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一方その頃。
王都にあるヴァイスハイト家の壮麗な別邸では、エレオノーラが、夫アルブレヒトに甲斐甲斐しく世話をされながら、陽光溢れるテラスでゆったりとした午後を過ごしていた。その傍らには、常に数人のメイドが控え、彼女の些細な要求にもすぐに応えられるよう待機している。
彼女の美しいシルクのドレスは、以前よりもさらに柔らかなラインを描き、その腹部は、新しい命の存在をはっきりと示すように、美しく、そして誇らしげにふっくらとしてきていた。数ヶ月前にはまだ僅かな膨らみだったものが、今では誰の目にも明らかだった。
エレオノーラは、そのお腹を慈愛に満ちた手つきで、そっと撫でながら、アルブレヒトに甘えるように微笑みかけている。その姿は、まさに幸福の絶頂にある聖母そのものだった。
アルブレヒトは、そんなエレオノーラの姿を、まるで世界で最も尊い宝物でも見るかのように優しい目で見つめ、彼女の肩をそっと抱き寄せた。
「ああ、エレオノーラ。君のお腹も、ずいぶんと大きくなってきたな。この子が元気に生まれてくれば、ヴァイスハイト家も、そして私も、本当に安泰だ。君こそ、我が家にとっての真の光だ」
彼の声は、心からの喜びに満ちている。
「リリアーナのことは……もう、忘れよう。あの子は、我が家の、そして私の人生の汚点だったのだ。君と、そしてこの新しい、祝福された子供こそが、私の、そしてヴァイスハイト家の輝かしい未来そのものだ」
その言葉に、リリアーナへの愛情の欠片も、父親としての苦悩の色さえも、もはや微塵も感じられなかった。彼は完全に、過去を、そして自分の娘を葬り去ろうとしていた。
「ええ、旦那様。私たちの、そしてこの子の輝かしい未来だけを、見つめてまいりましょうね。過去は振り返ってはなりませんわ」
エレオノーラは、聖母のように、しかしその瞳の奥には冷たい計算高い光を宿して、アルブレヒトに微笑み返した。
午後のお茶の時間。エレオノーラは、庭園に面した瀟洒な応接室で、アネットからリリアーナに関する「最終報告」を受けていた。その手には、お腹の子のためにと、ノンカフェインのハーブティーが握られている。
「――リリアーナ様は、先日、教会と魔導院による最終審問を受け、正式に『アリアの呪い』の再来であり、制御不能な邪悪な力を持つ危険極まりない魔女であると、満場一致で断定されました。国王陛下のご裁可も既に下りており、処刑は……三日後、正午に、市内の大広場にて執り行われる予定でございます。多くの民衆も見守る中、魔女リリアーナはその罪を償うことになりましょう」
アネットは、淡々と、しかしどこか愉悦を隠しきれない声で報告する。彼女もまた、この悲劇の共犯者として、ささやかな達成感を感じているのだろう。
「そう。ご苦労様、アネット。あなたは本当によくやってくれたわ。褒美は十分に用意させます」
エレオノーラは、満足げに頷いた。全てが、彼女の描いた脚本通りに進んでいる。
(リリアーナ……可哀想に。でも、これもあなたの運命なのよ。わたくしという存在に出会ってしまったのが、あなたの最大の不幸だったの)
エレオノーラは、窓の外、遠くに見える王城の尖塔を見つめながら、内心で嘲笑った。
(あなたのその忌まわしい力と、その存在そのものが、ヴァイスハイト家にとって、そして何よりも、わたくしにとって、どれほど邪魔だったことか。でも、あなたのおかげで、私は全てを手に入れたわ。夫の揺るぎない愛、ヴァイスハイト家の絶対的な実権、そして、このお腹の中にいる、正真正銘の『祝福された』世継ぎ。あなたの犠牲は、決して無駄ではなかったのよ、リリアーナ)
彼女は、そっと自分のお腹に手を当てた。その確かな温もりと胎動が、彼女の心を最高の幸福感で満たした。
(あなたは、もう『いらない子』なのよ、リリアーナ。あなたの役割は、もうすぐ、本当に綺麗に終わるの。最高のフィナーレを、このわたくしが用意してあげたのだから、感謝してほしいくらいだわ。あなたの破滅は、わたくしの幸せの礎となるのですから)
エレオノーラは、自分の完璧な計画と、これから訪れるリリアーナの確実な破滅、そして自分と、お腹の子の輝かしい未来を思い、最高の愉悦に浸っていた。
リリアーナが処刑される日、自分は「悲しみに耐えられない」と言って、アルブレヒトと共に領地の教会で、生まれてくる子のための祈りを捧げる予定になっている。もちろん、それは悲劇の母を演じるための、完璧なアリバイ作りだ。
そして、世間は、魔女を産んでしまった悲劇のヴァイスハイト家と、その若く美しい、そして今や新しい命を宿す健気な継母に、心からの同情と称賛を寄せるだろう。
全てが、彼女の思い通り。
エレオノーラは、ふっくらとした自分のお腹を、もう一度優しく撫でた。
「良い子ね。あなたは、本当に祝福されて生まれてくるのよ。あなたのお姉様のような、出来損ないの、呪われた魔女とは違ってね……フフフ。ああ、楽しみだわ。あなたの未来も、そして、リリアーナの最期も……♥」
その美しい顔に浮かんだ笑みは、もはや聖母のものではなく、全てを手に入れ、全てを嘲笑う悪魔の、完全なる勝利の笑みだった。
リリアーナの処刑へのカウントダウンは、もう止まらない。彼女の地獄は、すぐそこまで迫っている。