魂叫
【クララ視点】
リリアーナ様の、その魂からの叫び。そして、その瞳の奥にある、嘘偽りのない真実の色。
わたくしの心は、激しく揺さぶられました。全ての疑念が、まるで春の雪解け水のように、一瞬にして氷解していくのを感じました。ああ、なんてこと……わたくしは、こんなにも純粋で、必死な友人を、疑いかけていたなんて……!
深い後悔と、そして友人への揺るぎない信頼が、熱い塊となって胸に込み上げてきました。
「……リリアーナ様……! なんてこと……わたくしは……! 信じますわ! あなたの言葉を、心の底から信じます! あなたが嘘をつくような方ではないと、わたくしは、本当は最初から分かっておりましたのに……! 疑ってしまって、本当に、本当に申し訳ありませんでした!」
わたくしは、リリアーナ様の手を両手で固く、固く握りしめました。彼女の冷たい手が、少しだけ震えているのが伝わってきます。
二人の間に、試練を乗り越えた、本物の、そしてかけがえのない絆が生まれた瞬間でした。
「リリアーナ様、これは、ただの偶然や、エリス様の勘違いではありませんわ。あまりにも不自然すぎます。噂の広まり方も、そして、あなたを貶めるような『証拠』とされるものも……。これは、何者かによる巧妙な罠ですわ。あなたを、そしてもしかしたらヴァイスハイト家を貶めるための」
わたくしは、強い確信を持って言いました。エレオノーラ様の、あの美しい顔の裏に隠された冷酷さを、わたくしはまだ知りません。でも、この状況は異常です。
「わたくしが、必ず真実を明らかにいたします。そして、あなたの無実を証明してみせます。ですから……どうか、一緒に戦わせてくださいませんか!」
リリアーナ様は、わたくしの言葉に、ただ、とめどなく涙を流しながら、何度も、何度も、力強く頷いてくださいました。その瞳には、もう怯えの色はなく、代わりに、小さな、しかし確かな希望の光が灯っていました。
わたくしたちの、長い戦いが、今、始まろうとしていたのです。
◇
リリアーナ様と固い絆を結んだ翌日、わたくしはすぐに行動を開始しました。
全ての元凶は、エリス・ミラー様にある。そう確信していたからです。彼女がなぜリリアーナ様を陥れようとするのか、その真意を確かめなければなりません。
昼休み、わたくしはリリアーナ様と共に、エリス様を学院の東側にある、今はあまり人の訪れない古い噴水のある中庭へと呼び出しました。そこは、高い生垣に囲まれ、外部からは見えにくい、密談には都合の良い場所でした。
「エリス様、少しお時間をいただけますでしょうか。リリアーナ様から、あなたに直接お伝えしたいことがあるそうですの」
わたくしが冷静に、しかし有無を言わせぬ口調でそう告げると、エリス様は最初はいぶかしげな表情を浮かべましたが、すぐに何かを察したのか、あるいは新たな「いじめの証拠」でも掴めると思ったのか、少し不敵な、しかしどこか警戒するような笑みを浮かべてついてきました。
【エリス視点】
(クララ様とリリアーナが二人揃って呼び出しなんて、一体何のつもりかしら? まさか、私の嘘がバレたわけじゃ……いや、そんなはずないわ。私の演技は完璧だったもの。それに、エレオノーラ様が裏で流してくれているっていう、あの『アリアの呪い』の噂もあるし、リリアーナが悪役令嬢だってことは、もう学院中の共通認識のはずよ。きっと、泣きながら謝罪でもしに来たんでしょう。それならそれで、もっと優位に立てるし、王子様へのアピールにもなるわ!)
私は内心でそう算段をつけながら、二人の後に続いた。リリアーナは相変わらず俯いて影が薄いけど、隣のクララ様は、なんだか昨日までと雰囲気が違う。妙に落ち着いていて、その琥珀色の瞳には、射るような強い意志が宿っているような……。少し、嫌な予感がする。でも、負けるわけにはいかない。私がヒロインなんだから!
【リリアーナ視点】
中庭に着くと、クララ様がわたくしの背中をそっと押してくれた。その小さな温もりが、凍てついた心に勇気をくれる。
「大丈夫ですわ、リリアーナ様。わたくしが、ついておりますから。あなたの言葉で、お話しなさい」
その温かい言葉に勇気づけられ、私は震える息を整え、目の前に立つエリス様を真っ直ぐに見据えた。
「エリス様」
私の声は、まだ少し震えていたけれど、以前のようなか弱さはなかったはずだ。心の奥底から絞り出した、強い意志を乗せて。
「どうして、私があなたにいじわるをした、などと嘘をつかれるのですか? 私が、あなたに一体何をしたというのですか? 教えてください。私は、あなたが転入されてから、あなたに不快な思いをさせるようなことは、何一つしていないつもりです。それなのに、あなたは……!」
【エリス視点】
(な……何なの、この子……! いつものおどおどした態度はどこへ行ったの!?)
リリアーナの、予想外に強い、そして真っ直ぐな言葉と、その翠の瞳に宿る非難の色に、私は激しく動揺した。
嘘じゃない! あなたは悪役令嬢なんだから、私をいじめるのが当然なのよ! そうでなきゃ、私が……私が、王子様と結ばれるための、物語の障害にならないじゃない! 原作と違うじゃない!
「う、嘘じゃありませんわ! あなたは、わたくしの教科書を隠したり、持ち物にいたずらしたり……それに、あの時だって、わざと私にぶつかって……!」
私は必死で反論しようとしたけれど、具体的な証拠は何一つない。全て、私が仕組んだか、あるいはそう見えるように誘導しただけなのだから。
リリアーナの翠の瞳が、じっと私を見つめている。その瞳の奥には、深い悲しみと、そして僅かな怒りの色が見えた。
(違う……こんなの、原作のリリアーナじゃない……! もっと高慢で、ヒステリックで、分かりやすい悪役だったはず……! この子は、本当に……ただ、悲しんでいるだけ……?)
「エリス様」
クララ様が、静かに、しかし氷のように冷たい声で言った。
「あなたは、何か大きな勘違いをされているか、あるいは……意図的にリリアーナ様を貶めようとしていらっしゃるように見受けられますわ。真実をお話しいただけませんか? これ以上、リリアーナ様を苦しめるというのなら、わたくしたちも黙ってはおりません」
その言葉が、引き金になった。
『真実』『嘘』『陥れる』『苦しめる』――それらの言葉が、私の頭の中で、前世の忌まわしい記憶と鮮明に重なった。
信じていた部下に裏切られ、某国の罠にはまり、薄暗い部屋に拉致され、監禁された時の恐怖。助けを求めても誰も来てくれなかった絶望。そして、最後に嗅いだ、あの甘ったるい……眠気を誘う、スモークの匂い……!
「いや……っ! 助けて……! 閉じ込めないで……! 嘘じゃない……私は、悪くない……! 私は……!」
私は、突然襲ってきた強烈なパニックに、その場にうずくまり、頭を抱えて叫んでいた。呼吸が苦しい。
「怖い。暗い。助けて……! 誰か……!」
その時だった。
「エリス嬢? どうしたのだ、そんな大声を出して! 大丈夫か!」
聞き覚えのある、高貴で、しかし今は心配そうな声に顔を上げると、そこには、アルフォンス殿下が、驚いた顔でこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
彼の後ろには、いつも一緒にいる、冷静沈着なレオナルド・フォン・アストレア公爵子息と、屈強なヴィクトル・フォン・シュタイナー伯爵子息もいる。彼らもまた、困惑した表情を浮かべていた。
三人は、うずくまって泣き叫ぶ私と、その傍らで明らかに戸惑い、そして心配そうな表情で立ち尽くすリリアーナ様とクララ様の姿を、驚いたように見つめていた。




