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ティー・ブレイク!  作者: 汐良 雨
ミステリーは突然に

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接続章

 人が集まることも、何か事件が起こることも、そこでは日常茶飯事だ。しかし、今日このタイミングではまずい。前回別れた時に「この日のこの時間にこの場所で」と会う約束した以外、連絡を取る手段は何もない。約束した以上、相手もこの場所に来ているはずなのだ。それは間違いないのだが、周囲を埋めるのはサイレンの音と野次馬の話し声。ネットカフェの出入り口を中心に、待ち合わせをしていたトー横広場まで、一歩を踏み出すことすら困難なほどの人だかりができているこの中から、目当ての相手を見付け接触するのは至難の業であった。


「マズったなぁ、キツいよなぁ」


 本来接触そのものですら特大のシークレットミッションだったのだ。すでに数分、この場で動けずに足止めを食らっている時点でかなりヤバいのである。不自由な自身の身の上と、こんなタイミングを引き当てた自身の運の無さに絶望する。ほんと、ついてない。


『いいや、君はとても運がいい』


 耳のすぐ近くで声がした。振り返るが、それらしい人は誰もいない。キョロキョロと辺りを見回しているうちに、群衆の視線の先、ネットカフェの出入り口から出てきた男と目が合った。太陽の光を反射して、もはや白銀にも見える眩い輝きを放つ綺麗な金髪。その髪の隙間から見える、透き通るようなターコイズブルーの瞳。 


『なんと言ったってこの僕に出会ったんだ。君はとても良い匂いがするからね、君がそう望むなら助けてあげるよ』


 反射的に耳を押さえるが声は止まない。そもそも、目の前の金髪の青年は口元はおろか表情ひとつ動かしていない。腹の底の見えない薄笑いを浮かべたまま、じっとこちらを見つめているだけ。

 なんらかの魔術であることは間違いない。五感への作用……だとすれば耳を塞げば聞こえなくなるはず。だとすれば五感をすっ飛ばして脳内に直接語りかけるタイプ……。


『正解』


 こちらの警戒を無視して、声の主は相変わらず軽い調子で語りかけてくる。こちらの思考を読んで反応してきたという事は、一方通行で指向性を指定できない「情報の拡散」とは違う。相手は明らかに私を選んで干渉してきているのだ。そういうことなら答えは一つ。精神干渉。


「そっかぁ、君が……。そりゃ居るよね、新宿だもの」


 喉の奥をククッと何かを飲み込むような笑い声が通過する。物理法則に囚われないという理由から、結界術と同様に人間の魔術では実現不可能と言われているのが精神干渉だ。空気や音に依る脳内麻薬のような作用での、擬似的な精神干渉とは全く違う。こうして音や五感を媒介せずに意思の疎通をすることができるのは、彼が人ならざる者である何よりの証拠となる。


『この道をまっすぐ行った先、小さな路地に入ると僕らの構えている探偵社がある。君なら道案内は要らないはずさ。そうだろう、遠縁の同族さん?』


 何でもお見通しか。当然と言えば当然である。相手は自分のような、半分その血を継いだだけの半端者ではなく、本家本元の純血なのだ。ここで声をかけられたのだからコソコソ隠れ回るのは最早不可能、かくなる上は、こちらから会いに行って味方に引き入れる。


『味方になるかどうかは君次第かな。ともかく、会いに来てくれるのを待っているよ』


 いちいちこちらを見透かすかのような物言いが勘に触るが、現状一番頼りになる相手が彼であることは間違いないのだ。渋々ながら、野次馬が形成する人だかりから距離を置き、都心にしては寂しさを感じる路地の方へと向かう。

 もし私の姿が見えたなら、察してうまく逃げてほしい。今日会うのは難しいかもしれないから。

 野次馬の周りをぐるりと回りながら、思い浮かべるのは待ち合わせの相手。精神干渉を持たない私では、彼に直接語りかけることなどできないから、これはただの私の願いだ。どうか、私を見つけてくれますように。



   ×     ×     ×



「玲司のこともそうやって呼んだんですか?」


 背後から声をかけられ、レガリアが振り向く。ネットカフェの自動ドアを潜って近づいてきたのは樹だった。


「玲司か、懐かしいね。彼は元気かい?」

「質問の答えになっていませんが」


 おどけたようなレガリアのセリフを躱すように、樹は無表情のまま淡々と返す。


「安心しなよ。彼にはちゃんと正面から声をかけたさ。彼はこちら側の人間じゃないからね、急に脳内に語りかけたら、びっくりさせてしまうだろう?」

「ほう、彼女はそちら側だと?」

「白々しい態度はよしなよ。先に彼女に手を出したのは君らの方だろう?」


 飄々とした態度でにこやかな表情を崩さないレガリアと、相変わらず鉄仮面でも被ったような無表情を貫く樹。その会話は側から見れば穏やかに談笑をしているだけにすら見えるが、二人の間に流れるのはヒリついた緊張感以外の何物でもない。


()()()と言われれば、まあそうなんですが、あれはほとんど先輩の独断ですからね。特に私は普段はここで一般人をやっていますから」

「とうとう隠す気も無いんだね」

「初めから隠してなんていませんよ。わざわざあの場で言う必要は無いと思っただけです」

「で?わざわざ話しかけてきたんだ、別に無駄話をしに来たわけじゃないんだろう?」


 のらりくらりと要点を躱し続ける樹に痺れを切らし、レガリアが話の軌道を戻す。


「いえ、その無駄話をしに来たんですよ。貴方と話してみたかった。私には()()がありませんから、言葉を交わしてくれる悪魔は稀なんです」

「不思議だよね。魔力量は少なくないのに固有の魔術を持ってない」

「やっぱりわかるんですね」


 そう言って、樹の鉄仮面が一瞬揺らぐ。


「ただ魔術を使うだけなら、簡易的な術式とかファイの魔法陣って手もあるけど、君が求めているのはそれじゃないんだろう?」

「別に、何も求めてはいませんよ。私はなんの抵抗もできませんからね、逆に言えば私ほど囮に適した人間は居ないんですよ」

「なるほど、君にとって短所は短所ではないと」

「まぁ、そういうことです。要は使い道です」


 後ろ手を組み淡々とそう続ける樹を見て、レガリアの脳内には一つの疑問が浮かぶ。


「なぜわざわざ魔捜に?」


 魔術師として戦う術を持たないのだ、わざわざ危険を侵す真似をしなくても、一般の警察官にでもなればよかったのだ。そうでなくても、そこでしか生きられない魔術師たちとは違って、彼ならば普通に生きて、普通の人間として、普通の幸せを受け入れることすら出来たはずなのだ。なぜ、それをしなかったのかと。


「貴方が期待するほど変わった答えじゃありませんよ」

「いいよ、聞かせてくれよ」


 一呼吸、小さく息を吸い込み、樹がフッと笑みをこぼす。


「お願いされたんですよ、小さなお姫様に。あたしの部下になりなさいって」


 なるほど、とレガリアの中でストンと腑に落ちる。幼さの残る可愛らしい顔には不似合いな、高慢な態度が目に浮かぶ。


「有羽か」

「ええ。私が自身を危険に晒す理由には、彼女の一言があれば充分なんです」

「随分な入れ込み様だね」

「そう見えますか?まあ、実際そうですが」


 そう言った樹のあまりにも優しげな瞳に、一瞬レガリアの心臓がふわりと跳ねる。


「私は彼女が喜んでくれるなら、この命すら差し出します。彼女はそんなこと望まないでしょうが、もしそういう場面が来ればそうする覚悟です。それが私の忠義で、彼女がくれた愛へのお返しですから」

「愛、か。危ういね」

「果たしてそうでしょうか?」


 レガリアの危惧に、樹は間髪入れずに切り返す。


「愛の形は人それぞれですから。依存すること、溺れることだけが愛ではないんですよ」

「けど愛はヒトを狂わせる」

「それもまた一つの愛の形ですが、あくまで数多有るもののうちの一つです。恋愛、友愛、家族愛、他にもたくさんあるそれらを全てひっくるめて愛なんです。定義が広すぎてむしろ曖昧にすら感じますが、私はその曖昧さこそが尊いものだと思っています」

「曖昧なのに?」

「曖昧だからですよ。例えばそう、私が有羽に向ける感情と、貴方があの白髪の少年に向ける感情。我々は種族が違うのでその形は明確には違うものかもしれませんが、曖昧なこの定義に照らし合わせれば、どちらも等しく愛ですから」


 表情一つ変えずにそう言い切る樹の言葉に、レガリアが苦笑する。


「僕と彼の契約内容を知った上で言ってるのかい?」


 あれを知った上でまだそれを愛と呼ぶのか、少しだけ目の前の青年に興味が湧いた。


「知ってるからこそです。私に言わせれば、あれほど重い愛はない」


 ふうん、とレガリアが鼻を鳴らす。樹の言葉には嘘はない。


「なるほど、面白い」


 レガリアもまた、素直な感想を口にした。レガリアにとっての、最大級の賛辞である。


「是非また話しかけてよ、君を見ているのは飽きなさそうだ」

「それは光栄です。私も話し相手が増えて嬉しいですよ」

「よしてくれ、出会った頃のファイを思い出す」


 そう言ってから、そういえばそうだったと思い出す。四方をコンクリートで囲まれた薄暗い部屋、ボロボロの身なりで痩せ細った真っ白な少年は、縋るような目でこちらを見ながら、ただ一つだけ、あまりにも無垢で純真な願いを口にした。


――友達になって


 彼の差し出したものにはあまりにも不釣り合いな小さな願い。それでも彼にとってはそれ以上ないほど切実な願い。おいおい相手は悪魔だぞと、思わずそう突っ込みそうになるが、そんな軽口すら許されないほどに、目の前の子供は真剣な眼差しでこちらを見つめていた。

 あの時自分が何と答えたのか、正直言うとあまり覚えていない。ただ、自身の返事を聞いた少年の、向日葵でも咲いたかのような明るい笑顔はよく覚えている。その笑顔に、彼の示した破格の条件下で契約を結んだことを、ほんの少しだけ後悔したことも。


「相手は悪魔だよ」

 

 あの日、無垢な少年に言えなかった言葉をそのまま樹に向ける。


「そうですね、せいぜい食べられないように努力はしましょう」


 樹は冗談めかしてそう言った。


「そうしてくれ、君の魔力は美味しそうだ」


 レガリアも軽やかに笑ってそう返すと、ひらひらと手を振りその場を後にする。


「客人も待たせているからね」


 肇との口論なんてもう頭の隅にすら無いのだろう、レガリアは上機嫌で歩みを進める。


「ああ、そうだ」


 突然、何かを思い出したかのようにレガリアは歩みを止めて振り返る。


「なるべく早く、彼の血液検査をすることをお勧めするよ。きっと君の探しているものが見つかるだろう」


 レガリアの言葉に、樹が柔らかい笑みのまま頭を下げる。多分、わざわざ言わなくてもわかっている、そんな表情。

 再びくるりと踵を返し、黄昏の空を見上げる。まるでカシスオレンジのようなグラデーション。通り抜ける風がからりとした熱気を運ぶ。もうすぐ六月が終わる。


「うん、今日はとても良い日だ」

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