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ティー・ブレイク!  作者: 汐良 雨
イノセントワールド

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ラブホテル 客室



「やあ、先日ぶりだね」

「げ」


 朗らかながら、胡散臭さの消しきれない笑顔でそう言ったレガリアの顔を見て、杏花はカエルが潰れたような声を出す。


「で?わざわざこの僕を呼びつけて一体何の用だい?」


 目を細めて杏花の顔を凝視する。その顔からは、疑問と呼べるものは一ミリも感じられない。腹の底を見透かされいるようなその視線に、杏花は居た堪れない嫌悪感を感じる。


「そう(わっぱ)を虐めるでない。どうせ言わんでもわかっておるんじゃろ?」


 杏花の後ろからひょっこりと顔を出しながら、そう言ったのはオリアス。


「君も随分と久しぶりだね。用があるのは君かな」

「話が早くて助かるわい」


 ぴょんっと前に一歩踏み出しながら、オリアスは少女のような笑みをレガリアに向ける。


「記憶の封切りを頼みたいんじゃ。こういうのはお主の方が得意じゃろう?」


 オリアスがグリグリと杏花の頭を撫でながら、彼女をレガリアの方に突き出す。前に出された杏花は手足をジタバタとして暴れている。


「ほう、記憶の置換かな」


 レガリアは興味深そうにまじまじと杏花の顔を見つめながら言った。その目に映るのは、爛々とした好奇心。


「置換?なぜそんな周りくどいことを?」


 疑問を呈したのは有羽。


「それが一番、対象に気付かれにくい。それ以上でも以下でもない」


 視線を有羽の方に移し、レガリアは聞き取りやすい丁寧な口調で続ける。


「記憶ってのは厄介でね、完全に消してしまうと、無くなった部分に対する違和感が残る。何があったのかは忘れても、そこに何かがあったことは脳が覚えているんだ。だから、悟られないためには、空いた部分に別の記憶を割り込ませるのがいい。その方法として、一番簡単なのが記憶の置換。記憶の中の何かを、別の何かに置き換える」


 その場に居た全員が、何かに気がついたように目を見開く。


「待って、じゃあ」


 そう言った杏花の声は震えていた。


「……じゃあ、私の……私が探してたのは……」

「僕の役割は、君にそれを思い出させることかな」

 

 ゆらり、とレガリアの瞳が赤い光を放つ。瞬間、暖かい風が室内を満たす。


「覚悟はいいかい?」

「……ここまで来て覚悟も何もない」

「いい返事だ」


 レガリアが杏花の額に触れる。指先を伝って杏花の体に流れ込むのは、淡く青白い光を放つレガリアの魔力。


解除(リヴァーレ)


 レガリアの声に呼応して、室内を眩いほどの光が包み込む。一瞬の静寂ののち、ポタリと何かが落ちる音。


「あ……ああ……」


 溢れるような呻き声。呆然と目を見開く杏花の目元から大粒の涙が溢れ出し、頬を伝って流れ落ちる。


「僕の仕事はここまでだ。先にお暇させてもらうよ」

「待て」


 一人先に部屋を出ようとするレガリアに声をかけたのはファイ。


「一体何が見えた」


 ファイの問いに、レガリアの口角が上がる。まるで悪役のような笑みを浮かべながら、首から上だけで振り返りファイの方を見る。


「それを僕から話すのは彼女に失礼だ。それに、僕には僕の受けた依頼がある」


 それだけ言って、レガリアは金色のドアノブに手をかける。ギイと、金属の擦れる音が響く。


「大丈夫、きっとまたすぐに合流することになるよ」


 ひらりと手を振りながらそう言って、レガリアは部屋を出て行ってしまう。残されたのは、茫然自失とした杏花と、そんな彼女にどうしてあげればいいかわからない不器用な少年少女。


「とりあえず、彼女が話せるようになるまで待とうか」


 不器用の筆頭、ファイが優しさのかけらもない声でそう言った。



   ×     ×     ×



学園都市内 ダンタリオンの私室



 カーテンを閉め切った部屋の中で、ダンタリオンは一人、レガリアに渡された錠剤を眺めていた。今回の騒動、おそらく最後のピースになるであろうその錠剤の製作者に思いを馳せながら、綺麗に整頓された分厚い生徒名簿をめくる。


「全く、どいつもこいつも問題児ばかりだな」


 めくれどめくれど、思い返されるのは騒動の記憶ばかり。問題児だらけの生徒名簿、その中の一ページを見つけて指を止める。


「お前は、まだ利口な方だと思ってたんだが」


 顔写真を指でなぞる。品行方正かと言われればそうでもないが、目立った馬鹿はやらないタイプだった。生徒名簿と錠剤を交互に見ながら、ダンタリオンはふうっと深いため息を吐く。

 スマホを手に取り、電話をかける。プルルル……と短い呼び出し音ののち、旧知の男の声が聞こえた。


「白亜徹だろう」


 電話の向こうの男は、ろくに挨拶もなしに開口一番そう言った。


「まずは挨拶だろう。社会人の基本だ」

「ほう、まさか君に人間社会の何たるかを説かれる日が来るとはね」

「悪いが人間として生きた年月は君なんかとは比べものにならないほど長いんだ」

「君がその姿になってからは、ほんの百年ほどしか経っていなかったと記憶しているけど?」

「それでも充分君よりは先輩だ」


 ため息混じりにそう言って、ダンタリオンは机の上の名簿に視線を戻す。“白亜徹”と、レガリアが口にしたものと同じ名前が記されている。


「まぁ、最初に言っていた人物については特に訂正の必要はない。君の言っていた名前に間違いはない」


 ダンタリオンが生徒名簿の中の写真に視線を向ける。綺麗な銀髪と紫色の瞳、丸みのある女性的な容姿が特徴的な男。


「しかし、なぜ君がその名前に辿り着けた?あいつは魔術師ですらないただの一般人だぞ」


 ダンタリオンの言うとおり、彩紋高校を卒業してはいるものの、白亜徹は魔術師ではない一般家庭の出身だ。彼自身も、魔術を使えるほどの魔力は持っていない。ただ、魔術が存在するという、魔術師たちにとって不都合な事実を知ってしまったがために、彩紋高校にぶち込まれたというだけの不幸な一般人なのである。

 最近はめっきり消息が途絶えていたが、魔術に関係のない一般企業にでも就職して普通に社会人をしているのだと思っていた。まさか、こんな形で再び名前を目にすることになるとは思っていなかった。


「たまたまさ。()()()()僕の居合わせた事件現場に()()()()彼も居て、重要参考人として話をした。それだけだよ」


 レガリアの言葉に、ダンタリオンの眉がぴくりと動く。


「それ、本当にたまたまか?」


 刹那の沈黙。不自然に一瞬黙り込んだ後で、レガリアが乾いた笑い声を漏らす。


「たまたまだよ。少なくとも、僕と彼が出会ったことについてはね。多分それは、彼にとっても予想外だった」

「なぜそう言い切れる?」

「もしそこから彼の仕込みだったとすれば、わざわざ権田原を僕に接触させてみすみす死なせるような結果にはなっていないだろう」


 それはダンタリオン自身も疑問に思っていたことだ。他人の命を餌にしてレガリアの協力を仰ぐと言うのは、ダンタリオンの記憶している白亜徹の人物像からは些かズレが生じるものだった。


「これは僕の仮説だが」

「……聞かせろ」


 資料をめくる手を止め、背もたれに体重を預ける。ギギ、と木材のたわむ音。


「施設への報復は権田原の独断だったんじゃないだろうか」

「というと?」

「白亜徹の計画には、橘杏花を逃すところまでしか入っていなかった。事実、そこまでであれば彼らは目的を果たしているし、魔捜や僕らを巻き込む必要は無かった。そこで止めておけば、一人も犠牲は出なかったわけだしね」


 ダンタリオンはハッとしたように息を呑む。


「もちろん白亜にも報復の意思が無かったわけではないだろう。その証拠に、魔捜が彼の存在にたどり着くためのヒントをいくつも残している。恐らくは、橘杏花を無事に遠くへ逃した後で、誰かが自分に連絡をしてくるのを待つ算段だった」

「神山や魔捜への接触はその仕込みってことだな。他人の死を前提にして練られた計画よりも、ずっと僕の知っているあいつらしい」

「白亜にとっての誤算は、まあいくつかはあったんだろうけど、一番は権田原や杏花が、彼の想像以上に魔捜を信用しなかったことかな」


 背もたれに背を預けたまま、視線だけを机の上の資料に向ける。資料と共にファイリングされている彼の写真には、常に彼以外の誰かが写っていた。そういえば、いつも他人に囲まれているやつだったと、ダンタリオンは当時のことを思い返す。


「白亜には緋田兄をはじめ、神山や棗といった信用のおける魔術師の知り合いが居たが、権田原にはそれが居なかった。自分が動かなくても彼らがなんとかしてくれると思えた白亜とは違い、権田原には自分がなんとかしなければといった焦りがあったのかもしれない。だから、計画を無視して君に接触した」

「あの時、僕を呼び止めた権田原は、既に覚悟を決めている様子だった。きっと、白亜の期待する接触が来るのを待てなかったんだ。だから、文字通り自身の命を魔捜を呼び出す餌にした」

「そう考えるのが一番辻褄が合う、か」


 ふう、と深く息を吐きながら、ダンタリオンは思案するように瞼を落とす。


「あくまで僕の仮説だよ。尤も、事実確認をしようにも本人はもうこの世に居ないんだ。既に確かめる術もないんじゃあ、妄想と何も変わらない」


 電話の向こうの声にもまた、どこか落胆したような声色が混ざる。


「とはいえ、僕はこれからその仮説に則った行動を起こすことになる。権田原との約束は守るが、そこに白亜徹の思惑は一切含まれない」

「ああ、把握した。あくまで君の行動に白亜はなんの関与もしていない、そういうことにするんだな」

「その方が君にも都合が良いだろう」

「いかにも。元とはいえ教え子が面倒に巻き込まれるのは本意ではない。君がそうしてくれるというならこちらに断る理由はない」


 それはダンタリオンの本心から出た言葉だった。


「なら、そういうことで。久しぶりに話せて楽しかったよ」

「僕もだ。君ほど価値観の合う同胞はそう多くないからな」


 少しだけ口角を上げて笑顔を作りながら、ダンタリオンはそう言って通話終了のボタンを押す。薄暗い室内を再び静寂が満たす。見上げれば、見慣れた天井。濃い木目の重厚な天井を眺めながら、ダンタリオンはかつての教え子に思いを馳せる。

 白亜が彼の境遇も含めそれなりに目立つ生徒であったのは否定できないが、一旦それをわきに置いたとしても、ダンタリオンは彼に目をかけていたとは思う。魔術が使えないにも関わらず、彼はその頭脳で超常の力を扱う魔術師たちと対等の存在になろうとしていた。誰もが不可能だと鼻で笑うことを、彼は本気でやり遂げようと真っ向から挑んだのだ。ダンタリオンは、彼のそんな姿勢が好きだった。

 だからこそ、ダンタリオンには白亜のやろうとしていることがなんとなくわかる。いや、わかってしまうというべきだろうか。


「いずれにせよ、僕にはその結末を見届けることしかできないが」


 諦観したようにひとりごちながら、机の上でひらきっぱなしだった資料を閉じる。パタリと軽やかな音が室内に響く。時刻は午後零時を過ぎたばかり。権田原の遺体が発見されてから、四半日ほどが経とうとしていた。


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