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あれから、数年の歳月が流れた。
リリアーナ・フォン・ヴァイスハイトという名の「魔女」が、王都の大広場で火刑に処されたという忌まわしい記憶は、人々の心から少しずつ薄れ、歴史の一ページへと追いやられようとしていた。
ただ、その犠牲の上に築かれた「平和」と「幸福」は、今も確かに存在していた。
ヴァイスハイト侯爵家では、女主人のエレオノーラが、その美貌と才覚を遺憾なく発揮し、家を取り仕切っていた。
彼女は、アルブレヒトとの間に、待望の男の子――輝く金髪と、父親譲りの力強い瞳を持つ、天使のように愛らしい世継ぎ、アームドサンダー――をもうけ、今は二人目の子であるユベールをその腕に抱いている。それは、エレオノーラによく似た、プラチナブロンドの髪を持つ、人形のように美しい娘だった。
以前よりも少しふっくらとしたお腹で、しかしその美しさは少しも損なわれることなく、テラスで生まれたばかりの娘に乳を含ませるエレオノーラの姿は、まさに聖母そのもの。アルブレヒトは、そんな彼女と二人の子供たちを、目の中に入れても痛くないほど溺愛し、屋敷は常に穏やかで、そして盤石な幸福の空気に満ち溢れていた。
リリアーナのことなど、もう誰も口にしない。時折、アルブレヒトが遠い目をして「あのような悲劇がなければ、今頃リリアーナも……」と、ほんの僅かな感傷に浸ることがあっても、エレオノーラが「旦那様、お忘れなさいまし。あの子は、あまりにも不幸な、そして危険な運命をその身に宿していたのです。わたくしたちでは、どうすることもできませんでしたわ。今は、この子たちの未来だけを考えましょう」と、涙ながらに、しかし毅然と慰めれば、彼はすぐに「ああ、君の言う通りだ。君と、この子たちがいてくれて、私は本当に幸せだ」と、エレオノーラの胸に顔をうずめるのだった。
エレオノーラの心には、リリアーナへの罪悪感など、もはや微塵も存在しない。彼女にとって、リリアーナは、自分の完璧な人生計画を達成するための、ただの駒であり、そして最高のエンターテイメントを提供してくれた『出来損ないの失敗作』でしかなかったのだから。彼女の死は、エレオノーラの幸福のための、必要不可欠な礎石だったのである。
一方、王宮では。
エリス・ミラーが、若くして即位したアルフォンス国王陛下と華燭の典を挙げ、若く美しい王妃となっていた。
彼女は、持ち前の太陽のような明るさと、誰をも惹きつけるカリスマ性、そして転生者として持ちうる前世の知識と話術を巧みに活かし、王宮内の旧態依然とした慣習を次々と改革し、貧民救済のための画期的な政策を打ち出し、いつしか民衆からは「賢聖母エリス様」と、心からの敬愛と絶大な支持を得るようになっていた。
彼女の周りには、夫である国王アルフォンス陛下だけでなく、常に彼女を的確に補佐し、その知性に心酔する若き宰相(かつての攻略対象である冷静沈着な公爵子息、レオナルド)、彼女に命を捧げることを誓い、その剣となる近衛騎士団長(かつての攻略対象である無骨だが誰よりも心優しい伯爵子息、ヴィクトル)、そして時には、外交の場で彼女の聡明さに舌を巻き、その親友として隣国の若き国王(かつての隠れ攻略対象で、真っ先にエリスが親睦を深めたアンキセス・マグナス国王)など、多くの魅力的な男性たちが集い、彼女を支え、そして彼女に心酔していた。それは、まさに乙女ゲームのエンディングで見るような、完璧な逆ハーレム状態であった。
エリスは、多くの愛らしい王子や王女にも恵まれ、国政は確かに大変ではあったが、前世も首相であった経験から手慣れたようにそれらを熟していく。毎日が刺激に満ち、愛に溢れ、これ以上ないほどの幸せを謳歌していた。
エリスは、時折、ふとリリアーナのことを思い出すことがあった。
あの、暗くて、何を考えているか分からない、そして最後には魔女として処刑された、どこか影のある美しい令嬢のことを。
(リリアーナ・フォン・ヴァイスハイト……。彼女がああなってくれなかったら、今の私のこの幸せは、そしてこの国の平穏は、きっと存在しなかったのよね。ちょっと可哀想だったとは思うけど……でも、あれが『物語の正しい流れ』だったし、彼女はやっぱり、悲しいけれど悪役令嬢としての運命を辿るしかなかったんだもの。仕方ないわよね! 私は、私と、アルフォンス様と、そしてこの世界のハッピーエンドのために、ただ最善を尽くしただけなんだから! まあ、もしあれが根は良い子とかだったら、少しは考えてあげたのかもしれないけど)
エリスは、そう自分に言い聞かせ、すぐにリリアーナのことなど忘れ、目の前の輝かしい幸せな日々に意識を戻すのだった。リリアーナの犠牲は、彼女の輝かしい未来のための、必要悪だったのだと、彼女は心から信じていた。
ヴァイスハイト侯爵家のテラス。
エレオノーラは、腕の中ですやすやと眠る自分の愛娘の、バラ色の柔らかい頬にそっとキスをした。その瞳は、深い愛情と満足感に満ちている。
夕焼けの美しい光が、彼女の完璧な横顔を黄金色に照らし出し、まるで後光が差しているかのようだ。
「可愛いわたくしの子……。あなたは、本当に祝福されて生まれてきたのよ。何の障害もなく、誰からも愛され、輝かしい未来が、永遠に約束されている」
彼女は、遠い昔に処刑された、あの忌まわしい邪魔な継子のことなど、もう思い出すこともなかった。彼女の記憶の中では、リリアーナは、ただ「不幸な運命を辿った、可哀想な少女」として、美化され、そして忘れ去られていた。
(全ては計画通り。いいえ、計画以上に完璧だわ。これからも、わたくしの幸せは、永遠に、永遠に続くのよ。誰にも邪魔されることなく)
エレオノーラの唇に、この世のものとは思えないほど美しく、そして底知れぬほど冷酷な、悪魔の微笑みが浮かんだ。
その微笑みは、リリアーナという名の少女の、数えきれないほどの涙と絶望と、そしてその命そのものを犠牲にして咲いた、毒々しいまでに美しい悪の花だった。
そして、その悪の花は、これからもずっと、誰にもその本性を知られることなく、美しく、そして誇り高く咲き誇り続けるのだろう。
――この、どこまでも不条理で、そして救いのない世界で。
「次はお前の番だ」