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大空へ羽ばたいて

【リリアーナ視点】


 エレオノーラが断罪され、ヴァイスハイト家から追放されてから、数ヶ月の歳月が流れた。

 あの忌まわしい出来事の記憶は、そう簡単に消えるものではない。時折、悪夢にうなされることもあったし、ふとした瞬間に、あの人の冷たい瞳や嘲笑が蘇り、胸が苦しくなることもあった。


 でも、今の私の周りには、温かい光があった。


 クララ様は、変わらず私の親友として、いつもそばにいてくれた。エリス様も、持ち前の明るさと行動力で、私を励まし、時には強引に外へ連れ出してくれた。アルフォンス殿下やレオナルド様、ヴィクトル様も、常に私のことを気遣い、王宮や学院で何かと便宜を図ってくださった。

 そして何より、ソフィアお姉様の存在が、私にとって大きな支えとなっていた。彼女は、しばらくの間、王都に滞在し、私が心身ともに回復するのを見守ってくれたのだ。


 学院にも、私は無事に復学することができた。


 最初は、他の生徒たちの視線が怖かったけれど、エレオノーラの悪事が全て明らかになった今、彼らの目に宿るのは、かつてのような恐怖や侮蔑ではなく、同情と、そして僅かな尊敬の色だった。


「リリアーナ様、先日は本当に申し訳ございませんでした。私たち、何も知らずに……」


 そう言って、頭を下げてくれる令嬢もいた。

 私は、まだぎこちないながらも、微笑んで「もう、お気になさらないでくださいまし」と答えることができた。過去は消せないけれど、未来は、自分の手で変えていけるのかもしれない。そう思えるようになっていた。


 私の『生命の聖樹の巫女』としての力。


 それは、かつてエレオノーラに『呪い』だと囁かれ、私自身も恐れていたものだった。でも、仲間たちの助けと、エリス様がもたらしてくれた「ファンディスクの知識」――私の力が、本来は万物を癒し、育む聖なるものであるという真実によって、私はようやく、この力と前向きに向き合えるようになった。


 今は、ソフィアお姉様や、時には王家の魔導院から派遣された専門の魔導師の方の指導を受けながら、この力を正しく理解し、制御するための本格的な訓練を始めている。


 先日、領地の小さな村で、再び原因不明の家畜の病が流行り始めたと聞いた時、私はアルフォンス殿下とクララ様と共に、自らその村へ赴いた。そして、今度は冷静に、そして効果的に力を使うことで、多くの家畜を救うことができたのだ。村人たちの、心からの感謝の涙を見た時、私は、この力を持って生まれたことの意味を、ほんの少しだけ理解できたような気がした。


 そんな穏やかな日々の中で、私にとって、もう一つの新しい光となっていたのは、隣国ディオメーデスのアンキセス王子からの手紙だった。

 エレオノーラの断罪を見届け、ディオメーデス王国へ帰国されたアンキセス王子からは、その後も定期的に、心のこもった手紙が届くようになったのだ。

 手紙には、私の体調を気遣う温かい言葉や、ディオメーデスの国の美しい自然や文化について、そして、時折、私の力についての彼の思慮深い意見や、ウォーレン軍師からの助言などが綴られていた。その知的で、誠実で、そしてどこか影のある彼の言葉の一つ一つが、私の心に優しく染み込んでいくのを感じた。


 手紙を読むたびに、胸が温かくなり、自然と頬が緩む。これは、アルフォンス殿下に対して抱いた、尊敬や憧れとは少し違う、もっと個人的で、もっと深い感情なのかもしれない。


 アンキセス王子。彼もまた、私と同じように、国の未来を背負う立場でありながら、どこか孤独を抱えているように感じられた。だからこそ、私たちは、言葉を交わすうちに、互いの魂の奥深くで何か通じ合うものを感じ始めていたのかもしれない。


 そして、ある秋の日。アンキセス王子から届いた手紙には、驚くべき知らせが書かれていた。


『リリアーナ嬢、ご健勝のことと拝察いたします。さて、突然ではありますが、私は、ディオメーデス王国の王子としてではなく、一人の学者として、貴国エーデルシュタインの進んだ魔法や、豊かな文化、そして何よりも、あなたのその素晴らしい『生命の力』について、より深く学びたいと考えるようになりました。つきましては、近日中に、貴国の王立貴族学院へ、数年間ではありますが、留学させていただく許可を、父王より得ることができました』


 その文面は、どこまでも真摯で、学究的なものだったけれど、その行間からは、彼が私に会いに来てくれるのだという、確かなメッセージが伝わってきた。


 私は、その手紙を胸に抱きしめ、窓の外に広がる、どこまでも青い空を見上げた。

 アンキセス王子が、この王都に来てくださる。

 これから、どんな未来が待っているのだろう。

 エレオノーラの呪縛から完全に解き放たれ、信頼できる仲間たちに囲まれ、そして、アンキセス王子という新たな存在。

 私は、自分の意志で、自分の足で、未来を選び取ろうとしていた。

 その一歩を踏み出すことに、もう、何の恐れもなかった。

 私の心には、確かな希望の光が、力強く灯っていたのだから。


 その時、一羽の小鳥が青空を羽ばたいていくのが目に入った。

 そして、一陣の風が吹く。

 ――優しい風が、そっと私の頬を撫でつけた。


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