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情報戦

【リリアーナ視点】


 エリス様の衝撃的な告白の後、わたくしたち――アルフォンス殿下、レオナルド様、ヴィクトル様、クララ様、そしてエリス様と私――は、学院の古い時計塔の、今はほとんど使われていない埃っぽい一室に、密かに集まっていた。窓は固く閉ざされ、扉にはヴィクトル様が信頼できる部下を見張りに立てている。アネットの、そしてエレオノーラ様の監視の目を最大限に警戒してのことだった。

 窓から差し込む細い月明かりだけが、わたくしたちの真剣な、そしてどこか緊張を帯びた顔をぼんやりと照らしている。ここが、わたくしたちの、反撃のための最初の秘密基地となったのだ。


 エリス様は、先ほどの錯乱が嘘のように落ち着きを取り戻し、しかしその瞳には深い後悔と、そして何かを決意したような強い光を宿して、彼女が知る『原作』の知識を、より詳しく、そして具体的に語ってくれた。


「エレオノーラ様は、原作ゲーム本編では、リリアーナ様を徹底的に虐げ、その心を折り、悪評を流し、最終的にはその『特異な力』おそらく、あなたの生命魔法を利用し、暴走させたように見せかけて、破滅させようとします。彼女の目的は、ヴァイスハイト家の完全な掌握と、自分の血を引く子を正当な跡継ぎにすること。そのために、邪魔なリリアーナ様を、あらゆる手段を使って排除しようとするのです」


 その言葉の一つ一つが、わたくしがこれまで受けてきた仕打ちと、あまりにも正確に一致していた。お父様が完全に彼女の言いなりであることも、専属メイドのアネットや家庭教師のエドガー先生が、彼女の忠実な手駒であることも。

 エレオノーラ様は、わたくしの人生を、まるでゲームのシナリオでもなぞるかのように、弄んでいたのだ。


 そして、エリス様は、さらに驚くべき、そしてわたくしたちにとって希望となりうる情報を口にした。


「エレオノーラ様の行動は、まるでゲーム本編に出てくる悪役継母そのものですわ。ただ、現状のリリアーナ様の状況を考えると、それより狡猾に、より悪意に満ちた動きをしています。恐らく、彼女自身も転生者である可能性が考えられます。ですがもし……万が一、彼女が何らかの形で『物語』を知っていたとしても、その知識はせいぜい本編の範囲まででしょう。彼女の立ち回りは、まるで全てを知っているかのようですが……その後の物語や、本編では明かされなかった『ファンディスク』の内容までは網羅してないように思えます」


 ファンディスク……? それは、どういう……。


「リリアーナ様の従姉妹、ソフィア様のことですけれど……」


 ソフィアお姉様の名前が出て、わたくしはハッと息を呑んだ。


「原作本編では、ソフィア様はリリアーナ様と手紙のやり取りをするだけで、直接的な登場はありませんでした。そして、その手紙も途絶えてしまう……。でも、ファンディスクでは、衝撃的な事実が明かされるのです。彼女は、エレオノーラ様に命を狙われ、辛くも暗殺の手から逃れて隣国ディオメーデスへ亡命し、そこで身分を隠し、『仮面の女騎士シルヴァ』として、アンキセス王子に仕えていることが!」

「なんですって!? ソフィアお姉様が……!? それに、暗殺……!? エレオノーラ様が、そこまで……!」


 わたくしは、思わず叫んでいた。エレオノーラ様の悪意の深さに戦慄すると同時に、お姉様が疎遠になっている間にそんなことになっているとは思いもしなかったからだ。


「ええ。そして、わたくしの母方の祖父は、ディオメーデスで軍師をしているウォーレン・ミラーです。わたくし、幼い頃から夏休みなどにはよく祖父の元を訪れていて、アンキセス殿下や、女騎士シルヴァ――つまりソフィア様とも、面識があるのです。一緒に、シルヴァ様に剣術のしごき……いえ、訓練を受けた経験もありますのよ」


 エリス様は、少し誇らしげに、しかしどこか懐かしそうに言った。


「エレオノーラ様は、たとえゲームの本編知識をお持ちだったとしても、この隣国との繋がりや、ソフィア様の生存と現在の姿、そしてわたくしの祖父の存在は、全く知らない情報のはずです! もし知っていればソフィア様を生かしておくはずがありませんもの! これが、わたくしたちの切り札になるかもしれません!」


 エリス様の言葉は、わたくしたちにとって、暗闇の中に差し込んだ一筋の、しかし力強い光だった。

 エレオノーラ様の知らない情報。そして、隣国にいるかもしれない、強力な味方。


「それは……本当なのか、エリス嬢!」


 アルフォンス殿下も、興奮を隠せない様子だ。


「もしそれが真実なら、我々には大きな勝機があるかもしれない! 隣国ディオメーデスは、我が国と長年友好関係にある。アンキセス王子も、聡明で正義感の強い方だと聞いている!」


 わたくしの胸にも、今まで感じたことのない、熱いものが込み上げてきた。お姉様が生きていてくれるかもしれない。そして、わたくしたちは、もう一人ではないのだと。この絶望的な状況にも、まだ希望はあるのだと。


 レオナルド様が、冷静に、しかしその瞳には確かな闘志を宿して口を開いた。


「状況は理解しました。エレオノーラ様の目的がヴァイスハイト家の掌握とリリアーナ様の排除であるならば、彼女はリリアーナ様の『力』を『呪い』として公にし、社会的に抹殺しようとするでしょう。我々は、それを阻止し、逆にエレオノーラ様の悪事を白日の下に晒さねばなりません。しかし、まず問題となるのは、専属メイドであるアネットの存在ですな。彼女はエレオノーラ様の目であり耳。我々の動きは、たとえ学院内であっても、筒抜けになる危険性が極めて高い」


 ヴィクトル様も厳しく頷く。


「いっそ、あのメイドを捕らえて口を割らせるか……いや、それは騒ぎが大きくなりすぎるか」

「いえ、その必要はありませんわ」


 と、エリス様が静かに、しかし自信に満ちた声で制した。


「むしろ、アネットを利用するのです」

「利用する、とは?」


 クララ様が、興味深そうに尋ねる。


「ええ。アネットには、エレオノーラ様が最も望む『情報』を、わたくしたちの手で掴ませるのです。つまり、表向きは、わたくしとリリアーナ様の仲は最悪で、リリアーナ様がわたくしへの嫌がらせをエスカレートさせている、と。そして、殿下や皆様も、リリアーナ様のその奇行に愛想を尽かし、完全に距離を置き始めている、とね。そうすれば、エレオノーラ様は油断し、我々が水面下で本当の証拠を集めるための、貴重な時間的猶予が生まれるはずです。リリアーナ様には少し……辛い演技をお願いすることになりますが……」


 エリス様のその提案は、大胆不敵でありながら、非常に理に適っていた。彼女の瞳には、かつての宰相としての知略の光が、確かに宿っているように見えた。

 アルフォンス殿下が、わたくしに向き直る。


「リリアーナ嬢。君のその力は、まだ未知数だが、決して呪いなどではないと、僕は信じたい。もし可能なら、その力を、僕たちのために、そして君自身のために、安全に、そして有効に使う方法を模索できないだろうか? 君の力は、きっと多くの人を救えるはずだ」


(私の力……人を救う……)


 それは、ずっと恐怖の対象だった。でも、今、信頼できる仲間たちがいる。もしかしたら……この力も、本当に……。


「……はい。やってみます。この力が、皆さんの助けになるのなら……そして、あの人を止めるために使えるのなら……!」


 私は小さく、しかしはっきりと頷いた。この仲間たちとなら、本当の私でいられる気がしたのだ。






 その頃、エレオノーラは、王都の別邸でアネットからの報告を受けていた。


『――リリアーナ様は、エリス様への嫌がらせをエスカレートさせておられるご様子。アルフォンス殿下やクララ様も、リリアーナ様の常軌を逸した奇行に完全に愛想を尽かし、距離を置いているように見受けられます。他の生徒たちも、リリアーナ様を『呪われた魔女』と恐れ、完全に孤立しております。時折、殿下方がリリアーナ様を呼び出し、何かを諭しておられるようですが、おそらく、リリアーナ様の更生を試みているものの、全く上手くいっていないのでしょう。エレオノーラ様の計画通り、全て順調かと存じます』


 アネットは、エリスたちが巧妙に仕掛けた偽情報に、まんまと騙されていたのだ。

 エレオノーラは、その報告書を読みながら、美しい唇に冷たい、しかしどこか油断した笑みを浮かべた。


 「フフ……小賢しい子たちが、集まって傷の舐め合いでもしているのかしら? リリアーナがエリスをいじめている? ようやく『堕ちた』のね。結構なことだわ。もっとやればいいのよ。その方が、あの子の『悪役令嬢』としての評価が、そして『魔女』としての恐怖が、不動のものになる。アルフォンス殿下も、これで完全にリリアーナを見限るでしょうね。あのクララとかいう娘も、ようやく現実が見えたようだし」


 彼女は、リリアーナたちが結束を強めていることなど露知らず、自分の計画が順調に進んでいると信じ込んでいた。しかし、心のどこかで、ほんの僅かな違和感――リリアーナが、予想以上に「使える駒」たちと接触していることへの、虫の知らせのようなもの――を感じ、念のため監視は続けさせつつ、創立記念魔法実演会での、リリアーナ破滅の舞台準備を、さらに巧妙に進めるよう指示を出した。

 彼女は、自分の計画が完璧であると信じて疑わなかった。まさか、その足元で、自分を出し抜こうとする小さな炎が燃え上がっていることなど、想像もしていなかったのだ。


「リリアーナ、あなたのその『聖女の力』を、今度こそ、世界中が恐怖する『魔女の呪い』として、華々しく披露させてあげるわ……♥ 楽しみにしていてちょうだい。あなたたちの、その儚い希望ごと、根こそぎ潰してあげるから」


 彼女の瞳の奥で、さらに巧妙で、さらに残酷な罠が、静かに、しかし確実に仕掛けられようとしていた。




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