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ティー・ブレイク!  作者: 汐良 雨
イノセントワールド

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お待たせしました新章です!総勢十人以上が同時に動く群像劇です!がんばりました!

「もう知らないもんね!こんなところ出ていってやる!」


 狭い店内に怒号が響く。店内と言いつつ、客は一人も居ない。元来バーだった建物を間借りしているため店の形をしてはいるが、彼らにとっては他でもない、自宅である。自宅の中の共有スペースにおける同居人同士の言い争いなのだから、別段珍しいことは何もない。何よりこの二人、アンリとファイによるそれは日常茶飯事だ。


 事の発端は数分前。


 いつものように昼間に目覚め、店へと降りてきたファイが冷蔵庫を開けると、昨晩入れておいたはずのアレが無くなっていた。駅地下の物産展で目に留まり、起きがけのミルクティーと一緒に楽しむために買っておいたプリン。ミルクプリンと、抹茶、ほうじ茶のどれを買うかで数分迷った挙句、自分用にと一つずつ、合計3つ買っておいたプリンのうちの一つが無くなっていた。

 振り返れば、カウンターテーブルに突っ伏して気持ちよさそうに寝息を立てるアンリの姿。ふと視線を流しに移せば、小さな牛乳瓶の形をした容器が一つ。ふつふつとわいてくる怒りのままに、近くにあったスプーンをアンリの後頭部めがけて投げつける。


「いっっっったぁぁぁぁ!!!!」


 突然の衝撃にアンリが飛び起きる。頭をおさえて大袈裟に痛がるアンリの後ろで、地面に落ちたスプーンがガシャンと派手な音を立てる。


「急に何すんのさ!殺す気?」


 当のファイはというと、スプーンを投げつけたことである程度気持ちはおさまったらしく、無視を決め込んで棚の中の茶葉を物色している。


「ねえ、なんのつもりかって聞いてるんだけど」

 

 アンリの声色に棘が混ざる。


「無視ですか?むーしーでーすーかー?」


 煽るように大声を出すアンリを依然無視しながら、ファイはコポコポと音を立ててティーポットにお湯を注ぐ。ふわりと広がるフルーティな甘い香り。ほろ苦さと甘さが両立した、フランス語でリンゴ飴の名前がついた紅茶だ。

 ティーカップに淹れたての紅茶を注ぎ、レンジで軽く温めたたっぷりの牛乳とスティックシュガーを流し込む。カタカタとティースプーンで軽くかき混ぜ、ズズズと空気と共に口に含めば、口いっぱいに広がるのはムースのようなクリーミーなリンゴの風味。ふう、と一息付きながらカウンターの椅子に腰掛ける。まるで、ファイにはその姿が一切見えていないかのように、アンリの一挙手一投足を華麗にスルーする。ガン無視である。

 そんなファイの姿を見ながら、アンリはギリリと歯を噛み締めて拳を握る。怒りを発散する手段として、ファイに対する暴力に出られないのは、アンリに刻み込まれたもののせいだろう。振り下ろすことのできない拳を握り直し、行き場のない怒りを呪詛のように吐き出したものが冒頭のセリフだ。


 何度も言うようであるが、二人の間では別段珍しくもなんともないやりとりだ。機嫌を損ねたファイがアンリを無視して、腹に据えかねたアンリが店を飛び出すことも、週に三回ほどは起こる「いつも通りの出来事」である。

 普段と違ったのはその後のこと。荒々しくドアを開け、アンリが勢いよく外へと飛び出すと、胸元にボールでもぶつかってきたかのような強い衝撃。突然の事に驚きつつ、呆然としたまま視線を下げると、足元に中学生くらいの少女が転がっていた。


「あ、どうも」


 突き飛ばされて尻餅をつきながら、少女は平然とそう挨拶をした。


「あっごめっ……」


 慌てて手を差し出そうとするアンリの背筋にぞくりと悪寒が走る。少女の表情が見えない。目にかかるほど長い前髪で隠れているからだけではない。飄々とした口調とにこやかに上がった口角とは裏腹に、その視線からは刺すような冷たさを感じた。


「こっちこそごめん、癖なんだ」


 差し出された手を取りながらそう言った少女の態度からは、相変わらずその真意が読めない。


「人と話すのに慣れてなくて、つい威嚇しちゃうんだ。お姉さんはお客さん……って感じじゃないね」


 パンパンと服についた泥を落としながら少女は立ち上がり、アンリの顔をまっすぐに見つめる。


「はじめまして、橘杏花って言います。お姉さんたちに依頼があってきました」


 依頼、という言葉にアンリの目つきが変わる。


「なるほど、お客さんね。それなら納得だ。あいにく所長とは今喧嘩中なんだ。うちへの依頼なら中にいる所長に話しなよ」

「ふうん、色々あるんだ。けど良いよ、それならお姉さん個人に依頼する事にする」

「いいの?あたしは中の奴ほどあんた達に優しくないよ」

「けど、強いでしょ?」

「ほう、そういう依頼?」

「こっちにも色々あってね、そういうのが得意なら受けてよ」


 まるでお客様は神様だとでも言うような高慢な態度が気にはなるが、今のアンリにとってはその程度のことはどうでも良かった。荒事の予感に胸が高鳴る。

 ここ最近、アンリの中にずっと渦巻いていたのは欲求不満。ようやく現れた強敵であるフィーネとの戦闘ですら、ファイに水を差されて消化不良で終わっている。正直今のアンリは、暴れられればそれでよかった。なにより、先程のファイに対する鬱憤を晴らすにはちょうど良い機会である。


「へぇ、面白い。詳しく聞かせてよ」


 濃いブルーの瞳がギラリと光を放つ。自身がファイよりも強いかと聞かれると、正直即答できるほどの自信はない。それでも、強いと言う理由でファイよりも自身が選ばれることに悪い気はしなかった。


「ちょうど、暴れたい気分だったんだ」


 アンリの返事に、杏花がニッと口角を上げる。


「いいね」


 不敵な笑みを向け合ったまま、二人は華やかな街の方へと消えていった。



   ×     ×     ×



「あれ」


 レガリアの帰宅後第一声は、間の抜けた疑問符だった。


「一人かい?」

「アンリなら出て行ったが」

「いや、そうじゃなくて」


 ネットカフェの前で“彼女”に声をかけてから、それなりに時間が経っている。仮にコンビニかどこかで寄り道をしていたとしても、レガリアより先にここに辿り着いているはずだ。


「一応聞くけど、僕が帰る前にお客様が来なかったかい?」

「ん?いや、来ていないな」


 彼女の隠密は大したものだった。逃げるのに失敗したとは考えにくい。だとすれば……。

 レガリアの脳内を最悪の可能性が過ぎる。彼女が自分を頼らないならそれはそれで良いのだ。彼の暇つぶしの種がなくなるだけで、探偵社に不利益が被ることは無い。最悪なのは、ファイとレガリアを無視してアンリが勝手に彼女を連れ出した場合。事情も知らずに曰く付きの彼女を保護すれば、()()()()()()()()()()()()()と敵対することになるかもしれない。


 カララン。


 ドアベルが軽やかな音を奏でる。入ってきたのは一人。鮮やかな赤い髪。有羽よりも少しだけ茶色味の強い短髪が、グリースでふんわりと立ち上げられている。


「今、大丈夫か?」


 噂をすれば何とやら。爽やかな態度と表情でそう言うと、彼はファイに向かって軽く会釈をする。


「珍しいな。今日は有羽じゃなくて君の方か、櫂」


  ()()()()()()()()()()()()()の中でも特に、()()()()()()()()()()()()()、緋田櫂である。


「有羽は外回り中。それに正式な協力要請なら、有羽に任せるんじゃなくて、俺が直接来るべきじゃないかと思ってね」

「協力要請だ?今の魔捜に僕の力が必要だとは思えないが?」


 櫂が口にした、魔捜には不似合いな言葉が引っかかる。


「無意味な謙遜は良くないな。けどまあ、今回当てにしてるのが君の能力そのものじゃないことも確かだ」


 櫂は嫌味っぽいファイの言葉を華麗に躱し、爽やかな雰囲気の薄ら笑いを崩さずに椅子に腰掛ける。入り口から一番近い4人がけのテーブル、最奥のソファに腰掛けるファイからは一番遠い座席。


「相変わらず要領を得ない話し方だな。僕は結論から話す奴のほうが好きだ」

「君こそ、相変わらずせっかちだな」


 そう言って軽やかに笑う櫂を、ファイは急かすようにジトリと睨みつける。


「まあいいさ、こちらも暇なわけじゃない」


 まるで今日の天気でも話しているかのような、緊迫感を微塵も感じさせない爽やかで人当たりの良さそうな笑顔。腹を探り合うようなこれまでのやり取りには不似合いなその表情は、一周回って信用のならない妖しさを演出する。


「これが、今俺たちが追っているものだ」


 櫂がテーブルの上に小さなジップバッグを出す。袋の中には小さな錠剤。


「薬かい?」


 テーブルの近くに居たレガリアが、袋の中のそれをまじまじと見つめて問う。


「ああ、だけどただの医薬品じゃない。最近この辺りで流行っているんだ」

「この辺でクスリが流行るなんて今に始まったことじゃないだろ。ここをどこだと思ってる?」

「それもそうだが、普通のドラッグなら俺たちが動くような案件じゃないし、わざわざ君たちに見せにきたりしない。そのくらいわかっているだろう?」


 あえて結論を口にしない遠回しな話し方。過程をすっ飛ばして結論だけ話す有羽とは真逆な櫂のその癖が、ファイは昔から苦手だった。


「悪魔絡みだって言いたいのか?だとすると、それこそただの一般人が使って害になるようなクスリじゃないと思うが?」


 睨みつけるように目を細めてそう言ったファイの言葉尻に苛つきが滲む。


「結論を急ぐのは君の悪い癖だ。話の過程にこそ重要なヒントが隠されているものさ。とはいえ、お互い暇じゃないことも確かだからな、そろそろ依頼の話をしよう。とにかく人手が欲しい、付き合ってくれ」

「すっ飛ばしすぎだ、馬鹿。それでは話が一切見えん」


 ファイに言われて、櫂が軽やかな笑い声を漏らす。


「冗談だよ、怒らないでくれ。まずこの薬の話だが、“起爆剤(ブースター)”って聞いたこと無いか?」

「さあな、僕の周りでは流行っていない」

「まあ、君の体質なら不要なものだろう。けど、棗あたりなら案外有り難がるかもしれない」


 先程までの余裕のある態度とは打って変わって、ワントーン声を落として櫂が続ける。

 

「端的にいえば、魔力増強剤さ」


 しかし、真面目なトーンで言われてもファイにはピンと来るものがなかったらしく、その表情に浮かぶのは疑問符。


「こいつは体内の魔力生成気管に直接作用して魔力量を増やす薬でね、最近これを使ったであろう魔術犯罪が増えているんだ。レガリア、君はもう体験したんじゃないか?」


 突然話題を振られ、レガリアの瞼がぴくりと動く。

 

「怖いね、なんでも筒抜けかい?」


 目を細め、含みのある笑みを浮かべる。


「桂田隆彦……は、ペンネームだったっけ。彼は魔術師の末裔ではあるけど、その魔力量は人を一人殺せるようなものじゃない。彼よりも、君のところの樹の方が総量で言うとよっぽど多いくらいだ。そんな彼が、敢えて物理ではなく魔術での殺人に踏み切った理由に、起爆剤(ブースター)の存在は少なからず有るだろうね」


 そう言って、クックッと喉を鳴らす。


「今頃君の部下……、誓だったかな。彼が桂田の血液を調べているはずさ。今日中には結果が出るんじゃないかい?」

「結果なんて待たなくても良い。君が彼の心を折ってくれたおかげで、結果が出るより先に自白が取れそうだ」

「それは良かった」


 二人のやりとりを黙って聞いていたファイが小さくため息を吐く。


「なるほど、珍しく昼間から出かけて行ったかと思えば、また勝手に事件に首を突っ込んで、ついでにその事件が現在進行形で魔捜が追ってる薬物絡みだったと」

「ああ、やっぱり君は理解が早くて助かるな」

「ありがたいことに、君たちが今全部説明してくれたからな」


 ファイはそう言って迷惑そうに眉間に皺を寄せる。


「ここまで聞いたならわかるだろう。そもそもカツカツの人数でやってる魔捜だが、起爆剤(ブースター)のせいで事件の母数が増えていて対応にてんてこ舞い。とてもじゃないが、出処の捜査にまで人員を回せないんだ」

「僕らは一般人だぞ。君らと違って逮捕や捜査の権限は持ってない」

「その点は問題ない。網はこちらで用意するから、君たちはいつも通り派手に暴れてくれれば良い」

「まるで手がかりがあるような言い方だな」

「手がかりってほどではないけど、追うための足掛かりは見つけた。あとは君らの働きと、彼女の動き次第ってところさ。期待しているよ」


 それだけ言うと、一見爽やかに見える表情はそのままにヒラヒラと手を振って返事も聞かずに店を後にする。彼が去った静寂の店内に残るのは、カラランと鳴るドアベルの軽やかな音。パタンと音を立てて閉じるドアの方に視線を向けて、ファイは深いため息を吐く。


「協力するなんて一言も言ってないんだがな」

「そう言いながら、話を聞いてしまったからには動かないわけにはいかないのが君だろう?」

「僕はそんなにお人好しじゃない」


 宙を見上げ、面倒臭そうにそう呟く。が、櫂に聞いた話が気になるのも事実。少し調べてみるか、とテーブルの上に置いておいたスマホを手に取る。ロック画面を開けば、不在着信の通知。


「あ、やべ」


 画面に表示された名前が目に入った瞬間、ファイの背中をぞわりと悪寒が駆け抜ける。一瞬、このまま無視してしまおうかという考えが脳裏を掠めるが、掛け直さなかった場合その後の対応が面倒だ。やはり、面倒ごとは早めに終わらせるに越した事はない。

 渋々、重たい親指を動かして通話ボタンをタップする。ワンコールも鳴らなかったと思う、心の準備をする間もなく、電話口から彼女の声が聞こえた。

 

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