように、全員の視線が杏花に集中する。


「あいつの結界。何もない真っ白な部屋に閉じ込めるの。あいつは躾って言ってた」


 杏花の言葉に、オリアスが「なるほどのう」とため息にもにた息を漏らす。


「悪魔であれば可能じゃろうな。術式もおおかた予想がつくわい」


 オリアスがモニターを撫でる。ゆっくりと、その奥にいる個を拾い上げるように。


「悪魔の正体は精神体じゃと話したのを覚えておるか?」


 オリアスの言葉に、杏花がハッと息を呑む。薄く開いた瞼の奥で、ゆらりとオリアスの金色の瞳が揺れる。


「ここにおるのが、嬢ちゃんの父親じゃよ」


 無慈悲で、低い声だった。掠れるようなその声に、杏花が膝から崩れ落ちる。その後ろから杏花の肩を抱き、有羽がオリアスに問いかける。


「術式が機能している以上、彼の精神は無事なんでしょう。治せるのよね?」

「どうじゃろうな」


 オリアスは淡々と言葉を紡ぐ。


「ここに奴が居るのは間違いない。とはいえ、ここにあるのはあくまで《《もともとは悪魔だった》》だけの、ただのデータなんじゃ。抽出された術式以外は、感情も、記憶も、おそらく何も残っておらん。妾の力ではどうしようもない」

「そんな……」

「諦めるのかい?」


 絶句する有羽の言葉を遮ったのは、軽やかで柔らかい声。コツン、と革靴の底が床に当たる音が反響する。


「まさか。来るのを待っていただけだ、レガリア」

「まあ、君はそうだろうね」


 クックッと笑い声を上げながら、レガリアは細く柔らかい金髪を揺らす。


「ああ、そっか!」


 二人の会話を聞いて、アンリがハッとしたように声を上げる。


「顔を上げろ、杏花」


 ぶっきらぼうでありながら、一匙の優しさを含んだ声。立ったまま、へたり込む杏花を見下ろしてファイが言った。


「いいよ、もう。どうしようもないんでしょ?」

「どうにかする術が僕にはある」

「へ?」


 杏花は困惑しながらファイの顔を見上げる。表情に乏しいファイの顔色は読みづらいが、付き合いの短い杏花にも、そこに不安の色が欠片も無いということはわかった。


「よし、そうと決まったら!」


 明るい調子でアンリがそう言いながら、ぐいと杏花の体を抱き上げる。


「オリアス、頼んだ!」

「あいわかった」


 瞬間、部屋の中を2色の光。足元からはアンリの青白い魔法陣、そして空中を満たすのはキラキラとしたオリアスの温かい黄色い魔力。言葉はなくとも、その場の全員がすべきことを理解し、アンリの魔法陣の上に集まっていく。……が、白亜だけがその場から足を動かさない。


「白亜?早くしないと置いていくよ?」

「いいや、僕はここに残るよ。やり残したことがある」

「……?」


 うっすらと口角を上げてそう言う白亜を見ながら、アンリが不思議そうに首を傾げる。


「ほう……」


 そんな二人をよそに、オリアスが魔法陣の中央で意外そうな顔でそう言った。ファイが「わかったのか」と冷静な声で問いかける。


「うむ……、◾️◾️◾️◾️◾️」


 聞いたことのない言葉だった。いつでも飛べるようにと魔術を展開していたアンリが「へ?」と面食らったように間抜けな声を上げる。


「わからんでも良い。案内は妾がする故、嬢ちゃんは安心して飛ぶが良い」


 挑戦的な笑みでオリアスは言う。明るい黄金色の瞳の奥で、赤い光がゆらゆらと揺れている。


「ふうん、言ってくれるじゃん。んじゃあ行くよ」


 オリアスの温かい魔力の光を、アンリの眩いほどの明るさの青白い魔力が包み込む。


「jump!!!!」


 アンリの声がこだまする。と同時に、室内を強烈な風が吹き抜ける。後に残ったのは無機質なコンピュータ群と、白亜徹ただ一人だった。



   ×     ×     ×



 肌を撫でるのは、湿り気を帯びた冷たい空気。鼻腔をくすぐるのは、青々しい草花とカビの混じり合ったジメジメとした香り。眩しさに眩む目を開くと、辺りは鬱蒼とした深い森だった。キョロキョロと辺りを見回す彼らの中央で一人、杏花だけがある一点を見つめている。フラフラと虚な目のまま、彼女は何かに誘われるように歩き出す。その異様な様子に、思わず声をかけそうになったファイをオリアスが制止する。


「大丈夫、見ておれ」


 オリアスの言葉に小さく頷いて、ファイは再び視線を杏花の方へと向ける。一歩、また一歩と、地面を這う植物をパキパキと踏みしめながら、おぼつかない足取りで、しかしその一歩一歩には確かな意志を持って、彼女はまっすぐに歩みを進める。

 ファイたちの居るところからは十メートルほど離れた辺りだろうか、生い茂る緑の切れ間から、スポットライトのように温かく柔らかい日の光の差し込む場所。杏花はまるで蛇口から流れる水に触れるようにその光の中に手を伸ばし、その中の何かを探すように手を動かしている。

 誰もが固唾を飲んで見守っていた。周囲に広がるのは唾を飲み込む音すら聞こえそうなほどの静寂。時折りそよ風が木々を揺らしながら通り過ぎるが、そんな木々同士の擦れる音すら飲み込みそうなほどに、深く重たい静寂だった。静けさの中、光の中に手を伸ばす杏花の声が、まるで止まった時間を切り裂くように響き渡る。


解錠(アペルタ)


 直後、周囲に広がるのは脳に直接響くようなモスキート音。キィンと耳鳴りにも似た音を響かせながら、まるで引き戸を開けるかのように森が割れる。両断された空間の奥、森と地続きになったその場所にあったのは、ログハウスのような見た目の小さな小屋だった。


「ただいま」


 そう呟いた杏花の声は、静かにざわめく木々の音にすら掻き消されるほどに、弱々しく掠れた声だった。


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